Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
あくまでこれは遊泳大陸船団トリトンのお話ということで。
その傭兵は、オドリ的にはそこまでの額でもない、そこそこの額で雇われていた。というより、買われていたと言ってもいいかもしれない。大陸船団外部の搾取されている民だったわけである。
「他に生き方を選べないのか? 随分と素直に従っているみたいだが」
「できるわけがないだろ! 何も知らないくせに! 幸福に生きるべき人のために、そうでない者はこうして道具になれって、そうしてきたんじゃないか!」
確かにオドリも、演説で言っていた。豊かになる資格がある者とない者について、語っていた。
認めたくはないが、これは言葉の通りだ。この異聞帯は、少数の幸せを保障するために、徹底的に他を犠牲にしている。おそらく、兵士というのも重用されている部類なのだろう。
ありとあらゆる自我を否定されているかのような者も、いたのだから。
「うーん、もう従わないでって言っても、じゃあどうやって生きてこうかなってなるんだよね〜……こういうとき、どうしたらいいかな〜?」
「どうだろうな。だが、今の主も私達が今から大変なことにするんだ。ならついでに市民権がこいつに認められることに賭けるしかないんじゃないか?」
勝手に望みが極めて薄い賭けを提案されて震える傭兵。しかも、主が酷い目に遭わされるらしいことを聞かされ愕然。
「お、おい! オドリ様は、どうなるんだ!」
「ふー……聞きたいか? なら教えよう。彼女は、勝手に何かに怯えてここの競売を降りる」
あの時、ワカモが提案した作戦。競り勝つのが難しいのなら、降りさせればいい。ただし、暴力で完全に屈服させるのは戦力的にも状況的にも困難。
ゆえに、彼女には降りてもらう。かなり徹底的に精神攻撃をして、続行に不安を覚えてもらう。
もちろん、単純な精神攻撃だけでは無理。なので、意図的なものもそうだが、何かの偶然が起きることを期待して、勘違いの沼にはめていく、というわけだ。
既に偶然はひとつ起きた。オドリはカイのことを信じられなくなっているのだ。恐ろしいものと思いながらも、自らを偽らないものと信じていたのが、崩れたのだ。
「何を証拠に、そんなこと……!」
「私達が、彼女に勝利する。それだけで十分では?」
一触即発とすら言えるくらいに怒りを見せる傭兵であったが、暴力的手段に出る前に、着信音のような音が鳴り響く。
「オドリ様から連絡だ。静かにしてくれ」
「もちろん。こちらとしても悟られては困るからな」
「……はい。ええ、競合は、その者らの他は全て追い払えております……はい……え? いえ、ご用命とあらば、そのようには問題なくできますが、オドリ様はよろしいのですか? ……そう、ですか。では、そのように」
不自然な困惑。何かおかしな指示をされたのであろうことは、想像に難くないことであった。
「何を言われた? 話してもらおうか」
「話したら、どうなる?」
「私達の力になる。貴方が市民権を認められるための助けになるかもしれない。権力者を打ち負かすとはそういうことだ」
確実で論理的な説得をしてやれないのはもどかしいが、不確実だが切実な望みに関わることを言われると、心には響くらしい。
ゆっくりと、話してくれた。
「これから1時間ほど経ったら、オドリ様は交渉に入る。その際に、彼女が特別な合図を出したら──あのカイとかいう女を、攻撃しろって話だ」
「なに……!?」
想像以上の不信感の膨らみに、驚きを隠せない。それは指示を受けた側も同じようで、どうしてそこまでカイに対して恐れを抱くのかと、疑問でならない様子だった。
事情を簡単に話したのも、それ故だろう。信用が落ちている。
「おかしいよ! だって、あの人はカイさんが気に入ってるって、知ってるはずだよ……?」
「いや、どうだろう。そういったものはもはや関係ないような気もするな」
猜疑心というものがいかに恐ろしいものであるか、カンナは多少は理解しているつもりだ。それに取り憑かれた者の行動が、いかに異常であるかというのを。
鷹羽オドリは今、異常者になりつつある。いや、元よりそうだったのかもしれない。いずれにせよ、止めねばなるまい。早いうちに、なるべく安全に。
「そーなの? ねえ、おじさん。やれると思う〜?」
「自信はない。疑いがあるし、見た感じあいつは強い。オドリ様も、俺も無事で済むとはとても……!」
「素直に認めるんだな。よし、なら理由は出来た。今すぐ、契約は切ることだ。その分の補償になることはこちらもするつもりだから、遠慮はいらない。そのままでは……破滅するぞ」
破滅というのが、大陸船団の外の者にとってどれくらいの重みになるかは、未知数だ。
だが、彼には一応は響いた。どうやら、オドリからの命令を無視することにしたようで、ゆっくりと頷いていた。
先生にもこのことを電話で伝えてから、カンナは指示をひとつ付け加えた。
「おっと、そういえば。私がいいと言うまで、離れないでいてもらえるだろうか」
「いいけど……何のつもりだよ?」
「私もあの派手女には、言いたいことがあるんだ」
予定通り、オドリはカイの前に現れた。和やかな空気はもう少しもない。自らがあくまで上だと信じていたはずのオドリの目は、自らより下と心の底から思っている相手には向けない種類の苛立ちを浮かべていた。
「……随分、酷い目に遭ったのかな? なんとも怖い顔をしているようだが」
「とぼけないで下さい。全てを台無しにしたのは、貴女ではないのですか。どうしてこんなにも、包み隠さず、全てを話してしまったのですか!」
「ちょっと待ってくれ。私が何をしたって言うんだ? いや、待てよ……ああ、なるほど」
何か重大な勘違いをしている可能性に、カイはすぐに思い至った。これで、その場を穏便に収めようとするタイプの人間だったら、まだやりようはあったのかもしれない。だが、彼女の場合は、心の片隅で思い、それを自覚してしまった。
これはなかなか、
あれから、多くを学んだ
何度も地上を知った
知れば知るほどに、分からなくなる
なぜこんなにも、誰もが足るを知らない?