全員生存ご都合主義
ナチュラルに同居してます
ただの同居人設定
悩める承太郎
悩めるDさま
ポルナレフは書き易い振り回されポジ
Dさまのおつむがちょいと弱い
オマケ話があります
誹謗中傷はそっと心の中で呟いて世に晒さないで下さい
苦手な方はブラウザバックでお戻り下さい
この世で最強最悪の敵と出会ってしまった。
そう
確実に敵なのだと承太郎は己が拳を握り締めた。
この状況を打破しない事には、後々の生活に支障が出る事は間違いない。
紆余曲折の末に宿敵を引き取り共に生活し、自身は大学進学してもうすぐ卒業だ。
卒論も年末から着手しているから予定通り提出できる。
就職先も決まって、社会人としてスタートラインに立つのももう少しの辛抱だ。
それはいい。
やりたい事をするのだから例えどんな困難が待ち受けていようとも、あの過酷なエジプトでの旅を思い起こせばどうってことない。
乗り越えていく自信はある。
違う
そうじゃない
問題はそこじゃあない
承太郎は握り締めた拳を睨め下ろし、はあぁぁぁぁと盛大に長く重い溜め息を吐いて今度はテーブルに肘を付いて頭を抱えた。
何が問題かと問われれば、承太郎は一言「DIOだ」と答えただろう。
そして何に頭を抱えているのかも言ってくれる筈だ。
だがしかし、ここにはそんな声掛けをしてくれそうな者はおらず、男の矜持が邪魔をして誰にも相談できないでいた。
そんなリビングで溜め息を吐いては首を振りを繰り返していた承太郎だったが、廊下へと続く扉がガチャリと開いたのに顔を上げた。
「出たぞ。」
そう言いながらDIOは濡れた髪をタオルで拭きながら承太郎の横を通りキッチンへと入ると、徐に冷蔵庫を開けて中から炭酸水のビンを取り出した。
「…床が濡れてんじゃあねえか。」
床の足跡を見て咎めるような声色だったがDIOは慣れてしまっているので別段何も思わず、緑色のビンを呷りキュポンと音を小さく立てて口を離した。
ぐっと承太郎の眉が寄った。
「大した事じゃあないだろう。後で拭くさ。それよりお前も入れ。明日は早いのだろう?」
「ああ。」
返事をした承太郎は苦々しい顔になるのを自覚しつつも、それをDIOに見られないように顔を背けたつもりだった。
一瞬
視界に過ったDIOの顔が不可解だなと、承太郎はリビングを出て扉を閉めた。
何となくいつもと違う顔に見えた。
他人の感情の機微に疎い自分だ。
見間違いもあるだろうと着替えを持って風呂に向かった。
男2人では広い3LDKのマンション。
監視役の承太郎が一人暮らしをするにあたり、DIOも共に住めるようにとSPW財団が用意した部屋だ。
その物件を持ってきた財団の職員は生暖かい目で承太郎を見ていた気がするが、それ以上の詮索はなかった。
DIOも余計な事は話をしない主義だ。
恐らく本当に見えた気がするだけなのだろう。
服を脱いでカゴに洗濯物を放り込んでから風呂の扉を開けた。
カラカラと小気味良い音が響いたのと同時に、鼻の中にフローラルな香りが入ってきた。
DIOが入れた入浴剤だ。
キツくもないが弱くもない香りだったが、承太郎はどちらかというと森の香りや柚子の香りといった方が好みだ。
だからさっきの変な顔か言えばいいのにと、頭と身体を洗い湯船に脚を入れた。
膝を抱えてやっと入るが、肩までは入れない。
それでも広い方だよなと、ここに住む前に幾つか見て回った物件の詳細を思い出した。
下手をすればシャワーしか浴びれないのでは?というような狭さの風呂もあったからだ。
寒い日はやはり風呂に浸かりたいと、妥協できなくて広すぎるとは思ったがこの物件に決めた。
バイトして家賃を幾らか払うと言ったが、DIOの案件は財団が全額負担だというからまた驚いたが。
やれやれだぜとまた溜め息を吐いた。
さっきまでここにDIOが入っていたという事実が、承太郎を悩める青年と化していた。
あの裸体が
ここに
とまで考えて慌ててバシャバシャと顔に湯を掛けて脳内のDIOの姿を打ち消した。
いや消せなかったが正しい。
さっきの風呂上がりのほんのり色付いた真っ白な肉体が目蓋の裏に張り付いて、ドキドキと心臓の鼓動が鳴り止まない。
真っ赤な唇がビンから離れる瞬間が頭から離れない。
世界中にある美術品のどれよりも美しく、そして何よりも厭らしかった。
一度灰になり甦ってからは自分の肉体と遜色ないと言っていた。
という事は、彼は人間だった頃から美辞麗句を周囲から贈られる存在だったのだ。
男なのに。
ボディビルダー顔負けの筋骨隆々の男なのに。
同じ裸体でDIOと世界一の美女を並べたとしても、きっと恐らくというより確実にDIOの色気の方に軍配が上がるだろう。
本人は至って普通だ。
厭らしいとか色っぽいとか全く意識しておらず、平素普通に過ごしている。
それがまたいけないのだ。
エジプトで戦った時はDIOは自分という存在を弁えていた。
その妖艶な美貌と色気溢れる肉体で人間を魅了し陥落させ、そして言葉巧みに破滅へと追い込んだ。
溢れんばかりの毒を全身から滴らせる魔性の吸血鬼だったのだ。
それが日本に来て同居して数年でこうも変わるのかと、承太郎は帰ってくる度に食事を用意して待っていてくれるDIOに感心していた。
ゼミで遅くなる事もある。
研修で泊まりがけでいない事もある。
帰りは正直不規則だ。
それでもあの「お帰り」の言葉と微笑みは、今やなくてはならない生活の一部だある一点を除けば。
意図しない無防備な婀娜っぽさと言えばいいのだろうか。
行動の一つ一つが男の性をいちいち刺激してくる。
あの唇が
あの目線が
あの指先が
白くしなやかな肢体が。
襲われたいのかと思った時期もあったが今はもうそうではないと分かっているし、自分に対して無防備を曝す程に信頼されていると思う。
だが信頼され過ぎるのもどうかと思う訳だ。
承太郎だって一人の男だ。
紛れもなく人間の三大欲求を持ち合わせている男だ。
眠いし腹も減るしムラムラもする。
朝の生理現象は毎日あるし、一人で慰める事もあるのだ。
誰もが欲を抱く相手に、自分だけ抱かないとどうして思えるのだろうか。
いつから右手のオカズにDIOを思い浮かべるようになったのだろうか。
己の煩悩を敵と見なす日が来るなんて。
物理なら幽波紋で叩き伏せれるのに。
また溜め息が溢れた。
土産で持ってきたフランス南地方のワインをダイニングテーブルの上に置いて、ポルナレフはDIOに向けて目を瞬いた。
財団の案件で久々に日本に来たから寄ってみようと承太郎宅に電話したら、出たのがDIOで来てもいいと言われたから良かったら泊めてくれともお願いした。
財団の用意したホテルは申し分なく清潔だったが、ずっと働き詰めで心身共に疲労していた事もあって知り合いに会いたくなったのが本音だ。
背後に居るだろう承太郎に聞いてからのOKだったので、同居して4年目が来るが上手くやってんだなと安心した。
まあ、エジプトに君臨していた時の殻をあっさりと捨て去った事から、潔いのと現状を受け入れる裁量も持ち合わせているのだと思っている。
自身が窮地に立たされても前に進もうとするポジティブさは、きっと周囲にも認められているだろう。
「ええと、何だって?もう一回言ってくれDIO。」
立ち尽くしたままのポルナレフを見て、DIOはバツが悪そうに唇を尖らせ抱いていたぬいぐるみをぎゅうと抱き締めた。
何だそれ可愛いと思うオレはおかしいのかと、唖然としながらもポルナレフは頭の片隅で思った。
「だからな、承太郎は情けで私と居ると言ったのだ。」
いつだか何処かの土産で承太郎が買ってきてくれた鯨のぬいぐるみに鼻先を押し付け、DIOはポルナレフからふいと目線を逸らした。
益々ポルナレフの目が見開かれていく。
次にDIOが覚悟したのはポルナレフの奇声だった。
「はあぁぁぁ?!」
やっぱりと自分の予想が当たった事にうんざりしながら、DIOは溜め息を吐いた。
承太郎は責任感の強い男だ。
中東にある財団支部で自分を研究対象にしていたのを知った承太郎が、その非人道的な扱いを目の当たりにして情けで助けてくれたのだ。
あの時の承太郎の怒りは当時のDIOにとっては不可解極まりなかった。
宿敵を砕き灰にし勝利を納めたのに、財団の一部研究者の手によって無理矢理復活させられて言葉で言い表せられない扱いを受けているからと何故怒る必要があるのか。
敗者に選択肢はない。
負けた者に言葉は無いのだ。
頭以外を切り刻まれようが切断されようが血液を摂取すれば瞬く間に復活するのだから、勝者は物見遊山でいれば良かったのだ。
それなのに承太郎はモニターを破壊し実験室の厚さ1mの強化ガラスを砕き、そこにあった全ての機器を破壊した。
そしてその場で落ちていたガラスで腕を切りDIOの無惨な肉体に血をぶっかけながら、DIOの生殺与奪権はDIOを倒した自分にあると言い放ったのだから驚きだ。
一緒に現場を目にしたジョセフとポルナレフも言葉を失い、承太郎の破壊行動を止める事もなかった。
それだけ残酷で壮絶で悲惨に見えたのだろう。
行き場を無くした哀れな吸血鬼として映ったのかもしれない。
DIOは吊るされた頭部の位置から、それらをじいと眺めていただけだったのだから。
「本気で言ってんのかよ。」
何故か呆れた顔になったポルナレフに、DIOはムッとしながらもぬいぐるみを撫でた。
肌触りが好きなのもあるが、何となく承太郎の匂いがする気がして安心するのだ。
「本気も何も、事実を述べただけだが?」
ポルナレフはがっくりと肩を落とし、ローテーブルを挟んでDIOの真ん前に座った。
はあと溜め息を吐いた。
「………あのよ、ちょっといいかDIO。」
「何だ。」
「承太郎はな、損得勘定で動く男じゃあねえって知ってるだろ?お前さんを擁護したのはな、あん時はそりゃあ責任感とか情けとかだったかもしんねえが、今は違うって言えると思うぜ?じゃあなかったら4年も一緒に住んでねえよ。」
「なら、何故、いつもあんな顔をするのだ……。」
DIOは鼻先をぬいぐるみに埋めながら見えない所で唇を噛んだ。
だって朝も晩も承太郎は不機嫌な顔をしている。
最近いつも溜め息を吐いている。
後に入るのが嫌なら先に風呂に入れと言っても、頑として譲らないくせに出てくると顔をしかめている。
ここの所しかめっ面しか拝んでいない。
態度も素っ気なく、益々言葉数も少なくなった。
鬱陶しいと思われているに違いないのだ。
承太郎の事だから擁護した手前、今更突き放すに放せないのだろう。
だったら財団に保護して貰う方がいい。
逃げるのは疲れたから、ポルナレフを通して財団に掛け合ってくれればジョセフの耳に入るのも遅れさせられる。
そうすれば承太郎が気付いた時にはもう違う国だ。
そう、思ったのだが。
「あー、なるほどねえ。」
理由を言えばポルナレフは一人だけ分かったような顔をして頷いた。
なにが「なるほど」なのだろうかとDIOは目線をポルナレフに向けた。
「承太郎が不機嫌な理由を知りてえけど、自分が何かをしちまったかもしんねえから中々聞けなくてモヤモヤしてんだろ?」
「う、うむ。」
ズバリその通りだった。
何かをしてしまったかもしれない。
でもその何かが分からず聞こうと思っても、あの眉間のシワを見るとタイミングが計れずに聞くにも聞けないでいた。
しかめっ面を見る度に、モヤモヤとしたものが胸中を渦巻いて苦しくなる。
そんな事、今まで無かったのに。
相手がどうなろうが、全く関係なかったのに。
承太郎の事となるとソワソワと落ち着かない気持ちになるのは何故なのだろう。
「オレからちっと聞いてみっか?」
「……ホントか?」
むうと押し黙ってしまったDIOに苦笑し、ポルナレフは仕方ねえなあと申し出てみた。
DIOの金瞳がゆっくりと露になっていくのがとても綺麗だなと、頬が熱くなるのにポルナレフは誤魔化しにゴホンと咳払いをした。
帝王然とした姿の方が印象が強かったから、こんな風に思い悩むDIOはらしくないと思ったし
何より違和感でしかなかった。
なんだこれ
可愛いって思うオレがおかしいのか?
「あ~、でも、期待すんなよ?」
「しない!だがする!お礼にディナーは少し豪華にしてやろう!楽しみにしているといい!」
みるみる内に明るくなり綻んだ笑顔に、周囲に花が咲いたようだとポルナレフは自分の目がおかしくなったのかと思った。
機嫌が良くなり夕飯の支度にキッチンに向かったDIOの浮かれた背中を眺め、ポルナレフは人知れず承太郎をすげえ奴と認定した。
あのDIOを悩ませられる唯一の人間だ。
元々すげえ奴だったが、更に上乗せでそう思った。
☆☆☆☆☆
DIOは電気も点けず真っ暗な部屋で時計を見上げた。
胸にはいつもの如く鯨のぬいぐるみがいる。
それを抱き締めながら鼻先を埋めるのがここ最近の癖になっている。
このソファーによく座る承太郎の匂いがするみたいで、何故か安心する自分がいるからだ。
以前はこんな事はなかった。
空条邸に居た時や他県のここに引っ越してきた時は、慣れない生活で四苦八苦している承太郎を見ても何とも思わなかった。
承太郎も何も言わなかったし、自分で選んだ生活なのだから自分で責任を取るのは当然だろうと思っていた。
承太郎が大学に入ってちょうど3ヶ月辺りだっただろうか。
承太郎が熱を出した。
それでも最低限の事をこなそうとする姿に苛々して、寝とけと寝室に蹴り入れ無理矢理寝かせ家事をしたのが切っ掛けだった。
子供の時以来の家事だったが、家電の使い方を承太郎の母親に電話して聞きながら何とか覚えていった。
殺風景な日常に少しだけやる気が出たのは否めない。
高熱にうなされる承太郎を看病したのも、元々はほんの気紛れだったに過ぎない。
こいつには恩があるしなと、中東の財団研究所から助け出してくれた借りがあった。
借りの作りっぱなしは性に合わない。
家事や食事は心配するなと豪語してしまったのもある。
DIOは自分自身が意地っ張りだとよく分かっていた。
それが災いして素直になれなくて承太郎と喧嘩などしょっちゅうだった。
その意地と言い出した男の矜持のせいで、家事と食事はDIOの仕事となったのだ。
意図して手の平を冷たくし承太郎の額に充てた時の熱に浮かされた彼の泣きそうな顔は、きっと彼の母親か自分しか見た事はないだろう。
それから数年。
完璧主義な性格も相まって今や立派な主夫だと言える。
流石に昼間は外までは活動できないが、この部屋全てに施された紫外線完全遮断処置で何不自由なく過ごせている。
洗濯物は乾燥機で充分だし、買い物は日が沈んでからでも事足りる。
時々様子を見に来てくれる承太郎の母親に指導を受けながら、料理もかなり勉強してきた。
あれ?
私って凄くないか?
なあんて思ったりして、夕食を黙々と平らげる承太郎を見てると自然に笑みが溢れるのだ。
あの「旨い」の一言は、何物にも優る褒め言葉だ。
それを聞く度に胸中に嬉しさがじんわりと広がるのだ。
その承太郎は数日前から泊まりに来ているポルナレフと共に出掛けていった。
DIOをチラチラ見ながら渋る承太郎の肩を抱えたポルナレフがたまには良いだろう?と、それとなくDIOに片目を瞑ってきたのに話をしたいのだなと覚った。
何故そんな顔をしていると嫌そうな表情を浮かべている承太郎に思ったが、私は読みたい本があるから行っておいでと言ったのは三時間前の話だ。
時計はもうすぐ午前23時を指そうとしていた。
帰ってくるならそろそろかと思っていたら、玄関の鍵が差し込まれる音がした。
帰ってきたと身を起こし証明を点けながら玄関に向かった。
顔を真っ赤にし目を閉じた寝ているであろうポルナレフを、肩で担いだ幽波紋を前に承太郎が靴を脱いでいた。
「お帰り承太郎。なんだ、こやつはただの酔っ払いではないか。寝てるのか?」
オレに任せとけなんて豪語した割に情けない姿だなと呆れたDIOが、承太郎の幽波紋からポルナレフを受け取り肩に担ぎ上げた。
彼を泊めている寝室に放り込もうとそちらに脚を向けた時、立ち上がった承太郎と目が合った。
「……ただいま。」
ぼそりとした声は低く、何故か不機嫌そうなのにDIOはポルナレフを担いできたから疲れたのだなと思った。
明日は休日だからゆっくり出来る。
「お前も疲れただろう。早く寝るといい。」
承太郎の肩をポンポンと軽く叩き、DIOはポルナレフを寝かしに部屋に入った。
服を脱がせてやる義理は感じなかったのでそのまま布団に放り投げ押し込んだが、些か乱暴だったのか痛いと呻いたが放っておいた。
酔っ払いの言う事なんざ当てにならないのは幼少期から知っている事実だ。
帰ってきて何か食べるかもと用意していたおかずを冷蔵庫に入れるかとリビングに行けば、承太郎がダイニングテーブルの前に立っていたのに驚いた。
「どうした承太郎。早く寝ろ。お前も呑んだのだろう?今日は風呂は止めておけよ。」
「食っていいのか。」
「は?」
「これ。」
早く寝かそうと思っていたのに承太郎から出た台詞は、テーブルに並べてあったラップを掛けたおかずの事だった。
思わず間抜けな声が出てしまったのに、DIOは指で口を押さえた。
また承太郎の眉が寄った。
早く返事が来ないから不機嫌になったのかと思った。
「も、勿論その為に作っておいたのだ。何も食べてこなかったのか?」
DIOが返事をすると承太郎は無言でおかずの入った皿を両手に持ち、キッチンへ移動して電子レンジで温め始めた。
その間にDIOは彼が不機嫌になる理由があっただろうかと思考をぐるぐると巡らせるのに必死だった。
また何かしてしまったのだろうか。
ポルナレフが居る間は薄着は止めろと言っていたので、シャツとスラックスという至って普通の格好だ。
ぴったりした服や露出の多い服は承太郎が嫌がるからあまり着ていない。
だから服装ではない筈だ。
だとしたら何なのだろうか。
おかずを数品温めてきた承太郎がテーブルにそれらを並べ、温めなくていいおひたし等のラップを剥がした。
取り皿を食器棚から出すと、何故かDIOがいつも座る席にも小皿と箸を置いていたのに首を傾げた。
「食わねえのか。」
首を傾げたままのDIOに椅子に座って両手を合わせた承太郎が不可解な顔をして聞いてきた。
DIOはハッとして、いやと答えた。
「た、食べようか。」
取り繕うように向けた笑顔は引きつっていなかっただろうかと、DIOは両手で頬をもにもにと動かしながら席に着いた。
益々承太郎の眉間にシワが寄ったようで、慌てていただきますと両手を合わせた。
「………やっぱ、旨えな。」
ぼそりと出たいつもの台詞に、ちょっぴり沈んだDIOの気持ちが浮上した。
やはり一日一回はこの台詞を聞かねば落ち着かない。
母親の料理で舌が肥えている承太郎に、そう言わせてやると意気込んだ数年前が嘘のようだ。
「居酒屋の飯は不味くはねえんだが、ちっとな、濃すぎんのと、味が好きじゃあねえんだ。」
ボソボソと話す承太郎の目線は下だ。
眉には相変わらずシワが出来ている。
なのに話をしようとしてくれる事が嬉しくて、DIOはにっこりと微笑んだ。
「そうか。だが深夜の食事は胃に負担が掛かるらしいから、ほどほどにして明日の昼にでも食べろ。」
これとこれは油っぽいから止めておけと、2品のおかずを目の前から取り上げた。
「それはまだ食ってねえ。」
「明日の昼のお楽しみだ。」
「今食いてえんだよ。」
「さては貴様、酔っているな?」
オラ寄越せと皿を頭の上に掲げたDIOに承太郎が手を伸ばしてきた。
聞き分けがない所を見るに、酔っていると判断したDIOがバッと席を立ち上がった。
さっさとラップをして冷蔵庫に入れてしまった。
振り返って驚いた。
目の前に承太郎が居てDIOを睨め下ろしていた。
精悍で男らしくも美しい顔だなと思ったのは、一度や二度ではない。
結構な頻度でそう思っている顔が間近にあって吃驚した。
そんなにも腹が減っていたのか?!と冷蔵庫を背中に、DIOは冷や汗を流した。
「だ、ダメだぞ承太郎。」
「……何が。」
低い声色に怒られているようだとDIOは身を縮めたが冷蔵庫は死守しようと後ろ手に扉を押さえて寄り掛かった。
恐る恐る見上げれば綺麗な碧瞳がじいとDIOを見つめていた。
この世のどんな宝石よりも美しいターコイズグリーンの瞳だと、人知れずDIOは承太郎の瞳を気に入っている。
そんな瞳が鼻先すれすれまで近寄れば、そりゃあ心臓が飛び出そうな程にドキドキしてしまうのは仕方のない話だ。
顔が熱くなるのが分かった。
「ち、近い近い近い!近いぞ承太郎!」
「……何が。」
ダメだ完全に酔っている。
状況判断も差ながら把握も出来ていないに違いない。
鼻先が触れた瞬間、DIOは全身の毛は無いのだが毛が逆立つような感覚に陥った。
頭の中は混乱でいっぱいだった。
何故なんて言葉は出尽くした如く脳内を駆け巡り、早く寝かせてしまわなければと焦る気持ちも沸いてきて
全く収拾がつかないのに承太郎は迫ってくる一方だ。
このままでは
いやいやいや
このままでは、なんだ?
どうなるんだ?
距離的にちょいとマズいような気がするが
まさか、まさかだよなぁ
だって承太郎だ
私を見る度にしかめっ面で怒った顔の承太郎だ
鬱陶しいと思われているに違いないのだ
ははぁん
さては私をからかっているな?
だったら承太郎が嫌な事をしてやろう
承太郎が責任感で嫌と言い出せないなら、こちらから嫌われる事をしてやればいいではないか!
という脳内一人会議を開催し一人で納得したDIOは、なんと、迫っていた承太郎の胸ぐらをむんずと掴むと徐にブチューっとキスをかましてやった。
承太郎の目が限界まで見開かれたのが見えた。
よしよし作戦は成功だと、思い切り吸ってやってポンッと離した。
吃驚した顔でよろよろと後退する承太郎に、してやったりの笑みを向けてやった。
「な、な、てめ、なにを、」
「この私をからかおう等と100年早いわ!その手には乗らんぞ承太郎!」
顔を真っ赤にして狼狽える承太郎に人差し指を突き付け、DIOはフハハハハと悪役よろしく高笑いをきめた。
防音効果のあるマンションで良かったと思った。
「これに懲りたら我が儘など言わぬ事だ!大人しく寝てこい!この酔っ払いが!」
勢い良く廊下へと続く扉を指差せば、承太郎は顔を真っ赤にしたまま手の甲で口を押さえてよろよろと扉に脚を向けた。
何となく胸が痛んだが気のせいかと、不思議に思いながらもリビングから出ていく承太郎を見送ってから盛大に溜め息を吐いた。
リビングのソファーでポルナレフが青い顔をしてうんうんと唸っているのが存外うるさいと、DIOはテーブルに水を注いだコップを置いてやった。
昼前に起きてきたポルナレフの二日酔いは相当なもので、先程までトイレに行ったり来たりの繰り返しだった。
マヌケめ水をたらふく飲めと飲ませている訳だが、だいぶ症状が落ち着いてきたのかすまねえと言って苦笑いを浮かべたポルナレフの前にテーブルを挟んで座り込んだ。
勿論、ぬいぐるみは抱えている。
「報告しろ。承太郎に理由を聞いたんだろう?」
ぐいと水を呷ったポルナレフを、DIOが期待を込めた眼差しで見つめた。
自分が何をしでかしたのか一刻も早く知りたかった。
「あぁ、あれな。うん。聞いたっちゃあ、聞いた。」
何処と無く言葉を濁すポルナレフは珍しいと、DIOは耳を澄ましてまだ承太郎の気配がない事を確認した。
まだ起きてこないようだ。
「それで?何だったんだ?」
「それがよぉ、お前は何もしてねえって返ってきたんだよ。これはオレの問題だから口出ししねえでくれってよぉ。」
頭を押さえてイテテテと言いながら、ポルナレフは申し訳なさそうにDIOに両手を合わせた。
すまんのポーズに呆れたが、こればっかりは致し方ない。
しかし何もしていないのにあの承太郎の避けるような態度は何なのだろうか。
何が問題なのだ。
何故いつも不機嫌に睨み付けてくるのだ。
「やはり……出ていった方がいいのではないだろうか……。」
DIOが俯いて鯨のぬいぐるみを抱き締めた。
昨晩の事と言い承太郎の言動は不可解でしかなかった。
しゅんとしてしまったDIOを見てると、ポルナレフも任せろと言った手前何とかしてあげたくなる。
「そ、そんな事はねえって!だってお前が居てすげえ助かってるみたいな事言ってたぜ?!居酒屋の飯もDIOの作る方が旨いってな、昨日はあんまり食わなかったしな。」
その言葉にDIOの下がった眉がピクリと動いたのをポルナレフは見た。
上目で見てくる顔が何とも言えずムズムズしたものが脇腹を擽り、こんな可愛いの毎日見てて平気な承太郎の気が知れないと生唾を飲んだ。
「……本当か?」
「マ、マジだマジ!本当だって!だからよ、何もしてねえなら堂々としてりゃあいいんじゃあねえか?」
思い当たる事がないのだったら尚更だ。
それに承太郎は昨晩はっきり自分自身の問題だと言い切ったのだ。
そこは信用していいと思った。
「ポルナレフ…お前、本当は、良い男だったんだな…!お前が寝てる間に髪をむしらなくて良かったと思っているぞ!」
「今更知ったのかよ!つーか何でだよオレ髪むしられたのかよ!」
DIOはわざとらしく浮かんでもいない涙を拭う振りをして、ポルナレフに四つ這いで近付きいきなりハグをした。
驚いたのはポルナレフだったが、それなりに手加減してくれているようであまり苦しくなかった。
それにしても何だろう。
同じ男なのに何でDIOはこんなにいい匂いがするのだろう。
不思議でならない。
「………てめえら、何してやがんだ。」
ハグをし終えようと身を離した時、承太郎の声がリビングの扉から聞こえてきた。
ひっと言って離れたDIOの顔が青冷めているのに、ポルナレフも承太郎の方に顔を向けてやはり青冷めた。
不穏な空気と共に流れるのは殺気に似た怒気ではなかろうか。
以前エジプトでの戦いでその怒気を知っているDIOがサッと目を逸らして冷や汗を流している。
それほどトラウマになっているにも関わらず、承太郎は怒りを隠そうともせずに二人を睨み付けた。
♡♡♡♡♡
日曜日の午後は穏やかな雰囲気で、お昼御飯も終わり家族のんびりと過ごす
とはかけ離れた不穏な空気がここ空条家リビングを支配しており、効果音を入れるとしたら「ゴゴゴゴ」が相応しいと下を向いて自分の太股の上で握り締めた拳を見つめながらDIOは呑気にそんな事を思った。
椅子にポルナレフと共に二人並んで座らされて、テーブルを挟んで目の前には腕組みした承太郎が真顔でこちらを睨み付けている。
真顔が逆に怖いとポルナレフは言うけれど、DIOにとってはいつだか図鑑で見た般若の面に見えた。
見えない筈の角が見える気がするくらい怒っている。
承太郎は寡黙で無表情と言われているが、DIOは決してそう思わない。
存分に感情を表に現しているのに何処が無表情なのだと声を大にして言いたいのだ。
今そんな事を言ったらもしかしたらオラオララッシュをお見舞いされるかもしれないから言わないでいる。
そして部屋に満ちる冷々とした空気。
DIOの周囲を凍らせる能力に匹敵する冷え具合だ。
ムグと口を閉じながら何故承太郎がそんなにも怒りを露にしているのかが分からない。
分からな過ぎてまたもや混乱した。
そんな中、DIOの腕をポルナレフが肘でつついてきた。
「な、なあ、何で怒ってんだよ…」
「わ、私が知るかっ、こっちが知りたいわっ」
こそこそとDIOとポルナレフが囁き会うが、突然ダンッッッと叩かれたテーブルの音に吃驚して目を瞬いた。
承太郎の幽波紋がテーブルに拳を乗せていた。
壊さない程度の力加減をしたのは明白だった。
「説明してもらおうか。」
低い低い腹の底からの声にDIOはビクリと身体を震わせ縮こまり、ポルナレフはDIOをチラッチラッと見ながら何か言ってくれと目で合図を送っていたが気付かれなかった。
承太郎を本気で怒らせていい目にあった試しはないと、DIOは身をもって知っていた。
「何でてめえらが抱き合ってんだよ。」
状況説明を求められたがDIOは承太郎をチラッと上目だけで見て、まともにあの強い目線を見ていられずにまた膝の上の拳に目線を落とした。
怖い
何故怒っているのか分からない。
「そりゃあ、ほら、ハグじゃあねえか。」
なあんだそんな事かとポルナレフがあっけらかんと言うも、承太郎にギロリと睨まれて口を閉ざした。
何か不味い事を言っただろうかと冷や汗が止まらない。
こんなに怒っているのは中東でDIOを擁護した時以来ではないだろうか。
「てめえの言い分は分かった。オレはDIOに聞いてるんだぜ。何か言えオラ。」
「……ポ、ポルナレフの、言った通り、だが?」
顎でしゃくられ催促され、DIOは恐る恐る言ってみた。
ギュッと寄っていた承太郎の眉間のシワが更に深くなった。
思わず喉奥でヒッという悲鳴を上げてしまった。
何か答えを間違っただろうかとぐるぐる低迷する思考は相変わらずまとまらない。
「ポルナレフを誘惑しようとかじゃあねえだろうな。」
承太郎の言葉にDIOは一瞬呆気にとられたが、直ぐに嗚呼と納得した。
自分に向けられている怒気。
親友のポルナレフを自分が誘惑して以前のように陥落するのではないかと、心配で承太郎も必死なのだろう。
もうそんな事はしないのに、未だ自分を信用しきれていないのだなとちょっぴり寂しくなった。
仕方がない。
その過去を作ったのは自分だ。
その疑惑、甘んじて受け入れよう。
「断じてない。」
勘違いさせない為にDIOは承太郎を真っ直ぐに見つめた。
誤魔化す意味が見付けられなかった。
だから精一杯真面目に答えた。
「こやつは希に見るマヌケなお人好しでも、それだけは断じてない。」
マヌケなお人好しって何だよと抗議するポルナレフの顔を手の平でぐい~と押し退けながらも、DIOは承太郎にはっきりと言い放った。
承太郎の目が僅かに見開かれた。
「………分かった。」
暫く睨み合いとも違う目線のぶつかり合いが続いたが、固唾を飲んで見守っていたポルナレフを他所に承太郎は目を閉じて軽く息を吐いた。
それにDIOもほうと息を吐く。
これは納得したという空気だった。
「ポルナレフ。」
だが依然冷々とした空気は変わらない。
突然の承太郎の矛先に、ポルナレフの背筋がピンッと伸びた。
「はいっ!」
「てめえにゃあ後で話がある。」
「はいっ!」
そのやり取りを蚊帳の外でぼんやり聞いていたちょいと疲労を感じていたDIOに、またもや承太郎の鋭い目線が向けられたのにビクッと身体が跳ねた。
思わず身構えてしまうのは致し方ないだろう。
「DIO。」
「な、何だ。」
「腹が減ったんだが、何か食うもんあるか。」
「………ある。あるぞ!」
何を言われるのか構えていたが、腹が減ったという食事の催促ならば大歓迎だ。
早くこの変な空気を抜け出したい気持ちも相まって、DIOは勢い良く立ち上がった。
「直ぐに用意するから待っているといい!」
椅子が倒れそうになったのを咄嗟に受け止め、そそくさとDIOはキッチンに向かった。
冷蔵庫を開けながらダイニングで向かい合って何かを話している二人の会話は正直とても気になったが、盗み聞きするほど趣味は悪くないと放っておいた。
しかし、やれやれ
承太郎の怒りはあまり気分のいいものではない。
エジプトでの敗因も結局は承太郎を本気で怒らせた代償だったし、中東で誰も何も言えなかったのはやはりあの怒りだ。
大人しい子が怒ると怖いとは本当だったのだなと、キャベツを片手にDIOは包丁を取り出した。
もう少し居ればいいのに、なあんて気の利いた言葉なんざ掛けてやるつもりは全くない。
ほぼ一週間滞在したポルナレフが次の仕事が来たと言ったのは昨晩の事で、腕を組んで壁に寄り掛かっているDIOはブーツの紐を締めているポルナレフの背中を何となく眺めていた。
結局承太郎の不機嫌について何の役にも立たなかったではないかと思えども、悪いヤツではないので憎めない。
追々自身で解決していくしかないのだ。
「じゃあ、承太郎によろしく言っておいてくれよな。」
立ち上がり今の時間帯は日が差すので外に出られないDIOに、ポルナレフが屈託のない笑みを向けて言った。
承太郎は大学だ。
見送りたかったらしいが、それも仕方がない。
「息災でやれ。」
一人増えただけで賑やかだった。
承太郎と二人でも全く支障はないが、たまには新鮮な風を入れるというのも悪くないとDIOは思った。
それにポルナレフはDIOの作った食事を何でも旨い旨いと言って食べてくれたのが嬉しかったのもある。
承太郎の一言の「旨い」は格別だが、素直に褒められるのも良いものだ。
「ああ、お前さんも……はないか。ありがとうな。飯、旨かったぜ。」
「うむ。」
返事をしたが、ポルナレフは口を開けたり閉じたりしていた。
何の芸だとじいと見れば、ポルナレフは意を決したようにDIOの両肩をがっしり掴んだ。
顔は真剣そのもの、というよりも何処か哀れむように見えるのは気のせいなのだろうか。
「DIO。」
「何だ。」
「………頑張れよ!」
「何を」
「じゃあな!また会おうぜ!」
「おい、ちょ、待てっ、」
何をどう頑張るのか理由も言わず、ポルナレフはさっさと荷物が入ったいつも愛用しているボクサーバッグを担いで出ていってしまった。
待てと言えども玄関から先は日が当たっているので、追い掛ければ灰になってしまう。
釈然としない台詞を残して行きやがったと、DIOはポルナレフの髪をむしらなかった事をちょっぴり後悔した。
あのマヌケめとぶちぶち言いながら玄関の鍵を閉め、DIOは掃除をしようと倉庫の掃除機を手にした。
倉庫の扉を閉めてからふと、玄関に見慣れない物があるのに気が付いた。
ポルナレフの忘れ物だろうか。
財団の支部に到着してから慌てるがいいと先程のやり取りで釈然としていないDIOがほくそ笑みながら中身を確認すると、分厚い書類のような物が茶封筒に入っていた。
取り出して見れば題名のような字が真ん中に書いてある。
ペラリとめくり目次と続いて第一章からつらつらと。
これは確か去年の冬季休暇前から承太郎が頭を抱えて目の下にクマを作りながらもデータ収集し、今月に入ってからも同じような状況でパソコン前にかじりつき灰皿から溢れたタバコの吸い殻を捨てその度にコーヒーを淹れる姿を何度も見たアレだ。
DIOにも覚えがある。
人間だった時に作った事のある、アレだ。
卒業論文。
昔はタイプライターで打ち込んでいたから、スペルを間違えないようにするのが大変だった。
一文字でも間違えれば、そのページ全てをやり直さなければならなかったからだ。
義兄が大きく太い指のせいでキーを打ち込むのに四苦八苦していたなそう言えばと、同じページを何枚とやり直ししていたのを思い出した。
それをマヌケめと心の中で嘲笑っていた記憶がある。
ろくでもない記憶だなと笑いが込み上げた。
その点現代はパソコンとプリンターという便利な機械があるのだから、進化というものは侮れんと思う訳だ。
DIOはフムと考えた。
承太郎の大学迄の道程は知っている。
バスを使えば大学名がそのまんまバス停の名前なので降りる時も間違わない。
問題は日光だ。
冬とはいえ太陽から発せられる紫外線は、相変わらずDIOにとっては死の宣告である。
だが財団開発の日焼け止めクリームはあるし紫外線遮断の服もあり日傘もあるから行けるかと、DIOはこれを届けてやろうと思った。
掃除は帰ってきてからでもいいだろう。
そうと決まればと、DIOは着替えをしながら普段し慣れない事をするのに心が浮き足立つのが分かった。
バスに乗ってみたかったのもあるし、承太郎の驚いた顔を見たいとも思った。
きっと凄く吃驚するぞと、クフフと含み笑いが止まらなかった。
頭からショールを被りサングラスを掛けて、手袋もしたし大丈夫な筈だと姿見の前に立ってみた。
何処をどう見ても完璧防御スタイルだ。
唯一覗く口元は日焼け止めと日傘で充分カバーできる。
これなら大丈夫だろうと、DIOは鼻唄を歌いながら茶封筒を片手に日傘を差して玄関の鍵を閉めた。
「………てめえ、何してやがる。」
閉めた所で背後から来た低い声にDIOは浮かれていた気持ちが沈んでいくのが分かった。
せっかく面倒な完全防備をして真っ昼間の外を謳歌する気になったのに、ハアハアと息が切れている所から走ってきたのだなと知れる承太郎の声の低さに嫌になった。
また機嫌が悪い。
「おや、お帰り承太郎。随分と慌ててどうしたのだ?」
お出掛けの気分が台無しだとDIOは嫌味を混ぜて言った。
だが待てよ、承太郎が茶封筒を取りに来たなら買い物にでも行けばいいかと考え直した。
昼間のスーパーは行った事がない。
夜とは雰囲気が違うかもしれない。
にっこりとDIOは笑顔を向けてみたが、承太郎はDIOをキツく睨み付けていた。
「んな事より、てめえは何してやがんだ。真っ昼間だぜ。正気の沙汰じゃあねえな。」
承太郎はジーンズのポケットから鍵を取り出し玄関を開けると、肩を押して何をすると喚くDIOを中に入れて玄関扉を閉めた。
マンションのたたきは狭いのに、DIOは下駄箱を背に承太郎に追い詰められた状態になっていた。
何故そんなに怒っているのだ承太郎と顔を覗き込むも、その表情は怒りしか感じられなかった。
DIOは何故そこまで承太郎が怒るのか意味が分からなかった。
だって自分は何もしていない。
「これをな、届けてやろうと思ったのだが。」
DIOは承太郎の行動に内心ムッとしつつもそんな素振りは尾首にも出さず、睨み付けてくる承太郎を上目で恐る恐る見ながら茶封筒をヒラヒラと揺らしてみせた。
すると承太郎の目が見開かれたのに、怒られると思っていたDIOはおやと思った。
思っていた反応と違う。
「どっかに、出掛けるんじゃあねえのか?オレの為に?」
そんな不審者の格好で?と続けられたのにDIOはぷうと頬を膨らまして口を尖らせた。
益々承太郎の目が大きくなっていき、やがて顔が赤くなった。
赤くなった意味は分からないが、不審者と言われた事に腹が立ったDIOは気にする余裕はなかった。
「不審者とは何だ!せっかく私がお前の為にひたすら面倒でしかない紫外線避けの格好をしたと言うのに、その言い方はないんじゃあないのか!ふんだっ!いいさ!取りに来たんだったら私は夕飯の買い物にでも行ってくるさ!お前は慌ててヒイヒイ言いながら走って学校に行くがいいっ!」
イーだっと歯列を剥いたDIOはそこを退けと承太郎を無理矢理腕ずくで退かし、フンッと鼻息荒くそして玄関扉を乱暴に閉めた。
唖然とした承太郎はよろよろとよろめくと、空っぽになった空間の下駄箱に片腕を突いた。
真っ赤になった顔をもう片手で覆い、大きく息を吸って長くゆっくりと吐いた。
すると
カチャッと玄関扉がほんの少しだけ開いたかと思うと、サングラスを掛けたDIOが身を縮込ませて顔を覗かせた。
指の隙間からそれを見ていた承太郎の前で、立て掛けていた日傘を奪い取るように素早く取ると
じっと指の隙間から覗いている承太郎に気が付き、またもやイーー!と歯列を剥いてきた。
そして再び扉を閉めた。
何だ
アレ
承太郎は身体の向きを変えて下駄箱に寄り掛かった。
両手で熱くなった顔を覆って地団駄を踏んだ。
可愛い可愛いじゃあねえか何だあのイーーってすげえ可愛いあーーーーーもうすげえ可愛いっ!!!!
叫びたくなるのをぐっと堪え、このままじゃあ学校なんて行けやしねえと承太郎は落ち着く為に家に入った。
☆☆☆☆☆
暗くなった帰り道、承太郎は家路に着きながら溜め息を吐いた。
それだけで通り過ぎた歳上の女性が頬を染めて振り向くが、本人は全く気にした様子はない。
今日は色んな意味で疲れた。
マンションのエントランスで脚を止めると、いつもやっている行動で癖になっている2階部分の自室の窓を見上げるのに顔を上げた。
灯りを点けている日もあれば、真っ暗な中で待っている日もある。
吸血鬼の視力は特殊で暗闇でも昼間のように見えるらしいし、彼の気分によってというのが多かったように思う。
今日は灯りはない。
そりゃあそうかと承太郎はバツが悪そうに頭を掻いた。
機嫌を損ねてしまった。
せっかくDIOが本当に面倒な紫外線対策を念入りにして承太郎へ届け物をしてくれようとしていたのに、自分の浅はかな台詞のせいで怒らせてしまった。
もしかしたら今日は夕飯が無いかもしれない。
そう考えるだけで何て気の滅入る事だろうか。
あの「お帰り」の低い声といつ見てもドキリとする綺麗な笑顔と、そして温かく旨い飯は生活の一部と化しているが故に無いと自覚すると寂しいものがあった。
どう謝ろうか。
一応詫びに前に喜んで食べた有名処のケーキを買ってきたが、問題は自分の口下手具合だ。
言いたい事が伝わらない事はしょっちゅうで、直そうと思っても直らない。
だからよく勘違いされる。
寡黙で無表情が承太郎という人物を知る上で周囲が口を揃えて述べる特徴だ。
それは自覚している。
先日ポルナレフにも指摘された。
ちゃんと言葉にしねえと伝わらないぜ!と指差して注意してきた彼の顔が脳裏を過った。
玄関の鍵を差し込みながら、またハアと溜め息が溢れた。
とにかく
とにかく出来る限り謝ろう。
そう決意して玄関を開けた。
しん
と静まり返る真っ暗な廊下。
リビングまで続く廊下も真っ暗だ。
これは相当怒っているのかと電気を点けながらリビングの扉を開いた。
やはり静かだった。
人の気配もDIOの気配もない。
夕食の匂いはしないにしても、これはやや違和感があった。
カーテンも閉まっておらず、真っ暗な外に人々の灯した明かりが遠くに見えるだけ。
急に嫌な予感がして承太郎は照明を点けリビングテーブルにケーキの箱を置くと、足音にも構えずドタドタとDIOの寝室のドアを開いた。
その空間も静まり返っていて、物脱け殻のベッドがあるだけだった。
まさか自分の部屋かと承太郎は自室へと入ったが誰もいる筈もなく、空き部屋も風呂もトイレも誰も居なかった。
承太郎はよろよろとリビングに戻ると、ドサリとソファーに座り込んだ。
何故どうしてという言葉が頭の中をループしていて、茫然自失となり震える手で顔を覆った。
DIOが居ない
DIOが出ていった
きっとオレに呆れて
オレが嫌になって
そう自覚した途端に鼻の奥がきゅうと痛くなった。
息を止めるように喉に力を入れた。
でも目尻から滲んできたのは涙で、自分は如何にDIOに甘えていたのかと情けなくなった。
彼は自由だ。
いくら承太郎がDIOを倒しそして生かしたとしても、彼自身を縛り付ける理由には全くならない。
いつ出ていってもおかしくない状況であるにも関わらず、甘んじて今の生活に収まってくれていた。
それなのに自分は何をしてあげられたのだろうか。
こんな口下手で不器用で他人の感情の機微に疎くて
でも
それでも
DIOが好きで。
彼が笑ってくれるから毎日が安心できて。
満たされて幸せだったのだ。
そんな事に今更気が付くなんて。
ふと、ソファーに置かれたDIOのお気に入りの鯨のぬいぐるみが目に入った。
大学のフィールドワークに行った際にお世話になった水族館で買った物だ。
DIOはたいそうこれを気に入ってくれて、暇さえあればずっと抱えていた。
本を読んでいる時でも、テレビを見ている時でも。
拾い上げてそっと抱き締めた。
DIOの匂いがするかもしれないと思った。
本当にすればよかったのにと、涙が勝手に流れて鯨の表面にシミを作ったが構わなかった。
だってもうこれは要らなくなったから
何も持たずに置いていったのだから
思い出にすらなり得なかったのか何もかも置いて
DIOの痕跡が色濃く残るこの部屋を
二人で住んだ4年間の記憶を
丸ごと全部置いていった。
「ふ……うぐ、ううっ……!」
嗚咽が漏れた。
最後の別れの言葉が無いなんてあんまりだ。
でも全部オレのせいだ。
オレが情けなくて不甲斐ないから、DIOは愛想尽かして何処かへ行っちまった。
自業自得だバカヤロウ。
どのくらい泣いていたのかは分からない。
一頻り泣いた承太郎はぬいぐるみを抱えたまま、ぼんやりと窓の外を見ていた。
何もする気が起きなかったが、目の前のテーブルに置いたケーキの箱が目に入った。
ずずっと鼻を啜りこいつはもう捨てなきゃなと立ち上がった時、部屋の固定電話が音を鳴らした。
こんな時間に誰だと時計を見ればまだ20時になったばかりだった。
帰ってきて一時間しか経っていなかった。
「………Hello.」
変な声じゃあないよなと頭の片隅で思った承太郎が受話器を取った。
埠頭の先にある元倉庫と言うには立派すぎる建物内部で、承太郎はスカジャンのポケットに手を突っ込みながら牛乳瓶の底のようなメガネを掛けたSPW財団スタッフに出迎えられた。
この研究所には初めて脚を踏み入れた。
キョロキョロと辺りを見渡すと、承太郎では到底理解できない機械やらコンピューター等が所狭しと並んでいた。
「ここは海底探査や火山口探査に使われる色々な機器を取り扱う施設なんです。」
スタッフは歩幅の違う承太郎に小走りで追い付きながら、階下の広い空間で今時間は作動していない機械類を指差して教えてくれた。
海底探査なんて魅力的でしかないが、今の目的はそうじゃないと首を軽く左右に振った。
「あのぉ、怒らないで下さいね。」
瓶底メガネがちょこちょこと小走りで承太郎に追い付きながら言ったのに対し、承太郎は彼を見下ろして片眉を上げた。
一瞬にして彼の顔が青くなったのを見て、またやっちまったとびびらせてしまった事を後悔した。
「け、経緯はどうであれ、お、怒らないであげて下さい。彼、凄く落ち込んでてですね、ほんと、気の毒なくらい。」
びくびくとしながらもきちんと意見を言ってくる辺り、この青年は承太郎の中では高評価だった。
また何か有事の際は彼を通そうと思った。
案内された部屋の前で、承太郎は大きく息を吸って長く長く吐いた。
腹の底に力を入れて覚悟を決めた。
ドアを開ければそこは簡素な部屋だった。
折り畳み式の長テーブルに、折り畳み式のパイプ椅子が四つ並んでいた。
その一つに、DIOが座っていた。
承太郎が入ってくるのを見ると顔を青くして、唇を噛んで俯いてしまった。
紫外線完全防御服は脱いでしまっており、ハイネックのセーターとジーンズという至って簡単な格好だった。
無事だった事と出ていった訳ではない事にはあと安堵の溜め息を溢せば、ビクッと身体を震わせぎゅうと目を瞑るDIOが見えた。
怒られると思っているのだろう。
太股の上で握り締められた拳は、力が入りすぎて真っ白になっていた。
承太郎がスタッフに事前に聞いた内容はこうだった。
とりあえず真っ昼間を謳歌しようとスーパーまで行ったのはいいが、いつもと違う景色に感激してちょっと脚を伸ばしたらしい。
真冬に真っ黒尽くめの高身長でがたいのいい外国人が天気のいい日にこれまた真っ黒な日傘を差しているだけでも異様なのに、道が分からなくなったと通りすがりの人々に英語で道を尋ね回り結局は不審者通報で警察のお世話になった。
家に電話しても承太郎は学校だし承太郎の実家は東京でホリィにわざわざ出てきてもらうのも申し訳ないからという理由で、財団の電話番号を調べてもらい保護してもらったという次第だ。
要するに
迷子になった訳だ。
財団職員は承太郎の事を当然把握しており、この時間なら大丈夫という時間を見計らって電話連絡をしたのだ。
その間DIOは承太郎に怒られるどうしようどうしたらいいとあたふたオロオロとしていたらしい。
故に「怒らないで」なのだ。
承太郎はてっきりDIOが出ていったとばかり思い込んでいたから、探すという手段が頭からすっぽ抜けていた事を恥じたが言わないでおこうと思った。
「帰るぜ。」
我ながら呆れた台詞だと、承太郎はこんな事しか言えない自分が情けなかった。
もっと他に言える事がある筈なのに、この無駄に言葉を発しない口はそれを探そうともしない。
「あー、そうだな、えっと、怒ってねえから、帰るぜ。」
俯いたまま動こうとしないDIOにもう少し近付き、承太郎はなるべく落ち着いて言葉を選んだ。
するとチラッとDIOが目線を寄越した。
こんな時に笑えばいいのだろうが、何せ自分の表情筋は頑なに拒否をしている。
多分今笑ったら子供が泣くレベルだろうと思えた。
「怒ってない……?」
恐る恐る聞いてくるDIOは何と可愛いのかと、赤面する顔を隠すように片手で覆った。
可愛い
とんでもなく可愛い
うるうるとした金瞳に濡れた睫毛が掛かっていて、反り上がった眉は下がっており申し訳なさそうにこの美貌が目の前で見上げてくる破壊力は相当な物だ。
心臓に激痛が走ったようになり、ングッと胸を押さえた。
それがどう映ったのか、DIOは更に涙を滲ませてほら嘘じゃあないかあと喚いた。
「絶対に怒っているに決まっている!だって最近いつもいつもずっとしかめっ面で私が何を言っても何をしても怒ってるじゃあないか!私は何にもしてないって思っても、もしかしたら何かしているのかもとか考えたけどお前は相変わらずしかめっ面で怒ってて!邪魔なら邪魔って言えばいいだろう?!お前はバカみたいな責任感というヤツで言い出せなかったんだろう?!もう嫌だ!私はここに残るっ!ぜったい、ぜえったいに帰らないからなっ!うわああん!承太郎のマヌケ~っ!」
大号泣だった。
誰もが唖然とした。
よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。
テーブルに突っ伏しておいおいと泣いている。
思わず控えていたスタッフ達がDIOを取り囲んで、可哀想、大丈夫ですから、泣かないで、と慰める程だった。
承太郎はそんなスタッフ達に慰められているDIOを、何処か遠くにある意識の感覚で眺めていた。
信じられなかった。
そんな風に思っていたのなんか、全く想像しなかった。
これがDIOの本音だった。
自分の要領が悪かったばかりに、DIOを思い悩ませてしまっていたなんて。
本当にバカだオレは
照れたりする顔を見られるのが恥ずかしくて、にやける顔を誤魔化したくて、いつでも格好つけたいが故にしかめっ面になっていた事が裏目に出た。
時々悲しそうに見えたのは、これが理由だったのか。
情けないと思いつつ、承太郎はスタッフ達に二人だけにしてくれと頼んだ。
心配そうな顔で各々室外に出たのを認め、承太郎はDIOの横にしゃがみ込んだ。
DIOは相変わらずグズグズと泣いていたが、最初よりは落ち着いてきていたように見えた。
「DIO、悪かった。オレはお前を邪魔になんて思ってねえ。本当に、思っちゃいねえんだ。」
丸まった背中を優しく撫でながら承太郎はゆっくりと話した。
スタッフが差し出してくれた○○温泉と書かれた白タオルを手に、鼻をグズグズいわしているDIOがちょびっとだけ顔をこちらに向けた気がした。
おいおい泣いていたのが段々と大人しくなり、やがて鼻を啜る音だけが聞こえた。
「………か、」
「あん?」
ボソボソとDIOが何か言ったようだが聞き取れず、承太郎はもう少しDIOに近付いた。
テーブルの上に顎だけ乗せて、じいとタオルで顔を隠したままのDIOを見つめた。
「ほんとう、か…?」
か細く掠れた声だった。
邪魔に思っていない事を言っているのだろう。
承太郎は子供みたいになったDIOを心の底から可愛いと思ったし、愛しいとも思った。
あちこち跳ねてしまった金の髪を鋤くように撫でた。
髪の手触りが心地好かった。
「思うわけねえだろ。寧ろ、ずっと一緒に暮らしてえってえ、オレは思ってるぜ。お前の飯が食いてえし、お前の顔が見てえ。お前の笑ってる顔が見てえよDIO。お前が笑ってくれっとな、オレも嬉しいし幸せな気分になれるんだ。」
だから、と承太郎は続けた。
「一緒に帰ろうぜ。オレ達の家に。」
身を起こして覆い被さるように抱き締めた。
一瞬だけ強張ったDIOだが、やがて弛緩し承太郎の腕の中で大人しくしていた。
時々しゃくりあげるのか可愛くて仕方がなくて、急に可笑しくなって苦笑した。
幼い頃によく母親がしてくれたように、愛しさを込めて頭にキスを落とした。
♡♡♡♡♡
夜の埠頭は季節も相まって余り人が居ない。
遠くに見える海を渡る高速道路はライトアップされると美しく、この海沿いを歩ける公園は人気のデートスポットだ。
男女のカップルが寒い海風に吹かれていてもお構い無しに身を寄せ合い、ベンチに座って夜景を楽しんでいる姿がちらほら見えた。
本当に寒い。
あいつら寒くねえのかと承太郎はぶるりと身を震わせ垂れそうな鼻をズッと啜り、握っているDIOの手を更にぎゅうと握った。
とぼとぼと歩く大柄な外国人二人はこの場所なら珍しくもなく、大人しく手を引かれて歩くDIOをチラッと振り向いた。
財団の施設を出る時に紫外線完全防御服の一つであるトレンチコートを着ろと言ったが鬱陶しいから着たくないの一点張りで入り口でスタッフが呆れる程の一悶着をして漸く説き伏せてコートを着せたが、手袋とショールは何故かぐるぐるまとめて自分の脇に収まっているのがイマイチ納得できない。
「あ……。」
泣き喚いてすっきりしてその後自身の醜態に赤面して穴があったら入りたいと青い顔をしていたDIOが、ふいに脚を止めて握っている手を引っ張った。
何だと片眉を上げて振り向きDIOを見れば、しゅんとしたような困った顔で承太郎をじいと見つめてきた。
「日傘忘れた……。」
生死に直結している紫外線を完全遮断してくれる物なのに、今朝もそうだが何故忘れられるのか承太郎は不思議でしかない。
慣れないから忘れるのだろうか。
卒論も提出したし暫く時間が取れるだろうから、慣れるように外に連れ出さないとダメかなんて考えたりもする。
「連絡しとくから、明日でもいいだろ。」
せっかく歩いて駅までの長い距離の半分まで来たのに、今から取りに行くのも嫌だと思った。
帰ってから電話連絡を入れても充分間に合う。
大人しくコクンと頷いたDIOに小さく微笑み、空を見上げながら白い息を吐いた。
「あ~、腹減ったぜ。」
そう言えば何も食べていない。
公園内の時計を見遣れば、もう22時を過ぎていた。
駅前で何か食べて帰るか、もう少し歩いて繁華街に行くか。
だが承太郎はそのどちらも選びたくなかった。
きっと凄く目立つ。
自分じゃなくてDIOが。
公園内の街灯は疎らだから暗くて今は誰も気にならないだろうが、明るい場所に出た途端にその周囲は絶対に時が止まったようになるのは明白だった。
それ程の美貌。
それ程の容姿。
注目されたくないのもあったし、ジロジロとDIOを見られるのが嫌だった。
「承太郎承太郎、あれあれ、あれは何だ承太郎。」
くいくいぐいぐいぎゅうぎゅうと手を引っ張られてDIOの方を向けば、DIOは公園の外の道路の方を指差していた。
途切れた公園の柵の入り口の道路脇に、一台の屋台が停まっていた。
電気が点いている。
「屋台のラーメン屋だぜ。」
都会の大きな駅前にはあんな感じの屋台が数台停まっている事も珍しくない。
公園の向こうは繁華街とは程遠い町並みなのに、ポツンと停まっている事がラッキーに思えた。
「食いてえのか?」
立ち止まったDIOが手を繋いだままでじっと屋台を見つめている事に承太郎が尋ねた。
興味があるようで目をキラキラとさせていたからというのもあったが、何しろ腹が減ったこの状態に真冬の寒空の下でラーメン屋なんて入ってくれと言っているようなものだ。
「い、いいのか?」
途端にパアッとその場に大輪の花が開いたような笑みになるDIOを可愛いなと思い、承太郎は行こうぜと手を引っ張った。
マッチ式の灯油ストーブに当たっている新聞を広げた初老のオヤジが、暖簾を分けて入ってきた客に威勢よくラッシャイ!!と言った。
が、椅子に座った二人を目にして咥えていたパイポをポロリと落とした。
何つーキレイなガイジンさんだよと、吃驚してしまった。
「オレは醤油で麺とチャーシュー大盛り。」
承太郎が寒い寒いと言いながら注文した。
DIOには一応メニューを英語で説明してやったが、実家の近くのラーメン屋にホリィと行った事があるから知っているぞとDIOは得意気に胸を張った。
「ミソ、オネガ、シマス。」
日本語の勉強を疎かにしているDIOの片言の日本語は、とんでもなく可愛く思えて仕方がない承太郎が片手で真っ赤になった顔を隠して片足でダンダン地団駄踏みながら代わりに注文してやった。
呆然としていたオヤジが我に返り、アイヨ!と意気揚々と作り出した。
今夜は閑古鳥だからもう閉めようかと思っていた所に、テレビでもお目に掛かった事がない綺麗なガイジンさんが来てくれた。
何だか嬉しくなってオヤジは俄然やる気になってしまったのは言うまでもない。
ご機嫌で麺を茹で始めたオヤジを他所に、DIOは初めて目にした屋台が珍しくて仕方がなかった。
「承太郎承太郎これは何だ?あれは?あれは何と書いてあるのだ?」
一つも漏らす事なく知って帰ろうとするのはいつでも何処でも変わらないらしい。
それは熱々のラーメンが目の前に置かれるまで、怒涛の質問責めが続いた。
湯気が立ち上るラーメンスープを、浮いた油ごと蓮華で掬って口に運んだ。
ずっと啜れば醤油の味と鶏ガラの出汁の味が絶妙にマッチしていてあっさりとしながらもコクがあって旨かった。
太く黄色い縮れ麺を割り箸で摘み、もやしと一緒に一気に口に入れてずぞぞっと啜った。
旨い。
スープの絡み具合も麺の茹で加減も最高だった。
はふはふ言いながら五枚ある厚めのチャーシューも、一枚丸ごと口に入れて咀嚼した。
脂身から肉から旨味が滲み出てきて、これだけでどんぶり飯が軽く食えるなと承太郎は夢中で食べに走った。
それを横目で見ながら真似してDIOもスープを飲んだ。
美味しいと目を輝かせた。
承太郎の実家の近所にあるラーメン屋も旨かったが、濃厚な味噌の味の中にちょっぴりピリッとした辛さがあるのが美味しかった。
麺を承太郎のように啜って食べる事は出来ないが、蓮華を器用に使い音を立てずに口に運ぶさまはとても優雅だった。
「くっ……はあっ!旨かった!」
いけないと思いつつも承太郎は最後のスープの一滴までをも飲み干し、トンッと小気味いい音をさせてラーメン丼をカウンターに置いた。
続いてDIOも箸を並べて置いた。
スープは器を持って飲む習慣が無い故に、半分ほど減っていた。
「ごっそさん。」
「ゴチソ、サマ、デスタ!」
また可愛い日本語に地団駄を踏みたくなったが堪え、旨かったぜと付け加えて金を払おうとポケットの財布を取り出そうとして後ろを見て吃驚した。
自分達の後ろに数組の行列が出来ていた。
きっと公園に居ても寒くて居られないカップルなのだろう。
慌てて承太郎は勘定をすると、未だ興味が尽きないDIOの手を掴み顔を見られない内にそそくさと屋台を後にした。
「旨かった!また食べたい!スープの作り方を聞いておけば良かったな。そうしたら家でも作れるしいつでも食べれる。お前もそう思うだろう?」
人の居ないレンガ道をスキップしそうな勢いでDIOは嬉しそうに言った。
そんな簡単な物ではないだろうが、もし次があるならまた食べたい味だとは思った。
それを家でも作れると言ってくれた事に、承太郎はじんわりと胸が温かくなったのを感じた。
あの部屋を、DIOは「家」と言った。
それは「自分の家」という意味だ。
それがどんなに嬉しいと感じるか、DIOには分からないだろう。
「走ると転ぶぜ。」
「む。私はガキではない。そうそう転ぶか。」
「へえ、何もないキッチンでよく転けそうになってんのはどうなんだ。」
「あ、あれはだな、ちょいと躓いただけだっ。うっかりというヤツだな!」
「へいへい。」
「むう。さては承太郎!私をバカにしているな!」
こんなくだらない会話も楽しい。
駅に着く前にショールとサングラスを装着させた。
顔を見られると周囲が厄介なのと、自分が嫌なのだと承太郎は素直に気持ちを言葉にした。
ごねられるかと思っていたが、DIOは驚くほどすんなりと言う事を聞いてくれた。
手を握っても振り払われる事なく、家路に着いた。
冷蔵庫に入れ忘れていたケーキを尋ねられたから、正直に謝ろうと思ってと伝えた。
DIOはたいそう喜んで、わざわざケーキを二つに切って一つを承太郎に渡してくれた。
二人で食べた方が旨いからなと微笑むDIOを好きだと思ったし、二人でという言葉が承太郎はとても嬉しかった。
DIOは可愛い。
誰もが一瞬時が止まる絶世の美人だが、とにかく承太郎には行動から話す言葉さえも可愛いと思えて仕方がなかった。
何かをする度にその可愛いがぴょこんと出てくる。
ドキドキする婀娜やかな場合が多いが、ぎゅうと抱き締めたくなる可愛さだ。
所構わず叫びたくなる可愛さを自覚してくれないだろうか。
何とか地団駄で済ませているが、それも周囲からすればただの奇行でしかない。
あの日から暇があれば承太郎はDIOを外に連れ出した。
お陰で日傘も忘れなくなったのはいい事だと思う。
だがその奇行のせいで白い目で見られる事が多くなった、気がするのだ。
仕方ないだろう可愛いのだから。
そんな承太郎も流石にどうかと思うこの現状。
これはちっと不味いんじゃあねえのかと、ありもしない頭痛がしそうで承太郎は眉間を指で揉んだ。
「……なあ、DIO。」
「何だ?」
「………説明、しちゃあくれねえか。」
「説明?要るのか?」
「……出来れば。」
「ふむ。」
DIOは背後の承太郎の疑問に、真面目に考えるように顎に手を充ててううむと考えた。
状況説明ならば要るのかと聞いた手前説明せねばなるまい。
だが聡い承太郎に説明など本当に必要なのだろうか。
「何を説明すればいい?」
本当に分からないのかと承太郎は天井を仰いで大きく長く息を吐いた。
手摺に肘を掛けてまた眉間を揉んだ。
「ええとだな。先ずは……経緯だな。」
「うむ。」
大きく頷いたのを確認した承太郎が天井を仰いだままDIOの話を聞いた。
事の発端はポルナレフだという。
電話で二人の進捗を聞かれたから、承太郎とは仲直りしたと伝えた。
承太郎の今までの態度は怒っていたのではなく、照れ隠しのしかめっ面だったと。
怒らせていなくて良かったと笑いながら言えば、ポルナレフはじゃあ承太郎の喜びそうな事をしてやれと言ってきた。
例えば真っ裸に真っ白なフリフリがついたエプロンで、承太郎の帰宅をお出迎えしてみろよと言われた。
何だそれ私が変態じゃあないかと抗議すれば、絶対に喜ぶと言ってポルナレフは引かなかった。
男が男の裸を見て何が楽しいのか理解できない。
じゃあお前は承太郎の裸を見たくないのかと逆に聞かれて、ちょいと考えて見たいとは思ったからそれはそれで納得した。
それからバニーガールの格好も勧められたが、流石にそんな趣味はないしそもそもサイズがないから無理だと断った。
だが承太郎が着るのなら、きっと魅力的に見える事だろうとは言わなかった。
なら、と最後に提案された内容が今現在進行形で行われている訳だが。
DIOが説明し終わり承太郎に顔だけ振り向けば、呆れた顔で天井を仰いでいる姿が見えた。
こんなに近くに居てもちっとも嫌じゃあないのが不思議だ。
むしろ安心するから一緒に居たいと思えるのだろう。
「いやいやいや。ねえだろ。ねえよ。」
ぶつぶつと呟く承太郎の声は低い。
しかし機嫌が悪い訳ではないとDIOには分かっていた。
「うむ。私も不審に思ってな、お前のパソコンで色々調べてはみたのだがな。一概に否定は出来なかったぞ。」
「そりゃあ、こういう意味じゃあねえからだ。」
「そうか?私は案外間違っていないものだなと思っている。私は楽しい。」
「楽しくねえ。オレは全ッッッ然マジで楽しくねえぜ。」
色々抑えんのに大変なんだよと盛大な溜め息が背後からまた聞こえたのに意味は分からないが可笑しくなって、DIOは肩を揺らして苦笑した。
本当に楽しい。
日本の文化もまだまだ面白い物があるのだなと感心した。
ぐいーと寄りかかってみれば、おいコラと若干怒ったような声が聞こえた。
「………クソっ、てめ、んな可愛い事ばっかしてっと、後で痛い目見ても知らねえぞ。後悔すんなよな。」
耳元で囁くように言われて鳥肌が立った。
擽ったいような、痺れるような。
ふふと笑って寄り掛かった承太郎の肩に後頭部を預けた。
見上げるように承太郎の顔を見れば、眉根を寄せた端正な顔が間近にあった。
狭い
けど楽しい
何を後悔するかは知らないが、ぎゅうぎゅうに密着して無理矢理入った風呂の湯船が割れる心配でもしているのだろうか。
男の友情は裸の付き合いから
という言葉を実践してみて、これで承太郎ともっと仲良くなれたらいいなで行動したDIOは知らなかった。
承太郎の忍耐力の低さ侮っていたのだけは事実だ。
この後意味を履き違えたDIOは色んな意味で泣く羽目になるのだが。
承太郎がプッツンするまであと1分
終
☆☆☆☆☆
●オマケ●
ラーメン屋から最後のお風呂入る話の間くらいの設定
ただの同居人
承太郎→キャラ崩壊
DIOさま→天然
解決→してない
です!
許せる方のみお進み下さい!
♡♡♡♡♡
DIOは露骨に嫌そうな顔をした。
それだけでもぞくりとする婀娜っぽさも、美術品のように美しい顔も何もかも変わらないのだが。
もうすぐ卒業する承太郎を祝いに来るとは聞いていた。
だが何故同居人である自分に、今回まったく話がなかったのだろうか。
「そりゃあ、おめえ、拒否される前にってヤツだろ。」
リビングテーブルに出した紅茶はわざとインスタントにしてやった。
自称オレはお洒落なサプールだと豪語するポルナレフは、味にもうるさいと言いながらも旨いなコレ高いんだろ?と喜んで1箱10個入り500円もしない紅茶を口に含んでいる。
「それにしたって、承太郎にも秘密とはちょいとおかしいのではないか?」
自分にはちゃんとした手順で淹れた紅茶をしれっと用意したDIOが、彼の回りだけ高級品に囲まれているかのような優雅さでカップを音もなく傾けた。
承太郎が出掛けていてもいなくても、今日確実に突撃してくる予定だったのだというから呆れ果てる。
誰もいなかったら恐らく花京院の家にでも突撃しそうだ。
「まあまあまあ、お固いこと言うなって。恋のキューピッドであるオレさまが、わざわざ近況を聞きに来たんだぜ?どうなんだ?ん?進捗は?」
「………何の話だ。」
何だ恋のキューピッドとはと、DIOはにやにやしているポルナレフを気色悪いと不審者を見るような眼差しで見た。
するとカップを傾けていたポルナレフの目がみるみる真ん丸になっていくのに、面白い顔だとDIOは笑いを隠す為に口元を指で押さえた。
「お、オレの助言は実行したのか?!ほほほら!電話で言ってやっただろ?!仲良くなりたいんだったら承太郎の好きな事してやれって!!裸エプロンとか、バニーガールとか、ナース服とか、風呂で背中の流し合いとか!!」
「待て待て待て。裸にエプロンなんて私が変態に見えるだけじゃあないかと言っただろう。誰が男の尻を見て喜ぶのだ。それでなくとも私が裸でうろうろしていたら、服を着ろと見えない角を生やして親の仇かというほど顔を真っ赤にして激昂する男だというのに。承太郎はな、奥ゆかしい男なのだ。」
「え、承太郎、喜ばないの……?」
「一緒に住んで4年経つが、あいつにそんな趣味はないぞ。隠してる蔵書も女ばかりだ。」
「おま、漁ったのかよ!」
「誰が掃除担当だと思っているのだ。完璧に掃除するには完璧な整理整頓が基本だろう。ヤツの秘密の蔵書の在処など、見付けるのに苦労はせんわ。」
得意気にフハハハと笑うDIOだが、ポルナレフはう〰️んと唸り腕を組んで考え込んでしまった。
どうにも釈然としない様子だ。
「っかしいな…聞いてたのと違うぜ…。」
ぶつぶつと呟きながら考え込んでいるポルナレフを暫く変な顔だと面白く眺めていたが、そうだ昼前に承太郎が帰ってくると言っていたとソファーから腰を上げた。
昼飯は家で食うと言っていたのを思い出した。
「ランチの注文は受け付けんぞ。既に決定事項だからな。」
ふんと鼻で笑いながらDIOがポルナレフを見下ろした。
焼きうどんにする予定でうどんは幸いにして6玉買ってあるが、肉と野菜がちと足りないかもしれない。
米と味噌汁付きにはするが、承太郎の胃袋が満足するだろうか。
ポルナレフも承太郎程ではないがよく食べる。
作った食事を何でも旨いと食べてくれるからありがたい。
取り敢えずは米を一升炊いておこうと、米櫃の前に座り込んで2合のスイッチを2回に分けて5回押し込んだ。
「まだ朝だぜ?今からすんのか昼飯の準備って。」
リビングのソファーの背もたれに腕を掛けて振り向いたポルナレフが、キッチンの様子を眺めてDIOに尋ねた。
「米の準備だけだ。直ぐには炊けんし、時間を置いた方が米は旨い。」
ショリショリと大きな一升炊き用炊飯器の釜の中で米を洗うDIOが答えた。
慣れた手付きにポルナレフが感心していると、ある事を思い付いた。
「ふ~ん。帝王さまの炊く米ねえ。お前さんの信者共に高く売れそうだな。」
何回か水で流して水が透き通ったのを確かめると、一升のメモリまで水を注いだ。
新米ではないので少し水は多めだ。
「何だその悪徳商法は。私が握ったおにぎりでも売るか?」
丸字にDとでも書いて屋台でおにぎり屋をする自分を想像し、DIOは面白いとクフフと笑った。
ヴァニラ・アイスは一番最初に並びそうだ。
「売れんじゃあねえの?」
味がどうこうよりもDIOの見た目だけで客が並ぶ確信しかない。
それよりも何よりも並んだ下心丸見えの客を見た承太郎と幽波紋の怒りが見えそうで慌てて思考を閉じた。
「ただいま……てぇ、また来たのかポルナレフ。」
「よう!お邪魔してるぜ!お前の卒業祝いにな!」
廊下からリビングへ続く扉が開き、学校までちょっとした用事に行って帰宅した承太郎がポルナレフを見て眉を寄せた。
あれは不機嫌ではなくて訝しんでいる顔だなと、眉間のシワが感情バロメーターだと認識しているDIOが思った。
どうだ私も成長するのだ成長性はBだがなと、心の中で勝手に突っ込みを入れた。
ポルナレフは立ち上がると大仰に両腕を広げ承太郎にハグをし、承太郎も満更でもないようで小さく笑いながらハグをし返した。
その後に二人でリビングのソファーに座り、こそこそと何かを話しているが自分には関係ない事なので放っておいた。
「承太郎。」
財団絡みの仕事内容なのか深刻な顔をして話し合う二人にちょいと悪いと思いつつも、こちらも深刻だとDIOはキッチンから承太郎を呼んだ。
こんな時に嫌な顔ひとつしないのが承太郎のいい所だとDIOは思っている。
「どうした。」
「ランチで使うキャベツの量が心許ない。買ってきてはくれないか。」
「いいぜ。他には?」
「ならば玉子と牛乳と…、ディナーを何するかにもよるか。取り敢えずはキャベツだけでいい。」
「分かった。」
「じゃあオレも行くぜ。」
承太郎に食費用の財布を渡した所で、ポルナレフが挙手した。
お手伝いというヤツだろうとDIOは解釈した。
「ほう、自ら名乗りあげるとは感心だな。ならばやはり玉子と牛乳と、それから…」
だったらこき使ってやろうと冷蔵庫を開けて中身を確認しメモをして渡してやった。
二人なら問題なく持てる量だろう。
行ってくるぜと出て行った二人を見送らず、DIOはリビングで鯨のぬいぐるみを抱き締めながらソファーに腰を掛けた。
ちょっと前までは承太郎に嫌われていると思っていた。
何かにつけて難しい顔をしてしかめっ面で無愛想だったからだ。
だがそれが照れ隠しだと教えてくれてからは、家族として認めてくれていると感じる。
DIOはそれが毎日嬉しかった。
ずっと一緒に暮らしてえってえ、オレは思ってるぜ。
お前の飯が食いてえし、お前の顔が見てえ。
お前の笑ってる顔が見てえよDIO。
お前が笑ってくれっとな、オレも嬉しいし幸せな気分になれるんだ。
だから、一緒に帰ろうぜ。
オレ達の家に。
あの時の承太郎の言葉は、DIOの心の中に残っていた。
オレ達の家
それが嬉しかった。
帰っていい家があるというのが、DIOにとってはとてもとても嬉しかったのだ。
あれから何故か時々顔を真っ赤にして両手で隠して地団駄を踏むという奇行が目立つが、差して気にするまでもない。
だがふと思う時がある。
あいつ、結婚できるのかと。
彼女がいるような素振りもないし、休みは殆ど家にいるかDIOを連れ出して外に出ている。
学友と遊びに行く訳でもなく、電話すら掛かってこない。
まさか
DIOはテレビを点けようとリモコンを持った所でハッとした。
まさか
承太郎は……!!
DIOは自分の予想がおおよそ的を得ていると確信した。
財団の仕事が急に舞い込み、夕食を共に出来ずに悔しがるポルナレフとはあっさりさよならした。
その前に二人に土産だぜと渡された袋をリビングテーブルの上に置き、そのテーブルを挟んでソファーに腰掛ける承太郎とDIOは沈黙していた。
二人の目線は袋に注がれている。
そしてその表情はなんとも言えない苦虫を噛み潰したような顔だった。
「………これは、どうしろと言うのだ。」
ううむと唸り腕を組んだままDIOは幽波紋にその袋を持たせた。
上下左右裏表を見てもただの袋だが、パッケージの意味が分からない。
分からな過ぎて混乱する。
そして承太郎の方をチラリと見れば、ひたすらに眉根にシワを寄せてピクピク動く目尻を必死に堪えているような苦悶の表情だった。
怒っている訳ではなさそうだ。
「我々に土産なのか、我々のどちらかに土産なのか、この場合はどっちなのだろうか。」
「……どう考えても、オレへのご褒美……ん"ん"っ!いや、お前にだろ。」
「???私にこれを着ろと?どうかしているんじゃあないか?」
「オレにじゃあねえ。ぜってえ、誓って、マジで、違うぜ。」
まあサイズはフランス人のサイズだから着れない事もないだろうが、これでは本当にただの変態だ。
承太郎がこれを着た姿を想像してみた。
ダメだ
面白いしかない。
一人でクスクス笑い出したDIOが変な事を考えていると分かった承太郎が、てめ、今想像したろっと抗議した。
「以外と似合うか、も。」
暫く押し問答をしていたが、承太郎の意味ありげな色っぽい目線にドキリと心臓を捕まれたDIOが渋々受け取った。
何処をどう見ても似合うとは思えない。
だが受け取った時の承太郎の嬉しそうな顔は、きっと見間違いではないと思う。
こんなのが好きなのか日本人は。
不思議な性癖もあるものよ。
目の前で上着を脱ごうと手を掛けたが、顔を真っ赤にした承太郎がギャンギャン怒り散らし喚くものだから仕方なく寝室に戻った。
風呂上がりなんか殆ど素っ裸なんだから今更だろうと、DIOは怒られた事に不満げに口を尖らせた。
「ほら、着てみたぞ。」
広げてみれば何て事はないただの黄色いネコの着ぐるみだった。
説明書もご丁寧に入っていて、部屋着にもなり寝巻きにもなれる優れものだそうだ。
フードを被れば耳がピョコンと立っており、手と足はまんまネコの手と足だった。
姿見を見た時は嗚呼ネコだなとしか思わなかった。
だが可愛い。
色が黄色というのも気に入った。
似合う似合わないは別として、可愛い事には間違いがない。
背丈にも合っているし窮屈ではない。
これなら着て寝てやってもいいとさえ思えた。
ウキウキと承太郎の反応を楽しみにしつつ、DIOはリビングの扉を開けた。
時が止まった。
正確には承太郎が目を見開いたまま固まった。
ワールドでも出たのかと周囲を見渡すが、己が幽波紋は出ていない。
はてと首を傾げて近付いた。
途端にバッと承太郎が片手で顔を隠し、DIOを制止するように片手を上げた。
震えている。
物凄く震えているのが見える。
「じょ、承太郎?大丈夫かお前、」
携帯のバイブモード顔負けの尋常でない震え方に、DIOが恐る恐る身を屈めて伏せている承太郎の顔を覗こうと床に手を着いた。
四つ這いでずりずりと近寄るも、耳まで真っ赤で首まで赤い。
これは病気か何かかとDIOはワールドを出現させた。
「じょ、承太郎!!しっかりしろよ!!きゅ、きゅ、救急車!!ワールド!!999に電話しろって喋れないのだなっ!待っていろ承太郎!!いま病院に連れていってやるからな!」
がばあっとワールドに承太郎を抱え上げさせDIOは電話の受話器を取らせるも、番号も違えば言葉も喋れないワールドは肩を竦めてDIOを見つめるだけで何も出来ない。
気が動転したDIOはならばとそのまま玄関へと走って行ったが、はたとまだ夕方だった日が暮れていないと気が付いてたたきでへなへなと座り込んでしまった。
「ど、どうしたらっ!じょ、承太郎が、承太郎が、死んでしまうぅ……!」
うわあんと泣き出したDIOに吃驚したのは承太郎だった。
ネコの着ぐるみを着たDIOのあまりの可愛さに言葉を失くし、その可愛いが天元突破し頭が真っ白になった。
とにかく可愛くて可愛くてポルナレフに心の中でサムズアップの嵐をお見舞いし、のたうち回りたいが我慢をしていた所でDIOが慌て出したのだ。
「待て待て待て待て死なねえ!死なねえから!ワールド頼む下ろしてくれ!」
しかし下りた所で混乱しパニくっているDIOには通じず、ワールドに責めるようなじっとりとした目線で見下ろされながらもそれを無視して承太郎はDIOの頭をポンポンと叩いた。
座り込みえぐえぐと泣くDIOの可愛さに胸がズギュンと射貫かれるも我慢をし、承太郎は大丈夫だからと繰り返した。
端から見れば大の大男がわんわん泣いている姿はシュールでしかないだろう。
しかもネコの着ぐるみ姿で、手も足もネコだ。
それでも承太郎にはとんでもなく可愛い姿にしか見えず、取り敢えずはと自分の幽波紋にDIOを持ち上げてもらい、またリビングに向かった。
「落ち着いたか?ごめんな、オレが何も言えなかったからな。もう大丈夫だぜ。」
グズグズと鼻を鳴らしティッシュを鼻に押し付けているDIOが、か細い声で本当に?と聞いてきた。
その顔の可愛さにまたズギュンと胸を射貫かれるも、ん"!と我慢をしDIOの頭を乱暴に撫でた。
二人並んで座るソファーの真後ろに、何故か二体の幽波紋が警備員のように並び立って承太郎をじっとりと睨み付けているのが解せない。
オレが何をした
「あんまりにもその着ぐるみが似合っちまってたもんだからな、言葉を失くしちまっただけなんだ。悪かった。」
「そうか、それなら良かった…!」
DIOがぎゅうと抱き付いてきた。
ハグなのだろうが肩が少し震えていた。
興奮した名残だろうが、そこまで心配してくれた事がとても嬉しかった。
嗚呼
好きだ
じわじわと侵食する気持ちに抗おうとは思わず、ちょっとだけ身を離してきょとんと瞬きする涙で潤んだDIOの金瞳を見つめた。
綺麗だ
と思い頬に手を充ててそっと顔を傾けた。
もう少しで唇に触れそうになった瞬間、もが、と口を自分の幽波紋に塞がれ、DIOの幽波紋が両手でバツを作って首を左右に振った。
身ごと幽波紋に引き離された。
何事かとDIOが首を傾げている。
チクショウまたかよ!!と承太郎は胸の内で涙した。
いっつも、いっつもこれだ。
あの家出騒動から何故かDIOをいい雰囲気に持っていくと、必ず本体を無視して二体の幽波紋が邪魔をしてくるのだ。
承太郎が地団駄を踏む理由の一つでもあった。
「まあ、お前はボッチだからな。私が面倒を見てやらねばならん手前上、元気でいてもらわねば困る。」
すっかり回復しソファーの向こうで幽波紋とカバディのような攻防をしている承太郎に、DIOが得意気に言い放った。
それに承太郎が ん?という顔になった。
「何だよ、ボッチってえのは。」
「だってお前、友達いないだろう?彼女もいないようだしな。休みは私と共にいて、誰とも出掛けないじゃあないか。」
「………え、っとなあ。お前、分かってねえの?」
「何がだ?」
「………オレが、その、お前を、」
「???」
「っっっあ"ーーーーーーーーー!!!!」
突然の承太郎の絶叫ぶりに、DIOはビクッと身体を震わせた。
幾ら防音遮音効果のあるマンションだとしても、ご近所迷惑ではなかろうかと心配になった。
大丈夫かあれと背後の自分の幽波紋を見上げれば、首を左右に振り肩を竦めるワールドがいて
少し離れた場所では地団駄を踏む承太郎の横で、承太郎の幽波紋が同じく肩を竦めた。
地団駄を踏んだ後に膝を抱えて座り込みいじいじと床を人差し指でグリグリしている承太郎が何故か哀れに見え、DIOはそっと近くに寄り肩を抱いてやった。
「大丈夫だぞ、承太郎。お前が例え結婚できなくとも、私が面倒を見てやるからな。」
よしよしと頭を撫でてやれば、しくしくと泣き出す承太郎の頭にキスをしてやった。
私達は家族だからな
安心しろよ承太郎!
と付け加えながら。
終