Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
オドリに導かれるがままにやって来たのは、執務室らしき部屋だった。仕事机があり、来客を迎えるための机と椅子もある。ちゃんとした部屋だ。ただ、それが頭痛がしてきそうなくらいにきらびやかなことを除けば、の話だが。
「ああ、それほどの人数では全員に座っていただくことは叶いませんね。それでは、先生と、イリアさん。お掛けになって」
「あ、あたし!? それに、名前──」
「存じ上げております。ええ、当然です。昔から。さあ、お掛けになって?」
威圧感とは違う。この言葉には絶対に逆らってはいけないという、本能的危機感を抱かせるような圧力が、彼女の言葉にはある。先生とイリアは言われるがままに、座るということだけを遂行し、他の者は座りたい気持ちすら完全に捨てた。
“私のことは、やっぱり聞いているみたいだね”
「ええ、陛下より勅令を下されましたので、その流れで。御目見えを望むばかりか、その在り方を侵すつもりでいらっしゃる」
“……その、通りだね”
無理に否定しても、どうせ綻びる。どうせこの世界を滅ぼしに来たのだ、という開き直りがあることを、先生も否定はできるまい。
「はぁ……そのような行いに、力を貸すことを選ばれたのですね。一体、どうして? 誤魔化す必要はありません、ただその心を聞きたいのです」
その目は、イリアに向けられていた。関心の中心は、そこにあるらしい。
敵がいることは、もう分かった。問題はそこに、イリアの存在があることだ、という意図は先生だけでなく、何人かは察していた。
「え、えっと……あたしが何気なく生きてることに、なんの苦労もないのって、何か変じゃないかなって。最初は、なんとなくだったんだけど、ナノと一緒に考えたり、色々なものを見てみたりして……頑張ってる人がいるってことを知って。そんな人より、あたしの方が幸せに生きてるって、なんか変じゃない?」
「疑いを抱いていくことにした、そう……分かりました。けれど、それならどうしたらいいというのです?」
非難3割、単純な疑問7割。この世界に疑いを抱いた者が持つ、代替案は何なのか。
詰まる。言うだけ言ってみてもよかったのかもしれないが、それができるだけの自信がイリアには無い。まして、オドリの前では。
「皆が、頑張ればもっと富むことができる世界がいいと? それこそ私達の祖先が陛下と共に破棄した、
「そ、それは……」
「それとも、皆が平等になった方がいいでしょうか? でも残念、この世は全ての人を満足させられるほどモノに溢れてはいないのです。最もよろしくないのかもしれませんね」
と、言っておきながら、旧世界の特性は払拭しきれていないようにも思われる。単なる趣味でないなら、オドリの装いそのものが、その証拠だ。
それに、先生の意見が変わることは決してない。
“君は参加者達に言ったね。豊かになる資格がある、と。それは、言葉通りの意味?”
「はい。富める者、尽くす者。明確に定めて、可能な限り満たされる者を増やすのが、究極的には道理では?」
“そう思うんだね。なら、私からはこれから言う、ひとつのこと以上は何も言わない。だけどこれだけは聞いてほしい。生きているのなら、苦しむこと以外が許されない存在であっちゃいけない。人に限らずね”
人形のように動きの少なかったオドリの顔に、少し変化があった。眉が少し、内に寄ったように見える。
先生としても、諦めたわけではない。むしろ、これから自分達が正しさを主張するのだという、覚悟と決意の表明であった。
「そのつもりであるのなら、こちらも理解は致しましょう。結局、どちらが究極的に正しいというわけでもない。この場におけるそれを決めるためのとり決め──それこそが、陛下より命じられたもの。私の課す、試練ですから」
「へえ、どんな? ものによっては私が──」
レイアが動きを見せるが、これは威嚇以上の意味を持たない。そのことについては互いに分かっており、それに動じるほどオドリも未熟ではない。
学生の身ながら、当主でもあるのだ。相応のものがある。
「ここで開かれる競売会にて、いくらかの目玉商品が並びます。最初にその顔ぶれが公開され、最終日まで交渉ができ、あちらが落札者を決定する……特別な者達です。今でこそ商品として扱われますが、ゆくゆくは新たな市民として大陸船団に迎えられる可能性も十分にあるような者達。それをひとつでも、落としてみせなさい」
“ひとつでも? カイから聞いた話から、それ絡みのことを言われるのかな、くらいには思っていたけど、それだけ?”
「それだけ、とはなんですか。私の持つ、人を評することのできる唯一にして最大の尺度なのですよ? それに、相当にハードルも高いはずです」
それは、その通りなのだが。ただ、荒事も一切絡まず、本人との交渉でもなく、ひとつ取引を成立させればいい、というのは単純に考えてあまりにシンプルすぎる。
金銭や交渉というのはもちろんのこと、他にも何か過酷さがある、ということのように思えてならない。
「それにしても……カイ、ですか。やはり同じ異邦の者同士、話は合うのですか?」
“ああ、そっか。カイを援助してたんだって? それが、方向性が合わなくて今に至ると”
「そこまで話されていましたか。ええ、その通り。ですが、私としても利用価値はあります。他の者に落とせないのであれば、私の元で徹底的に利用させていただきましょう。その場合は、あまり自由意思を持たれては──」
それ以上喋らせないように、先生は立ち上がって、退出する素振りを見せる。期待通り止まったので、堂々と宣言してみせた。
“そうか、分かったよ。なら彼女は私達が手にすることができるように、手を尽くす”