Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
時は過ぎて、翌朝。競売会の舞台となった巨大船は、更に大きな船である遊泳大陸船団の黄金の港と呼ばれる場所に戻ってきた。多くの労務員という立場になる人間を積み込んでいるのと同時に、目玉商品として注目を集めていた者達が契約相手を決定し、隷属的でない関係を結んでいく。
そのうちのひとり、一番場を掻き回したカイが、遂に正式に宣言した。
「私は、宛崎ナノ、石弓イリアらを落札者として指名する。落札額、5億」
周囲がざわついた。安すぎる、こんな優良物件なら手を出しておけばよかった、いや買い手が付くような奴じゃないから安く済んでるだけだ、とそれぞれの思いを吐露している。
全員に共通しているのは、このような無名の人物がどうしてこんな低予算で参加しているのだ、という疑問。これは、当人達にとってはずっと謎だろう。結局すぐに忘れ、その後の結果で一喜一憂していた。
「皆様、結果はいかがでしたでしょうか。我々と同じところに並び立つ資格の一片が、幸いなことに今彼らには齎されています。大陸船団の、王の名の下による永遠の繁栄のため、富む資格のあるものを大切に」
前日にはあんなに取り乱していたはずのオドリは、そんなことは初めから起こっていないとばかりに堂々たる声を上げていた。これに関しては、流石と言わざるを得まい。
事を知る先生達も、カイも、尊敬の眼差しを向けていた。惨敗しても、それを第三者には見せないで乗り越えるのだから。
無事に閉会式を終え、大陸船団に再び上陸──しようとしたタイミングで、先生は呼び止められた。どうやらオドリは、まだ話したいことがあるらしい。
「改めて。貴方は私の試練を突破しました。文句なしです。忘れ得ぬ屈辱にはなりましたが、学びも得ました。ですので、ひとつ贈り物をさせてほしいのです」
“プレゼントかい? それは気が利くね。何かな?”
「貴方達の行くべき、次の目的地。鋼鉄の大地と呼ばれる王立公園は、有資格者の許可なしではまともに入れない、それどころか場所も知ることのできない特別区なのです。そして許可証は、今ここにあります」
そう言って手渡してきたのは、許可証という名前にしてはやたらとカジュアルな見た目の、プラスチック製の薄い板に印刷して作られたカード。あるいは、フリーパス的なチケットという外見のものだった。
「んえ? そんなの知らないよアテシ。裏の地図見た感じ、西側の区画? なんもない住宅街だと思ってたんだけどなー」
「ですから、場所も知ることのできない特別区と言いましたでしょう? ある意味、
裏面には、小さなスペースに地図と住所が載っていた。かなり縮尺的には寄っている地図であり、住所はよく見ていなさそうなナノもよく西側だと分かったものだと感心せざるを得ない。そんなレベルの地理知識のある彼女も知らなかった辺り、秘匿性は異常だ。
「この住所……あたしは、ちょっと聞いたことあったかも。この辺りに立ち入り禁止区域がある、みたいなこと。でも、鋼鉄の大地って……地面が全部鉄ってこと? そんなのは聞いたことないよ」
「立ち入り禁止区域自体は、この大陸船団という場所、地上にも船内にも多数存在しますので。実のところ、大陸の心臓への道もそうなのです。皆さんは、ハッキングで入ったようですが、寛大なる陛下は面白いから許すと仰せでした」
相変わらず綿津見トリンは綿津見トリンであった。だが、確かに立ち入り禁止という場所は世の中多いものだ。大陸船団でなくても、汎キヴォトス史においても実はそういった所ばかり。
カモフラージュのための背景として、実のところ非常に優秀なのだ。
「あちらの担当の方は、なかなかに豪快と言いますか……まあ、親しみやすくはあるのではないかと。私とは、どうも思想が合わないところがありますが、それは私にも問題があることですので。それでは、お気を付けて……おっと、忘れておりました」
カンナの元に駆け寄るオドリ。アイムの方にも手招きをして呼び寄せる。何のことだろうと思い口元に手を当てるカンナだったが、アイムと同時に思い出したようだ。
「もしかして、あの雇われの兵の件か? 恨み言……というわけではないのは、まあ分かっているとも」
「ええ、随分勝手な約束をしていたそうじゃないですか。それも、守れる保障もなく、無茶な約束を」
笑みが強ばるカンナ。顔がそのまま青くなるかと思われたが、彼女の不安はあまり的中しない形となったようだ。
「でもあの人も頑張ってたよ〜? 自由になりたがってたと思うんだけど〜」
「何も、断るなんて言っていないでしょう。私は敗れた身ですよ? ならば要求されたことくらい聞いてやらねばならないはずです。幸い、私は代議院に圧をかけるくらいは造作も無い立場ですから、議長にも話をつけておけば、数日内にも彼は自由の身です」
取引そのものについては、真摯でありたい彼女であるが、それは勝者総取りという形式においてもそうだ。負けたくないだけで、負けは案外認めるのである。
こうして、完全勝利を収める形で試練は切り抜けた。
一行は、帰りの列車に乗り込む。行きと全く同じタイプの、ゆっくり眠れる列車で、次に備えて英気を養っていく。次の試練のことも、この日だけは忘れていいということにした。
それと時を同じくして、ずっと遠いところにいる王も、ゆっくりとくつろぐ時間を過ごしていた。
「少し、アテが外れたか……あの敗れ方は、我に言わせれば無粋なりと言わざるを得ないな。しかも次はあのブッ飛び女とはな。面白く、粋なことをしてくれるか、ちょっと分かんないかもだな」
どうも、トリンの感性にはお気に召さない結末であったらしい。何か代わりに面白いことが起きないものか、と思案していたところ、ちょうどいい話し相手が表れた。
こつん、こつんという足音が響く。男の姿が、近付いてくる。
「調子はどうだ? せっかくだから、話でもしていきたい」