願うは彼女を、叶うは神様と。   作:最中庵

1 / 4
第一話 人生初の彼女は神様でした

 僕は、生まれてこの方彼女というものができたことがない。十七年間だ。生まれて十七年。大人から見れば、「その程度」と呼ばれるくらい。これからもまだまだ機会はあるだろう。大学だって、大学で始めるサークルやバイト先で出会いがあるかもしれない。

 

 けど、僕は今欲しい。今、十七年で初めて思う。彼女がほしい。

 

「だから神様、彼女をください」

 

 カランカランと五円玉が音を立てて賽銭箱へ入る。がらんがらんの神社の、すっからかんの賽銭箱にたった一枚の五円玉だ。昔からここにはよく来ているが、あまり参拝客は見当たらない。山の中ということもあり人気がないのだろう。ダブルミーニングだ。

 

「いつも僕はここに来てるんだ。たまには、お願いごとを叶えてくれよ」

 

 そうしてその日は家に帰った。これまたがらがらの、誰もいない家だ。家事をこなして適当に暇を潰せば夜になり、てきぱきと就寝する。起きたらいつもどおりに高校へ行く。そんな、なんの変哲もない日々。

 

「突然ですが、転校生を紹介します」

 

 そんな日常は、いつも些細なことでぶち壊される。なにもないところでころんだだけなのに、骨折してしまったとか。耳鳴りが多いなと思っていたら、何かしらの重篤な病だったとか。大体、大変なことというのは些細なことと地続きなのだ。そう、昨日参拝したから、今日転校生がやってくるとか。

 

「神原さん、どうぞ」

 

 同時に開け放たれた扉は、一人の少女を迎えた。スタスタと──いや、その擬音すら正しくない。重量がないみたいに、あるいは舞い降りてきたかのようにそっと進む。美しい黒髪。腰に届きそうなほどで、細くしなやかな彼女の髪はゆったりとなびいている。首元は白く、絹のように。口元はうっすらと紅い。ぱっと彼女が先生の隣で正面を向いた時、クラス全員”目があった”と感じる。

 美しい、なのに人懐っこい。目だけで誰もが虜にされてしまうような、朱の瞳。まるで飴細工のようにきゅるきゅると輝くその瞳は、クラスを一望する。

 

「今日からこのクラスになりました! 神原です。ある神社で神様やってます」

 

はっきりとした艶のある声で、さらっと言った。何を言った? 神様? 神様だと? ここから宇宙人、未来人、異世界人、超能力者でも招集するのか?

 

「特技は願いごとを叶えることです」

 

違った。聞き間違いでもなく神様だ。

 

「じゃー、そうだな。席は灰塚の隣でいいだろ。なんか空いてるし」

「僕!?」

 

 さっと、名前を呼ばれて隣を見た。僕の隣には僕と同じくクラスカースト下の中くらいの影が薄い影野くんがいたはずだ。いつ存在を抹消されたんだ、彼は。まさか影が薄すぎて消滅してしまったのか? おいたわしや……南無三南無三。

 心の中で彼の死を悼んでいるうちに、視界の中には神原が入っていた。いつの間にか僕の隣に座っている。ばっちりと視線が合う。

 

「灰塚くんだよね? よろしく!」

「あ、うん。よろしくね」

「ねぇねぇ、灰塚くんはさ──」

 

 言いかけたところで、先生のホームルームが続いた。だが、誰も聞いている様子はない。みんな神原のことでざわめいている。聞き取りづらいが、男女問わず軒並みかわいいだとか美少女だとか。どこから来たんだとかモデルみたいだとか、あれそれこれあれ話している。やがてホームルームが終わると、雪崩のように人が僕の近くに──というよりも、僕の隣の神原さんに群がっていた。はじき出されるようにして、その人の群れから僕は外れる。

 遠目からその群れの中心を見ると、一人の女生徒が声をかけていた。

 

「ねーねー! 神原さん本当に神様なの!? 願いごと叶えられるってマジ!?」

「うん、でも口にしたお願いごとだけしか叶えられないんだ」

「じゃあちょっとやって見せてよ! えっと、なんだろ、水が飲みたい!」

「はい」

 

 そう言って神原さんがどこからともなく出現させたのは水の入ったペットボトルだった。マジックとかのたぐいじゃない。この大勢が全方位から見ている状況下で、文字通り手のひらからパッとそれは現れた。奇跡だ。本当に、神様なのかもしれない。

 ……だが。

 

「えーすご! 本当じゃん! 飲んでみていい?」

「もちろん」

「じゃあ一口……うお、美味しい! ミカも飲んでみなよ!」

 

 全員適応が早すぎるだろ! 相手は自称神様の女子高生だぞ。よくそんなちょっと変わったおもしろ高校生程度で受け入れられるな!? 呆れ半分驚き半分で、次々と願いごとを叶える神原さんを見ていた。だが、彼女も彼女なりに線引はあるようで「お金を出して」のような俗っぽい願いごとは全て却下していた。それも、曖昧に否定するわけでもなく、きっぱりと。

 

「み、見えないな」

「何だ灰塚、お前もあの子に興味があるのか。オタク趣味にしか興味がないお前が?」

 

 そう声をかけてきたのは数少ない友人の岩手だ。岩手県盛岡市生まれ岩手県育ちの友人。高校からこちらの方へ越してきたのだと言う。引っ越しまもなくでぼっちなので仲良くなれた。オタク趣味なのは一緒なのだが、とにかく薄情で人間味のないやつ。

 猫毛の髪が特徴的で、髪型さえ直せばかなり顔は整っているとは思うのだが、この底辺二人でつるんでいる。

 

「あぁそうさ。岩手、お前ならわかるだろ。この状況、『経験皆無の弱者男性が理想の女の子を創出して癖丸出しの小説書いてみました』みたいなクソなろう小説的展開を感じる」

「色々角が立ちそうな言い草だが概ね同意だ。だからあの子に近づこうとしてるのか?」

「バカ言え。あの子()近づこうとしているやつを拝みたいんだよ。クソなろう小説的展開なら必ずあの子がひと目見て惚れる男がいるはずだ。そうさながら子◯恋愛のように」

「最近のお前はインターネットに染まりすぎてダメだな。というか、そんなもののためにこの人の群れに突入してるのか。アホか?」

 

 言われながらも、僕は人をかき分ける。だが、すぐに弾かれて尻もちをついてしまう。

 

「ほらな。諦めろよ。そういうのは俺らの得意分野だろ」

「……それもそうか。もっとも、僕らには関係ないからな。クソなろう小説的クソラブコメがクソクソしてても」

「お前は語彙力というものを身に着けたほうがいいのかもしれない」

「本は読まないぞ」

「◯ちゃんねるっていう日夜激しく討論をしている場があってね」

「インターネットに毒されているのはお前のほうだろ」

 

 言い合いながら、僕らは教室を後にした。一限から移動教室だからだ。僕らに引き換え、クラスで神原に取り憑かれている彼らは遅れそうだが、カースト上位は遅刻が常であるものだ。……偏見ではあるが。

 

「まぁ何にせよ本は読んだほうがいいぜ。あの世界は自由だ。全てが言葉で構成されている。きれいで、自由で、何をしてもいい。あれほどいいものはない」

「読書家の意見は雄弁でならないね。沈黙は金という言葉をしらんのか」

「お前がその言葉を知っていることに驚いたよ」

 

 岩手と駄弁っているうちに、理科室へ到着した。まだ時間はあるので、岩手の席でまだまだ駄弁る。

 

「ところで岩手よ、あの美少女をどう思う」

「神原さんか。ありゃ、最強の人種だ。クソルッキズムが蔓延する現代で最強。おまけに性格も良さそうじゃないか」

「能力は? あの、願いごとを叶えられるとかいう力」

「あ? 神様なんだから当たり前だろ。現人神ってやつか」

「疑問は持たないのか。神様が来たことに」

 

 あまりにも起こっている現象がファンタジーすぎる。神様が突然転校だなんて、狂った少女の妄言と捉えられてもおかしくない。だが、教師もクラスメイトも全員その状況と言葉を受け入れている。

 

「さぁな、ないよ。神様だからそういうのもいじくれるんだろ。だがそうすると変だな。なんでお前は疑問を持ててるんだ?」

「……わからん」

「まさかお前がそのクソなろう小説の主人公だったりしてな」

「ギリギリありえるぞ。僕、昨日神社に行ったしな」

「は?」

 

 岩手は目を大きく見開いていた。何をそんなに驚く必要があるのか。ただ少し、神社に行っただけだ。僕が信心深いということがそんなに意外だったのだろうか。だとしたら心外である。これでも、結構神様とかそういうのは信じている人間だ。

 

「小さい頃からよく行ってる神社なんだよ。昔、探検してるときに見つけてさ。だーれもこない神社だから秘密基地にしてた。最近も、自分だけ推してる推しみたいでちょっと誇らしくて通ってるんだよな。夜とか星がきれいだし」

「お前……それは──」

 

 岩手がなにか言いかけたところで、大量の足音が聞こえてきた。他の連中の移動教室が始まったのだろうが、それでも異様だ。そう、まるで大軍が行進しているかのような足音。そこまでの規則はないか。例えるなら、動物の群れの大移動。リーダーに引っ張られ、群れが一斉に一方向へと走り出す。リーダー。群れの長。それが、誰を指しているのか僕と岩手はなんとなくわかった。

 

「灰塚くん、いる?」

 

 ひょこっと顔をのぞかせたのは、転校生の神原さんだ。相変わらず可愛らしい。男子ならば、その魅力には抗えないだろう。僕と岩手を除いて。女性に対して色々とインターネットで偏見を刷り込まれてきた僕らは別格だ。ちょっと顔が整っているからと言って──

 

「少し、お話があるんだけど、いいかな?」

「はぁ、まぁ、いいけれど」

 

 自然な上目遣い。不思議とあざとさは感じられない。あるのは『あぁこの人は本当に今、切に何かを願っているんだろうな』という感覚。初めてその手の女子に抱く感情を味わいながら、いつもどおりに返事をした。

 

「あぁ、えぇとね。灰塚くん、さ、私のこと覚えてない?」

「覚えてないけど、もしかして前に会ってたりする?」

「よーく思い出して!」

「いやいや……会ったことあるなら神原さんみたいな人忘れるわけ──」

 

 あ、と思い出した。それまで忘れていたのが不思議なくらいに。あるいは、神様──神原さんによって記憶を思い出しづらくされていたのかもしれない。あれは、小学生くらいの頃だった。小学二年生くらい。あの神社を見つけて、ちょうど一年くらいだっただろうか。あの神社で、僕とよく遊んでくれるお姉さんがいた。いつも明るく笑っていて、当時の僕はその人みたいになりたいと思いながら一緒に笑い合っていたはずだ。ちょうど、神原さんと同じ容姿の、あのお姉さん。あのときは巫女服をきていた気がするけど、それでも忘れるわけがない。僕の初恋の人でもあるんだから。

 

「あのときの! お姉さんか!」

「そうそう! 昔、よく二人で遊んだよね」

「全然変わってないね」

「そりゃあ、神様だもの」

 

 僕らが顔見知りだとわかったからか、周りが騒がしくなってくる。背後からは岩手に引っ張られ「どういうことだ?」と恐ろしい目を向けてくる。なにか勘違いをしているらしいが、誓って僕と彼女には何もなかった。当時の僕は小学二年生やそこらだ。普通に遊んでいただけ。それに初恋の人と言っても今恋愛的に好きなわけじゃない。身の程をわきまえられるくらいには成長した。だから、特別なことはなにもない。

 

「じゃあ、私と付き合ってくれない?」

 

 特別なことは、なにもないはずだ。この僕灰塚、十七歳。ここに至るまで、何かしらの技能を身に着けてきたわけでもなし。一人暮らしなので他の男子よりも少しだけ家事ができる自信があるだけ。容姿はお世辞にも優れているとは言えない。顔なら岩手が学校男子一だ。

 だが、そんな”神原さんが僕を選ぶ理由”を探す必要なんてない。この状況下、僕が断ればクラスメイトからどのような目線を向けられるのか、容易に想像がつく。何よりも、彼女は初恋の人だ。確かに、諦めてはいた。だが、再び会えば再度恋心が燃えないかと言われればそうじゃない。だから──

 

「あぁ、よろこんで」

 

 その日、僕は彼女ができた。

 苦節十七年。今までたったの一度も僕は彼女を欲することを願わなかった。だが、その日だけは歓喜した。あぁ神様、なんておありがたい。まさか、願ったその翌日にその願いを叶えてくれるなんて。それも、神様直々に。その日より、男子全員から敵だと認識されてしまったわけだが、それでも僕は幸せだ。

 だって、こんなに美しい神様が恋人なんだもの。




ラブコメ? 恋愛? ジャンルについて書くのは初めてなので新鮮な気持ちでした。というか一人称視点の物語を書くのも久しぶりかもしれないです。

面白ければ感想・お気に入りなどしていただければ励みになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。