Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「なるほど、とはなんですか。やはり裏では」
「いいや、知らないなぁ? 包み隠さずとは何のことやら。まあ、そういった行為に抵抗があると言ったら完全に嘘になってしまうくらいのものではあるが」
ただ、カイ自身も直接話してはいなかった。ただ、察してしまった。察せないわけがなかった。早朝にした会話を、聞かれていたのだろう、と。
防音があまりできていないのは、この船においてはあえてそう作っている節がある。それにより生じる駆け引きを楽しめるようにするために、と。なるほど、そのようなものは楽しめるようだ。
面白くない思いをする者も、いるようだが。
「あの先生とやらに、色々明かしたのでしょう? 私を気に入っていると見せかけて、その実裏では嵌める算段を立てていたのでは?」
「随分と単刀直入だな。なら率直に言おう、そんなことはしていない。あちらに頼まれたらそうすることに抵抗は無いが、そうするつもりも無い。まあ知られたとて、じゃないか? 権力者なら、いくらでも押し潰せるんだろう?」
「貴女の方が、よく知っているでしょう! あのような狂人達が、権力などというもので止められるとでも? ああ、なんと権力というものの虚しいこと、一番欲しいときに限って形だけしか使えない……」
これは、説明をいくらしても被害妄想でいくらでも迷走してしまう状態だろう。カイも半ば諦め状態だった。とはいえ、すぐに全て諦めては面白くもないので、とりあえず宥めてみることにした。
なんとも、彼女らしくない。
「まあ、なんだ。好奇心と共に名家の責務を背負うには、まだその背中は小さい。気負いすぎると、障ることもあるだろう。はぁ、こういう時には流石に、あの人の顔が浮かぶ……」
らしくないので、下手だ。これではもはや煽りですらある。そのような言葉を受けたオドリは、遂に激高するに至る。
「
「……まずい。間違えたな」
「何を間違えたのですか! 言いなさい! 吐きなさい! 腸も、一緒に!」
声を荒げながらも、(彼女なりに)冷静にオドリは頭を働かせていた。このように怒鳴っていれば、あまり不自然にすることなく、左腕を上げた状態をキープできる。
これが、「カイを撃て」の合図。想定では、これによって奇襲を行い、組み伏せて、自分の命令に従うよう脅迫するという手筈だった。なのだが、全くもって撃たれる気配がない。完全に想定外の出来事に、思わずキョロキョロと左右に首を振ってしまう。
「うん、どうした? 何か仕掛けていたのかな? それに、よく見たら変なポーズをしている……」
「嘘でしょう? まさか、全員? ……いや、そんなはずありません。ありませんよね? ちょっと貴女、どこまで知って──」
「いや、何も知らないな。うん。どうも大変なことが起こってしまったようだが。いやあ、私も罪な女というやつかな? 流石に一切錬丹を使わずに人をダメにしたことはなかった気がするが……」
おそらく、無いだろう。彼女にめちゃくちゃにされた人々というのは、錬丹術で願いを歪に叶えられたか、起こした事件に首を突っ込んでどこかの大人と変な関係になったくらいか。
オドリはカイに珍しく薬学に依らない神域への道を示し、その道を進む姿を追って、今自滅しようとしているのだ。
さて、そんなオドリは自らがやろうとしていたことがバレることもお構いなしに、狙撃手と連絡をとろうとした。しかし、聞こえてきた声は予想外の声。
『オドリさん、こんにちは〜! えっと、今スナイパーさんが隣にいてね、大事な話があるんだって〜。どうぞ〜』
「……?」
それはもう「……?」である。誰の声なのか、相手方の個々には大して興味が無かったために、少しの間思い出せなかったようだ。そして、察する。
艷野アイム。一番警戒していなかった相手だが、その者が遠隔操作で狙撃をしている雇われ兵士を特定したというのか? 本当に? という意味で、やはり「……?」である。
『もしもし、オドリ様でしょうかね? いきなりで申し訳無いが、ちょっと契約をこちらから破棄させてもらいますよ』
「はぁ!? そのような権限は……あ、認めていました、ね」
『あんたはいつも、取引については不正をしなかった。ルールやマナーの範囲で認められる限りなら何でもしたが。だから、偏った内容の契約なんて、する発想がなかった』
人を雇って妨害はするが、成立した取引を無効化するのはあくまで本人の取り下げを誘う形しかしない。成立後に権利を自分だけが有することはしない。あくまで、権力のバックアップの強さを強調したり、権力を振りかざす範囲。
取引所の管理者たるもの、その辺りに関しては不正をすることはできない。
契約は、切ることはできた。切った後の保障が無いだけだ。しかし、確実ではないかもしれないが、希望を示してくれた者がいた。
『だ、そうだ。彼は私達が勝つという可能性に賭けた。それによって自分の要求を通せるという目論見も込みでな。それに関しては後ほど、私からも要求させてもらおうか』
「〜〜っ!」
今にも泣き出しそうになりながらも、通話を切るオドリ。カイを睨むが、流石に呆れ果てていた。
「今のお前に必要なこと、何か分かるか? 休憩だよ。他の仕事をして気を紛らわせて、それからまたゆっくり問題を解決しようじゃないか。互いに、おそらく多くの誤解をしていることだろう」
「言われなくとも。今夜またはっきりさせましょう」
かなり荒れた様子で部屋を出ていく。自室に向かっていく道中でスタッフとも何度かすれ違っており、あまりの気迫に怯みながらも、皆心配していた。
カイは他の仕事をするように言っていたが、もはや身に入らない。日が暮れるまで、ずっと布団に潜り込んで大泣きしていた。
ほぼ心が折れていた。権力や財力にあぐらをかいて、慢心しきっていた過去の自分に絶望する。もう頭は真っ白だ。だがそれでもなんとか踏ん張って、限界が近い心と体をなんとか交渉の場へと再び運んだ。
だが、彼女のやろうとしていることは、もはや交渉などではなかった。