俺はいつもの様に変装をし、お忍びでシャボンディ諸島にある町の一つを観光していた。
今日は修行のない休養日。
しかし、どうにもマリージョアは日々を過ごすには退屈すぎるので、こうして町に降りて娯楽に浸っている次第だ。
他の天竜人はその退屈を奴隷を弄ぶことで紛らわしているみたいだけど、やはりあの光景はどうにも残虐過ぎる。
チャルロスも他の天竜人も子どもの頃からあんな人を甚振るのが当たり前な環境にいればそりゃ性格も歪むというもんだ。
できることなら辞めさせたいが、昔、俺のような
そんなことを知ってしまっては迂闊には動けない。
それでもいつかは何とかしたいものだ。
この世界で天竜人として生活してわかったことだけど、意外と、というか当たり前かもしれないが奴隷に関することを除けば天竜人も普通のヒトだった。
知人におめでたいことがあれば笑顔で祝福するし、不幸があれば悲しんだり心配したりする。
物事に挑戦して成功して喜ぶこともあれば、失敗して落ち込むこともある。
夜中に男だけで集まって酒を嗜みながら馬鹿話や猥談に耽り、翌日、夜中にあんな大声で子供たちが起きたらどうするのと妻たちに説教される天竜人もいた。
というか家の父様やロズワードのことだけど。
実際、それを見た時は内心秘かに仰天したもんだ。
父様はまだしも、あのロズワードが真剣な顔して女性の尻について語っていたのだから。
その場にいた他の天竜人も大真面目な顔して頷いていた。
何だよスカートを履いた女性が座ったり屈んだりしたときに浮き彫りになる尻のラインがたまらないって。
性癖の業が深すぎるだろ。
俺の中の天竜人像が一気に俗っぽくなった瞬間でもある。
どこの世界のどんな種族でも男のエロに対する熱意は変わらないもんだ。
ちなみにその男たちの馬鹿騒ぎを起きて見ていたことは父様たちには内緒にしてある。
「きゃあああっ!!」
突然、轟音と悲鳴が街中に響いた。
「なに、何だ?」
どうやら近場にある酒場の方から聞こえてきたようだ。
何か事件があったのは明らかだ。
俺は野次馬根性丸出しで見に行くことにした。
酒場の前。
酒場は遠くから見ても分かるくらい崩壊していた。
そしてその酒場の前に俺と同じく興味本意で集まった野次馬たちがいた。
俺は野次馬たちをかき分け、その中心を見る。
「うっ…!」
俺はそれを見た時思わず呻いてしまった。
「酷いな…」
「しかしいったいどうしたらこんな風に…」
野次馬たちもそれを見て呻き声を上げる。
崩壊した酒場の前にあったモノ。
それは全身の水分が抜けきっていると一目で分かる程からからのミイラ。
そして体のあらゆる部分を切り裂かれた死体だった。
あの死体。
俺はあんな風に殺せる奴を前世の記憶で知っている。
でも奴は本来この島にいるはずがない。
第一、今の時代じゃ奴はまだ海賊のルーキーみたいな存在のはず。
いや、待てよ。まさか。
「お、おい!あれ!」
俺が考えに耽っていると野次馬の一人が死体を指差しながら叫んだ。
死体の方を見ると、なんと死体から草花が咲き出していて、あっという間に死体を覆ってしまった。
明らかに普通ではない。
能力者の仕業だと一目でわかった。
「胸糞悪いモン残しやがって」
不意に声が聞こえた。
弾かれたように声のした方を向くと、一人の男が野次馬の中から歩みだしてきた。
「ちゃんと後片付けぐらいしていけよな」
それは青い髪の青年だった。
その言動から察するにこれは彼がやったことなのだろうか。
青年は死体が完全に草花に覆われた事を確認すると、踵を返し、彼が通ると分かってモーセのように野次馬が割れてできた道を歩いてどこかへ行ってしまった。
「フフフフフ……。面白ぇ奴がいるな」
突然、若い男の声が聞こえてきた。
この笑い声。
俺は後ろを振り返って声の主を探すが見つけられない。
「全くいい時代になったもんだ」
それきりその声は聞こえてこなかった。
「早く海軍に連絡を!」
「しかし物騒な時代になってしまったな」
「これもあの忌まわしい海賊王が焚き付けたせいだ…!」
その代わり野次馬の会話が聞こえてきた。
「海賊たちは新世界に行くためにここシャボンディ諸島に集まるからな。しかも集まるのは過酷な生存競争を乗り越えてきた選りすぐりの海賊、つまり
「さっきの青い髪の奴だって超新星の海賊だろ」
「そうさ。確か懸賞金1億8000万ベリーの《神咲》のブルーって奴だ」
「他に船員はいなくてたった一人の海賊だって話だ」
「たった一人の海賊って言うならもう一人いるぜ。俺今日そいつも見たんだ」
「マジか!?」
「ああ。何か身の丈ぐらいある黒い剣を背負っててさ」
「私知ってるよ!そいつのこと。えーと、確か」
そこで会話は雑踏に紛れて聞こえなくなった。
うん。
ソフトクリームでも食べて落ち着こう。
いきなりの情報過多で混乱した俺はその場を離れ、ソフトクリームを買いに行くことにした。
うーん、やっぱりソフトクリームはうめーな。
さてと。
落ち着いたことだし頭の中を整理しようか。
恐らく今この島にはルーキーたちが多数いるのだろう。
大海賊時代に入って初めてのルーキー。
いわば初代超新星(ルーキー)だ。
そして原作時代で名を馳せていた海賊たち。
彼らにもかつてルーキー時代というものは確かに存在したのだ。
そしてそのルーキー時代と言うのが今なわけだ。
しかし、厄介なことになったな。
俺が得た情報からは原作時代に名を馳せた海賊が少なくとも3人はいる。
ここまで揃っているとなると恐らく残りの奴も二人を除いてはいるだろう。
まさか原作の強豪たちが揃いも揃って現れるとは。
運命とはつくづく不思議なもんだな。
「いてっ」
「おわっ」
考え事をしながら歩いていたせいで人とぶつかってしまった。
その際俺が持っていたソフトクリームがその人の服にべったりとついてしまう。
「ああっ!すみません!ごめんな…さ……い…」
「いやいや、気にすんな坊主!」
ぶつかった人に謝罪をしようとして顔を上げた俺は。
その人物を見て頭の中が真っ白になった。
「こっちこそ悪かったな。ソフトクリーム台無しにして」
赤い髪に映える麦わら帽子。
黒い羽織を着て、快活な笑顔を浮かべる男。
「ん?どうしたんだ?そんな口をぽっかり開けて」
いずれ失われるであろう左腕はまだ健在で。
腰に差した剣は何の変哲もないようでいて圧倒的な存在感を醸し出す。
「ほれ、金やるからこれでまた買ってこい」
そう言ってその男、後に四皇の一角を担うことになる海賊、赤髪のシャンクスは俺に金を握らせた。
「あ…え…でも……服が……」
あまりのことで声がうまく出なくなる。
「服のことならいい。また洗えば済む話だしな!」
屈託のない笑顔で言うシャンクス。
もはや単なる気のいい兄ちゃんだ。
この人物が海賊であるなど、最初から知っていなければ気づかないだろう。
「じゃあな、坊主。俺は用事があるから行くわ」
シャンクスは踵を返す。
「さてと、みんなどこに行ったんだ…?」
そう呟くと去ってしまった。
途端に俺は全身の力が抜けた。
どうやら知らず知らずの内に体に力が入っていたようだ。
まさかこんなところにシャンクスがいるなんて。
でも普通にいい人だった。
服を汚しちゃったのに逆にソフトクリームを買うお金をくれるなんて。
この恩はいずれ何かの形で返さないといけない。
母様に受けた恩は必ず返せって教わったのだから。
さて、もはやこの島に後に有力な海賊になる奴が多数いるのは確定だ。
いったい誰がいるのか情報が欲しい。
そうだ。
こんな時こそ奴等の出番じゃないか。
2年前に俺の情報屋として雇った奴等の。
呼び出せばすぐに飛んできてくれるだろう。
この2年で随分と俺専属の情報屋として板がついてきたからな。
よし。
そうと決まれば善は急げだ。
おっと。
その前にシャンクスからもらったお金でソフトクリーム買い直すか。