Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
白黒のビル街は、生まれ育った遊泳大陸船団のどの景色にも似ていない景色だった。今にも空を引き裂きそうな街並みの下で、手を繋いで歩く親子の姿が見えた。
その親子にだけ、青っぽい色がついているのが分かる。なんとなく、その背中を追いかけないといけないような、そんな気がした。
気付かれないように、そっとあとをつける。目的地として向かっていたのは、どうやら港だったらしい。
(……変だなぁ)
声のボリュームを極限まで抑えて、無意識に出そうになっていた言葉をどうにか気取られることなく発することができた。
それにしても、どうしてだろうか? 確かに生まれ育った場所の景色ではないけれど、とても見覚えがある。
何か話している。聞いてみよう。
「……これからお前は、自分の思うように生きていい。ワタシを疑ってもいい。信じてもいい。どうでもいいと、捨ててくれてもいい。もうすぐ、船の用意もできる」
「いや。あたしは、ママと一緒がいい」
「それはダメだ。それではお前がワタシに染まる。ワタシは、そのようであってはならない。常に無条件で正しくあってはならない。証明され続けなければ、正しくあれない。まあ、分からんだろうな」
全くだと思う。こんな難しい話、これから小学校に入るくらいの歳の子供には難しすぎる。
あたしにも分からない。この母親には、一体何が見えているのか。大人になれば分かるのかなとか、そう思っていたけれど、そろそろ大人になる歳も近いのに、一向にわからない。
豪華な船がやってきた。子供一人を出迎えるにしては、あまりにも大きすぎる。というより、どういうわけかあらゆるところが現実離れしているように見えた。
ここで初めて、この光景が夢だと理解する。モノクロの景色は、心象風景だからなのだと。
「どうか、できることなら。ワタシのことを、いつか間違っていると言ってくれないか」
「言いたくない。だって、ママが間違えるわけないもん」
「だとしたら、なぜワタシの考えに、お前が逆らいたがっているんだと思う?」
母親の顔は見えない。だけど、妙ちくりんな口調の割に、娘を優しく導こうとする優しさを感じる。この優しさには、どこか懐かしさもある。
親の背中を見て育ち、親を信じ切っている子供に、盲目的でなくなることを望む。その親心は、今のあたしにならよく分かる。
娘が船に連れて行かれるのを、手を振りながら見守る母親。親元を離れるには、娘はまだ幼いようにも見える。でも、この歳で別れるべきなのだと、そう信じたんだと思った。
次の瞬間、その娘に引っ張られるように、あたしも船上にいた。景色に色がついた。陸の方に見えるビルは、色がついていないように見えたけれど、空はどこまでも遠く、声も手も届かない高さと青さをそこに作っていた。
娘の真横にいるから、はっきりと顔が見える。親と別れる悲しみ以上に、前を向いている。この顔を──いや、覚悟の姿を、知っている気がする。
──そうか、これはあたしの夢。そうだ、今なら船の上からあの人の顔が見える。どうして、今まで忘れていたんだろう。いや、忘れていたんじゃない。自分を、偽っていただけ。
だけど。これからまた、皆の前でまたあたしは、自分に対してウソをつく。そういう生き方を、ここできっと覚悟したんだ。ここまでの過去を無いものとして、他の誰でもない自分になることを。
そして確かに、あたしはママの子供じゃなくなった。ママが見ている。
ふたりで同時に、口を動かす。一字一句同じ言葉を言う。夢の子供と、自分自身。だけど、意味はどこまでも、どこからも、違っている。
「ママ、あたしはいつかきっと、お返しはするから──」
「はっ!」
目が覚めた。いつもより少し早い時間だった。
変な夢を見た。自分が誰なのか分からなくなりそうになって、声に出して確認する。
「あたしは、石弓イリア。歳は16歳。トリトン王立学園高校に通う2年生で、大陸船団ならどこにでもいる、普通の生徒。たまたま、本当にたまたま、よその人に課された試練に協力することになって……」
おかしいな。自己暗示みたい。
……自己暗示?
「いっ……!」
頭が痛い。いや、痛くない。痛いと、なぜか思ったけれど、何も痛くない。けれどおかげで、ちょっと目が覚めた。
今日はナノが仕掛けたカメラの映像チェック。朝ごはんを食べたら、さっそく皆で集合。これから、忙しくなるなあ、とか思いながら、薄暗い窓の外を眺めていた。