Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
序:ある霧の日、D.U.にて
その日は、とても霧の濃い日だった。D.U.ではこのような天気になるのは珍しいことだ。外の景色がほとんど見えない。
「珍しいですよね。こんなに真っ白なんて」
早瀬ユウカは、連邦捜査部「シャーレ」の部室から外をちらりと見ながら呟く。シャーレの「先生」からしても、珍しいどころではない景色だ。この銃社会キヴォトス、銃撃戦で煙に包まれることこそ日常風景だが、それとは全く違うこの光景。赴任以来、ここまでの濃霧は、少なくともD.U.内では体験したことがなかった。
“こういう不自然な天候になると、何か起きる気がするんだよね。経験則としてさ”
彼がこう言うのも無理はないことである。常識では考えられない事件に何度も関わってきた、空の色が変わるような出来事も潜り抜けてきた身だ。普通は考えられないことがあると、どうやらまともな事態ではないと考えるルーティーンが、もはや身についていた。
「先生〜! アビドスから緊急連絡だよ〜!」
“ほらね”
ユウカと共に今日の「当番」をしている小鳥遊ホシノが慌てて入ってくるも、先生は冷静そのものだった。もはや緊急連絡が来る、それ自体は想定内。問題はその内容。
「アビドス砂漠のど真ん中に巨大な構造物が出現した、って……しかも送られてきた画像がさ、見てよこれ!」
“……嘘だよね?”
サンクトゥムタワー。連邦生徒会本部、キヴォトスを管理する中枢たる、不可思議な塔。それがアビドス砂漠に建っている。最悪の既視感を覚え、先生の顔にはじっとりと汗が急に滲み出す。
虚妄のサンクトゥム。アトラ・ハシースの方舟。プレナパテス。色彩。「無名の司祭」。その記憶が過ったその瞬間には、動き出していた。
パソコンと「シッテムの箱」を同時に操作して、情報を集める。まず目についたのは、大量のモモトークの受信通知。そのほとんどが、突然出現したサンクトゥムタワーに関するものだった。
情報を照らし合わせるに、7箇所に現れている。ゲヘナ・トリニティ・ミレニアムの各3大校、百鬼夜行、レッドウィンター、アビドス、そして海上。何らかの攻撃である可能性が高い、そう考えるのが自然。各地の主要戦力となる生徒達に、対処をするようにメッセージを送る。
「私も戻った方がいいかな? 皆が心配だし」
“いや、ホシノ。ここを離れたらまずいかもしれない”
「……? どうして」
“ネットがおかしい。D.U.外へのアクセスができない”
メッセージに返信が一通り終わった、直後に異変は起きた。モモトークはもちろん、ウェブサイトも各自治区のサーバーに情報があるものは読み込めない。検索不可能になる。URLから直に行くと、404と503のエラーが両方同時に出る。
不可解な状況に、更に神経を逆撫でする声が。
「クックックッ……まさか、実行してしまうとは。彼もとんでもないことをしでかしたものです。あなたもそう思うでしょう、先生?」
“……黒服、どこから入ってきた!”
いつの間にやら先生の背後に立っていたのは、ゲマトリアの「黒服」だった。ホシノは反射的に銃を突きつける。最も憎き敵の一人、それが突如現れたのだ。ある意味当然の反応。
黒服本人もまた、何一つ意に介してはいない。全く以て想定内であり、説得の文言は用意済みだ。
「おやおや、随分と手荒い歓迎ですね。ですが予め断っておきましょう。つい先程キヴォトスに起きた異常事態は、我々の仕業ではありません。むしろ、私の考えとしては、すぐにでも解決したい事案です」
「先生、信じる?」
“とりあえず、信用しよう。黒服が身内含め色々な奴に振り回されてるのは、なんとなく分かってるからね”
ゲマトリアというのも拘りが強い輩である。おそらくは今回も想定外の何か、身内トラブルじみたことが起きているのだろうと、先生はなんとなく想像できていた。
(で、巻き込まれるのは私達なんだよね)
内心でため息をつきながら、自分の推理への疑いをもはや捨てていた。
「流石は先生、察しが早くて助かります。ええ、そうです。ゲマトリアと関わりをかつて持っていたものの、今や完全に離反した者がおりましてね。それが、発動させたのですよ。『神秘再編』を」
“それが、あの各地に現れたサンクトゥムタワーだと? ”
「はい。いつかの『虚妄のサンクトゥム』が、ここに在るキヴォトスを反転させるものであるとするならば、あれはここに無いキヴォトスを定着させるもの。サンクトゥムタワーがこのキヴォトスを現実として定着させているように、存在しなかった空想を定着させる。『空想のサンクトゥム』とでも呼ぶべきものです」
難解な話は、ホシノはあまり得意な方でもない。まして黒服の話など、傾聴したくはない。故に、重要なひとつだけを、急いで尋ねた。
「ひとついいかな。アビドスの皆は?」
「私の認識が正しければ、巻き込まれたのでしょう。このサンクトゥムタワー周辺以外は空想に飲まれるはずです」
「……ッ!」
「落ち着いてください、小鳥遊ホシノさん。私がこれから話すのは、彼女らを取り戻す方法なのですから」
分かっている。とりあえずは、この男の話を聞くしかないし、従うしかないのだと。だとしても、敵意を、反感を剥き出しにして、いつでもどうにでもできると示してやりたい。
これも、子供っぽい意地だろうか。大人になる歳も、そろそろ近いのに、こればかりは失えないのがホシノだ。
“……聞こうか。空想のサンクトゥムについて”
「はい。先程も申しましたように、あれは存在しなかった空想を現実に定着させる、言い換えれば上書きするもの。キヴォトスの正史と全く異なる歴史をシミュレーションし、それを正史になり代わらせようとする。その空想を、あの者は確か……『異聞帯』、ロストベルトと称していましたか」
“異聞帯……根本的に異なる過程を歩んだから異聞、過程から現在に至るまでを上書きするから帯。悔しいけど、ピッタリなネーミングだよ。分かった、それを消滅させて、本来のサンクトゥムタワーの影響下に戻せと”
それを解決すれば、キヴォトスは元の姿を取り戻せる。単純な話……であると、信じたい。だが、こんな異常事態は全て元通りにすることに直結しなかったとしても、放置するわけにはいかない。
「実に話が早い。先生の理解力はやはり信頼できます」
“褒め言葉としては受け取らないからな”
「ククク……おっと、これ以上は勘付かれてしまうでしょうね。それではまた、時が来ましたらまたお会いしましょう」
黒服は、いつの間にか消えていた。意識をほんの少し外した隙に、最初からいなかったかのように。
入れ替わるように、ユウカが入ってきた。
「先生、何人かの生徒との連絡がとれました!」
“良かった、ホシノとユウカも頼りになるけど、流石に心許ないと思ってたところだよ”
「はい。それで内容は、示し合わせたかのように、同じものばかりですね。『D.U.から出られなくなった』と。中には無理矢理出る手段を考えられると仄めかす生徒まで……」
何人か、思い当たる。ただ、誰だとしても足掛かりになるのはありがたい。そしてできれば、戦力、その他諸々も。
元より、そうするべきだったのだろう。
“安否確認ができた生徒を、とりあえず片っ端からシャーレに集めようか”