金剛石のロマン   作:限界集落

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天国への道は遠いようです

5話

【ごめんなさい、ごめんなさい】

 

 あぁ、何故あなた様が泣くのですか。

 私はあなた様にお仕えできて幸せだったというのに。

 

【私のせいなんだ、私が止めるべきだった】

 

 いいえ、私の望みでした。

 それが私の幸いだったのです。

 

【違うの、そうさせたのは私。あなたが大切だったのに、あんなことを】

 

 どうか泣かないでください。あなた様に泣かれると、どうしたって私の胸が苦しくなる。

 

【許さない、許さないよ。お前がそれを望んでも、私が否定する】

 

 あなた様が誰にも負けないくらい強いことなんて知っていた。けど、それでも私はあなた様について行きたかった。

 あの日から、私の命はすべてあなた様のものなのだから。

 

【私が生かす。だから生きなさい────玻璃宮黒曜(・・)!】

 

 どうしてその名を呼ぶのですか。

 だってそれは、とうに捨てた名前だというのに。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 神奈備地下本部は緊迫の様相だった。

 式神は玻璃宮に忠誠を誓っている。その大前提が浮金により覆されたのだ。浮金は萩原隊により拘束、幹部により仮封印の状態といえど、契約者を即刻決めない限り安全性は確かではない。

 

 現在玻璃宮一族は大荒れである。そも、皇族の血を引く玻璃宮、立場としては神奈備の上層部にあたる。

 故、巫女及び式神保護にあたる神奈備は玻璃宮から重圧をかけられていた。

 

「玻璃宮は『玄武』を連れ戻せと言っている」

「あのじゃじゃ馬がはいそうですねって帰るわけねぇだろ」

「問題は玄武が六平千鉱との接触報告が複数挙がっているということだ」

 

 つまりそれは、野放しになっている妖刀を神奈備に報告しなかったということ。それは反旗を翻すと見て相違ない。神奈備長官は続けた。

 

「議論のために玄武に要請をかけたが、返事はなし。そのため神奈備は強硬手段をとる」

「妖刀ひとりならまだしも、あちらには六神将がいるんだ。出し惜しみはしない」

 

 女は足を組み直した。黒い装束に包まれたしなやかで実用的な筋肉。その隣に座る少女こそ、六神将の桃色。

 

「緋雪、花崗、任務通達だ。妖刀と玄武の捕獲を命ずる」

 

 女ふたりが口端を上げた。

 かくして舞台は新たな幕を開ける。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 白い病室は沈黙の帳が降りていた。

 清潔なベッドに横たわる少女は、人間の生気を感じ取れない。恐ろしく冷たいその素肌はまるで死人。主人の玄力で動く式神はその強大な玄力を使用した代償に全ての機能を停止されていた。今この瞬間にも玄武はゆっくりと崩壊の道を進んでいる。

 

 主の霊力を間借りした治癒の異能。その莫大な力は諸刃の剣。彼女が支払った代償は昏睡状態だけではなかった。

 

「⋯⋯つまり玄武ちゃんは今、巫女様との契約が無理やり解除された状態ってことや」

 

 双城の隠し倉庫を捜索した結果、柴は式神についての資料も多く発見し持ち帰った。六神将については門外不出の秘術。口伝のため資料にこそ残っていなけれど、そのハンデを覆すほどに双城は天才だった。

 六神将の制御。その一端に双城は確かに触れていた。

 

「玄武ちゃんを起こすなら誰かと契約させなきゃならんけど⋯⋯⋯チヒロくん、本気なんか」 

「どっちにしろこのまま放置はできません。こいつがいつ誰の手に渡るかわからない。それに時間もない」

「契約者は常に命を狙われるんやぞ。それなら俺でもええ」

「⋯⋯⋯おそらく、玄武は俺じゃないと納得しません」

 

 主人からの玄力供給が無くなった今、玄武が崩壊するのはこの一瞬でもおかしくない。

 だから千鉱は信じるしかない。巫女の一番近くにいて、命を賭けて探し求めるチヒロにこそ玄武は従っていた。己を主人ではなく、仲間として。

 

 父からその背で教わった信念と責任。

 その問いに千鉱は既に答えを返している。

 

「背負います。妖刀も、玄武の命も」

 

 ああ。

 この子は、どこまで。

 柴は顔を背けることを許されない。既にこの手はあの血濡れたちいさなてのひらを握ってしまった。この地獄で手放すことは許されない。この悪夢(信念)を全うしなくてはならない。

 

 血潮に隅々まで行き渡る玄力の流れ。

 千鉱は陶磁器の頬に手を寄せて─────その唇を奪った。

 

 【命滅契約を履行】

 【玄力情報︰確認】

 【既存の契約を上書き】

 【玄力連携︰確認】

 【契約締結】

 

 【 六平千鉱 を契約者として認証します】

 

 

 ◇◇◇

 

 

 少女はエレベーターに乗って、15階のボタンを押した。銀髪を引き立てるシンプルなワンピース姿の少女だ。まるで人形のように肌が生白い。

 ふわりと箱が持ち上がる重力を感じて数秒後、チーン!と扉が開く。

 

 カツン。黒ヒールがレッドカーペットを叩いた。その音に気づいた黒服が華奢な肩を抑える。

 

「なあお嬢ちゃん、ここは君みたいなのが来るところじゃないんだよ」

「おい、誰か娼婦でも呼んだか?」

「⋯⋯私に向かって、なんと言った?」

 

 ごとり。男はふと、右腕が軽くなった。

 杖刀の鈍いきらめきに映るのは、片腕を失った自分。

 

「お、おおおおおっ!」

「気安く触れるな」

 

 玄武は杖刀を振りかざした。カーペットに活けられた首ふたつ。続々と襲いかかる男たちを勢いそのまま蹂躙する。式神の身体能力は人間の軽く数倍。夜の闇ごと敵を切り裂いていく。

 

「お前がここの主だな」

「あ、ぁぁあ⋯⋯」

 

 奥の書斎、組の終わりを悟った男のスーツがじんわりとアンモニア臭で染まる。これだから男の子は、と玄武は呆れたように見下した。玻璃宮は女家系だから男に人権は無いのだ。

 

『その裏社会の要人とやら⋯下衆の人たちの交友録を漁ればいい』

 

「聞きたいことがある。⋯おい、聞いているのか?」

 

 かぁん! 骨を叩く音がした。ヒールで鼻を折り曲げた音だった。悲鳴が上がる。男はのたうち回る。

 ここがアンダーグラウンドの中で半世紀を生きた男の墓場だった。少女の口元に三日月が浮かぶ。

 

「さ、良い声で鳴いてくれ」

 

 悪夢はまだ、始まったばかり。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ぱしゃん、ぱしゃん。

 血の海に沈むブーツのヒール。玄武はその聞きなれた足音に、男の爪を剥ぐのをやめた。

 

「あーあ、なんちゅうひっどい臭い⋯」 

「花崗」

「や、玄武ちゃん」

 

 モルガナイトの瞳は呆れた風に二、三度瞬きを繰り返した。黒手袋が丸い頭を掻く。

 

「いやーうちもあんたらと仲良くしたいんやけどね、上の命令だから。勘弁な」 

「⋯呑気にお喋りしにきたつもりじゃあないらしいな」

「ジジババたちは六平くんの妖刀と玄武ちゃんの捕獲を命じとる。大人しくしとけば⋯⋯なんてことは無意味やね」

 

 玄武の抜刀が花崗の頬を掠めた。

 神速の居合術。玄武の剣術の腕は今や浮金に匹敵する。

 浮金模倣(ゴールドカスタム)。その二刀流の構えこそ、剣鬼の申し子。

 

「言っとくけど、手加減なんて出来へんよ」

「こちらこそ」

 

 ただでさえ式神の女同士、互いに余裕は無い。

 玻璃宮の巫女という役がある通り、玻璃宮は女家系だ。子宮の入った腹を持つメス種こそが頂点。その恩寵は式神の女にも与えられた。

 つまるところ、玻璃宮の女式神は男式神と一線を画す。

 

「なぁ、浮金の使用を見てたんやろ。なら神奈備に()いや。うちらは一個人の私情の為に使われるべきやない⋯⋯国のために、玻璃宮のために使われるべきや」

 

 回避、回避、打撃、剣戟、回避、反撃。

 常人の目では見切れない目まぐるしい攻防。互いに残像と気配を追うのにも精一杯だ。

 間合いに入れば花崗の拳が叩き込んで終わり、間合いに入らせず玄武が断絶すれば終わり。実力は拮抗していた。

 

「それなのに、あんたは何故あの男を主と認めた?」

「⋯⋯」

 

 玄武が襲を展開。刀、刀、刀。刀剣の大軍が一斉に桃色(モルガナイト)へ向かっていく。

 銀の雨の中を駆け抜ける花崗。単純な手数の差なら玄武が有利である。

 

 脇差を花崗の首に向かう。

 薄皮一枚、白刃を避けた。

 が、花崗へ伸びる幻影こそ。

 

「玄武ちゃんはそうくるよな」

 

 バゴォッッ────ッ!!

 玄武の腹に物凄い質量の回し蹴りが突き刺さった。凄まじく練り上げられた筋肉密度、近接格闘術。可憐な容姿だからと侮るなかれ、それこそ花崗は式神随一の体術使いである。

 

「なぁ、萩原くんたちはうちの大事な仲間や。それをあないな目に合わせたうちら式神は⋯⋯その責任を取れるかっちゅう話」

  

 玄武では彼女の膂力に及ばない。

 けれど、これでいい。

 その瞬間、花崗の横腹に一本の太刀が突き刺さった─────はずだった。

 

「こんなもん? あんたの信念は」

 

 ぱし。二本指での白刃取り。

 花崗は無慈悲に渾身の奇襲を切り捨てた。

 

 しかし玄武の狙いははなから致命傷を負わせることじゃない。その一秒が欲しかった!

 抜刀。白刃が伸びる。花崗の胸から肩にかけて────玄武は鮮やかに一閃した。

 

 乙女の赤い花弁がぶわりと垂れ流された。

 胸を抑える花崗。式神にとってこの程度致命傷ではないが、回復のため行動不能になる。

 

「⋯⋯お前の思想は知ってる。きっと式神としてなら、花崗や神奈備の理屈が正しい」

 

 桃色を見下ろして、玄武は淡々と語る。

 けれどその言葉には紛れもなくヒトの感情が宿っていた。信念と責任の宿る翡翠の瞳。

 

六平千鉱(ロクヒラチヒロ)に延命されたから、巫女を追ってるから。それだけの理由じゃない。

 ⋯⋯悪を滅し弱者を救う。その理念に私もついていきたい。きっとその先に巫女の理想がある。その為に今は六平千鉱(ロクヒラチヒロ)を主として仰ぎたい」

 

 だから私は、私の思う正しさを全うする。

 千鉱の理念を、巫女の理想を玄武は全部叶えたい。全部取りこぼしたくない。その結果が千鉱について行くことだった。 

 

「⋯⋯⋯あっそ」

 

 花崗はチィッ!と舌打ちを飛ばした。悔しい悔しい悔しい! 四肢を床にだらんと投げ出す。

 

「あーあ、上から怒られるやんけ。玄武ちゃんのアホ、ブス、ブタ!」

「ブス⋯⋯?」

「何後ろ向いとんねん!」

 

「ええか、次会ったらほんとに拘束するかんな!」とジタバタウジウジする花崗をよそ目に、玄武はその場を去っていった。

 彼女とはまた会うだろう。きっとそれは、楽座市当日に。その日に向けて、玄武も牙を研ぐ。

 

 

 ◇◇◇

 

  

 星が降ってきたのかと思った。 

 少年────漣伯理はその日二度、命を救われた。迫り来るぎんいろの刀。幻痛に身をギュッと固く縮ませて。

 

「無事か?」

 

 その銀色の衝撃を、伯理は生涯忘れない。

 輝く金剛石(ダイヤモンド)のシルエット。こちらを案じるブルーグリーンの瞳。

 その少女の肢体がぐらりと傾いたとき、その胸に本来伯理が受けるであろう刀が突き刺さっていることに気づいた。

 

 伯理は震撼した。

 何故、何故こんな役立たずのこの命を救ったのか。こんなきれいな女の子が。俺なんかのために。

 脳裏に過ぎるあの子の最後がリフレインする。少女に手を伸ばす伯理の指先は震えていた。

 

「大丈夫、この子はそう死なへんよ」

 

 その声が伯理を現実に引き戻した。

 パッとその場に現れた金髪の男。そのまま少女を抱え去っていったけれど、伯理の脳内はずっと玄武が支配していた。

 

 焦燥と後悔が伯理の胸をかき立てる。ただただ、泣きそうになるくらい心配だった。生きていて欲しい、謝りたい、感謝したい。

 腹の底を氷が滑るような悪寒に襲われながら、伯理は彼女をずっと探し続けていた。

 

「⋯⋯で、こいつが玄武だ」

「よろしく頼む、伯理(ハクリ)

「いたーーーーーッ!!!!!!」

 

 炎骨から退き、チヒロ一行は喫茶ハルハルに身を隠していた。

 頬を真っ赤に腫らした伯理は目ん玉をひん剥いた。その銀髪。その翡翠色。紛れもなく命の恩人である。────生きていた!

 

「げ、玄武!! 生きてた! よかった、俺のためにあんな⋯」

「なんだコイツ気持ち悪いぞ」

「⋯悪いやつじゃない、炎骨に襲われたとき身を挺して庇ってくれた」

「ほなええ子やね」

「治す」

 

 びちょびちょの伯理の頬にシャルはぴと!と触れて治癒を行使した。シャルの成長速度は凄まじい。ただでさえ治癒の核心に触れた玄武がいるのだ。教師を手に入れたシャルもその恩恵を受け取っている。

 

「それで⋯⋯お前、私と何処で会った?」

「覚えてないか。刀の大群に襲われたとき、君は俺を庇ってくれたんだよ」

「⋯⋯ああ、あのときか」

 

 頬の腫れが完治して、玄武は椅子に座る伯理を見下ろした。美人というのはどこから見ても美人なんだな、と伯理はひとり納得する。玄武の面おもては巫女と瓜二つ、ヒトはその美貌に見つめられると大抵はボウッと魂を抜かれた顔をするのだ。

 

「ありがとう、玄武。君がいなかったら俺は死んでた」

「大袈裟だな、私は主人のものとして当然のことをしたまでにすぎない」

「え、女神?」

 

 好きだ!と足にしがみつく伯理を玄武は容赦なく蹴り飛ばした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 正門の前にひとつの黒いバンが止まった。

 見慣れたシルエットに、本家の子供たちがワッと駆け出す。車から降り、そのちいさな丸い頭たちを撫でる漣京羅。この時ばかりは当主の顔は潜め、父としての一面が垣間見える。

 

「おかえりなさいませ、御主人様」

「ああ、ただいま間ヶ瓶(まかべ)

 

 瑠璃色の少年は主人の上着を受け取って、その背中に続いた。館の直線階段を上がり、書斎の扉を恭しく間ヶ瓶が開ける。

 

「⋯いかがなさいますか」

「問題ないよ」

 

 ペンの一本に至るまで調度品で整えられた一室。その品格に溢れた部屋の中、イレギュラーがみっつ。迅速に対応しようとする少年を主人が制した。

 

「えらい落ち着いてんな」

「⋯諦めがいいのかも」

 

 一人がけのソファに座った侵入者────六平千鉱の持つ刀に、京羅は商人の顔が覗いた。その慧眼はまさしく二百余年楽座市を取り仕切る主。

 が、玻璃宮は千年以上続く皇族の血。その直系の恩恵を受ける玄武は鞘から刀を抜いた。

 

「真打はどこにある」

「言えば、帰ってもらえるのかな」 

 

 禍々しい仮面こそ漣家当主の証。

 そしてチヒロたちは罪深き商人の執着を垣間見ることになる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「御機嫌よう間ヶ瓶」

「⋯⋯君が、七番目」

「如何にも」

 

 六神将が第六番、間ヶ瓶(まかべ)

 漣京羅が彼を買ったのは偶然だった。間ヶ瓶はまさに妖刀に匹敵する商品。楽座市の足元によ及ばない闇オークションで売り買いされていたことが信じられないくらいだ。

 

「君は玻璃宮の幻の式神かな。噂は聞いてるよ。妖刀に並ぶ異能⋯あの玻璃宮御影のオリジナルだ。会えて光栄だよ」

「⋯⋯⋯」

「玻璃宮御影はよくやってくれた。彼女の持つ式神たちが世に放たれて市場は大きく動いている。今年の楽座市も一層盛り上がることだろう」

 

 本心なのか挑発なのか悟らせないフリは、玄武に相当の場数を踏んでいることが伺えた。少女の奥歯が砕ける音がする。

 

 下見会(プレビュー)の能力に戦意を削がれるチヒロ一行だったが、そこで京羅は大きく出た。玄武は男の玄力反応に臨戦態勢を取った。

 

「勝手に家に上がったんだ。せめて妖刀(みやげ)くらい置いていけ」

 

 景色が切り替わった。

 突如として現れた三人の精鋭。当主を守るような構え────その三人こそ漣家親衛隊“(とう)”!

 

「ったく懲りん奴め、三人でいけそうか?」

「まあやってみるよ」

 

 幕は上がったばかり。玄武は狩るべき瑠璃色をその目に移し、闘志を宿らせた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 轟音。風圧。

 玄武はまず、間ヶ瓶を天井へと投げ飛ばした。館のてっぺんを瑠璃色のシルエットがぶち抜き、玄武が追撃する。単純な体術の腕は花崗との戦闘で飛躍的に上昇していた。

 途端、冷気が玄武の首を撫でる。

 

 バキバキバキ────ッ!

 氷の龍が玄武へと喰らいつく。その口に捕らえられようが、少女は浮金模倣(ゴールドカスタム)で切り裂いてしまった。この程度の密度の氷結では七番様を止められない。

 

「玄武⋯⋯⋯」

 

 玄武の連撃は止まらない。間ヶ瓶はそれに防戦一方だった。

 六神将が第六番の異能は氷結。シンプルにして汎用性の高い氷。ただそれだけ。

 

 多数展開した氷の杭がミサイルのように玄武へと撃ち込まれる。軽くする回避玄武は一気に間合いを詰めた。少女の頬には軽く霜が降りている。間ヶ瓶にとって長期戦こそが勝機だった。

 

 しかし、玄武は第四番花崗を下した女。

 第六番ごとき、歯牙にもかけない。

 

「かはッ」

「悪いな」

 

 腹を一閃。臓物がまろびでた。

 零れないように咄嗟に腹部を抱える間ヶ瓶。蹂躙のワルツは終わりの足音がした。

 

「⋯⋯⋯⋯ああ、いいんだ。これで、いい」

「間ヶ瓶⋯⋯」

 

 玄武にはわからない。この初めて会った少年が、どんな思想を抱えているのかを。どんな後悔を抱えているのかを。

 玄武はその底なしの瞳に吸い込まれる錯覚をした。

  

「玄武、頼む⋯⋯⋯⋯」

 

 僕を、殺して。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 間ヶ瓶にとって、玻璃宮は正義だった。

 どの代の巫女も麗しく、強く、そして優しかった。式神として産み落とされてから百余年、六神将の末席として戦場を駆け回ることは誇り以外の何者でもなかった。間ヶ瓶はほかの六神将より出来損ないの自覚があったけれど、主人は誰一人としてそんなことを言わなかった。

 

 だから、あの場で死にたかった。

 

「間ヶ瓶、お前の氷なら腐らず運べるだろう?」

 

 それはたしか、華夜一族の肉片といったか。

 発泡スチロールの箱の中には沢山のドライアイスが敷き詰められていて、その隙間から所々赤紫色の肉が見える。頭部と四肢、胴体とその他で分けられていたらしかった。

 間ヶ瓶は命令のままそれらを凍らせ、倉庫まで運んだ。それまでの記憶が覚束なかった。 

 

 それから漣家からの仕事はどっと増えた。濤のような護衛はもちろん、雑用から茶汲みまで。

 なにより多かったのが裏稼業だった。家族に極力血を浴びせたくないのだろうか、汚れ仕事は次々と間ヶ瓶へと回ってきた。

 

 殺す。殺す。殺す。

 産まれたての赤子も、泣きわめく子供も、手を掛けたのは初めてだった。そのやわらかな肉を凍らせていくまでの数秒⋯顔を背けてしまったことは一生の恥。

 

 けれど、一番の後悔は彼女だった。

 生まれてきてごめんなさい。少し調子に乗ったんです。夢を見てしまったことが間違いだったんです。

 

 こんな僕でも、誰かを救えると勘違いしてしまったんだ。

 

 

 ◇◇◇ 

 

 

 激闘の展開を迎える漣家邸宅。絶界で間ヶ瓶を拘束し、玄武は千鉱の加勢へと向かった。

 

「ハクリ⋯⋯?」

「君らの大事な情報源だろ。返して欲しいか?」

 

 伯理の首に添えられた曲刀はさながらギロチン。柴のハッタリも意に介さずとばかり、京羅は怒りの震えを握り潰した。

 

 (⋯⋯ダメだ。転送がある以上、超速で取り返しても無意味。⋯⋯いっそ切り捨て───)

 

「人質としての価値すらも無いというのなら、仕方ない」

 

 振り抜く。京羅がハクリの首に剣を通す直前、鯉口を切る音がした。

 

「待て⋯⋯」

 

 戦闘のためではない。父の形見たる妖刀を己の所有物から商品へと引きずり下ろす合図。

 

「俺にとって⋯伯理のその価値とやら大いにある。その男は、俺を救ってくれた」

「⋯⋯なら、それに見合う対価を示してもらおうか」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 喫茶ハルハルの客間に、伯理の涙がちいさな海を作る。ごめん、ごめんと謝り続ける彼を千鉱は静かに制した。

 

「問題は何一つ起きてない」

 

 そう言いきった千鉱に、玄武は額に手を当てていた。⋯⋯何無茶をしてるんだこのバカ主人!と罵りたいところもあるが、今回自分は精々足止め役としか動けなかったので叫ぶ権利がない、という葛藤である。

 

「⋯⋯ひとまず、私は間ヶ瓶を引き受ける。六平千鉱(ロクヒラチヒロ)は妖刀奪還に専念しろ」

「ああ。そっちで式神を倒してくれれば俺が京羅を叩く」

「それで間ヶ瓶の命滅契約を結び直す。私のやることはそれが全てだ」

 

 間ヶ瓶の最後の言葉がリフレインする。

 なぜ彼は殺してくれと懇願したのか。その答えがわからないまま時は過ぎて───11月3日。

 

 揺れる車内。気分転換にと車を出した柴は、公園ではしゃぐ伯理とシャルに柴犬の幻覚を見ていた。

 玄武はベンチから立ち上がって、情報提供者たる漣伯理の方を叩いた。

 

「お前、間ヶ瓶と面識はあるか」

「⋯⋯! ああ」

 

 間近で玄武のかんばせを浴びた伯理は少し耳を赤らめたと思えば、邪念を払うようにブンブンと頭を振り回した。

 

「あいつは⋯たまに仕事で一緒になったんだ。静かな奴だった。でも傷を冷やしてくれたりとか、ご飯一緒に食ってくれたりとか⋯優しいところもあったよ」

「⋯⋯⋯そうか」

「⋯でもある時から急に俺らは話さなくなっちゃって」

「それは」

「⋯⋯女の子がいたんだ。⋯その子とも色々あってそれっきり」

 

 ベンチに腰掛けながら、玄武は沈んだ横顔を見つめた。玻璃宮と似通っているが、断じて違う白髪。

 

「⋯⋯間ヶ瓶は殺してくれと言っていた。⋯初対面の私にだ」

「それは俺のせいだよ」

 

 伯理は淀みなく言い切った。その善性が、少年たちを苦しめているなんて────本人たちは知らない。

 

 

 ◇◇◇ 

 

 

 楽座市の日、この街は眠る。

 コンクリートジャングルに絡みつく悪意を素知らぬ振りするしか、彼らに今日はやってこないからだ。底冷えした興奮に包まれる場内を感じとり、少年はうげ、と舌を出した。裏口からこっそり入ったが、どこも黒服の警備でうじゃうじゃである。

 すると、少年の後ろにある女のシルエットがパチリと火の粉で燃え上がる。

 

「うぜってえ、ぶち抜くぞ」

「ははは、了解」

 

 ────瞬間、爆発音が轟いた。

 あちこちで上がる悲鳴、内臓まで悪意で腐った肉の焼けること焼けること。

 そして集まる蟻の群れ。少年はチャキ、と刀の鍔に手を掛けた。

  

「さ、行きましょうか主」

「指図すんな」

 

 食えない野郎だ、と女は舌打ちした。

 腰に両刀を差したその少年。揺れる金髪の主こそ────六神将が第五番、浮金であった。

 

「ええ、素敵な式場(はかば)になるといいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下はおまけです

 

✂ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー✂

 

 

 彼は乙女の銀髪を梳いていた。

 猪毛のヘアブラシで滑らかで繊細な髪を撫でる。 最初は力を入れすぎて頭皮を傷つけてしまったから、コントロールが必要だ。

 刀で人を斬るより難しいなあ、と昼彦は思う。

 

 でもお人形さん遊びは楽しいので、特に辞めるつもりはないし、誰かに譲るつもりも い。

 だって御影はとても可愛いし、お話し相手になるし、昼彦の知らない色んな知識を持っているし、 間違って壊してもすぐに直る。御影に侍女(ウェディングメイド)は昼彦が駄々を捏ねたからだった。

 

 刺繍のたっぷり付いた天蓋付きのベッド。クローゼットには溢れるほどのドレス。高級革(ペレ・フラウ)のソファ。 窓がなくて換気の逃げ場がない、嘘せ返るほどの贅沢の匂いがした鳥籠だった。

 

 昼彦はスツールに座って、小難しい顔をしながら少女の髪を編み込んでいた。娼婦の女がこうしているのを見たことがある。

 御影の髪は驚くほど癖のないストレートだったので、無理にアイロンを通さずシンプルなリーフモチーフのヘッドピースで飾る。モーヴシルバーなので無彩色の銀髪に馴染みつつも良く映える。

 

「うん、似合う似合う。本当にお姫様みたい」

 

 昼彦はラグジュアリーなドレッサーにブラシを置いて、少女の髪をひとつ摘んだ。

 それは凡人にとって目眩を覚えるほど美しかった。 化粧台に映る御影はまさしく物語の姫君。そんなんだからヴィランに攫われてしまうのだ。

 

「どう? 俺の腕も上がったでしょ」

「⋯⋯⋯うん、⋯ありがとう⋯⋯⋯」

 

 昼彦は自慢げな顔をした。御影はぼんやりと虚ろを見つめていた。生気の無さが吸血鬼のように美しかった。

 

 そうだ、千鉱にもこうやって髪を────あれ、 チヒロってだれだ?

 ふと、ダイヤモンドの瞳から正気が失われた。桜の唇が震える。

 

「⋯⋯ろ⋯⋯ちひろ⋯⋯あれ、だれ? ちひろ。 ちひろちひろちひろちひろ⋯⋯!!」

 

 だれ、あなたはだれなの。

 少女の意思に反して両腕が暴れる。ドレッサーの香水の瓶が落ちる。アクセサリーが散らばる。とうとう御影は椅子から崩れ落ちた。

 

「おっと」

 

 それでも暴走は止まらない。混乱と確信の狭間を、それでも本能がここから逃げなければと吠えていた。

 桜貝の爪が昼彦の腕を引っ掻く。流れ星のような赤い筋。

 

「あー、お薬切れちゃった?」

 

 昼彦はサイドチェストから注射器を取り出した。頭を抑えて脂汗をかく御影のドレスの袖を捲って。白い皮膚の下、うっすらと見える紫色の葉脈に針の先を当てる。

 

「はい、ちゅー」

 

 ごくごく。注射器の中の黒い液体が嚥下していく。 御影の清い血を侵食する。

 チカチカ焦点の合わない御影の目はぼうっと沼の底に沈んでいって、それはそれは真っ黒な瞳へ塗り変わっていた。

 

 力の入らない重いからだが昼彦の胸に枝垂れかかる。ピンクパールの青年はそれを抱き上げて、真っ白なベッドにポイッと転がせた。 やわらかな頬に殺人鬼の指が滑る。

 

「⋯⋯ひるひこ」

「なぁにお姫様」

 

 シーツに銀髪が散らばる様子は目眩を覚えるほど欲を煽る。

 

「殺してやる、絶対にな」

 

 楽しそうに笑う昼彦は、その花の唇に口付けた。

 

 

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