Kivotos with the Lostbelt   作:2匹目の蝉

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3-18:Invisible Frenzy

 何一つ動きがないまま、何分経っただろうか。自らが動くべきタイミングを互いに伺い、しかし微動だにせず、鋭く相手を見据える目は、ハシビロコウを彷彿とさせる。

 静寂、静止を打ち破ったのは、テンカの口だった。

 

「さっき、ルールを確認したでしょう? 何、ルールを追加したいとか、そういう話?」

「いいや、まさか。よく出来たルールだとも。緩すぎて何でもありでもなければ、厳格すぎてつまらないものでもない。遊びがあって、非常に良い」

 

 少し、目の前の標的の眉が動いたのをカンナは見逃さなかった。想定外が、あちらにはあると見える。経験に、確実な差も。

 然るに、やることは決まった。

 

「そういうわけでだ。まずはやらなければ何も始まらない!」

 

 とにかく、まずは撃つ。これをしなければ何も始まらない。そして腕を下ろしながら、相手方の反撃の動きを見定めるわけであるが──そこに、余分な過程がひとつ挟まった。

 

「……は?」

 

 テンカの腕はしっかりと上がり、撃たなければならない状態になっていた。しかし撃つのが、予定よりもほんの少し遅れる。避けながら撃つとなると、これが致命的であり、弾丸は構えを解いたまま微動だにしないカンナの横を通り抜ける。

 いや、そもそもおかしい。何故、微動だにしないのか。頼りの武器が、自らの手から離れていってしまっているのに。

 

「どうした? 多少、狙いが定まらなくなっているようだが?」

「そっちこそ……なんの冗談? 得物を放り投げるって、そんなのあり?」

「ああ、それは()()()()()()()()()()。まあ、わざとだとしても咎められるものでもないのではないかな? 腕を下ろしてさえいればその過程で何をしても良く、銃を捨てようが即座に降参扱いとはならないはずだ」

 

 反論できないのが困った。テンカ、自身の足りない部分を痛感させられる。

 しかも、これに対応しようとしたら追い打ちが待っているのである。

 

「分かった。とりあえず、拾って」

()()()()()()。ここからは手が届かないし、回避目的でない移動はできない。まあそちらとしては撃ち放題、有利なのではないかな?」

 

 定められたルールの上で行われる勝負事の原則であるが、自分にとって、見かけとしては不利にしかならないようなルール違反行為を進んで認めることは、暗黙の了解として許されない。この類のことは、野球の安全進塁権のように、明文化されているケースもあるが、これはその場での取り決めだ。暗黙のマナーに、ある程度従う。

 よって、わざわざ一方的に攻撃できるシチュエーションを手放してまで勝負を振り出しに戻すというのは、認められない。多少屁理屈じみているが、そこに論理はある。

 

 よって、テンカが撃たなければ、何も状況は動かない。撃ったならば、その構えを見極めて避けながら、放り投げた銃に向かって転がったり、飛び付いたりという具合に避けていく。

 避けた先に当てるという意図で少しズラしたりもしたが、それも的確に見抜く。構えを見る度に、カンナはゾーンに入っていく。もはや、その集中は止めることはできない。

 

「ねえ、先生? ちょっといいかな」

“うん、どうしたんだいイリア”

「もしかしてそっちのお巡りさんって、皆こんななの?」

“いや? カンナは相当特別だよ。無理そうなことでも、笑みを崩さずにやってのけることができるくらいにはね”

 

 それは、例えば悪しき軍勢から単身、先生を救い出すことであったりもした。副局長の手綱を心でも力でも握ることができるくらいのことであったりもした。

 そして今、またひとつやってみせる。

 

「……そのくらい、近付けば。拾えるんじゃないの、ええ?」

「確かに拾えるとは思うが、そうだな。まだやめておこうか。呼吸を整えてほしいところでもある。そうしないと、こちらとしても都合が悪い」

 

 リロードをしながら、深く息を吸う。落ち着け、いくらでも裏目にしてしまう手段はある。当ててしまえばいい。そう自らに言い聞かせるテンカだが、彼女は気付かない。

 その実、少しも落ち着けていないことに。明らかな視野狭窄を起こしているということに。いかに平和ボケしていたかを実感させられることになるのは、もう少し後のこと。

 打てる手はいくらでもあるはずだ。ルールはいくらでもズルい手を容認している。ただ、そういった手段に出るべきではないと、勝手に思い込んでいるだけにすぎない。確かにルールは暗黙のマナーに従うが、その暗黙のマナーとは決して行儀のいい戦いをすることではない。むしろ、極めて貪欲に勝利を目指さんとするという前提の提示である。でなければ、公正な競技において礼儀のごときものが明文化されるものか。

 

 やがて、テンカの呼吸だけが、体の反射的な反応だけが沈静化した。これで狙い撃ちできると、この上ない速度で構えの姿勢をとり、トリガーを引く。

 

「これでっ……!」

 

 仕留めてやる。仕留められれば御の字。そういう射撃。

 だがもちろんカンナは避けた。おそらく銃を拾うだろう。ヴァルキューレの制式拳銃、やはり装備の質が自慢なだけあり、使いやすい。手にもよく馴染む。拾ってすぐに、いつでも撃てるようにしっかりと握ることができるほどに。

 もちろんテンカも避けるつもりだった。だが、撃ってから避ける動作はあまり慣れていない。それもあるが、今のカンナの姿勢は想定して練習していた姿勢ではない。実際に相対して分かった。知らない位置にある銃口の向きが、目線が、読めない。

 一か八か、当てずっぽうで避ける。だがそれが間違いだったのか、それとも戸惑いが過ちだったか。

 

「──鈍いッ!!!」

 

 その拳銃から放たれた弾丸は、確かに機長の左胸を穿たんと突き刺さった。先に当たったら勝ち、と定めたわけではないのだが、それでも彼女の負けだった。痛みは相当のものだったし、何より心が敗北を認めていたのだ。

 

「あーあ、完璧に負けた。久しぶりに撃たれちゃった。銃弾って痛いなぁ」

「その痛み、どうか覚えていてほしい」

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