Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
日も暮れてきた頃。道中で食糧もある程度確保しつつ、ゲヘナ学園の校舎に、特に滞りもなく一行は辿り着けた。むしろ、滞っている場合ではないくらいに、体を暖めていきたい状況だっただろうか。
“えーっと、これは……”
「こちらの学園は、また随分と、無機質というか……」
先生とセナにとっては馴染みのある風景が広がっているものかと思いきや、全くそんなことはなかった。ただただひたすら、デザイン性というものは無視された、見るからに耐久力はあるだろうと見える建物の群れ。敷地内に氷雪とコンクリートの四角形だけで、見ただけで迷子になりそうだ。
「なるほど、あの山から日常的に雹が飛んでくるのであれば、建築は必然的にこうなるか……いや、なるか……?」
カンナも困惑を思考で誤魔化している。確かに、建物が損壊する災害が多い地域は耐久性を重視しがちだ。地震、大嵐、そして大雪。しかしここまで無機質で無骨となると、それを上回る
「いい? 絶対にはぐれないように、距離は一定以上誰とも離れないように心がけて」
「そうだな、何せロクに訪れていないせいもあるが、私でさえもよく迷うんだからね!」
「しっかりなさい、地元民。私はある程度把握してるわ。まあ迷うのもそうだけど……危険なの。後で話すわ」
危険なのは、それはまあゲヘナ生の根本的気質が変わらないと仮定したらそうだと思われるのだが。
とはいえ、問答無用で襲ってくるほど血気盛んな理性を捨てた人種というわけでもなかろう、そう考えていた。
建物に入る。外から見た通りの印象を、中に入っても受ける。
暖房はある程度効いているようだ。流通している銃の性能も良かったこともあり、壊滅的な状況の割に機械文明はしっかり残っていることが窺える。大昔とは言ってもそれらが無くなるレベルで昔ではなかったということか、あるいは封鎖されているなりに、流れ込んできていたのか。少なくとも独自発展という形では、こうはなるまい。
「私が調べた限りでは、学業らしい営みはほとんど行われていなかったわ。ただ、一般教養は広く行き渡っていて、誰でも文字記録に触れられる」
“場合によっては専門知識に長けた人物もいるかもしれないってことか”
ヒナが最初に向かった先は、図書室だ。それなりに規模は大きく、様々な学術的知識を──かなり古い説に限られるが──得ることができる。だが、重要なのはそこではない。
一冊の歴史書を取り出す。ゲヘナが身が張り裂けるほどの極寒に閉ざされた、その後に出版されたというものであるらしい。そこに書いてある内容に、ヒナが先に話した内容は無かった。
無かったのである。不自然なくらいに、曖昧にされる形となっていた。
「一般流通している歴史書には、詳細不明という記述が多い、と。普通に歴史を学ぶなら、そういうものか、で済むはず。しかし我々目線だと、何か隠していないかという気がしてならない」
「いい視点ね、警察は歴史学者とは違うってことかしら。私もそちら側だったから、不明で済ませられるか、と行動を起こしたの」
学問と政治の違いは、ここにあるだろうか。おそらく方舟にいるミレニアムの二人だったら、この書物に対してそこまで違和感は覚えなかったかもしれない。文理の違いはあれど、学者の思考を持つ側だ。
歴史の政治的意図を読み、それを打開するのは、治安維持組織か、政治組織の者なのだ。
「さては、
「ああ、この世界にも存在はしているのですね。あの生徒会のような何かしらの集団は」
「サラッと酷い言いようだね、セナさんも。もしかしてそっちのゲヘナもけっこう大変なのかい?」
「ええ。ただ、不思議と私にとっては、あちらの方がよほどいい場所であるように思うのです」
どちらも大変だし、なかなかに酷い場所なのは間違いない。方向性は大きく違うが、まともに暮らしていくような環境ではない。
本来のゲヘナ。異聞帯のゲヘナ。何が違って、より良いのはどちらか。言語化が困難なことなのは間違いなかった。
廊下に出てからも、話は続く。
「機密文書を軽く読むところまでは、なんとかありつけた。だからこの世界の本当の歴史を掴むことができたのだけれど……そこから先で、躓いちゃって。新たな情報源を探さないといけないの」
“躓いた、っていうのは?”
「それは──」
説明しようとしたところだったが、その手間は嫌な偶然により、省かれることとなった。いや、必然だっただろうか。
曲がり角の先に、万魔殿の生徒がいた。見覚えのあるデザインからちょっと厚着にしたような外見である。上書きされた存在ゆえなのか、それとも歴史はある程度収束する力があるのか。
その生徒はこちらを──より正確に言えば、ヒナを──見るなり、通信機を手に取り叫ぶ。
「応答せよ! こちら空崎ヒナを発見した、今度は仲間を連れている模様。直ちに捕縛する!」
「まずい、逃げるわよ! 屋内は分が悪いから、ひとまず外に行かないと!」
すぐ近くの窓を破壊して、そこから外に出る。通路での挟み撃ちのリスクよりも、建物外での包囲殲滅のリスクの方がまだ低いというもの。
「風紀委員長? 別の世界に行っても万魔殿とは仲が悪いのですか!?」
セナも呆れていた。だがヒナの方は至って真剣。
「あのおバカとは違うわ。ある意味、旧知の仲同士のじゃれ合いが行き過ぎたようなものだったから。今は、
外にすぐ逃げることも読まれていたか。万魔殿の生徒が既に大量に配置されている。どこから出てきたのだ、こんな人数が。視界に映るだけで10と数人、当然ながらその個々人が高い実力を有する。
逃走経路は、塞がれているものと考えていいだろう。
“他に選択肢はないか。皆、突破するよ!”
「了解です。指示を」
「戦闘終了後の処置は……不要ですね」
「私が突破口を開くわ。続いて」
「私も戦うよ。万魔殿は気に入らないからねぇ」