Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
申谷カイ。彼女は山海経高級中学校の錬丹術研究会の会長として、非道な実験を繰り返し、秘密裏にいなかったことにされた、「猿の手」である。かつて所属していた学び舎で起こした事件により再び矯正局の元に送られることになったかと思えば、その外に潜伏しているという状態になっていたりと、大立ち回りをしでかした一件からも変わらず神出鬼没であった。
そんな彼女も、この海上の異聞帯に送られてしまっていたらしい。上書きの影響を受けることなく、正真正銘の本人が、大陸船団最北端の地をうろついていた。
「そんなのがどうしてこんなとこにいるわけ!?」
“それを今から聞き出しに行くんだよ、ナノ。大丈夫、これでも私の生徒の中では話ができる方でさ”
話ができる、だけだが。確かに理性的に話してはくれるし、会話もちゃんと成立するのだが、流石の先生もカイの破綻している部分の存在そのものは認めざるを得ない。
その上で、最適解になる言葉を出せる辺りが先生方だったわけだが。
「誰が走ってくるかと思えば……先生? それに公安局長とあの災厄の狐が肩を並べて、仲間を引き連れてくるとは。珍しい……いや、おかしなこともあるんだな」
“やあ、カイ。こんなところで何をしているのかな?”
「何をって、待っているだけだ。もうすぐここで大きな『競売』が行われる。私はその目玉商品となるらしい」
この大陸船団で、最も醜いもの。その片鱗が、こういうことであるとは、何となく誰もが察していた。だが、信じたくはなかっただろう。特に、それが倫理的に問題があると明確に認識している側からすれば。
「五塵の獼猴も堕ちたものだな。人身売買の売り物になるとは」
「凶悪犯と手を組む警官の言えることか? まあいい。別に、一般の商品として取引される人員は別として、私は
モノは言いよう。確かに、健全にことが進めばそういうことになるかもしれないのだが、それでもこの扱いを是とする辺り、節操というものはあまり無いらしい。
「キミが先生のいたところでどんな人だったかは、あたしには関係ないけどさ。何があったのかは教えてくれない?」
「それは君に関係があるのか? いや、あるのか。先生について行っているのが何よりの証拠だ。ならせっかくだ。教えてあげよう。端的に言ってしまえば、私の研究において最も重要な知見をえられそうだと思って、スポンサーが欲しくなった」
カイの研究の目指すところは、何があろうと変わらない。神仙に至るための方法を、錬丹術のアプローチから探ること。
人の身のまま、その領域を飛び出していく力を手にすること。完全な存在として、神域に至ることである。
“まさか……!”
「聞いたんだ。ここを治める王は、まさにそのような領域にいる存在だと。仙丹とは違う形であれ、完成形に近いものになったのなら、その過程から手掛かりを得ようとするのは、自然なこととは思わないか?」
“ブレてないようで安心したよ。それで自分の身を売ろうっていうのは、思い切ったことをするなと思うけどね”
先生の解釈には、多少の誤りがあったらしい。カイはこれを聞くなり、両手を振って強く否定した。
「いやいや、私も自分を売りたくて売ってるわけじゃない。そこは分かってくれないか。出資者はいたのだが……王を心の底から信奉していたらしい。結果、私の研究は不遜だとか言って売りに出してしまった。どうせ私はどこでも弾かれ者のマッドサイエンティストだよ」
自分を諦めるなと、しっかり言ったのに──先生のため息には、小さくない呆れが混じっていた。
“わかった。カイ、競売のシステムについて教えてくれるかな?”
「うん? 私に聞いてどうするんだ、知らなかったらどうする? たまたま、私は一通りの流れは知っているが」
“君を競り落とすための準備を整えたくてね”
目を見開くカンナとナノ。口を塞ぐワカモとアイム。レイアは頭を抱え、イリアはあまり動じない。
そしてカイは、大笑いしていた。
「ククッ、ハハハハ! 相変わらず分からない人だ! そうでなければ、キヴォトスで先生なんてやっていけないのかもしれないがなあ? なら教えよう、どこにそんな価値を見出しているのかはそれからだ!」
“価値とかじゃないよ。君が私達に必要だと感じているから、それだけ”
並の生徒なら、この言葉に心が揺らいだりするのだろうが、カイに限って言えばそうそうあっさりと影響されることもないようだ。
「まったく、そういうところが心の底から敬意を抱けないところなんだが? 私は価値を提供してくれる相手にしか応じないぞ?」
“それはつまり、お金かな?”
「そうでもあるが、私に関しては違うかもな。通常、ここでの競売は単純に金額をかけての落札になるが、目玉商品として指定された者は本人に交渉権と落札者決定権を認めている」
つまり、金額を上回る価値提供ができる相手には、売りに出された本人がその他を差し置いて落札を決定することができることになる。
「カイさんって何が欲しいのー? ちょっとわたしに教えてくれないかなー」
「分からないのか? 私は究極的には、この大陸船団を治めているという王が神域に至った理由を解き明かすことを目指しているという話はした気がするが……ああ、直接的にはしてないか。とにかく、そのためのスポンサーとして、協力者として、価値がある者でないなら交渉はしない。現状、そんなものがある集まりとはあまり思えないが、先生がついていることだ。多少の期待はしていいのかな?」
当然だ──と、高らかに宣言したいところだが、そんなことをしたところで今のところはハッタリにしかならない。そんなものは無用。
そんな話をしているうちに、陸地に向かって伸びていく黄金の橋が見えた。ゆっくりと、桟橋、あるいは波止場を形成していく。その先端に、人影も見えた。それを見れば、すぐに理解できるだろう。
それこそが、黄金の港、その取引所の開場を知らせているのだと。
何がそんなに足りないのだろう
自分達が分け与えられていたものは、何だったのだろう
答えの出ない問に、心を惑わしながら
しかし、彼女はその全てを満たすのが王と信じた