金剛石のロマン   作:限界集落

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ならば悪魔と呼びますか

 六神将。

 玻璃宮の巫女が使役する六つの式神。

 

 かつて斉帝戦争でその猛威を振るい、妖刀と並び終戦へと導いた英雄そのもの。その能力は並の妖術とは比較にならない。

 

 六神将が第五番・浮金。

 幻の第七番・玄武。

 

 奇しくも妖刀六工、そして国重の七振り目たる淵天とは対比の関係であった。

 どちらもその本質は兵器。どれも容易にひとつの国を滅ぼしうる────その使い方は、契約者に委ねられる。

 

「式神とお前の間の契約を棄却するのは想像以上に手こずった」

 

 男のグラスがカランと鳴った。軽やかに踊る赤ワイン。

 

「流石玻璃宮だ。その血はもはや他の名家と一線を画す」

 

 シャンデリアが男の深い彫りに影を落とした。その瞳の底知れなさといったら、まさしく悪の頭領に相応しい。

 

「───だが、それだけじゃない」

 

 オニキスの男は彼女のために酒を次いだ。この男に酌をさせる女は、今やこの世にただ一人。

 

「そうだろ、御影。お前は俺と彼女(・・)の子なのだから」

 

 ソファに座る銀髪の少女。瞼の奥のダイヤモンドは隠されたまま───闇の中に囚われている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 玄武の結界が割られた。

 即座に後ろへ跳躍。杖刀を構える。

 広くカビ臭い路地裏で、翡翠と金の式神は対峙した。

 

 先程奇襲したばかりの金色の少年・浮金は両刀を持ったままパッと明るく手を振った。

 女物の黒袴。稲穂のように結われた髪。一見少女に見える彼は───六神将指折りの両刀使い。

 

「お久しぶりです七番様(おねえさま)

 

 玄武は動揺を噛み殺す。

 ギリ。杖刀を持つ手に力が入った。

 

花崗(かこう)が言ってたのはお前か⋯浮金」

「へぇ。あの桃色女そっち側だったんですか」

「何故シャルを狙う」

「主が連れてこいと仰ってたので」

 

 浮金が爆発的な瞬発力で距離を詰める。

 ギン! と刀と刀がぶつかり合って金切り声を上げた。

 

「主!? お前の主は玻璃宮じゃないのか!」

「淑女が声を荒らげるものではありませんよ」

 

 拮抗状態を浮金が膂力で押し切った。

 追撃。回避。反撃。追撃。フェイント。回避。逃げ回る振りをして玄武は屋上へ誘導。何よりも民間人への被害を最小限に留めるために。

 

(どういうことだ? 玻璃宮と式神の契約は切られたのか⋯!? それでも玻璃宮の人間以外と契約なんて出来るはずが⋯!)

 

 暫しの睨み合い。するとコンクリートの舞台で少年はフッと笑う。

 

「いいですか? 我々は武器です。俺が主を選ぶのではなく、主が俺を選ぶ。ひとりの人間に固執する貴方が可笑しいんですよ」

「⋯巫山戯るな、玻璃宮を裏切る気か?」

「まさか、お姉様のことも玻璃宮のことも愛していますよ。が、どんな親しい人間だろうと役目とあらば殺す。悲しいけど⋯それが俺の生き方です」

 

 お話はこれくらいにしておきましょう。

 浮金は刀身をまっすぐ玄武へと向けた。

 

(かさね)

 

 空中に展開された無数の刀が玄武を襲う。余程シャルを追わせたくないらしい。

 耳のぶっ壊れそうな太刀音の中、浮金は内心彼女に拍手をしていた。

 

 (七番様(おねえさま)の式神としての年季はたったの三年。六神将と比べ凡そ数十倍の差はある)

 (経験こそ浅いが⋯流石玻璃宮御影のオリジナルだ。本当に馬鹿げた成長速度)

 (そもそも式神に【成長】を与えることが出来るのが可笑しいのに)

 

 式神とは成長・進化しないものである。

 主人の熟練度によって式神が強化されることはあれど、式神単体が自立的に成長することなど有り得ない。六神将においてもそれは例外では無い。

 

 だが、玻璃宮御影はそれを可能にした。

 彼女は玄武に成長の自由を与えた。玄武は言わば、式神のフィジカルと人間の成長曲線を合わせ持った異能である。

 

「逆に言えば、貴女はまだ未熟」

 

 脇差を弾いた瞬間、玄武の死角から太刀が迫り─────来るが、それを少女は部分結界で弾いた。「知ってます」

 

「!!」

 

 さく。腹を一閃、浮金の打刀が斬り裂いた。

 囮に囮を重ねた結果だった。ごぽりと吐血する。式神と言えど赤い血は流れているらしい。

 

「そろそろ終わりに⋯」

 

 そう浮金が刀を多数展開した途端、爬虫類の冷たさで玄武がギロリと睨みあげた。翡翠の瞳に宿るのは不屈の闘志。

 

 薄らいだ意識の中、その身に宿った主人の記憶が蘇った。それは三年前に遡る──

 

『そうだなー、面白い子がいいな』

 

 249代目玻璃宮の巫女───御影はスケッチブックを片手に鉛筆を走らせていた。自室の畳にゴロゴロと転がりながら頭をムムっとひねらせている。

 

 リングで止められた真っ白な紙の上には、『最強の式神!』『超カッコイイ!』『優しい!』と文字が描き殴られていては、斜線でかき消されていた。

 初代玻璃宮の巫女が作った六体の式神。代々玻璃宮の巫女が喉から手が出るほど望んだ────原初式神の創造すら、御影にとって児戯に等しい。

 

『こうしなさいとか、こうなってねとか、別に言うつもりないんだよなー』

 

 ペンを上唇に乗せて、その細指はスケッチブックをなぞった。ざらっとした紙面は彼女がペンを走らせ具現化するだけで何億の価値になる。

 

『好きに生きて欲しい』 

『色んなものを見て、色んなことを知って』

『私の分まで、自由に生きて』

 

 その祈りは届く。言霊は実現する。⋯御影は神に愛されているのだから。

 

『チヒロとか、国重さんとか、みんなでご飯食べようよ』

『あなたに会えるの、楽しみだな』

 

 結局貴女に会うことなく現世に召喚されて、行き場のない忠誠心だけが残ったけれど。

 

 貴女のような主だから、貴女の為に生きたいと思った。

 

 玄武は成長する。学び、習得し、進化する。

 式神固有の成長曲線はヒトと比べてはならない。玄武にとって能力の上限などない。

 突き当たる壁は何度でも乗り越えていく。叩けば叩くほど喰らい、高みへ昇っていく。

 

 つまり、彼女の可能性は星の数ほど広がっている。

 ポタリ。コンクリートに一滴鼻血が落ちた。

 

「───襲」

 

 天性の才能だった。

 印を組む玄武に従って、その背後に刀の群れが召喚される。その数、その種類、その刃文に至るまで浮金と鏡写し。

 

 模倣(コピー)。たった一度視ただけでその本質を理解し再現する妖術師(センス)。初めての式神同士の戦いで玄武が獲得した報奨。

 

「これだから天才は!」

 

 玄武の刀が一斉に襲い掛かる。玄力の消費、操作共に激しいが、それは両者互角。

 乱戦に生じて浮金は玄武に斬りかかった。この刀の雨の中でも死なない機動力はまさしく宝。

 

 が、それこそ玄武の狙いだった。

 

「絶界」

 

 球状の結界が浮金を包んだ。0コンマ1秒ズレていたら玄武は真っ二つだっただろう。

 玄武にとって式神同士の戦いは初。つまりこの手札を晒すのも初だった。

 紅顔の美少年の顔がうげ、と崩れた。

 

 七番様(おねえさま)。彼がそう玄武を呼ぶ理由はこれだった。

 限りなく90度の成長曲線。皮肉を込めてそう呼んだ。

 

「しばらくそこに居ろ」

 

 ごきん!そのまま結界を圧縮し、全身の骨を折った。浮金も六神将のひとり、これくらいで死ぬことはない。

 格付けは完了。玄武は屋上から駆け出した。

 

 その瞬間、轟音と極光が街を轟いた。

 玄武は一瞬だけ意識をそちらに向けたが、すぐさま二人の捜索に専念する。敵はチヒロが迎え撃つと信じて。

 

「シャル! ヒナオ! 何処だ!」

 

 走る、走る、走る。

 コンクリートの上を駆け抜けていく。その灰色の街の間から、翡翠の瞳はちいさな影を見つけた。

 

「シャル!」

「げ、げんぶ⋯⋯」

 

 バッと4階のビルから飛び降りた玄武は、シャルの手を固く握る男を睨みつけた。黒スーツの群れはおよそ一桁。その節榑の目立つ手にはどれも刀が握られている。その横で腹から血を垂れ流しすヒナオに、玄武は咄嗟に駆け寄ろうとした。

 

「おい、動くんじゃねえぞ。コイツの血を見たくなけりゃな」

 

 下衆た笑みを浮かべる男を、玄武は一体脳内で何度殺しただろう。シャルの顔がぎゅっと歪み、縋るような、しかし突き放すような目を玄武に向ける。

 

 実のところ、普がこの男に従う道理は無い。シャルの再生能力をもってすれば、多少(・・)の犠牲は出ようと救出は可能だ。

 だが、そうしないのは。

 

「玄武⋯⋯あっち、いって⋯⋯」

 

 玄武は少なからず、シャルに負い目がある。

 思わず舌打ち。男はシャルに白刃を突きつけてじりじりと後退している。

 

 ああもう。

 仕方ない。

 

「貸せ、主人(みかげ)

 

 神速。

 風が男の首を撫で上げた。パッ、と椿の花弁が散る。それは男の血であった。コンクリートに転がる重たい首。

 

 何が起こった。男たちは戦慄した。

 この少女、一時的に主人の玄力────否、霊力に接続したのだ。玄力とは一線を画す高密度神霊存在である霊力は、いくら式神といえど負担は凄まじい。

 玄武はシャルを抱きとめて、脂汗を額に浮かせていた。

 全うする。玄武の役目を。シャルを逃がすという仕事を。自分よりちいさなこの娘に、これ以上醜態を晒す訳にはいかない。

 

「シャル、離れるなよ」

 

 シャルはぎゅうと玄武の袖を抱きしめた。

 たすけにきてくれた。その事がシャルにとってどれだけ救いになったか。

 その希望も、力がなくては続かない。

 

 さく。

 ごぽり。

 

 玄武は下を見た。じわりと肺を撫であげる悪寒。何故、今自分は血を吐いている?

 ズズッと引き抜かれる血濡れの刃。ひょうきんなボーイソプラノ。

 

「いやー、参りました。まさかあれくらい成長できるなんて」

 

 考えが、なかった訳ではない。

 六神将はかつて同じ主を共有していた身。互いの存在を深く知覚できる。それは能力すら含まれた。

 が、既に主は入れ替わり、知覚共有は失われた。⋯────新たな能力、その行使は玄武の知識外。

 

「俺今の主に結構弄り回されまして。座標移動ってわかりますか? そう、テレポートです。俺の新しい異能」

 

 急所はヒトも式神も変わらない。耐久性に優れる式神とはいえ、続けて二度三度刺されてしまえばもう地面に倒れるしかなかった。ただでさえ霊力供給で疲弊している。

 浮金がシャルを抱き上げる。少女の真っ青な顔に浮かぶ焦燥と恐怖。

 

「手加減してたとはいえ、俺をあそこまで追い詰めたのは偉いですよ[[rb:七番様 > おねえさま]]」

「でもね、貴女と俺とは決定的に違う」

「俺は武器で────貴女は玩具だ」

 

契約者(あるじ)以外のご機嫌を伺うから、そうなるんですよ」

 

 武器は人を壊すためにある。人を壊すのは主のため。

 それが浮金の軸。最悪なことに双城との組み合わせはピッタリだった。

 

「お、にいちゃん⋯⋯⋯」

「さ、シャルさん行きましょうか」

 

「待、て」

 

 式神は死なない。行動不能になるまで損傷した場合、玄力の集合体として一時的に主の中に戻る。

 だから死ぬことの恐怖など知らない。⋯その恐怖を知らないことが、戦場でどれだけの価値を産むだろう。

 

 尚も立ち上がる玄武に、浮金はため息をついた。襲を展開。彼は民間人に攻撃を躊躇わない。

 

「ッお前!!」

「さよなら、お姉様」

「玄武!」

 

 そして浮金は黒いバンに乗り込んだ。唸るエンジン音が遠ざかっていく。

 

 途端、無数の白刃が乱れる。相打ちでは間に合わない! 最も得意な簡易展開した防御壁で防ぐ、防ぐ、防ぐ。通行人から上がる悲鳴。

 

 (守れ! 死んでも守れ! 守れないなら死ね!)

 

 残り一本、玄力が纏われた太刀が高速で白髪の青年を襲った。度重なる戦闘でもう玄武の玄力は尽きている。結界術は使えない。

 

 それ、ならば。

 

 玄武は勢いよく地を踏んだ。

 少女の胸に突き刺さった太刀。へたりと青年は腰から崩れ落ちた。

 

「無事か」

「⋯───ァ」

 

 玄武の耐久性はここが限界だった。ぐったりと倒れ込む視界。 

 暗転。意識が闇に溶けていく。

  

 

 ◇◇◇

 

 

 神奈備地下本部にはトレーニングルームがある。神奈備の称号は武。どの職員も鍛錬は必然。本部なら尚更、ほとんどが妖術師として経験を積んでいる。言わばエリートの集まりなのだ。

 

 コンコン。 

 薊奏士郎は演習場の戸を開いた。

 廊下まで聞こえていた掛け声。どれも道着が様になった屈強なチームだ。奥では組手が行われている。

 

 それは少女と、その倍ほどもある体格の男。傍から見れば兎と熊。どちらに軍杯が上がるかは一目でわかる。

 

 勝負は一瞬で終わった。

 いなし、滑り込み、投げ飛ばす。

 

 ワルツを踊るように、赤子の手をひねるように。少女はかろやかに男を蹂躙した。

 ワッと歓声が湧き上がり、立ち上がった青年と少女が握手を交わす。

 

花崗(かこう)。今いいかな」

「はいなー! よく来たなぁ旦那(あざみ)様」

 

 トテトテと薊に駆け寄る花崗の三つ編みが揺れた。薊より頭ひとつちいさな花崗では、必然的に契約者を見上げるかたちになる。

 

「悪いが本題だ───双城厳一が玻璃宮の式神を使用しているのは聞いてるね。浮金を捕縛する作戦を君に任せたい」

「⋯⋯へぇ、とうとーうちの出番ってことやんな?」

 

 その少女こそ。

 近接格闘術・志久真流師範代こと───六神将が第四番、花崗。

 

  

 ◇◇◇

 

 五日後。 

 ■■■市立病院、その一室で柴、薊はチヒロを囲んでいた。ヒナオの無事、双城の狙いを伝え、チヒロの士気は万全。シャラ、と揺れる耳飾りに手を伸ばして気づいた。

 

「玄武は⋯⋯」

「おはよう六平千鉱(ロクヒラチヒロ)

「ワ!」

 

 シャ!と隣のベッドからカーテンを開けた式神に、柴は大袈裟に驚いた。チヒロと違って包帯どころか入院着ですらない。

 

「玄武、無事か⋯」

「ああ、玻璃宮の式神を舐めてはいけない」 

 

 ふん、と気丈に振る舞う玄武だが、その内心はけして穏やかではないだろう。辛いときほど周りを励ますように笑うのは主人と同じ癖。

 双城討伐にあたり、特選部隊の紹介後⋯⋯扉から現れたのは。

  

「はいなー! はじめまして六平くん!」

「お前⋯⋯!」

「こんちは玄武ちゃん、調子はいかが?」 

「玄武、もしかして⋯」

 

 目と髪を桃色で統一された少女。軍服を着こなした肢体と、ふわっと結われた三つ編み。その足運びだけでチヒロは相当の腕だと理解した。

 

「うちは花崗! カコちゃんでええよ!」

「彼女は神奈備が所有する式神。今回刳雲とは別で⋯双城の持つ式神、浮金の足止め役だ」

「! あっちにも式神が⋯」

「そ! それで浮金討伐用の式神がうちってわけ」

「式神は契約者が死亡すれば契約解除になる。命滅契約と構造は一緒だ。だから必ずしも浮金を始末すればいいわけじゃない」

 

 国重が刻んだ命滅契約の原型こそ、六神将の契約だ。

 

「いま浮金との戦闘データを持っているのは玄武殿のみ、どうか僕たちに力を貸してくれないか」

 

 薊の申し出に、玄武は一も二もなく頷いた。玻璃宮のカタは玻璃宮でつける。

 

「つまり刳雲(双城)はこっちで、浮金はそっちでやってほしい。⋯その間お前が隠密で女の子を救い出す」

「まったく忙し忙し。式神はコスパええかんなあ。ちょーっち怪我してもすぐ直る」

「ツッコミずらいわ」

 

 上から萩原、花崗、柴である。

 双城への殺意が醸成される。怒りで手が震える。浮金の思想。理解できないもの。脳裏によぎるシャルの最後の言葉。自分を呼んだ声。

 それら全部を飲み込んで、二人は現実にぶつかっていく。

 

「よろしくお願いします」

 

 作戦は固まった。

 ならば後は、命を賭けにいくだけだ。 

 

 

 ◇◇◇ 

 

 

 双城からの命令は多岐にわたるが、大抵は粛清とか見せしめだ。

 斬る。血が流れる。斬る。血が流れる。

 三千世界の鴉を殺し、その先になにがあるのか、浮金にはとうていわからない。

 

 それが、主の命令ならば。

 使命こそが、至上の喜びに違いないと盲目している。

 

 だから、これも。

 

「何度か削げばいいだけだろ」

 

 式神が妖刀の研究に使えないとわかった数日で、浮金に被検体としての価値はなくなった。

 だから今度は、被害者から加害者の立場へ押し上げられる。

 浮金は白兵武器の扱いなら一等上手だった。

 六神将が第一番、庵治(あじ)にこそ大きく劣れど⋯ナイフ、斧、包丁、ともすればハサミまで人殺しの武器になり得る。

 

 浮金は白兵武器の扱いなら一等上手だった。

 それは、メスすらも。

 

「浮金、腹直筋三枚」

 

 この地獄の執刀医は浮金だった。シャルのやわらかな白い肌にツウと赤い筋が走る。泣き叫んだっていいのに、シャルはそうしない。浮金が傷つくことを望まない。

 

 斬る。溢れる。剥がす。溢れる。潤む。斬る。侵す。

 人を斬った感覚など、とうに慣れきったはずなのに。この娘の肌にメスを入れる感触だけは脳裏にこびりついていた。 

 

 

 ◇◇◇

 

 

『浮金を相手取るなら双城と共にいるときだ』

 

 時は遡って数日前。情報収集時のこと。

 屋上の柵に肩を預けながら、玄武は浮金のデータについて語り始めた。

 

『浮金は新たにテレポートの妖術を手に入れてる。恐らく裏の妖術師でも雇って魔改造したんだろ』

『なら、主人のところに転移できんのが厄介だな』

『そう、それだ。それこそあちら側の形勢逆転の一手になってしまう。フィールドと戦術で叩くこちら側が一気に不利になる』

 

 だから叩くなら、二人が同時にいるとき。

 浮金も主が危険にさらされているとあれば、すぐさま参戦するから。 

 

「長々と⋯戦う準備はできてますって意味が?」

「ああ、体も充分温まったところだ」

 

 そして、運命の刃は交わされる。

 

「岩垂」

「絶界」

 

 地面を割り、一気に空へと押し上げる岩山が結界で包まれた。

 さあ、幕は切って落とされた。玄武の闘志が再燃する。

  

 

 ◇◇◇

 

 

「さあさあさあ! あんたはうちらが相手やで!」

「花崗、痛い目見たくないならおかえりなさい」

「余所見するなよ、妬くぞ?」

 

 初っ端“襲”で強襲する浮金。玄武はそれを刀で弾き飛ばし、花崗は合気道の応用で受け流す。

 この結界は作戦開始から数日、一から練り直した対浮金用結界。そう、玄武はこの天空の箱から外へとテレポートさせるのを封じることに成功した。

 

『テレポートはそう何度も使えないはずだ。式神に与えられた権能とは違い、植え付けられた粗悪な妖術はいつかガタがくる』

 

 双城と巧みな連携を交わす浮金。しかし式神二体もそれに上手く追いついてくる。隙を与えず猛攻撃を仕掛けに来る部隊も流石精鋭。

 

 水の束が戦場に溢れ出た。打たせる! 特選部隊の意思は一致していた。

 

 バリバリバリ!!!

 電撃が骨身を削り上げる感覚に、玄武は歯を食いしばる。鈍る身体を見て好機と捉えた双城が全身に雷を迸らせた。

 しかしそれこそが狙い。当作戦の要。

 ああ、乗ってくれてよかったよ。萩原は嗤う。

 

「飛べ!」

「“鳴”」

 

 双城は特選部隊を肩慣らしだと舐めすぎた。

 神奈備はとうに死ぬ覚悟なんて鼻で笑える。

 

「“磁戒”」

 

 ドンッッッッ────ッ!!!

 大地震が巻き起こった。大地が沈み、浮かぶ海。その津波に双城の雷が流れ出る。

 

「なっ⋯」

 

 刳雲の基本戦術を使った、至ってシンプルな策略。───完封は出来ずとも上出来だ!

 

「全部自分で用意してえらいなあ双城!!」

 

 しかし、主人を守るのが式神というもので。

 途端、座標が狂った。

 

 萩原が見据えた先に居たのは浮金。雷に侵された津波に悶えるのは浮金。

 なら、双城は?

 

「“鳴”」

 

 十数秒のインターバル。

 そのハンデすら超越する妖刀。持ち主によっていくらでも変化・進化しうるその真髄の一端に────双城は触れてしまった。

 

 絶望がやってくる。

 玄武は叫んだ。

 

「避けろ!!!」

 

 パリ。落雷が遠くで聞こえた。 

 世界から色が消える。雷神と化した双城が無慈悲にその命を奪い去る────ところを、玄武の脊髄反射がそれよりも早く防御壁を展開。急所は外した。

 

「“弐”に以降だカザネ!!使え!!」

「ッ怪魑」

 

 印を組んだ瞬間、カザネの右腕は奪い去られた。舞台を整える為の女も袈裟斬りに終わり、戦場は終わりを迎える。

 

 のを、玄武は許さない。

 双城が光の速さで去っていく。その足止め役は他に誰がいる、浮金であった。

 

「いかせませんよ」

「私のセリフだ」

 

 舞台が崩れる。岩の流星群になって夜の海へ落ちていくのを見終わる。特選部隊だけは結界の中に残し、式神たちは向き直った。

 

「まだそこの全員死んでないですね。なら、トドメを刺さなくちゃいけませんね」

「ハッ、させる訳にはいかないな」

「なぜ貴方がそんなに彼ら守ることを望むのか理解に苦しみますが⋯」

 

「そうですね、今するべきことは会話じゃない」

 

 (かさね)。空中に展開した刀の軍勢。月光に照らされる白刃は玄武たちを空から睨みつけている。

 

「いいや、会話だ」

 

 刀剣が勢いよく少女に襲いかかった。

 結界術が防ぐ、防ぐ、防ぐ。守護者の名を冠する者、玄武は後ろに庇う彼らに傷一つ付けやしない。時間は刻一刻を争う。

 

 だから、もう終わりだ。

 

「待ちぃや! ッ玄武ちゃん!」

御影(あるじ)、貸してくれ」

 

 それは主人⋯玄武にとって世界への干渉。自分の耐久性を度外視した霊力供給。オリジナルの玄武にだけ許された同一性。

 その過剰な霊力の集合体は、やがてかたちを織り成す。

 

 そして────玻璃宮御影の分霊体が降臨した。

絵画から抜け出してきた女神。現代の現人神が仮の姿で顕現する。

 

【玄武、私の子。あなたはどうしたい?】

「あなたのように助けたい。此奴らも、浮金も」

【それがあなたの望みなら────力を貸してあげる】

「あな、たは───⋯」

 

 浮金の喉が震える。その圧倒的な心霊存在を前に、己の本当の主人を前に、少年は魂をぼうっと抜かれていた。

 玄武は笑った。御影の透明な頬に触れて、キスを交わす。そして契約は締結した。

 

「ッ待て! 貴女そのままだと消滅しますよ!! 霊力供給に耐えきれない!!」

「やってみるまでわからないだろう?」

 

 玄武は霊力で構成された槍を掲げた。それは人類が夢見る癒しの奇跡。

  

「浮金、私たちには意思があるだろう」

「違う! 俺は武器だ! 意思なんかない!」

「ではなぜ、愛してるなんて言ったんだ?」

 

『まさか、お姉様のことも玻璃宮のことも愛していますよ』

 

「⋯なあ、もう本当はわかっていたんだろう、浮金」

 

 奇跡は止まらない。その祝福は特選部隊にも届く。

 浮金はその瞬間、玄武に巫女の幻影を見た。

 ああ、ああ。

 わかっていた、わかっていたんだ。俺だって本当は。

 

「巫女さまに、会いたい⋯⋯⋯シャルさんに謝りたい────」

 

 泣き出したように笑っても、玄武の手はブレない。これで、終わりにしよう。

 ────その胸を槍が貫いた。

 光の雨が降り注ぎ、海を割る。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 【命滅契約を履行】

 【玄力連携:停止を確認】

 【契約者:双城厳一の死亡を確認】

 【契約解除】

 

 【六神将第五番・浮金の使用を停止します】

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