Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
いきなり穏やかでない声が響き渡ったので、当然ながら警戒せずにはいられなかった。響き方からしても、この通路が音の響きやすい迷路になっていることがわかる。銃声は凄まじい音量であることを踏まえると、銃撃による戦闘行為はなるべく避けるべきで、耳栓は必須と思われる。
どちらの方に歩けば声の元に届くかも分からないので、不安がりながらもとにかく進んでいく以外に道はなかった。
「慎重に参りましょう。私があなた様を、いかなる不測の事態があろうともお守りいたします」
“ワカモにそう言われるとかなり頼もしいね。でも、あんまり気は張り過ぎちゃダメだよ”
幸いにも、人と遭遇するような事態にはなかなかならなかった。だが景色は変わらないし、薄暗いし、とにかく迷う。
シッテムの箱の中で、アロナが必死にマッピングをしているので、引き返す道や通った道は分かるのだが、同時にとてつもなく複雑怪奇な立体構造が見て取れるようになっていた。
なるべく同じ所は通らないように、目的地は深いところにありそうなのでとりあえず下るように、なるべく情報は増えるように──そういったルート取りで、迷路を進んでいく。すると、いかにもな雰囲気の扉が。
“そうだな、誰に聞こうか……イリア。これ、どう思う?”
「どうって……そもそも開いてるか分かんないけど、開いてたらいっそ堂々と向こう側を見ちゃったらいいんじゃない?」
少し使い古されたようなドアノブの付いたドアは、あっさりと開いた。雰囲気の割にあまりにも滑らかな開き方をしたので少し驚いたが、もっと驚いたのはその先に見えたものだ。
一言で言えば、不潔だった。
面積的には、六畳間と同じくらい。そこに、10人ほどぐったりとしている。皆髪はボサボサで伸び切っており、その顔を覗くこともなかなか難しいくらいだが、身体的特徴とヘイローを有することから、生徒──と、同じ生き物だということはわかる。
あまりにそのイメージとかけ離れているため、信じたくはないが。スラム同然だったというアリウスも、ここまでではなかったはずだ。
「
弱々しい声で、その中のひとりが尋ねてきた。その問いすらも、プログラムか、ルーティーンのようで、内実が感じられず気味が悪い。そういったところから、彼女らの立ち位置は察せられる。
「ここにはいないと思っていたが……考えてみればいないわけはない、労働者か。人の目に触れないところで、ひたすらに上に暮らす人々の満たされた生活を支えることを強いられている、といったところだろう」
言葉を失う。人々の誰もが豊かなようにも見えたこの異聞帯、その本質の片鱗であろうか。
ただもっと問題なのは、異聞帯の住民であるアイムとレイアはあまりこれを認知していなさそうであるということだ。でなければ、新鮮な驚きとともに絶句というリアクションをすることはない。一方でイリアとナノは多少認知していたらしい。
「誰もが、楽々と生きていけるなんて、もしかして普通じゃないんじゃないかなって、考えたことがあったんだ。周りの人達みんな、そんな生き方をしてたけど。当たり前にそういう暮らしをしてたから、誰もそんなことは考えてなくて……おかしいのかなって、思ってたんだ」
「んで、同じようなこと考えてたのがアテシってわけ。けっこー昔だよね? ずっと一緒に考えてたよねー、大陸船団の謎を暴いてやる! とか、こういう子達がいるってことを知ってからは王様にギャフンと言わせてやる! とかさ。それが今に繋がってんの」
後から加わったふたりにも、今まで話したことはなかった。きっと、これだけではないのだ。この船の上での恵まれた生活の裏に潜む闇は、まだまだたくさんある。それを暴き、王の過ちを糾す。そういう目的意識が、イリアの根底には昔からあった。
ある種の狂気のようなものであり、この点について言えば、どう考えても彼女は普通ではないのだが、
「……あの。休憩は、終わり、でしょうか……?」
こんな感情は、人に向けるべきではないのだろうが、それでもどうしても感じてしまう生理的嫌悪感。ゾンビが掴みかかってきているようで、いくら誤魔化そうとしても気味が悪い。それ故に、突き放すように言う他なかった。
“いいや、たまたまここを通っただけだよ。もう少し、ゆっくりしていくといい”
今できる、最大限の気遣いだった。だがそれに対する反応は、何を言っているのか分からないといったような、キョトンとしたもの。言われたことを飲み込めない、といったものではなく、発言を理解できるだけの語彙がない、といった具合のもの。
それがどうしても、やるせない。
自分達の手で現状どうすることもできない問題については、一旦考えないことにする方が得策だ。先に通路が続いているので、進んでいく。
曲がり角と交差点を、いくつか通過していった。だが、その時がついに来てしまった。
「おい貴様ァ! 何しにここに来たァ!」
「ついに見つかりましたね。先生、私の後ろに」
巡回している生徒に見付かった。ワカモはすぐさま武器を構えるが、これはあまりいい手段ではない。戦闘は元より可能なら避けたく、また相手も即座に攻撃しようとするとは限らないのだ。
「攻撃する気かァ! そもそもどうやってここに入ったァ! 対処させてもらうァ!」
「いくらなんでもその語尾は無理があるだろうが! くそっ、どうする!? 私はいつでもやれる!」
レイアも構え、戦闘は不可避かと一同が耳栓をはめようとしたその瞬間、大音量で鳴り響く音が。
銃声ではない。人の声でもない。これは、ホイッスルの音──を、合成したような機械音。同時に両者の間に割って入ったのは、姿のハッキリしない人の形をしたホログラム。
『ストップ。ようやく場所が特定できた……と。君、少し席を外してくれる?』
「機長殿!? わ、分かりましたァ……」
『ふぅ……あ、お待たせしました。私、豊崎テンカと申します。よろしくお願いします』