Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
翌朝。まだ薄暗い、あまり人が起きていないような時間帯に艶野アイムは目を覚ました。どうしてなのかは、本人もよく分かっていない。ただ、なんとなく目が覚めただけだ。
だがこと彼女においては、突発的に出てきた「なんとなく」が正解を指し示す、謎の性質を持つ。もちろん、全てがそうというわけではないが、脈絡が無ければ無いほど、感覚が正しい可能性が高い。
そして、これもまたなんとなくだが、ふらふらと出歩くことにした。何か面白い出会いがあるような気がしたし、何かカイから情報が得られそうな気がしたからだ。これが高確率で当たりになるのだから、末恐ろしい少女である。
さて、そんな感覚に従い出歩いて、窓の外を眺めてみると、今いる船が陸地に着いているのが見えた。大勢が連れ込まれているのも。
「確か、この船の下の方って……」
渡されていた案内図には、「倉庫」という名所だけが書かれていたはずだ。関係者以外は立ち入り禁止。脱走の手引きをすることを防止するためか。
一般の「商品」がここに搬入されていくようになっている。そして奴隷船のように詰め込まれ、船内で取引された後に買い手の元に送られるという寸法だ。
そんなものを眺めながら歩いていたら、いつの間にかカイの部屋の前に辿り着いていた。相変わらず部屋の外からでも会話が筒抜けになる部屋で、今も誰かと話しているようだった。誰と話しているのかと思い聞き耳を立て、軽く衝撃が走る。
「そんなに、疑問なのでしょうか? 確かに私は貴女を不遜と断じましたが、それでも私の手元に置く価値はある。社会的価値ではなく、私個人にとっての価値、貴女にとっての価値。この場でそれを示すのは、それほどおかしな行動でもないと思いますが」
話し相手はオドリだった。確かに、彼女もまた競合相手になるいうことは自身が発言していたことではあるのだが、それにしてもだ。
こんな時間に、どうして直接の話し合いをしているのか。聞かれないと思ったのなら、狙いは外れた。恐るべき直感力は、どうしようもない。
「疑問、か。それは誤解だとまず言っておくべきかな。むしろ逆かもしれないな。親近感と、それと共に来る意外性といったところだろう」
「親近感? 何を仰います。貴女のように不遜にして非情、非道の極みたる行いを我らの陛下に対して行おうなどという者が、私に親近感を抱く? 私の鼻で笑う声がそんなに聞きたくて?」
独特な切り口の罵倒に、思わずカイが鼻で笑ってしまった。ついでにアイムも吹き出しそうになったが、聞こえたらまずそうなのでぐっと堪える。
「フッ。私の方がいくらでも聞かせてやれそうじゃないか。お前は自分自身で否定しているが、その実私ともそう変わらない程度の不遜者じゃないのか? なあ、そうだろう?」
「……本当に何を仰るのですか。出鱈目を言うのも、程々に」
「出鱈目じゃないんだがな……そうだな。だがその深層心理が、それを否定したい理由にも繋がっている。王の力や、作り出したこの遊泳大陸船団の社会を構築するシステム。少なくともそういったものに関しては、心酔している。信奉しているとすら言ってもいい」
否定はしない。なぜなら、そういったものに対して強い信頼を寄せ、信仰心にすら近い感情があることに関しては、否定のしようがないからだ。
しかし、それでもオドリは、それは一部に過ぎないと考えようとしている。なのだが。
「そして、オドリ。お前の本質はそこにある。心の底から惚れ込んでいるのは、あくまでその偉業。その威光。人間として……いや、人間はとうにやめているのか? いずれにせよ、個としての王にはその種類の感情が向いていない」
「……っ」
「だが、見向きもしていないわけではない。むしろ、注視しているとすら言ってもいいだろう。それは愛情とは違う種類のものであり、私のような者はまず捨てることができない、故に親近感、共感を覚えるもの。そう、好奇心だ」
やめて、とオドリの口だけが動くが、その脳は発声を命じなかった。顔がいくら赤くなっても、その感情を言語化して発することはできない。
それが無駄だと、心の奥底では理解してしまっているから。
「それを満たす最高の人材を見出したから、スポンサーになった。実験動物を寄越した。それは自分自身で言ったことじゃないのか? いや、これは私の解釈でしかないのかもしれないがね。色々と承知の上で、私の好奇心を煽るために、この地を統治する王のことまで教えてくれたじゃないか」
「違い……ま……
「もっともらしい理由だ。正当化できるかもな。一見相反する、ふたつの思想。それを同時にひとりで有することによって生じるジンテーゼとしては有用だろうさ。だがこれから、それは要らなくなる」
どういう意味か、問うまでもなくオドリはそれを理解する。一方で、それを盗み聞きしているアイムにはどうもピンと来なかった。思いついたりもしない。
そこからも難解な話を続けていたが、やはり何もその答えにあたるだろうものは思いつかない。結局、これからの話し合いの場に持ち込まねばならなくなった。
話し合いの場というのは、もうだいたい定まっている。朝食の席だ。
少なくとも、重大な競争相手になるのはオドリくらい。なので、食堂であろうと気を付ければそこまで周囲に会話が漏れていても気にする必要はない。かなり大人数が同時に入れることを確認してから、部屋に戻って二度寝しようか、などと考えるアイムであった。
思ったよりも、長い時間話を聞いていたのは想定外だったが。おかげで結局二度寝という狙いは諦めて、皆が動き始めるまでボーッと過ごすことを強いられてしまうのであった。大変ヒマそうだった。