陰謀論おじさん「ゴジラなんて本当にいるわけねえしwww」 作:よよよーよ・だーだだ
「……ふう。」
モニターに映る文字の海を見つめながら、わたしは深いため息をつく。Web作家としてのキャリアも10年を越えたわたしであるが、最近は創作意欲がさっぱり湧いてこない。締め切りは迫っているというのに、まったく筆が進まない。
「……出かけるか」
かくしてわたしは家を出た。
行き先は最寄りのイオンモール。都会の喧騒から少し離れた郊外にあるその大型ショッピングモールは、わたしにとっての避難所だった。人々の日常的な会話や、のんびりとした空気が、凝り固まった頭をほぐしてくれるのだ。
フードコートで昼食の天ぷらうどんを啜りながらぼんやりと人々の往来を眺めていると、
「――だから言ってるだろ! あれは間違いなく『奴ら』の仕業なんだよ!」
突如隣のテーブルから聞こえてきた怒声に、わたしは思わず箸を止めた。
振り返ると、声の主は四十代後半くらいの眼鏡をかけた男性だった。服装はスーツ姿で元は如何にも社会的身分がある紳士だったのだろうが、よく見ると着ているワイシャツの襟は黄ばみ、ネクタイは歪んでスーツはよれよれ、どこかひどくくたびれた雰囲気に包まれている。
だがその目だけは異様に鋭く光っていた。尋常ではない、何かに憑かれたような光である。
「へえ、そうなんだな。俺バカだからわからねえけど」
気だるげにそう答えた聞き手の男性は、色褪せたアロハシャツにサンダル履き。あまり政治的に正しくない表現ではあるが、なんというか、その、昼間から酒でも飲んでそうな風体である。実際酒でも入っているのか顔はやや赤らんでおり、目の前には中ジョッキが置かれている。
そんな男性に、眼鏡をかけた男性は熱く語りかける。
「三年前の東京ゴジラ襲撃事件、覚えてるだろう?」
……三年前の東京ゴジラ襲撃。わたしも、もちろん覚えている。
あれは真夏の夜、東京湾から突如として現れた全高五十メートル超の巨大不明生物ゴジラが、都心部を縦断して甚大な被害をもたらした事件だ。ニュースで何度も繰り返し流れた映像──夜の闇の中を進む黒い巨体、口から吐き出される青白い熱線、倒壊するビル群──は、今でも鮮明に覚えている。
この眼鏡の男性は、あのゴジラについて話しているのだろうか。わたしが耳を傾ける中、眼鏡の男性は語り続けた。
「あれこそが『奴ら』の計画の一環なんだ! ブラックホール第三惑星人だよ! いいか、三年前の東京ゴジラ襲撃、あれは本物のゴジラじゃない。ニセゴジラ、つまりゴジラの皮を被ったロボットのメカゴジラなんだ!」
……どうやら眼鏡の男性が話しているのは、ゴジラの話と言っても陰謀論の類らしかった。
あの襲撃のあと、ゴジラは夜明けとともに東京湾へと姿を消した。あれから三年経って東京の復興は進んでいるが、ゴジラについては不明なことが多い。ゴジラがなぜ現れたのか、再び現れる可能性はあるのか……すべては謎のままとなっている。
そんなわけでゴジラに関する陰謀論は巷でも話題になっていると聞いたことがあるが、どうやらこの眼鏡の男性はその陰謀論者の一人であるようだ。
対して、聞き手の男性はジョッキを呷りながらこう答えた。
「メカゴジラ? ああ、機械のやつか。でもなんでゴジラの形してるんだ? 別にゴジラの形してる必要なくないか?」
「そういう問題じゃなくて……メカゴジラはブラックホール第三惑星から来た侵略者が作った奴で……」
「ぶらっくほーる……? それってどこの国?」
「国じゃない! 惑星だ! 宇宙の、ブラックホールの近くにある第三番目の惑星から来た侵略者なんだ!」
「あー、海外ね。海外のお酒って美味いの? 俺、韓国焼酎は好きなんだけど」
「酒の話じゃない!!……」
……なに、この会話。
わたしは思わず噴き出しそうになった。眼鏡の男性――仮に〈陰謀論おじさん〉と呼称しよう――が必死に説明を続けているのだが、聞き手の男性に理解度が無さ過ぎてまるで話が通じていない。
やがて陰謀論おじさんが声を落とした。周囲を警戒するように、視線を泳がせて言う。
「……いいか、もっと恐ろしいことがある。日本政府はもう乗っ取られているんだ。首相官邸にも、メディアにも、ブラックホール第三惑星人のエージェントが入り込んでいる。真実は完全に隠蔽されているんだ!」
「にっぽん……? ああ、ここね」
聞き手の男性がビールを一口飲んだ。
「でもよ、政治家さんって大変そうだよな。テレビ見てるといつも怒られてるし」
「そういう話じゃない! 日本だけじゃない。アメリカも、ロシアも、中国も、全ての大国が既に――」
「中国? ああ、パンダのとこだろ? 可愛いよな、パンダ」
「パンダじゃない! 世界第二位の経済大国で、十四億人の人口を抱える……」
「十四億? すげえな。俺んとこの町内会なんか五十人もいねえぞ」
「町内会の話じゃない……!」
「ああ、そうなの」
「おまえなあ……!」
陰謀論おじさんの悲痛な声が響く。しかし聞き手の男性――〈俺バカだからわからねぇけどよォおじさん〉と呼ぼう――は相変わらずマイペースだ。
「でもよ、そんな遠くから来れるってことは、めちゃくちゃ金持ちじゃん。超ハイテクでしょ?」
「そうだ、極めて高度な文明を持っているんだ! だから……」
「だよなー。じゃあさあ、何で金持ちなのにキレーなお姉ちゃんと遊ばずに、そんな面倒くさいことしてんの? 俺だったら毎日キャバクラだわ」
「遊びじゃないんだ、これは侵略なんだ! 地球を支配するために……」
「ふーん」
掠れた声。陰謀論おじさんの心が折れかけている。対する俺バカだから(中略)おじさんは、目の前のカレーライスをもぐもぐと食べている。完全に聞き流しているようだった。
「世界中の権力者たちが奴らの支配下にある。イーロン=マスクもそうだ。彼のスペースX計画は……」
「いーろん? 誰それ、歌手?」
「実業家だ! テスラモーターズの創業者で……」
「て、すら……?」
「電気自動車だ!」
「へー。でも俺、免許ないし」
「世界一の金持ちだよ! 知らないのか……?」
「いや、知らないな。俺バカだからよ」
「…………。」
陰謀論おじさんが机に突っ伏した。
……ああ、もうダメだ。完全に話が通じていない。わたしは口元を手で覆った。これ以上見ていたら絶対に吹き出してしまう。
そんな中、俺バカ(略)おじさんは「あのさ」と言った。
「アキラさー、そのいーろん?だっけ? 会ったことあるの?」
俺バカryおじさんの問いかけに、陰謀論おじさんは逡巡したあと渋々の様子で答えた。
「……いや、ない」
「じゃあどうでもよくね?」
「んなっ……!?」
愕然とする陰謀論おじさんに対し、俺バカryおじさんは言った。
「そんな陰謀があったとしてもさ、俺たち50年生きてこれたわけじゃん? だったらもう10年くらい、なんとかなるって」
「そういう楽観論が……」
「だってそうだろ? 明日ゴジラが来て死ぬかもしれないのに、宇宙人だの政府だのの心配までしてどうすんだよ」
……たしかにそうだ。思わずわたしも頷いてしまった。
俺バカryおじさんが立ち上がった。
「つーかよ、イーだのロンだの聞いてたらなんか麻雀やりたくなってきたわ。今から雀荘行かね?」
「……は?」
「駅前の雀荘。お前も来いよ」
長い沈黙の末、陰謀論おじさんは答えた。
「……行く」
「マジで? よっしゃ、じゃあ行こうぜ!」
いや、行くのかよ。
俺バカryおじさんがゴミをまとめ始める。陰謀論おじさんもよろよろと立ち上がった。
「なー、その宇宙人って麻雀できんのかな」
「……知らない」
「できたら面白いよな。ははは……!」
そうして二人のおじさんは、フードコートの出口に消えていった。
わたしは冷めたうどんを啜りながら、さっきの会話を反芻した。
……世界は本当に陰謀に満ちているのだろうか。
でも、麻雀の方が大事な人もいる。明日の心配より、今日の楽しみを選ぶ人もいる。それでいいのかもしれない。
いや、それでいいのだ。そうでなければ誰もが狂ってしまう――なんて、作家らしくもっともらしいことを考えてみたところで、結局わたしにも分からない。
ただ、一つだけ確信したことがある。
今日目撃したおじさんの会話は、絶対にネタになる。
わたしは急いでスマホを取り出し、メモアプリを開いた。さっきまで湧かなかった創作意欲が、今は溢れんばかりにムンムン湧いてくる。
陰謀論を語るおじさんと、それを全く理解できないおじさん。そしてイーロンの話をしているうちに、最後は麻雀に行く……ナンセンスの極みだ。
わたしは夢中でメモを取り始めた。フードコートの喧騒も、もう気にならない。
「陰謀論おじさんVS俺バカだからわからねぇけどよォおじさん、か……」
……久しぶりに書きたいものが見つかった。二人のおじさんたちに心から感謝したい。そう思った。
俺の名前は田井中シュウジ。五十路も半ばを過ぎた、ごく普通のおっさんだ。
今日も、数十年来の親友と待ち合わせをしていた。イオンモールのフードコートは、昔から俺たちの定番の待ち合わせ場所だ。
「よう、アキラ。相変わらずかぁ~?」
遅れて到着した俺は、軽く手を挙げて挨拶をする。待ち合わせていた俺の親友:秋山アキラは既に席に着いていて、缶コーヒーを握りしめながら、虚空を見つめていた。
「ああ、シューちゃんか。来たな」
アキラは顔を上げた。相変わらず目つきが鋭い。いや、鋭いというより……なんというか、ちょっと怖いくらいだ。
「まーたそうやってスマホばっか見てよお。そんなに面白いもんでも見てんのか~?」
「ああ、面白いどころじゃないぞ。これは重要な情報なんだ」
アキラの声が大きくなる。周りの客が振り向くのが見えた。
「おいおい、声でけえぞ。なんだよ、そんなに大事な話って」
「『奴ら』の陰謀さ! 地球を狙う侵略者の企みが、ここに書かれているんだ!」
……そうかよ。
俺はカレーライスを注文して、アキラの向かいに座った。中ジョッキも頼んじまった。昼間から酒を飲むなんてダメ人間のすることだってくらいは分かってる。でもな、こうでもしねえと、アキラの話を聞き続けるのはキツいんだ。
「へえ。でもよ、そんなに“ながらスマホ”に夢中になってると、目ぇ悪くなるし首も痛めちまうぞ。そういや、うちのナカノん家の娘がさ~……」
「いいかシューちゃん、聞いてくれ。これは大変なことなんだ……!」
……ああ、また始まった。最近のアキラは、こういう話ばかりだ。アキラの目つきは真剣だったが、俺には親友がこんな風に熱くなる理由が分からない。
勢いよく話し始めるアキラに、俺は気だるげに答えた。
「へえ、そうなんだな。俺にはわからねえけど」
……本当は、アキラが何を言おうとしてるか大体わかってる。でも、わからないフリをするんだ。そうじゃねえと、アキラがますます深みにハマっちまう。
アキラは昔から頭がよかった。
俺の地元じゃ誰もが認める優等生、スポーツも得意だったし、学校の成績だっていつも一番だった。高校を卒業してからは東京の名門大学に進学し、その後大手企業に就職、さらに独立して自分の会社を建てちまった。結婚して子供も授かり、誰もが羨むような人生を歩んでいたんだ。
……俺? ああ、俺は高校卒業してすぐに地元のスーパーへ就職したよ。今でもそこの鮮魚コーナーでサカナを捌いて、毎日へらへら暮らしてる。アキラみてえに頭良くねえからさ。
俺がそんなことを考えている一方で、アキラは勢い良くしゃべり続ける。
「三年前、覚えてるだろう? あれが始まりだったんだ……」
……ああ、覚えてるさ。忘れるわけがねえ。
俺たちの人生が変わっちまったのは、『3年前のあの日』だった。あの日、誰も予想だにしなかった悲劇が起きた。
東京ゴジラ襲撃。
……まるでB級映画のタイトルみてえな話だったが、本当に起こっちまったんだから笑えねえ話だ。街に突如現れた大怪獣が街中を踏み躙り、口から火を吐きながらすべてを焼き尽くす。映画の中でしか見たことのないような光景が、現実となって街を破壊していった。
そしてその日、アキラは家族と共に被災した。
街は破壊され、多くの命が奪われた。アキラは建て替えたばかりの家も、順調だった仕事も、そして掛け替えのない女房と子供までも、何もかもすべてを失ってしまったんだ。
……あの日以来、アキラはすっかり変わっちまった。最初は悲しみに暮れてるんだと思ってた。俺なんかバカだからよ、数十年来の親友が苦しんでるのになんにもしてやれなかった。
だけど、それがきっと良くなかったんだろうな。あるときから、アキラはこんなことを言い出すようになった。
「あのゴジラは本物じゃない」
「政府が隠蔽している」
「ブラックホール第三惑星人の仕業なんだ」
最初は、ゴジラ災害の原因を知りたいんだって言ってた。そのうち、ネットで色んな情報を集めるようになって、気づいたときにはこうなってた。
難しすぎて、俺にはまったく理解できない。でも、アキラの目の輝きは本物だった。
「『奴ら』さ! ブラックホール第三惑星人だよ! いいか、三年前の東京ゴジラ襲撃、あれは本物のゴジラじゃない。メカゴジラ、つまりゴジラの皮を被ったロボットなんだ!」
「日本政府はもう乗っ取られているんだ。首相官邸にも、メディアにも、ブラックホール第三惑星人のエージェントが入り込んでいる。真実は完全に隠蔽されているんだ!」
「日本だけじゃない。アメリカも、ロシアも、中国も、全ての大国が既に――」
正直、アキラの言ってることの半分も分かんねえ。政府がどうのこうのって話は、ニュースでやってるのを何となく聞いたことあるくらいだ。
……あのさあ、と俺は言った。
「昔みてえにさ、もっと普通の話でもしねえか? 陰謀とかじゃなくてよ……」
そう訊ねると、アキラは俺をじっと見つめた。その目には、かつての親友の面影はほとんど残っていなかった。
「普通って何だ? シューちゃん、お前には分からないのか? 世の中が普通じゃないんだよ。すべては『奴ら』によって仕組まれているんだ……」
「おい、アキラよぉ~、そんな難しい話は俺にゃわかんねぇよお~」
「だから説明しているんだ、シューちゃん。いいか、この世界には……」
俺は再び首を傾げた。
……本当は、アキラの言っていることが全く理解できないわけじゃない。世界のどこかには本当に『陰謀』みたいなのがあるのかもしれない。あるいはあのときのゴジラ襲撃だって、それが引き起こしたのかもしれないよな。
だけど、そんなの関係無い。
そんな悪い奴らを仮に一匹残らずブッ殺してやったところで、アキラが亡くしたものが返ってくることなんか無いんだ。
「とにかくだ、世界中で起きている異常気象も、頻発する地震も、全ては『奴ら』の仕業で……」
「地震かあ。そういや昨日の夜も揺れたよな」
「そうだ! あれもHAARPという気象兵器を使った……」
「はーぷ? 楽器か?」
「楽器じゃない! 高周波活性オーロラ調査プログラムで……」
俺の親友がこんな風に変わってしまったのは、あの事件のせいだ。でも、それを陰謀のせいにしたところで何も変わらない。むしろこんな風に陰謀論に嵌り込むことで、アキラはますます現実から遠ざかっていってしまう。
「……まあいい。お前には分からないんだろうな」
「そうだな。俺にゃあ分かんねえや。バカだからよ」
俺はわざとらしく頭をかきながら言った。本当は胸が痛んでいた。昔のアキラを取り戻したい。でも、どうすればいいのか分かんねえんだ、俺バカだからよ。
やがて呆れた様子でアキラは言った。
「……シューちゃん。お前みたいに何も知らない方が、もしかしたら幸せなのかもしれないな」
「へ? なんだよ急に」
「いや……何でもない」
……こうして、俺は今日もアキラの話を聞く。侵略者やらブラックホール第三惑星人やら、アキラがどこかから仕入れてくる話は正直言って意味不明な話ばかり。
でもな、そんなこと関係ねぇんだよ。アキラは、あの悲劇から逃げようとしているんだ。現実を直視するのが怖いんだ。
……なあ、アキラ。
おまえがすべてを失ったのは陰謀のせいなんかじゃないんだ。
だから陰謀なんかと戦おうとしなくていい。もう自分を責めなくていいんだよ。
アキラは昔から頑張り屋でマジメだったから、何でも完璧にやろうとする奴だった。でも、世の中には、人間の力じゃどうしようもねぇこともある。それくらいのことが、なんでわからねえんだろう。
だけど俺にはなにもしてやれない。『あの日』をなかったことになんかしてやれないし、可愛かったアキラの嫁さんや最愛の子供たちだって取り返してやれない。
バカな俺に出来ることと言えば、ブッ壊れちまった親友の傍にいてやることだけだ。
「俺、バカだからわからねえけどよォ……」
だから俺はそう言いながら、俺はアキラの話を聞き続ける。そして時々他愛もない話を挟む。少しでも、昔のアキラを取り戻せればいいと思って。
「つーかよ、」
話もきりがいいところで、俺は立ち上がった。
「イーだのロンだの聞いてたらなんか麻雀やりたくなってきたわ。今から雀荘行かね?」
「……は?」
「駅前の雀荘。お前も来いよ」
「…………。」
長い沈黙。
「……行く」
「マジで? よっしゃ、じゃあ行こうぜ!」
アキラは少し困惑した表情を浮かべながらも、立ち上がった。
俺たちはフードコートを出て、駅前の雀荘に向かって歩き始めた。
「なー、その宇宙人って麻雀できんのかな」
「……知らない」
「できたら面白いよな。ははは……!」
途中、アキラはまた陰謀論の話を始めた。俺には相変わらず理解できなかったけれど、アキラの話を聞く。理解できなくても、相づちを打つ。時々、俺なりの世間話を挟む。アキラが怒ったり、呆れたりするのは分かってる。
でも、それでもいいんだ。
……いつかきっと、アキラは現実と向き合えるようになる。そのときまで、俺はアキラの側にいようと思う。たとえ、バカな俺にできることが少なくても。
なぜ一緒にいるんだって? 簡単さ。
だって、アキラは俺の親友だからな。
以前書いた話のリメイクです。Twitterで見かけた話をベースに書きました。