雲一つない空が、空が、薄暗く。
──淡い光が、黒い影に呑まれていく、
────どこか不穏さがある影と、未だ光続ける赤い光。
───────対になるモノ、相反するモノが調和する狭い空間。桜の花びらが舞い、荘厳な鳥居が自分を見下ろしている。
鳥居の中央には僅かな太陽の面影が見える。何処かが曖昧で、言い合わらせない奇妙な空間。自分の心象風景を表している空間だろうか──と、鈍くなりつつある頭でそう思考する。
「──ここは、現実と時間が異なる空間。黄昏の寺院」
若々しく、しかしどこか色気さがある女の声が耳に入る。視界はぼやけかけでも、白い影が鳥居と共に自分を見下ろす輪郭を僅かに視認する。
「ふむ……徒花は咲いても実を結ばぬ花、"シダ"はそもそも実……どころか花を咲かせぬ植物」
「見かけは実に立派で華やかじゃが、中身が無であれば、ソレは無意味と変わらぬ……実に悲しきことか」
憐み、同情の声がかかる。ぼやいた視界でも分かる憐憫の視線。その視線と言葉を受けて、先刻に起こった出来事を俺の脳は急速に思い起こした。
不敵な笑みを浮かべる蠱惑な女、2人の少女が生んだ軋轢、彼岸の境界に飲み込まれた俺達。そして、火に包まれた百鬼夜行。
…………そうだ……俺は…………2人を………
何か、何か一つでも違いがあれば、あの様なことにはならなかったのではないか。今更ながら、後悔をする。
楽しかった。祭りのような毎日、百花繚乱のみんなと……アヤメとナグサと過ごした日々。百鬼夜行は俺にとって大切な場所だった。
だけど、その
亀裂を生み、そこから派生する様に広がった軋轢。
──アヤメ、ごめんね。いつも言葉だけで、何もできなかった俺をいつも助けてくれて。
──ナグサ、傷心した君に声をかけずに、見捨てたこと………君にも助けられてるのに、恩を仇で返すなんて。
夢現な意識の底で、俺は彼女達に謝罪をする。自分が繋ぎ止める力があれば、たらればと見に合わぬ傲慢な思いが渦巻く、それでも、内に湧くこの気持ちは嘘じゃない。
もし、やり直すことができたら、君たちを仲を引き裂くことはしない、してみせない。
………なんて、何も持たない俺にできるわけがない。
意識が薄れていく、自分そのものが何かに沈んでゆく。その感覚を感じながらただ身を闇に落としてゆく。
「──しかし、その身は黄昏に深く染まり、そして色彩に遭遇した。器は耐えきれず自壊するのみ、と見ていたが……」
「この数奇な巡りあわせが、其方に新たな本質を生み出すとは。其方の命をもって咲かせた
視界は黒く染まり、何かに汚染されていゆく。そして自分の何かが別の何かに変換されてゆく、形容しがたい感覚に陥る。自分だったモノが綯い交ぜになる最中、彼女の声が脳に響く。
「其方の願望を強く持つのじゃ。妾も手を貸そう。………じゃが代償は"命の花"──」
「──
願い。もし、もし本当にその様な奇跡があるのなら。
あの悲劇を避ける為に、理解する力が欲しい。そしてみんなに、不幸ではなく幸運を齎してほしい。
「………─────其方の覚悟。そしてその行く末を、このクズノハが見届けよう」
黒く染まった視界は眩しい光に上書きされる。焼き付ける程の激しい光を浴びた俺はその光を遮ることなく受け入れた。
桜が咲き誇る季節。辺りは桜の木で埋め尽くされている。百鬼夜行特有の壮観な風景だ。古風な軒並みは、趣を強く感じさせる和の極み。そんな建物のとある一軒、屋根瓦の上に惰眠に耽る少年の鼻先に、桜の花びらが落ちる。心地いい気温と季候、一度横になれば心地よく昼寝ができるだろう。その怠けた少年を起こしに来たのか、2人の少女が少年へと駆け寄る。
「こ~らシダ君!起きなさい!」
「シダ、起きて。訓練の時間だよ」
誰かが俺を揺さぶっている。それも激しく遠慮なく。耐えきれず体を起こし、目を開けようとするが、陽光が目に入り、あまりの眩しさに目を伏せる。
「眩っ…」
「おはようシダ君。よく寝れたみたいだね?」
「涙でてるよ。ふふっ」
目を擦り、目線を上げると、特徴的な青い羽織と和を感じさせる白いセーラー服を着た少女達が俺を見下ろしていた。三つ編みのプラチナブロンドの髪に紫の瞳、尖った耳の少女は俺の顔を覗きながらニヤリと溌剌に笑う。全体的に白い髪と肌、線が細く雪花の様な少女は微笑を浮かべながら俺に手を差し出した。俺はその白く小さい手を握り立ち上がる。少し、手が冷たいな。
「ぼーっとしちゃって、どうやら結構深い眠りについてたみたいだね」
「………そう、だね」
「……どうしたの?」
「いや、なんか……悪い夢を見た気がする。思い出せないけど……凄く、悪い夢だった」
2人の少女が不思議そうに顔を合わせる。そういえばこの2人は誰だ?何処かで会った様な気がする。何処かで……いや、"会っている"そう確信した。
「なぁ、お前達の名前は?」
「ん?はい?」
「シダ、まだ寝惚けてるの」
突然そう聞かれれば困惑するだろう。2人との関係は多分、友人か知り合い辺りだろう。それがいきなり名前を問うという、まさか記憶喪失か?とアニメや漫画あるあるの展開を今現在展開している訳だ。……本当にそうだったら怖いな。だけど、この2人の名前を聞ければ、頭の靄が晴れる様な…そんな気がするんだ。
俺は誤魔化す為に、適当ないい訳をする。
「えーっと、うん。まだ寝惚けているみたいだ。脳が働かないというか、なんというか」
「あっはは!まぁ、朝起きた時に偶にそんな感じになるよね」
「………いつも一緒に居るのに、何で忘れるの」
「うっ………頭が働かん…」
わざとらしい仕草で頭を抱える。実際に寝起きの感覚なので嘘ではない。
「仕方ない!今度新しく入る部員の皆に挨拶しないといけないから、その練習として、ここで自己紹介をしてみようか!」
「まぁ、それぐらいなら」
金髪の少女が前に出て、腕を組んだ。そして力強く発する。
「私は百鬼夜行連合学院、百花繚乱紛争調停委員会委員長──七稜アヤメ」
「──副委員長の御稜ナグサ」
─────そうだ。思い出した。1年生の時に同時期に百花繚乱に入部して、共に高めあった仲だった。当時はただ1人の男子生徒という立場故、場に上手く馴染めなかった、そんな俺に2人は気にせず話かけてきてくれた。アヤメと一緒に依頼を熟したしたり、ナグサとは共に読書する仲だった。2人と過ごした記憶を俺は何故急に忘れたんだろうか?モヤモヤが晴れない。まだ、全てを思い出せていない気がする。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
アヤメが俺の肩を叩く。いかんいかん、全てではないが、大体は思い出せた。よっぽど酷いお寝惚けだと解釈しよう。
「大丈夫だ。寝惚けは覚めた。ありがとう」
「それは良かった!じゃあ次はシダ君の番ね」
「……えっ、俺も?」
「そうだよ。シダ君も新入部員に挨拶しないと!もう先輩なんだから」
「私達だけに言わせて、あなたは言わないつもりなの?」
「……分かった。俺も改めて自己紹介といこう」
それもそうだ。一方だけに言わせるのも違う。俺もここは同じく返すべきだろう。羽織を整え、深呼吸をする。
「───俺の名前は徒花シダ。決まった役職はないが、主に皆の補佐をしている」
風がそよぎ、百花繚乱の青い袖が靡いた。桜の花びらが宙を舞い、俺達を囲む。まるで新たな春の訪れを告げるかの様に。
百鬼夜行と言えば祭り。年がら年中祭りを開いているので有名だ。象徴的な神木、グルメ、そういったものを観光業として展開している。娯楽が多いのはいいことだ。人々を豊かにしてくれる。毎度違う祭りを楽しめるし、準備する側も、コンセプトごとに力を入れ、生徒によっては自分を表現できるいい機会になる。毎日が文化祭の雰囲気だ。
だが、それに乗じての事件や、トラブル、その他諸々が起きるのが常。
特に準備期間は熾烈を極める。特に人手による問題が多い。且つ治安維持の為の巡回も行わなければならない。魑魅一座が準備を妨害している場合は、分かりやすくて比較的簡単に対処可能だが……現実は厳しい。特にアヤメはあちこちで引っ張りだこだ。
───アヤメの活発な姿が脳裏に過る。
現在アヤメは屋台の手伝いをしている。さっきまで別の屋台の手伝いをして、その前は部活間の折衷、上げていたらキリがない。
一方で俺はナグサと一緒に新入部員の指導をしている。巡回のルート、銃の手入れ、仲間との連携、報告書の書き方など、ここ数週間で一定の業務の手ほどきをした。個人差はあるが、皆優秀だ。特に戦闘面に関しては不和レンゲが一歩頭が出ている。そして知略、事務面は桐生キキョウが秀でていた。
「こんなところか…」
それぞれ生徒の評価を俺とナグサでまとめ、報告書に記す。背筋を伸ばし息を吐く。外から賑やかな声が聞こえてくる。ここは良い所だ。行き場のない俺を受け止めてくれた場所、だからこそ守りたい。そうだ、アヤメに会わないと、そろそろ上がっている頃合いだろう。そう考えた俺は部室を後にした。
屋台が展示されている道を歩き周りを見渡す。多くの人々で混雑していて、流石に人ひとりを見つけるのは厳しい。和楽器の音、神輿の掛け声、花火の音、人によってはパニックになるんじゃないかというほどに混雑している。
「凄い人の数……おっと、すみません……あ」
「あ、シダ」
まさかのナグサと遭遇。手には焼き鳥があり食していた模様。いっつも焼き鳥ばっか食ってんなコイツ。成人したら酒とか飲ませない方がいい。絶対焼き鳥パラダイスになると予想する。
「ナグサ丁度いい所に、アヤメはどこにいるか知っているか?」
「ごめん。私も探してて、今探しているところなの」
「そうか…」
思い当たる場所に行ってみたりしたが、アヤメの姿は在らず。まさかではあるが、まだ誰かの手伝いをしているのではないかと不安な思いが湧く。そうだとしたら疲れ知らず過ぎる。意地でも休ませなきゃいかん。マジで。
「なぁなぁ、屋台の中で一番人気というか、大変そうなところは?」
「うーん……たこ焼き、焼きそば、かき氷辺り?」
「まぁその辺りしかないな。よし、ナグサ一緒に行くぞ」
「それはいいけど……アヤメはそこに居るのかな」
「出来ればいてほしくないな。メールしても返信がこない、何かに取り掛かっている可能性が高い」
手伝ってくれ。の一言があれば俺も融通利かせることはできる。自身のキャパというものを理解しているのだろうか?サボり魔の俺には分からないことかもしれないが。
「ナグサ、一応お前はアヤメの幼馴染だし、無理するなと忠告しておいてくれ」
「……………うん」
おい嘘だろ。そんな上擦った声が出た。長蛇の列の先には焼きそばの屋台が見える。そこには笑顔で挨拶し、調理してパックに詰め、それをお客さんに手渡しするアヤメの姿が見えた。今日の朝方からずっと働き詰め。正直に言えば百花繚乱の仕事の範疇を超えている。いや、この場合はアヤメの問題か。
「………ナグサ、俺達も手伝うぞ」
「えっ、そんな急に…」
「割り込んで強制的に上がらせるのも違う、そして人も多く並んでいる。だったら俺達2人だけでもサポートに回った方が良い。1人2人いるでも違うし、キリがいいところで上がらせてもらおう」
「で、でも、私……上手くできるか、分からないし…」
「そこは俺が上手いことサポートするから!ほら行くぞ!アヤメを放っておくことはできないからな!」
「ちょ、ちょっと!」
尻込みするナグサの手を引き、屋台裏へと駆け寄る。
祭りは盛り上がり、皆のボルテージも上がっている。ここは俺も合わせてノッておくか。
「Hey,アンタが店主かい?俺達はアヤメと同じ百花の繚乱のメンバー。今回は特別に手伝うぜ」
「え、ええ!?シダ君にナグサ?あんた達帰ったんじゃ…」
「ああ、アヤメちゃんと同じ委員会の子かい!人手が多い方が助かる!変なノリの坊や!早速で悪いが、後ろにある冷蔵庫から麺を持ってきてくれ!」
「おーけー、ほらナグサ。アヤメを手伝ってやれ、焼きそば焦げるぞー」
「え、あ、う、うん」
「………ははは!ナグサ!熱いの苦手でしょ?私がパックに詰めるから、会計はナグサに任せるよ?」
助けに入った俺達と、気合が入ったアヤメのお陰か、店は予想以上に繁盛した。客足が落ち着いた頃合いに店主から謝礼と焼きそばを頂いた。アヤメは断っていたが、働きには対価が支払われるのは当然だと俺は説得し、店主も同じ考えだと同調、アヤメは少し困惑した様子でそれを受け取った。
アヤメはこれを毎日やっているのか。疲れるな…これは。
人が少ない高台で、俺達3人は焼きそばと焼き鳥を食べながら打ち上げ花火を眺めていた。こうやって3人でゆっくりできる時間は久しぶりだ。偶にはこういう時間が必要………特にアヤメに関しては。
「シダ君、ナグサ………今日はありがとね」
何とも言えない表情をしているが、普段より落ち着いている様に見える。豪い別嬪さんだ。
「お前、今日"も"疲れただろ。ゆっくりできる時間は作った方がいい。今の様に」
「あはは……そうしたいけど、みんなの事ほっとけないからさ」
「だったら俺達を頼れ。人が多い方がすぐに事を済ませられる。ナグサも日和ってる割には動けるし」
「ひよっ………シダ、私だけ扱いが雑。泣くよ?」
「いつも泣いてんだろお前は……お前も不器用だな」
ナグサも何処か無理をしている様に見える。人にはそれぞれ一定のペースがある。そこに差異が出るのは仕方ない、そこはお互いにカバーし合うのが理想だ。よく考えて俯瞰してみれば、この2人……結構危うい様な……
「──って、おいナグサ!!俺の焼き鳥食ったな!?おまっ、何個目だ!?」
「美少女を泣かした罰としてこの焼き鳥は私が頂く」
「シダってかわいい子にはイタズラしちゃうタイプ?そんなんじゃモテないよ~?」
「ちょ、アヤメまで便乗するな!てか、また
「ひどい……また泣かせるつもり?うぅ…」
コイツ、全体的が白いからマジで豆腐そのものじゃねーか。おい、アヤメ。幼馴染として厳しく言っとけ!と俺はアヤメに視線を向ける。アヤメは苦笑しながら、ナグサの頭を撫でる。
「まぁまぁ、その辺に。でも……そうだね………ちょっとぐらいは休んでも……いいのかな」
「そうそうそうだよ。商工組合の奴や他の部活の奴ら、皆アヤメに頼りすぎなんだよ。アヤメも無理に引き受ける必要はないんだぁよ?」
いつも明るい笑顔で皆を助ける。そんな太陽の様な善性には敬意しかない。でも、アヤメは一斉に助けを引き受けている。完璧な実力を持つと言われている彼女だが、俺はそれは違うと思っている──いや、"確信"している。完璧な人間なんていない。そんな超人は存在しない。だがそれに近しいが故、皆の期待と圧を受けてしまっている。俺はそれが綻びに繋がることを"
「羽を休めること伸ばすことも1つの勉強と云える。俺達は学生だ。その権利はあるだろ。サボり魔の俺だからこそ見える視点がある。アヤメ、ナグサ。お前達はいつも頑張ってるよ。お疲れさん。今日ぐらいは座って休みな」
シダは立ち上がって2人に優しく笑いかける。友人だからこその純粋な想いがある。2人には色々と助けられてるし、感謝してる。少しはかっこつけさせてほしい。なんて。
「…………」
「…………」
……………シーンと場が静まる。長く語りすぎたからだろうか。それとも説教臭くなったからか。もしかしてウザイとか思われているだろうか──と不安が渦巻き始めるシダ。
俺は他人に気を遣う性格じゃない、いつも中途半端で言葉だけの人間だ。説得力がないのは明白。2人が黙るのも無理もない。
「そ、そうだね……ありがとう。シダ君…」
「……最近のシダは、なんか変……いつからそんな感じになったの…?」
頬を僅かに赤くした彼女達。アヤメは目を逸らし、ナグサはジト目でシダを睨み付ける。
なんだその妙な反応は。俺はいつもと変わらない………………はず?ん?
ピュ~と花火の打ち上がる音が鳴り、バンッと開く音が木霊する。妙な空気になったが、俺達はこの時間を心地よく楽しめた気がする。
設定やキャラクター、文章についておかしい所が有ればご指摘くださると幸いです。
修正は度々します。
シダは、花を咲かせない植物でありながら、その独特の形状と神秘的な雰囲気から、「夢」、「愛嬌」、「愛らしさ」、「魅惑」、「誠実」など、多くの花言葉を持っています。
シダの花は、バルト神話、エストニア神話、スラブ神話の魔法の花。
神話によると、この花は夏至の前夜に、ごく短期間だけ咲く。見つけた人に幸運をもたらす。伝説によっては、この花は人間に動物の言葉を理解する力を与えるとも言われている。この花は悪霊に厳重に守られており、採取に成功した者は現世の富を得ることができるが、その成果は常に不運をもたらすとされているため、放置する人もいる。