「父様、母様行ってきまーす」
「これ、テラマキア!島に行くまでぐらい防護服を着けていかんか!」
「ふふっ、ガイアさん。今日もテラマキアをよろしくね」
「分かりました。ほら、行くぞテラ」
「分かってるって!ちぇっ、分かりましたよ父様。着ますよ防護服!」
「うむ、分かればいいんじゃ!」
ぶつぶつ言いながらテラマキアは防護服を着て、行ってしまった。
「ああ、しかし奴隷にあんな気軽に口をきいて…。」
わしは頭を抱える。
「他の天竜人にバレたりしたらただじゃすまんぞ…」
「あら、その時はあなたが守ってあげればいいじゃない。あの時、私を守ってくれたみたいに」
「あの時か…。簡単に言わんでおくれ。あの時もギリギリだったのじゃから」
「ふふっ、懐かしいわね」
妻が顔を緩ませる。
「ああ、そうじゃの」
わしは懐かしき大切な思い出へと意識を飛ばす。
───────
そのころの私は飽きていた。
この世の全てに。
私は早くに両親を亡くし家督を継いでいたために同世代の天竜人には羨ましがれていた。
周りの天竜人はやれ下々民は汚いだの自分達は至高の種族だの同じことしか言わない奴ばかりだった。
でもそれらは皆例外無く私の持っている権力や屈強な奴隷をみて羨む視線を向けてきた。
世界に力でなびかないものはないと信じていた。
そんな時である。
彼女と出会ったのは。
ある日私は奴隷である巨人族を連れて歩いていたとき、道端でちょっとした人だかりができていた。
「この異端者め!」
「下々民に侵された下賎!」
「天竜人の風上にもおけぬえ!!」
いったい何なんだ?
そう思い人だかりに近づいてみる。
その中心には見るも無惨な姿の天竜人の女性だった。
「………」
その女性は周りの天竜人に暴力を振られて傷だらけである。
しかし、
「ほう…」
顔は美しい女性だった。
「おい、何してる」
「!! これはゾディアック殿。」
天竜人の一人が媚びへつらうように頭を下げる。
「今、この異端者を粛清していたところなのです」
「異端者?」
「はい。この者は防護服を着ないどころかあまつさえ下々民に施しを行ったりしたのです」
「天竜人の面汚しだえ!」
「ふむ…」
私は女性のほうに向き直る。
「おい、お前助けてやろうか」
「……!」
「な、何を言うのです!ゾディアック殿!」
「少し黙っていろ」
「なっ!」
この天竜人の女性は素材がいい。
恩を売ってそれで脅せば、言うことを聞くだろう。
最近飽き飽きしていたからな。
これで遊んで暇を潰すか。
「さあ、どうなんだ?」
結果は分かっている。
今まで力でなびかないものはなかったのだから。
権力に屈さない奴はいないのだ。
心の中でそんな世の中を嘲笑った。
「……お断りしますわ」
────なに?
「何…だと?」
「私はあなたみたいな心が腐っている人には死んでも助けられたくありません」
信じられなかった。
今起こっている現実が。
ありえないと思った。
今目の前で喋っている女性が何か別の生き物に見えた。
今まで権力をちらつかせればどんなものも従い、手にいれることができた。
ましてや逆らう奴などこれまで一人だっていなかった。
しかしこの女性は逆らったのだ!
逆らえばこの後にどんな酷いことが待ち受けているか容易に想像できるはず。
にも関わらず彼女は私に逆らった。
臆面もなく。
屈することもなく。
私に従わないとはっきり言ってのけたのだ!
「貴様!ゾディアック殿に向かってなんて口を!」
天竜人の一人が女性を蹴りあげる。
「殺すな」
「え?」
「殺さない程度に痛めつけろ」
「は、はい!」
「そして明日またこの場所に連れてこい」
「分かりました!」
私はその場を去りながら考えた。
何なんだ、あいつは?
全然考えていることが分からない。
まさか飽きてしまったこの世界にそんな奴がいるとはな…
私はいつの間にか彼女に興味を持っていた。
翌日。
再び昨日のあの場所に向かう。
やはりそこには昨日と同じように天竜人の女性と女性に暴力を振るう天竜人がいた。
女性の姿は昨日よりも酷くなっている。
「おい」
「! これはゾディアック殿。約束通りこの異端者を連れてきましたぞ」
「うむ、それで」
女性を見る。
「今一度聞く。助けてやろうか?」
「また…!?」
天竜人たちがざわつく。
「いりません」
女性はキッパリと断った。
これだけ痛めつけられてまだ屈しないのか。
普通の天竜人では考えられない。
何を彼女がそこまでさせているんだ?
私はそれが気になってある決心をした。
「お前、私の屋敷に来い」
「なっ!」
「…!!」
皆酷く驚いている。
「何故です!何故こんな者をゾディアック殿の屋敷に!」
「勘違いするな。私はこの手で私の慈悲を二回も払い除けたこの異端者をいたぶるために屋敷に来させるだけだ。おい」
「ッ!きゃあ!!」
私は顎で巨人族の奴隷に指図し、女性を捕まえさせた。
「くっ、離して!」
「そのまま屋敷に連れていくぞ」
巨人族の奴隷にそう命令し私は屋敷へと向かった。
私の屋敷。
女性には手錠を後ろ手につけさせ椅子に座らせていた。
「さて、お前に聞きたいことがある」
「…いたぶるんじゃなかったんですか?」
「あれは嘘だ。本当はお前に聞きたいことがあった」
「聞きたいこと?」
「何故お前は下々民などに施しをした。異端者と呼ばれるのは目に見えていただろう」
「………」
「答えないのか」
「…何故」
「!」
「あなたこそ何故そんなことを聞くの?私はあなたの提案を二回も拒否したのよ?」
「………」
「あなたにとってそれは屈辱だったはず。なのに何故?」
「そうだな…。確かに屈辱的だった」
私はそこで息を整えた。
「だがそれ以上に嬉しかったのだよ。私の退屈な予想を裏切ってくれたからな」
女性は黙って聞いている。
「私は世界に飽きていた。今まで私の力になびかない者はなかったからな」
「だがお前が現れた。私の力を初めて拒絶したお前が」
「私が飽きた世界にまだお前みたいな奴がいるとは知らなかった」
「だから私は知りたいのだ。何故お前がそのようになったかを」
「………」
「さあ、お前の質問には答えたぞ。次は私の質問に答えろ」
「…分かったわ。確かにあなたが答えて私が答えないのは卑怯だものね」
そして彼女は話してくれた。
幼い頃ひとさらいに誘拐されたこと。
その時人間に助けられたこと。
そしてその人間は自分の親に殺されたこと。
それでそんな天竜人にならないことを誓ったことを。
「だから私は醜い奴には屈することはしないの。あなたみたいな力を振り回す醜い人には」
「醜い?私が?」
「そうよ。あなたみたいに力でしか自分を示せない人を醜いと言わず何と言うのよ」
力でしか自分を示せない…
「…クククク」
「?」
「アハハハハハハハハ!!」
「え、ええ!?」
そうか。
そういうことか!
だから私は世界に飽きてしまったんだな。
私は力でしか世界を見ていなかったんだ。
それはそうだ。
世界を一つの概念でしか見ていなかったら飽きてもしまう。
しかし世界は一つの概念で出来ている訳ではない。
彼女に心があるように。
他の概念からみればある概念なんかは容易く打ち破れたりもする。
彼女が心で俺の力に抗ったように。
「ハハハハハハハハ!!」
たまらなく可笑しかった。
なんて私はバカだったんだろう。
世界がつまらないんじゃない。
私がつまらなかったんだ。
「ハハハ…ハァ…ハァ…」
ようやく笑い終えて息を荒くする。
「ちょっと、大丈夫?頭狂っちゃった?」
「いや、狂ってなどいない。むしろ今までが狂っていたな」
女性を見る。
「お前、名は?」
「…サマルドリアだけど」
「サマルドリア、感謝する。私に新たな世界を教えてくれて」
「は、はあ…」
私はサマルドリアにした手錠の鍵を開ける。
「おっと、私の名はゾディアックだ。暇だったらいつでも私の屋敷に来るがいい。歓迎するぞ。お前は気に入ったからな」
「えっ、でも…」
「遠慮なんかしなくていいぞ」
「そういうことじゃなくて…」
急に口ごもる。
「私、異端者だしもう屋敷からも追い出されちゃったから…」
「勘当されたのか」
「………」
黙ってしまうサマルドリア。
まあ、当たり前か。
普通の天竜人なら自分の家からそんな異端者がでたら悪評が広がる前に縁を切ることを選ぶだろう。
ふむ、なら都合がいい。
「行くところがないなら家に住むか?」
「えっ!」
驚いた顔をする。
「いけません!異端者である私に関わったら、ましてや匿うみたいなことをするなんて。あなたも間違いなく異端者扱いされるわよ」
「バレなければどうってことはない。都合のいいことに私の両親は既に亡くなって家督は私が継いでいる。召し使いや奴隷には口止めすればいい」
「でも…」
「これもお前は拒絶するのか?」
「…私はあなたに醜いとか腐っているとか酷いことを言ったのよ」
「実際そうだったからな。気にしてはいない」
彼女は顔を俯ける。
「…あなた、急に変わりすぎでしょ。醜いどころかカッコよくなってるじゃないの」
そして上げた顔の目には涙がたまっている。
「ありがとう…!」
そして溢れだした。
そしてその日から彼女との生活が始まった。
彼女は不思議だった。
誰とでも分け隔てなく接するのだ。
それが召し使いや奴隷であっても関係無く。
だから彼女はすぐに屋敷の人気者になった。
代わりに何故か本来の屋敷の主人である私が蔑ろにされている。
前にサマルドリアが誤って皿を割ってしまった時、奴隷や召し使いたちが私たちが割りましたと庇っていた。それを振り切ってサマルドリアを罰すると彼らからジトーッとした視線を送られた。
彼女はありえないくらいに屋敷の皆から慕われていた。
そしてその中で彼女はとても幸せそうだった。
これは天竜人から見たら決して許してはならない
光景だろう。
だが私は彼女が羨ましく思えた。
私にはいくら権力を使ってもあの光景を手に入れることはできない。
人の心は力では手に入れられない。
私は改めて昔の力で何でも手に入れられると思っていた自分を愚かだったと思い知った。
そしていつか自分もあんな風に彼女みたいに人から慕われてみたいと願った。
そんな感じで私は彼女に惹かれていった。
私は異端者だった。
そんな私を受け入れてくれた天竜人がいた。
彼も元々は周りの腐った彼らと同じだったけど、私の言葉から何かを得たのか人が変わったように私に親切してくれた。
彼は私が異端者だということを躊躇わず受け入れてくれた。
あまりに嬉しくて家を追い出されてからは二度と泣かない誓ったのに思わず泣いてしまった。
そして今私は幸せだ。
今までのどんな時よりも。
彼、ゾディアックのおかげで。
突然、頭にとてつもない衝撃を受ける!!
な、なに…?
薄れゆく意識の中、見えるのは数人の男の姿だった。
私が道を歩いているといつかサマルドリアに暴力を振っていた天竜人の一人が声をかけてきた。
「いい知らせですよ。ゾディアック殿」
「いい知らせ?」
私は正直さっさとあしらって屋敷に帰り、サマルドリアに会いたいと思っていた。
しかし、天竜人から発せられた言葉に私のその思いは消し飛んだ。
「ゾディアック殿に失礼な口をきいたあの異端者が捕まり、明後日処刑されるそうですよ」
───なんだって?
「しかもその異端者をその両親が直々に処刑するらしいです」
頭が真っ白になる。
「何でも家から出た害悪は身内で処理するとか」
サマルドリアが死ぬ──
「いや、これでようやく───」
私は最後まで聞かず走り出した。
…認めない。
認めてなるものか!
彼女と過ごした日々が脳裏をよぎる。
失うわけにはいかない!
あの日々を。
私の世界を変えてくれた彼女を。
何より私は彼女が、彼女のことが────
私は走る。
彼女を救うために。
私は牢の中にいた。
殴られて少し前まで気絶していたが。
どうやら私は処刑されるらしい。
覚悟はしていた。
何しろ異端者なのだからありえないことはない。
悔いはない。
私はやりたいことをやったのだ。
それで死ねるのなら本望だ。
そう思っていたら急にあのゾディアックの屋敷での日々が心に浮かんできた。
召し使いたち。
奴隷の人たち。
…そしてゾディアック。
皆の顔が次々と浮かんでは消える。
嫌だ…
楽しかったあの日々。
怖い…!
もう二度と戻れないあの日々。
死にたくない…!!
死の恐怖がこみあげてくる。
助けて…誰か…
ゾディアック…!!
「サマルドリア!」
牢の扉が開く。
「迎えにきたぞ」
その姿は幼い頃に助けてくれた人間の彼にダブって見えた。
「どうして…」
牢にいた彼女が発した第一声。
「どうして…私を助けるの?私は異端者よ?」
私はその問いにこう答えた。
「お前を助けるのに、そんなのは関係無い」
「!!!」
彼女は驚いた表情をし、それから顔をクシャッとして、
「うわあぁぁああぁー!!」
大きな声を上げて泣き出し、私に抱きついてきた。
私は突然のことで一瞬怯んだが、彼女を抱きしめてその背中を優しく撫でた。
一層強くなる泣き声を私は聞いていた。
屋敷に戻ったら召し使いたちがサマルドリアを心配して近寄ってきた。
彼女は召し使いたちを落ち着かせていたが途中であることに気づいた。
「ねえ、奴隷の皆は?」
それを聞いた召し使いたちは顔を俯けた。
「…?」
「奴隷たちは…」
「お前と引き換えに連れていかれた」
「何よそれ…」
サマルドリアは私に食って掛かる。
「そんなの聞いてないわよ!!」
「お前を救うにはそれしかなかったんだ…」
「何で私一人を救うために皆が犠牲に…!」
「彼らも望んだことだ」
「でも!」
「…私たちはお前を助けた。それはお前にとって間違ったことなのか?」
「………」
彼女は少しの間、黙る。
「……そんなこと」
「そんなこと言えるわけないじゃない…!」
彼女は肩を震わせて言った。
私はそんな彼女を優しく抱きしめた。
「彼らはお前が幸せになることを願っていた」
「だから言うよ。私の気持ちを」
「え…?」
「サマルドリア」
「私はお前が好きだ」
「!!」
「だから私と一生いてほしい」
ありったけの思いを込めて言った。
「…あなたばかでしょ。全然そんな雰囲気じゃないのに」
顔を上げて私を見つめる。
「私は異端者だよ。それでもいいの?」
「よくなかったら助けてないさ」
「ふふっ、そうね」
彼女は軽く微笑む。
「私も好きよ」
「そうか」
彼女を強く抱きしめる。
「よかった…」
召し使いたちの拍手が聞こえる。
こうして私たちは結ばれた──
───────
「本当に懐かしいのう」
「あれからもう16年も経つのよね」
「そうじゃのう」
本当に長かった。
彼女に対する排斥を無くすために今まで色々な根回しをした。汚いこともした。
そのかいがあってか今は昔に比べるとずいぶんマシになっている。
「あなたには苦労をかけっぱなしね。テラマキアのことも…」
そう、6年前にはテラマキアのこともあった。
サマルドリアと私の子。
異端者の子どもと知れたらあの子にどんな危害が及ぶか分からない。
事実、人間とともに歩むという異端の思想を抱えていたドンキホーテ家は、その思想をもってマリージョアから出ていき、その結果、破滅した。
その破滅の原因が人間による私刑だというのだから救われない。
ドンキホーテ家の思想も私たちの考えも、この世界にとって異端でしかない。
天竜人はもちろん、人間たちにもそう簡単に受け入れられるわけがない。
表に出すわけにはいかない。
だから私はあの子のために、サマルドリアのためにしたことよりも、たくさん汚いことをした。
越えてはならない一線も越えてしまった。
世間にもバレないようにわざと極悪な天竜人の振りもしている。
そのために口癖も変えたりした。
そして今はまだバレないで済んでいる。
「だけどそのせいであなたがあの子に疎ましく思われるなんて…」
まだテラマキアにはそのことを言っていない。
だからあの子から見たらわしは悪い奴に見えているだろう。
「いいんじゃよ」
彼女の肩に手を置く。
「全てはあの子を守るためじゃ」
「親は子のためならどこまでも汚くなれるもんじゃ」
「その代わりお前はいつまでも綺麗であってくれ。あの子のために」
わしは笑う。
「汚れきった悪役は一人で十分じゃからの」
もしかしたらいつかはバレてしまうかもしれない。
それでもやっぱりその時は───
「何とかして助けちゃうんでしょ?」
わしの心を見透かしたようにサマルドリアが言う。
「あなたは昔からそういう人だから」
そうだな。
確かに助けるだろう。
何としてでも。
でもやはりできればそんなことにはなってほしくない。
願わくはあの子がこの先幸せでいられますように────
わしはそう思った。