……精霊とはいえ、女の子と一緒のベッドで寝てしまうことになるなんて……不覚です、姉貴。
これからの生活に対する不安と寂しさで、まさかぼくがロゼに甘えてしまうなんて、クリーブランド姉貴の妹失格だ……。今までも何度か一緒に寝ていたとはいえ、ただの一度もロゼの誘惑に勝てた試しがない。見た目がモントピリアなだけのぼくとは違い、ロゼは正真正銘の女の子。ロゼの放つ女子フェロモンの誘惑に男の子なぼくが勝てる筈も無く……これは夢なのか、現実なのか、熱い真夏の夜……加熱した欲望は、ついに危険な領域へと突入する……なんて事にはさすがにならないが、とにかく精霊とはいえ昔なじみの女の子の誘惑に1度たりとも勝ててないのはクリーブランド級の名折れだとぼくは思うわけ。
……そう思ったところで、ロゼには結局勝てないのだが。
「……朝だな」
『……ん』
目が覚めれば、いつの間にか目覚めていたロゼの赤目と目が合う。
お互い何も話すことなく、ぼくとロゼはそのまま互いの指を合わせたり離したりを繰り返して戯れた。
暫くして完全に目が覚めて……バッとぼくは汗を掻きながら起き上がった。
「……また、やってしまった……」
『……?』
ベッドに座り込んだまま片手で頭を抑えてため息を吐く。
そんなぼくの腰まで降りた銀髪を、ベッドで横になったままのロゼが弄り始めてた。
まったくこの子は人の悩みも知らないで気楽なものである。……とか思ってたらぼくももう片方の手でロゼの銀髪を弄ってた。これはもう病気だな。依存もここまで来ればいっそ清々しい。
まあ、悩んでいても仕方ないな。
ベッドから立ち上がり、絡まった銀髪を手で振り払ってフサァっと靡かせる。丁度当たった朝日が銀の反射光となって目に入り、その刺激で一気に眠気が覚ます。
……よし、気が引き締まった。
「行くか」
『……ん!』
後ろでロゼが再び実態化を解いて半透明の状態になる。この状態になればぼく以外の人間にロゼの姿が見られることはない。……あくまで、ぼく以外に精霊が見える人間がいなければの話ではあるが。
実態化を解いたロゼの姿は、寝間着のような格好からいつの間にか黒い軍服に、レイが敵対する列強国のマークの入った黒いオフィサーキャップを深く被り込んだ厳つい出で立ちとなっていた。……モンスターカード「閃刀姫-ロゼ」としての姿だからとはいえ、なんだかぼく以上に気合いが入っているようにも見えてしまう。
ぼくらがいる場所ってあくまで教育機関だよね? 間違っても軍隊学校とかじゃないよね。……やばい、ARC-Vの方のアカデミアが過ぎって嫌な気分になってきた。このことは考えないようにしよう。
では、今日もアカデミア生活スタートだ。
◇
「えぇ~、錬金術とは、文字通り金属でないものから金属……特に金を作り出すのですが……広い意味では一般の物質を完全な物質に変化、変性しようとする技術のことにゃ」
……おかしいな、ぼくはデュエルリストの養成校にいる筈なのに、なんで「錬金術」とかいう胡散臭い授業を受けているのだろうか。
「元々は、古代エジプトから起こって、アラビアを経て全ヨーロッパに伝わった────」
教壇の椅子に座りながら「錬金術」の歴史をさわり程度に説明する、オシリス・レッドの寮長を兼任する「錬金術」授業担当の大徳寺先生を見ながら思う。
退屈な授業かもと思っていたが、「古代エジプト」という単語を聞いて一気にぼくの中で意識が切り替わった。遊戯王の世界において古代エジプトとくればそれはもう……無視できないくらいには重要な時代なのだ。具体的に言えば、古代エジプト時代の石版やら何やらが掘り起こされなければ、ペガサス・J・クロフォードによって「デュエルモンスターズ」が創設されることはないのだから。
(金属でないものを金属に……か)
思わず、“とある”カードを取り出して見つめる。
金属でないものを金属化する、と言われてパッと思い浮かんだのは、前世の遊戯王OCGにおいてカテゴリー化されたとあるテーマだった。
やれ城ノ内とキースの絆のテーマなどと揶揄されたテーマであるが……ふと、そのテーマの中核を担うこのカードが思い浮かんだのだ。
(この世界で1度も召喚できてないんだよな、“アレ”)
カードとしては、確かに自分の手元にある。
だが、この世界に来てからあれこれ、デュエルにおいて今自分が思い浮かんでいる“アレ”や、それを召喚するのに必要なこの手にあるカードが、何故か一度も自分の手札に来てくれないのだ。
(だから願掛けも込めて、あのカードもデッキに入れているんだが……)
あのカードというのは、デッキからしか特殊召喚できず、召喚条件と強さが明らかに釣り合っていない。しかし、“アレ”とは異なり、そのモンスターは問題なく今世のデュエルでも召喚できるし、なんだかんだ随所で頼りにもなってくれている。……あと、なぜか出すと運命力が上がっているような気がするのだ。
(レッドアイズ・ブラックメタルドラゴン……アイツを使い続けれていれば、いずれ“アレ”も出せるようになるんじゃないかと思って使い続けてきたんだけど……)
ハァ、とため息を吐く。
そのような兆候は1度も見えてこない。
来てくれないなら来てくれないでどうにかするだけなのだが、デッキに入れているのに一度も手札に来てくれたことがない……というのは、デュエリスト的には中々くるものがある。
要するに、これは所謂カードが応えてくれない、という事では無いか。
「……余所見とは関心しないな、2番クン」
「ッ、三沢か」
不意に隣から声を掛けられ、見られないように急いでカードをしまい込む。
「戦術を考えるのも結構だが、今は目の前の講義に集中するべきだろう」
「……そうだな。気を散らして悪かった」
これは三沢さんの言う通りだな。ぐうの音も出ない。
古代エジプトと聞いて、せっかく「錬金術」とやらに興味が出てきたことだし、ここは大人しく大徳寺先生の講義を聞いているとしよう。
金属でないモノを金属に、一般的な物質を完全なモノに、か。
なら、“アレ”を出せないぼくは。
レッドアイズを
……大徳寺先生の授業に興味を示す一方で、そんなネガティブな思考が時々チラつくようになった。
……そして、その日の夜。
『フィリア、今すぐ来てくれ!! 翔の奴が女子寮に攫われちまった! 向こうはオレとお前で来いって言ってるんだ!』
……端末にそんな十代のメッセージが届いた時、意味が分からずぼくとロゼは思わず目を点にしてしまった。
◇
「それで、どういう事だ十代」
「どうもこうもねえよ。風呂から上がったら部屋に翔の姿がなくて……代わりに携帯にこんな音声が届いてさ」
「……聞かせろ」
渋々レッド寮を訪れたフィリアは十代の部屋の玄関前で十代から事態を聞き出していた。
姿を消した丸藤翔。手がかりは十代の端末に届いた音声メッセージしかなかった。
『────丸藤ヲ預カッテイル。返シテ欲シクバ、門戸フィリアト共ト女子寮マデ来ラレテシ。」
その音声を聞いたフィリアは眉を一瞬顰めただけで表情をほとんど変えない。
────いやなんだこの……「ともだちコレクション」も真っ青な、故障した機械のようなノイズ音声は? いや……棒読み具合で言えばあっちより数段マシではあるが。
……が、内心ではその不気味な電子音声メッセージに少し引いていた。
「……それで、どうするつもりだ?」
「決まってんだろ! 翔を助けに行く!」
「……落ち着け十代。何か変だ」
急いで行こうとする十代の肩を掴んで引き留めるフィリア。
十代は走るスキップ姿勢を維持しながら、フィリアの方を振り向いた。
「同じ部屋のお前はともかく、なんで態々ぼくまで呼ばれる?」
「そりゃあ、友達だからだろ?」
「……友達、ね。そう思ってくれるのは嬉しいけれど、実際ぼくとお前の仲なんて一回デュエルしたくらいで、肝心の丸藤とも少しの会話しかしていない」
「それがどうしたんだよ?」
「ぼくが言いたいのは、お前達とぼくのそんな短く浅い関係を知っている人間なんて限られるだろうって事だ。……パッと思い浮かぶ人物は2人。だが、そのどちらも態々ぼくたちを呼び出す理由が分からない」
「誰なんだよ、その2人って!?」
フィリアの説明を聞いた十代は身を乗り出して問い詰める。
それに対してフィリアは淡々としたまま答えた。
「1人は準。お前がデュエルフィールドで一触触発になったぼくの幼馴染みだ。そしてもう1人、ぼくとお前達の交友を知った人間がいただろう?」
「……あっ、あの明日香って奴か?」
「そうだ……男である準が態々女子寮で何かをやるとも思えないし……順当に考えればぼくたちを纏めて呼ぶ人間なんて消去法で天上院くらいだろう。……勿論、どちらか2人が他の人間に言い触らしたって可能性もなくはないが」
そう言ってフィリアは僅かに目を顰める。
幼馴染みの準が態々そんなつまらない情報を広めるとも思えない。だからと言って、残りの候補である天上院 明日香がそんな人間とも思えないからだ。
「犯人が分かってんなら尚更急ごうぜ、女子寮に!」
「……分かった。行ってみないことには何も分からないし、ぼくも一緒に行く」
「ありがとな、フィリア」
……まさか、2人がかりの手漕ぎボートで態々女子寮まで渡る羽目になるとは思わなかったと、フィリアは後に少しだけ後悔した。
「兄貴ぃ~、門戸さ~ん」
手こぎボートで女子寮の敷地まで辿り着くと、そこには両腕を縄で縛られた翔と、そんな翔を連れ出す3人のブルー女子の姿があった。
……情けない声を出しながら此方に助けてと視線を乞う翔の姿と、そんな翔に非難の目線を向ける明日香の取り巻きらしき女子2人の様子に、フィリアは嫌な予感を覚えつつ、湧き上がる激情を努めて抑えながら翔に問いかけた。
「……とりあえず丸藤、事情を説明しろ」
「そうだぜ翔、これはどういう事なんだよ」
便乗して十代もボートから見上げながら翔に問いかける。
「そ、それが……話せば長いような……長くないような……」
脈絡を得ない翔の言動に苛つきつつも、フィリアは抑える。
「こいつがね、女子寮のお風呂を覗いたのよ!」
「な、何だって!?」
「覗いてないって!」
取り巻きの女子の発言に十代は目を見開き、翔はそれに対して反論した後、不満そうに
……対して、フィリアはひたすらドライな表情でその様子をみていた。
「これが学校にバレたら、きっと退学ですわ~」
もう1人の取り巻きの女子が間の抜けた口調で翔を責め立てる。
「ねえ貴方達、私とデュエルしない? もし私に勝てたら、風呂場覗きの件は大目に見てあげるわ?」
「だから覗いてないって……!!」
「────少し
翔が再び反論しようとしたその瞬間、そんな冷たい一言が翔の耳に震え渡った。
周りの女子達も、フィリアの普段の言動と一見変わりない、しかし確実にいつもより冷たいその空気を感じ取って幾ばくか肌を震え上がらせた。
明日香さえも、その1人だった。
「……天上院も、被害者ならデュエルだの何だので有耶無耶にしようとするな。翔本人から事情を聞いて納得しない限り、ぼくはデュエルをしてやるつもりなんてない」
「そ、そんな……」
「お、おいフィリア……!」
翔を見捨てることを仄めかすようなフィリアの言動に、十代は思わずフィリアの肩を掴んで呼びかける。
「悪いが十代。今回ばかりは天上院側に付かせて貰う。
……ぼくも、この見た目だからな。勘違いした男たちからそういう被害を受けたことが幾度とあった」
そんなフィリアのカミングアウトに、十代は思わず、息を呑み込んで何も言えなかった。
「お陰で嘗められないように色々苦労した。……準と友達になる切っ掛けも、そんな打算が始まりだった。まぁ、その話はいいんだ。」
再び、フィリアの赤い目線が翔に向く。
さっきまで女子から「覗き」と言われる度に反論して噛みついていた威勢はどこに行ったのやら、すっかり怯えきった翔は表情を強張らせる。
「全部話せ丸藤。覗きをしていないっていうなら尚更、何が理由でここにいるのか、最初から全て話せ」
「……は、はぃ……」
フィリアのドライな圧に逆らえず、翔はポツ、ポツと話し始めた。
(……これは、さすがに想定外ね)
翔と同様、すっかり怯えきってしまった取り巻き2人を何とか諫めながら、明日香は内心でため息を吐いた。
……明日香としては、「覗きをしていない」という翔の言い分自体は信じてやるつもりでいた。だから、特段別に怒っているわけじゃない。
精々、罰として自分が十代やフィリアとデュエルをする口実のための餌になってもらおう位のものだった。
なのにまさかその肝心の相手の1人が、
しかも、そうなるのも納得の背景まで持ち出されては、明日香としても何も言えなくなってしまう。
本来ならば其方を喜ぶべきことなのに、デュエリストとしてはまったく真反対の望まない方向に話が進んで行ってしまっている。
デュエルバカの十代だけならばまだなにも考えずに応じてくれたかもしれない。だが、何も知らなかったとはいえフィリアの背景を何も知らないまま彼を呼び出してしまった自分の失態を明日香は呪った。
……兄と同じエースモンスターを使う彼とデュエルをしたい、本音はただそれだけだったのに。
明日香が後悔している中で、翔は覚束ない口調ながらも事情をフィリアに全て説明したようだった。
「……本当に、覗きはしていないんだな」
「ほ、本当だよ!? 確かに
「ここまで言われて、お前の頭はコレなのか?」
「……え?」
呆れたように呟いたフィリアの言葉に唖然とする翔。
「彼女たちが怒っている理由が分からないのか? お前がさっきから自分を正当化しようとして、反省してる態度がまったく見えないからだ」
「で、でも、覗いてないのは本当で……」
「それ以前に勝手に敷地に入らないのが当たり前だろ? しかも風呂時は女子にとっては非常にデリケートな時間だ。お前はそれすら考えずに、間抜けな手口に勝手に舞い上がってここまで来たんだ」
反論の余地すら与えられず、翔はただ萎縮するのみだった。
なまじフィリアの容姿でそのように言われては、まるで本物の女子から言われているようで何も言い返せない。
なまじ女子と同じ被害に遭ってきたと本人が言っているのだから、フィリア個人として翔に味方してやる理由がないのが、翔にとっては1番辛かった。
頼みの兄貴分である十代に目線を向けても、十代も珍しく頬を掻いてどうすればいいか分からない様子だった。
……言いたい事は言ったのか、目線を翔から外したフィリアは今度は明日香へと向き直る。
「……例の手紙は?」
「え、えぇ……これよ」
言われるがまま、明日香も翔が騙された手紙をフィリアへと渡す。
中身を開いたフィリアは万遍なくそれを吟味し始めた。
「……臭くて、ひどい内容だな。字も汚いし、筆圧からして男か」
「……そうよ、私もここまで字が汚いつもりなんてないし……宛名も十代君だし、誰かが十代くんを陥れようとして、間違って翔くんのロッカーに入れたみたい」
「騙す方も、騙された方も揃って間抜けか。……ご丁寧にキスマークまで……ん?」
手紙を吟味していたフィリアだったが、途中で何かに気付いたように目を僅かに開き、そして手紙のキスマークの方に顔を近づけ、その匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょ、貴方なにしてるの!?」
「……ちょっと待て」
止めようとする明日香にそう言いながら、フィリアは暫くキスマークの部分を嗅ぎ続けた。
そして……。
「このキスマーク……相当高級な口紅が使われてるな。とても学生個人が所有できる額のモノとは思えない。となると……仕掛けたのはこの学園でも相当金を貰ってる人、立場のある人間ってことになる……」
勘弁してくれ……と言いたげにフィリアは片手で顔を覆っていた。
「そ、そこまで分かりますの?」
「……むかし、準とよく探偵ごっこして遊んでたからな」
心なしか、恥ずかしそうに目を逸らしながらフィリアは答える。
「それでそんな分かるようになるの?」
「……妥協できなかったんだよ、ぼくも、準も」
明日香の取り巻きの2人の質問にフィリアは少し恥ずかしそうに答える。
最初はフィリアの雰囲気に怯えつつも、男子でありながらちゃんと自分達の立場になって翔を叱ってくれたフィリアに、女子2人はなんだかんだ心を許しつつあった。
心なしか、フィリアが纏っていた剣呑な雰囲気が和らいでいる気がした。
恥ずかしげながらも、それだけフィリアにとって幼馴染みの万丈目との思い出は特別なモノなのだと、ここにいる全員は感じ取った。
「……それで、丸藤」
「は、はい」
「怒ってる理由が分かったのなら、言うべきことがあるだろう。……ちゃんと、言えるな?」
「……はい」
フィリアに言われて、シュンと気落ちしたような表情になった翔は静かに明日香たちの方へ向き直った。
「……その、勝手に入ってきて、不快な思いをさせてごめんなさい。もうしませんから、どうか……」
先ほどの強気な態度とは打って変わり、体を震わせながら必死に頭を下げる翔。
「私はいいけれど、ジュンコとももえはどうかしら?」
元からそんなに怒っていなかった明日香は、今度は取り巻きの2人の女子に問いかける。
暫し、2人は少し難しい表情をしながら翔を睨み付ける。
「……明日香様がそう言うなら、私が言うことはありません」
「言いたい事は……門戸様が全部言って下さいましたし、私もこれ以上言うことはありませんわ~」
やがて、フィリアにキツく言われた翔を見て2人も溜欲がある程度下がっていたのか、渋々といった様子ではあるが翔を許すようだった。
「よっしゃあ! よかったな、翔!」
「あ、兄貴も……僕なんかのためにここまで来てくれてありがとう」
笑顔で翔に駆け寄った十代は翔の肩に手を置きながら自分のことのように喜んでいた。
せっかく自分を兄貴分と慕ってくれる同級生と入学早々お別れになってしまうのは十代としても非情に悲しく、当然の反応と言えた。
剣呑な雰囲気が止んだ女子陣と喜ぶ男子2人を見たフィリアはこれで一件落着か、と肩の荷を下ろす。
「帰るぞ十代。ぼくたちもいつまでもここにいるわけには行かない」
「それもそうだな。早くレッド寮に帰ろうぜ翔!」
「う、うん!」
そう言ってボートに乗り込もうとする3人であったが。
「ちょ、ちょっと待って!」
そんな3人を呼び止めたのは明日香だった。
何事かと振り向いた3人に対して、明日香は何かを言い淀んだまま次の言葉を出せずにいた。
……本当は、覗きの件なんて口実に過ぎず、十代とフィリアとデュエルをするというのが明日香の本当の目的だった。
さすがにフィリアの方が来てくれるかどうかは賭けであったが、そのフィリアが逆に運良く来てしまったことで、覗きの件がデュエルを通さないで真っ当な形で幕を閉じてしまったのだ。
つまり、明日香がデュエルするために彼らを引き留めるための口実が、なくなってしまったのである。
「……そういえば、一つ気になっていたな。なんでぼくまで呼んだんだ、天上院?」
「……え?」
「1度デュエルした位しか十代と接点がないぼくを呼ぶのは不自然だし、元々それが気になってここまで来たんだ。他に何か用でも?」
だが、フィリアがここで話しを切りだしてくれたのは明日香にとっては幸いだった。
覗きの件が解決してしまった今、彼らに対する拘束力がない以上、正直に話してしまうより他ないだろう。
「十代くん、そしてフィリア君。私とデュエルしてくれないかしら?」
「……オレ達と?」
「えぇ、翔君が騙されてここに来たって事は分かっていたし……勿論、翔君には反省してほしいけれど、翔君を使ってアナタ達をおびき寄せてデュエルしたかったの。勝敗に関わらず、翔くんの事は元々返すつもりだったわ……」
「そ、そうだったのか……ならすぐやろうぜ! フィリアもせっかくだし、デュエルして行こうぜ」
デュエルが用事であったと分かった十代はすぐに好戦的な笑みを浮かべながら、フィリアにも誘いをかける。
……対するフィリアはと言うと、暫く訝しげに明日香を見た後、ため息を吐いて応じた。
「……いいよ。丸藤を庇ってくれた礼になるか分からないけれど、デュエルするだけでいいのなら構わない」
フィリアの謎の言い回しに十代は一瞬首を傾げ、明日香の方は驚いたようにフィリアを見た。……翔の方は心当たりがあるのか、気まずそうに視線を右往左往させていた。
「今納得した。これだけの事なのに、大した騒ぎになっている様子がないし、丸藤を連れて出てきたのはお前達3人だけだ。……最初から返すつもりだったってことは、お前達だけで話を内々にしてるって事だろ?」
「……そうよ。この件を知っているのは一部の1年生の女子たちだけよ。私が騒ぎにならないように言い含めておいたの。だから、この件は寮長の鮎川先生にも伝えてないわ」
最初から、翔のことを学校に言うつもりはなかった。
明日香は最初から翔のことを許すつもりだった。
ただ罰としてちょっと人質になってもらっただけで、明日香は翔にそれ以上のことを求めなかった。
最初は冗談じゃないと断るつもりだったが。
ここまでしてくれた彼女の要求に応じないとなれば、さすがのフィリアもいたたまれなくなる。
「分かった。最初はぼくから行く。十代は後からでいいな?」
「おう! 本当はオレが先にやりてえけど、お前のレッドアイズもまた見たいしな! どっちでもいいぜ!」
「……決まりね」
話がまとまった彼らは男子陣と女子陣でそれぞれ用意したボートの上でデュエルすることになった。
覗きの件が解決したとはいえ、本来ならこの時間まで他寮の生徒とデュエルしていること自体が校則違反だからだ。
女子寮から持ってきた白いボートをそれぞれ用意して、デュエルする人間はボートを上に立ち、それ以外の後ろのスペースに座りながら観戦することになった。
『デュエル!』
・主人公
実は自分も朝女の子と一緒のベッドに寝るとかいうアウトな事をしていたので、そんな自分の事を棚に上げて翔にキツい言葉をかけてしまったことを少し後悔している男の娘。明日香が実は最初から翔を解放するつもりだったとしてその罪悪感に余計に拍車をかける。
そんな寛大な心を持つ明日香の要求に応えないわけにもいかないことと、翔に対する多少の罪悪感からもデュエルすることにした。
・じゅんこ、ももえ
明日香の取り巻き2人。アニメでも翔のこと色々言ってたけど、鮎川先生から翔のこと隠すのに協力していたので、本来なら翔がこの2人に強く言い返す権利はないと思う。
・十代
とりあえず翔が退学になることはないと分かって大喜び。おまけに強い奴とデュエルできると聞いて二重に大喜び。
……でも、フィリアのことはあまり怒らせない方がいいと心に刻み込んだ。
・明日香
デュエルするまでの段取りをフィリアのおかげでことごとく狂わされる。
最終的には翔を庇っていたことまでフィリアに見抜かれて、とにかく調子を狂わされっぱなしだった。
でも肝心のデュエルに持ち込むことはできたので結果オーライ。
・クロノス先生
今回の一件を仕組んだ黒幕……なのだが、十代を嵌めるつもりが間違えて翔のロッカーに手紙を入れてしまった。
そこまでは原作通りだが、よりにもよって手紙に付けた自分のキスマークにフィリアが顔を近づける所を目撃してしまい、軽く性癖破壊を食らっていた。