Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
心臓の部屋に入るためのエレベーターは、地上に直接繋がっているらしい。これも高層ビルの表向きには別の用途があるドアを使って巧妙な偽装を行っているようなので、使ったとしても別に不自然がられることは無いらしい。
“それじゃあ、お世話になったね。私達は次の目的地を目指すことにするよ”
「そう。じゃあ、残りの試練の地の中で、私がよく知ってるところ──黄金の港について、教えてあげましょう。上りながら話していくね」
黄金の港。言葉の響きからすれば、対外的な交易の中心地。そういう場所は、普通であれば何かしらの名所となりそうなものだが、驚くほどそれについては知られていない。
だが、どうもテンカの話によれば、明確に理由があるようだ。
「取引の内容の問題、というのもあるのだけど。あんまり色々と公開するわけにはいかないから、私の持ち場と同じように隠されているの。取引時にだけ港の機能を持つことができるようにしたり、ね。私も時々行って買ってる」
“取引の、内容っていうのは”
黙り込む。察してくれというのか。確かに、想像通りであるなら、あまり言うべきではないと思うのも無理はなかろう。
ここで問い質したとしても、あまり意味もない。
“……わかった。となると、もしかして取引のタイミングじゃないと行けないってこと?”
「そういうことになるから、今話そうと思ったわけ。明後日に、ちょっと大きめのものがある予定みたいだから、その日にこの大陸船団の最北端に行ってみて」
そこで、この大船で最も醜いものを見られるはず──テンカのその言葉とともに、地上の眩しい光が入り込んできた。その眩しさで、ずいぶんと時間が経っていることを実感する。
急激に体が時間感覚を取り戻し、空腹感も出てきた。早急な腹ごしらえが必要だ。この日はしっかり英気を養い、黄金の港に行ける日を待つことにした。
その日の夜、イリアの家にて。先生の脳内にふと疑問が思い浮かんだので、思い切って聞いてみることにした。
“ねえ、イリア。そういえばここって、南部寮って呼ばれる地区だよね”
「そうだよー。それであの機長さんは、港は最北端にあるって言ってたから……お察しの通り、ものすごーく遠いよ。夜行の電車はあるから安心してね」
“いや、それはまあ遠いよなって思ってたけど。ここって船だよね? 方角とか変わらない?”
一瞬、何を言っているのか分からないという感じの目で返されたが、すぐに察してくれた。
「あー! そうだね、航行方角ってあるんだもんね。そっか、陸地だとそうなるんだ。
地図や移動の都合というのもある。この大陸船団では、この巨大な船の向きに合わせた方角の概念が、惑星の自転軸や地磁気とは別のものとして存在し、その場でそれを確かめる道具もあるらしい。その決まり方はシンプルで、進行方向が南なのだとか。
確かに、方舟が乗り上げた地点、沿岸部市街、南部寮はそれぞれが近いし、方舟から見たら大陸船団は近付いてくるように見えた。すると最北端とは、最後尾だ。
“なるほどね。なんか港にするには都合があんまり良くなさそうにも思えるかな”
「そお? その辺りあたしよく分かんないんだよね。ただ、すっごく遠いなーっていうのは思うけど」
“確かに、普通は意識するのはそっちか。代議院も大陸船団の中心地っていうけど結構遠かったし、最北端って倍はかかるよね”
「いやー? 倍どころじゃないよ。路線の繋がり的には大回りすることになりそうだし。だから夜行で時間かけて行くってこと」
既にナノがルートと移動計画はある程度作っているらしいので、それに従えばいいらしい。
可能な限り時間的余裕は作られているが、方舟に一旦戻るほどのものはない。通話での会議の予約を入れておくことにした。
「ただの一発で、認めるに至るとは。だが正々たる勝負の末にこれに至ったのだからな。我もそれを肯定しよう。あとは思うままにするが良いぞ、テンカ機長」
『はい。申し訳ございません、期待に応えることは叶いませんでした』
「良い良い。如何様に転ぼうと一興よ」
どこまでも余裕たっぷりな王の言葉に送られながら、テンカは通信を切る。彼女もこの戦いが賭けているものはしっている。自らの王が敗れるとは思っていない。規格外の、神にも等しき存在。ある種の怪物。
その力の一端に常に触れ続けているからこそ、それに一片の疑念はない。だがどうしてか、彼女の内には微かな不安感が残っていた。
そんなことを察するようなこともなく、トリンは次の相手へと繋ぐ。どこに繋ぐかは、もちろん次の試練のある場所。
「あー、我だが。うむ、お主らの大いなる王、綿津見トリンである。開港日について、確認をしたいのだが」
『はい、予定通りでございます。明後日の昼頃には、取引を開始できるかと。各所の資産家や行政局のスケジュールも予定変更の報せは入っておりません。結局……豊崎様は、お越しにならないのですね』
その声から感じ取れるものは、気品か、それとも他者への蔑みか。ただひとつ確かなのは、王への絶対的な敬意。
「あの者らが来る。それはもちろん前提い入れていような? まさかどうせ来れないだろうとか想定してはおるまいな」
『まさか。関係各所にも話を既にしております。丁重に、大胆に、敬意を持って、歓迎すべき相手が来るだろうと』
「敬意とは、笑わせる。その言葉、本音とはとても思えん。まあ、つまらん穏便なやり取りほど無粋なものもなかろうて。その心意気、良し」
『……陛下には敵わないものなのですね。ただ、どうかご理解願います。これこそが、私の表現できる敬意であるのだと』
それから、軽く雑談をして、いつの間にやら通信を切っていた。トリンの目は、どこか遠いところを見ている。
傍から見れば、無を見ている。だが彼女の中では、その先に必ず誰かがいる。
「心していくがいい。我が港は、その主は、決してお主らとは相容れぬ」