天にまします我らの父よ
願わくは御名を崇めさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天に成るごとく
地にも成させたまえ
我らの日用の糧を今日も与えたまえ
我らに罪をおかす者を我らが赦すごとく
我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず
悪より救い出したまえ
国と力と栄えとは
限りなく汝の物なればなり
―マタイによる福音書6章9節、”主の祈り”より
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日常とは思ったより脆いもので。
ある日突然に壊れてしまう。
それを人は、”頭上からの死”、または”杞憂”と言う。
つまりはその日までは、いつも通りの日常だった。
仕事に追われ、好きなゲームも出来ないほどに疲れ果てていた。
明日の仕事に備えて、早めに寝るとして眠りについた。
はずだったのだが。
俺は見覚えのある光景の中で目を覚ました。
「V睡した覚えはないんだが」
そこは見慣れたVRチャットゲームで愛用するマイルーム。
高級タワマンの最上階を模したワールドだ。
独身の一人暮らしには広すぎる豪華な内装。
一度はこんな所に住んでみたいという妄想の具現化。
そんな部屋の、これまた高級そうなベッドの上で俺は目を覚ました。
起き上がってみれば、これまた普段使いしている美少女アバターの姿がちらりと映る。
そこで頭の辺りに違和感に気づいた。
「ん? VRヘッドセットがない?」
VRゲームをするときには当然、それなりに重いヘッドセットを付けているのだが。
その重さがない。
ヘッドセットに手をやってみれば、頭に感触が。
そういうアバターはあるにはあるが。
このアバターの頭髪に、俺は当たり判定を設けた覚えはない。
「おお! 主よ、お目覚めのようですな!」
フレンドさんかな?
そっちを見ると、やけにポリゴンとかボーン数高そうな姿が映った。
「誰だ?」
一言で言えば、人外。
人間ぐらいの大きさの多頭竜。
腕にあたる部分も口になっている蛇の寄せ集めが、服を着ている。
海外のネタアバターと呼ぶには、あまりにも精巧な姿。
こんなのがフレンドや知り合いに居る訳はない。
ないのだが、どこかで見たような。
「お前の。いや、お前たちの見た目には心当たりがある。俺を創造主と呼ぶのは。もしや、レルネーのヒドラか?」
「その通りです。お会いできて光栄です。主よ」
VRゲームではない。
だが、俺が良く知るゲームではある。
Stellarisというゲーム内で、俺が作った銀河帝国だと思ったが。
どうやらドンピシャのようだ。
「とりあえず、この状況を話してくれるか?」
「喜んで。主の望まれるままに」
彼らは”マツリ財団”といい。
軟体人ヒドラを支配者とする惑星統一国家である。
FTL航法を確立して、銀河に進出した彼らは。
自分たちが唯一の知的生命体であるかを確かめるため、星々の探索を行っていた。
そうした他文明との接触は、とても難航していた。
もしや、自分たちはこの銀河で孤独なのだろうか?
そんな疑問の中、彼らはある宇宙ステーションと遭遇する。
彼らの名前はシュラウドウォーカー。
超能力を身に着け、超能力空間について詳しい専門家集団である。
彼らとの交流を通じて、財団が超能力を研究する中。
天才的ひらめきを持った財団の社会学者はこう考えた。
この技術をもってすれば、我々の創造主である神と交信できるのではないか、と。
その研究者は次元の裂け目上でその理論を実践。
こうして”創造神の化身”である俺が現れた、というわけだ。
「俺は高名なパラゴンじゃねーんだぞ。ったく」
「主が卓越した
「そういうことを言っているんじゃない」
Stellarisの銀河はゲーム上の仮想現実である。
...というのは、特定のイベントを進めていくと語られている設定だ。
しかし、まさか俺の側に干渉してくるとはな。
ここが単なる”VR空間ではない”仮想現実だということが分かった。
そして、何故か俺のアバターも俺自身として存在している。
よりによって何処に出しても恥ずかしいドスケベアバターなのはどうなんだ。
同PC内とはいえ、フォルダ貫通して干渉してんじゃねーよ。
こんなことになるんだったら、まめひやキプをデフォルトにセットしとけばよかった。
「で、どこまで俺のことを知っている?」
「主の到来は予言されていたことです。とはいえ、こうして我々の日本語が通じるのは幸運でした。シュラウドの探索は、やはり超能力を確立しないと無理があるようで...」
「ん。それでいい」
すげーな自国、日本語通じるんだ。
帝国の設定は国際地球連合基準で、人名も日本人の名前も混じっていた。
筋は通っている、か。
「俺の、何が欲しい? 俺が能力や知識で役立てるとは思えんのだが。その上で、何を望むというのだ。砲撃でも撃てというのか?」
なんで俺なんかに接触したんだか。
彼らにとっては、俺が創造主だからだろうが。
ステラリスの廃人共が聞いたら、俺殺されるんじゃないかな。
「我々は科学者です。科学とは、すなわち神の
精神主義の科学者らしい言葉だな。
その熱意が、俺という創造主に届いたことを考えると馬鹿にできない。
「聖書に記された、謎多き”終末”の危機。それらについて、主ならば全てをご存じかと」
「”
試にDLCの内容を上げたら、なんかキラキラした目で見られている気がする。
というか、VRのキラキラエフェクトが見える。
まだ疲れてんのかな、俺。
夢なら覚めてくれ。
「やはり。全て御知りなのですね」
「何でもは知らんよ」
ここがゲームの世界っつーても、Stellarisはランダム要素のあるゲームだからな。
おまけにアプデでゲームの内容がガラっと変わることもある。
俺にそんな期待されても困る。
「やはり我々を導いて下さるのは、主の化身である貴方様だけです。どうか導きを」
この狂信的な精神主義者共がよ。
思わずため息をついてしまう。
「お前らさあ。形式上とはいえ、議会制民主主義国家だろ? それが、ぽっと出の俺に支配されるってのはどうなのよ?」
「我々は民主主義である以前に、神の信奉者です。すべては主の御心のままに」
俺が偽物だったりとか、こいつ等そういうの考えないんだろうな。
こいつら俺が死ねって言ったら死ぬんかね。
そうだね、俺がそう作ったんだもんね。
はあ。
「すまんが。暫く、一人にしてくれ。考えさせてほしい」
「わかりました。主の導きを、心よりお待ちしております」
**
俺を迎えたヒドラを退出させて、俺はこの部屋の探索を行っていた。
「これ薄型テレビと思ったが、奥行きがある。...
元々タワマンの一室を模していたワールドだったが。
今は実体を持ち、物理的な干渉が十分出来る空間となっている。
仮想現実、というにはあまりにも精巧であることは言うまでもない。
ここはシュラウド内の超能力空間なのだろうか、と最初は思ったが。
玄関の外は謎の神殿に繋がり、窓の外はこれまた知らない湖となっていることから。
恐らくは惑星レルネーⅠ上に作られた現実の建物なのだろう。
「シャンプーやリンスまでは、再現されていないか。全部ボディーソープだな。…あのヒドラに髪はないが、ペットにシャンプーとかしないのか?」
部屋のインテリアは、ヒドラ達が作ったものか。
俺が知る光景に良く似ているだけで、よくよく見ると非なるものであることが分かった。
あらかた調べたので本棚に手を伸ばしてみると、彼らにとっての聖書と思われる書物が取れた。
日本語だ、俺にも読める。
暫く読んでみたのだが、俺が良く知るようなことが書かれていた。
メインはキリスト教だが、仏教やイスラム、挙句の果てには神道やギリシャ神話の内容まで書かれていた。
つまり俺の知る宗教をごちゃまぜにした内容なのだろう。
こう見るとすげーカルトっぽい。
…ところで、なんで俺の別ゲーでの活躍が書かれているんだろうな。
戦場で獅子奮迅の活躍をして軍神と呼ばれたやら、怒りで災害を呼び寄せて世界を滅ぼしただとか、神話生物を従えて旅をしただとか。
”我らの神は何でも出来る凄い神!”ってか?
まあ、そりゃあ、ゲーム内なら俺は神様みたいなものだが。
「興味深いが、後でもう一度読むか」
聖書は後に、今度は歴史書に手を付けた。
この世界における軟体人ヒドラは、どうもホモ・サピエンスと良く似た歴史を辿ったらしかった。
エジソンは偉い人、と言っても彼らには十分に伝わるぐらいには。
ただ、俺がいた西暦2025年以降は完全に未知の歴史だ。
彼らの歴史では、初期宇宙開発時代後に世界規模の宗教改革があったらしく。
極東の一宗教法人だったマツリ財団は、この時代に設立された。
そして彼らが他の宗教と争った後、惑星を統一した。
2100年台末に彼らの天才科学者”慧・椎”がFTL航法の一種である”ハイパーレーン航法”を確立して。
彼らの勢力はようやく他の星系へと進出したのだった。
歴史はここで途切れている。
ドラえもんの昆虫人間を思い出すな。
あっちは夏休みの宿題のために作られた世界だったか?
シュミレーションゲームのための世界とどっちがマシなんだろうか。
後の本は図鑑や百科事典、ギネスブック等か。
興味は沸くが、読み進めるには少々気合がいるな。
俺は手で、VRのメニューを呼び出すジェスチャーした。
『慧・椎か? 考えが纏まった。来てくれるか?』
『おお! 主よ。今向かいます!』
俺が会ったヒドラ、歴史書に乗るぐらいの科学者だったのね。
そう思いながら、俺はテレパシーで通話を行った。
そう、超能力だ。
俺の元の身体とVR機器は、恐らくシュラウドを通じたことで失われてしまったが。
それと同時に俺は超能力者となったようだ。
VRゲームにあった機能が、俺にはテレパシーとして使えるのだ。
現在はヒドラの慧・椎とだけ、”一度会った知り合い”としてデータ・連絡が取れるようだ。
...かつてのフレンドさん達のデータはなく連絡が取れなくなっているのが本当に残念だな。
「お待たせしました。慧・椎でございます。主よ、我々を導いて下さるのですね」
多頭竜の姿から感情は読み取りづらいが、テレパシーがなくとも喜びの感情は伝わってくる。
どーして、こうも未知の存在に無警戒でいられるんだか。
精神主義は排他や権威に寄るのが普通だろうに。
俺は受容主義じゃないから分からん。
いや、この様子を見るに権威には寄っているのか。
「確認だが、シュラウドウォーカーの役人は雇っているな? そのリーダーが帝国にいるとするならば、この帝国ではどういう扱いになっている?」
「ええ。確かに、彼は外部の者ですが。議会の決議により、評議員の一人として認めております」
シュラウドウォーカーから雇える役人は、確かデフォルトで超能力を持っていたはず。
彼らを”尊敬する先達”としても迎えても可笑しくないと思ったが、やはりそうか。
「じゃあ、俺もそれと同等の立場をよこせ。多分お前さんも議員だろうし、決議として通せるだろ? 俺も一科学者のリーダーとして、この帝国に参加する」
「主の命とあらば。とはいえ、説明を頂いても?」
俺に彼らと一切関わらない、という選択肢はない。
多分、衣食を必要とはしないとはいえ、住む場所は欲しい。
であるならば、俺も働く必要がある。
恐らく、ここら辺が落としどころだろうな。
「考えたんだけどさ。確かにお前たちの言うように、俺を生き神として権威主義的な帝国としてやり直すってのは。出来るっちゃ出来るんだろうさ」
俺がどの程度、リーダーとしての素質があるかは。
まあ、あんまり関係ないな。
元々が民主主義の国だから、俺が無能でもそのまま回せるだけの国としてのポテンシャルはあるだろう。
「この身体は、多分不老長寿っぽいし。半永久的に俺が治め続けるってのも可能だろうよ」
「そうしないだけの。何やら理由があるようですな」
俺はこの身体で起きてから、部屋の時計によると8時間は経っているが。
一向に喉が乾かないし、空腹にならない。
それに何故か、最早時間の概念を受けないだろうという確信もある。
Stellarisは不老ぐらいはそこまで珍しいものではないとはいえ。
なんというか、クるものがあるな。
永遠の存在とか、中学校で卒業したものだと思ったのだが。
「でもさあ。お前らさ、俺が飽きたらどうすんの? 俺が支配者だったら、その時点で帝国終わりなんだけど」
「それが、主の望みとあれば」
「お前たちがそれで良くっても。俺はそれで良くねえんだよ」
その上で、
ゲームとしてなら権威主義は嫌いじゃないし、なんならそういう帝国を作ったがね。
自分の身でやろうとは思わんのよ。
「確かに、マツリ財団は俺が作った帝国だ。そして、お前たちを狂精神で受容主義の民主主義国家として作ったのも俺だ。お前たちヒドラは、自分の
民主制は最悪の政治形態と言ったのは、イギリス首相のチャーチルだったか。
民主制(平等主義)と独裁制(権威主義)がどちらが優れているか、
ステラリスとしてはどちらが優れているという訳ではないだろうが。
俺は美大落ちのちょび髭と、同じ運命を辿るのは御免だね。
「成程、流石です。では、私から主を議員の一人とするように、議案として提出しましょう」
「てめえ」
なんというか、暖簾に手押しというか。
こいつらに口で勝てる気がしねえ。
坊さんやっているというか、宗教キメてるだけはあるな。
「そういえば、主の
「ん? このワールドを作ったんだから、知っても可笑しくはないと思ったが、まあ、いい」
こいつらとやっていけるのか、不安ではあるが。
まあ、嫌いな奴らではないし、友好的だ。
それは確かだろう。
なら、俺とそれなりの関係が築けるはずだ。
「俺は、”
帝国:マツリ財団
志向:狂信的な精神主義、受容主義
AI:魂の求道者
政体:神権共和制(民主主義)
国是:議会制、能力主義
種族:ヒドラ(軟体人)
起源:統一による繁栄
星系:セレファイス(ランダム星系)
惑星:レルネーⅠ(海洋型惑星)
リーダー:el(いーえる)
種族:ヒューマノイド
性別:女
年齢:9999才
派閥:平等主義
クラス:科学者
特性:超能力者、不死、真理の探究者、社会学優先、頭打ち
リーダー:慧・椎
種族:軟体人
性別:男
年齢:42才
派閥:精神主義
クラス:科学者
特性:天才のひらめき
専門:超能力理論