Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「どういうことだ、ふざけているのか!」
玉座の間に、男の怒声が響いた。このような反応が返ってくることは最初から予想していたのか、それともそれが聞きたかったのか。微笑みながら、王は告げる。
「聞こえなかったか? 愚鈍、いやただの無粋だろうな。我が目的にも近付いてきたと言ったのだ。あの者らが我が元に、望んだ通りに近づいて来ているのだからな」
「だと、しても……誘い出して、何かを為すのなら、いい。それが異聞帯の王として、より強くなるのであれば。だが、これはただの自殺行為だ」
「何か、問題でもあったか?」
もはや、この男の目的というものにはまるで興味が無いらしい。それもそうだ。本来であれば、神秘を再編するであるとか、生き残りをかけた戦いであるとか、そういったものに参加する道理はない。ただ、生き延びるチャンスを、本来そんなものは無いのに得られるという好機に、大抵の場合どうしようもなく食い付くだけだ。
しかしそんな普遍的な生存への欲求というものにすら、まるで興味がなかった。
「話が通じる王だと思っていたが、全く愚かしいにも程がある発想に至ったものだな。それにしても、それならなぜここまで続いたんだろうな」
「知っているか? 絶対的な存在には裁くものがいないのだ。我は……いや。
男は黙るしかなかった。自身の行いが、糾弾されているかのような感覚。そして、それを肯定してはいけないという思いに駆られたが、否定しては自身の歩みが鈍る。故に、保留した。
それには構うこともなく、王は語る。
「最大多数の、最大幸福。確かに合理的で、理想的だ。だが、人の幸福の総量は、緩やかに、だが単調に減少している。だから、皆を等しくしても、等しく貧しいだけなのだ。ならば、十分な幸福を、可能な人数にだけ。そのような世界を作るのが最良と、あの日のワタシは考えた。思えば、ワタシから奪った者から奪い返す理由を探していたのかもしれない。ワタシは、所詮人だった」
自らに神の存在証明を適用してなお、彼女の内には人間性が残っていた。人としての部分を殆ど全て捨て切ったいつぞやの神凪とは、その点では異なるのかもしれない。
人間は隣の人よりも、少しだけいい思いをしたい生き物だ。そして、そうあれないことを無条件に奪われたと認識してしまうことがある。神の力を持とうが、その軛からは抜け出せないままだった。
「全てが満ち足りたまま生きていける理想郷を作りたかった。それができると信じていたが……見ただろう、確かに多少平和だろうが、結局は富を占める者による支配だという現状を。ワタシは停滞させたのではない。停滞する世界を作ることにすら失敗し、死に体にした」
「そうか、私は──」
誤解を、していたのか。
この男は確かに異聞帯の出現に関わってはいるが、その全てを本質的に理解しているわけではない。その全ては理解し得ない。だからこそ、異聞の本質を見誤ることもあり得た。それが現実になった。
選ばれた人々は何もしないでも豊かに暮らすことができ、そうでない人々が抵抗することは不可能な世界。それによる停滞にしては、確かにこの世界は、遊泳大陸船団は、活発すぎた。
その本質は、むしろその要である王、トリンがそのあり方を終わらせるための裁きを受けるための行動をしていること、そしてそうしたならば、そこから立て直す方法が皆無なことにあった。
「しかし、残念でならないな。もしそれを認めるとしても、私に言わせてみれば数ある異聞の中で一番真っ当に幸せな世界だったはずだ」
「ワタシは他の世界を知らん。あるということしか、知らない。だがそれでも、それは違うと断言しよう。見せかけであっても感じられる幸福があるのなら、それは本物であり得たのだ。ワタシは、それを感じることすら、大多数には許していない」
そも、幸福とは客観的尺度で測りうるものではない。そして、それが当人の感じているものでのみ規定されるのであるならば、トリンは誰よりも不幸だった。
「それでも……私は、この世界に可能性を感じていたよ。ある種の親近感もあったかもしれない」
「親近感を覚えるのであれば、お前も大概な男よな」
「かもしれないな。だが、それでも私はキヴォトスを愛している。キヴォトスを純粋に愛している。ここが愛するキヴォトスになるのなら、次善くらいには満足していたつもりだ」
最善と言わないのは、彼の誠実さでもある。トリンはそれを望んでいないからでもあるし、彼自身最善というものを明確に決めているのだ。
全ては、彼が「愛している」キヴォトスのために。
「そうか、我が国は愛するに値するものであったか。であるのなら、その行く末を見守っていくか?」
「いいや、やめておこう。後ろばかり向いていては、この先を往く立場としては好ましくないのでな。もう二度と会うことはないだろう。さらばだ、おそらくは私の友であったであろう者よ」
微妙に格好のつかないことを言いながら、男は去っていった。王はため息をついた。
「おはよ、先生。ちょっといい?」
朝、目が覚めるなりイリアは家に泊めていた先生の元にやって来た。朝食も食べずに、そのやや高い背丈から放たれる眼力は、昨日までとは明らかに違うものになっていた。
“う、うん、いいけど……朝ごはん食べた?”
「食べる前でもいいでしょ、食べながらでも。どーしても相談したいことがあって……ううん、相談じゃない。提案かな」
そして、本当に朝食の場で話すことになった。
“相当大事な話をしたいみたいだね。何?”
「大事な話は、後でなんだけど。その話をするために、あたし達が初めてあった場所──方舟を停めてる、あの浜辺に行きたいんだ。皆で揃って、できれば先生の仲間達も揃って話をしたくて」
彼女は悟った
世の幸福を最大とするには
持てる限りを持つ者だけが、全てを持てばいい
変革が、神の如き力をもって行われねば
彼女は、自らがそうであると証明した
世界は、彼女が定める
人であることを、彼女の裁量が許す
それこそが、王である