Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
それは、俄には信じがたいことではあった。しかし、確かにちぐはぐではあるが、説明がつく。綿津見トリンは積極的に干渉を行い、誘導していた。それは、何かハメようとしていたかのように思われるところもあった。イリアの主張が確かなら、むしろ真逆。
彼女は、自分の敗北を目指していた。動機は、自らが行ったことが誤りだと感じたこと。そして、そこから自ら逃げるのではなく、真正面から正当に否定するものを欲していたことだった、という事だった。
“なんだよ、そりゃあ。呆れてものも言えないね”
「そうなの?」
うん、とだけ先生は返した。トリンに対して言ってやりたいことはたくさんあるが、それは本人に対してこそ言ってやるべきだ。こんなところで発散していいものでもない。然るべき時まで、溜め込んでおく。
確かなのは、トリンはキヴォトスで育った「大人」であるはずなのだ。学業を終えてから、王として身を立てた。母として何人も人を育てた。何より、遊泳大陸船団を中心とする社会の責任者として、絶対的な立場にいた。
それが破滅を望んでいるということほど、嫌なこともあるまい。
「とにかく、理解した。この異聞帯というのは、想像以上に脆い場所だったんだろう。下剋上の可能性を完全に奪った格差社会による安定、それ自体は私としてはナシではないな。そのまま行けば、この上ない安定性があったかもしれない。頭に代替わりが無いのも最高だ。だがその頭が間違いだと感じたなら、もはやそこからは瓦解のみが待つということだ」
ありとあらゆる面において、カイは俯瞰的すぎるところがあると言える。だからこそ、この意見については、ある程度の正しさがあると言える。確かに汎キヴォトス史的価値観を適用すると問題がありそうだが、
だがあまりにも、人間味を王は残しすぎた。いっそ超然的な神であることを徹底していれば、もう少しまともな異聞であり得たかもしれない。だがそうでなかったために、自殺願望を持つ世界が成立してしまったと言える。
「ゲヘナの異聞帯は、全てを諦めたくなる極限環境でも必死に生きようとした人々と、全ての敵たる魔王との争い。百鬼夜行の異聞帯は、そこに生きる人々のあり方と神凪の望むあり方の食い違い。それと比較するならここは、王の抱いた理想とそれに反した人々が共に招いた、歪な破滅指向といったところだろうね」
“一見平和に見えるけど、その本質はどこよりも滅びに一直線で向かっているのかもしれないね。だからこそ私としては、ただで終わらせたくはないな”
ウタハと先生も決意を固めていた。カンナ、ワカモも同調する。カイもこの世界での神域に至ることへの探求には見切りをつけていた。
「じゃあ、あたしの試練は先生達は合格かな。今決めたけど。まあ、最初から合格してるのと同じだけどね。問題なのは、ナノ。アイム。レイア」
「なんとなくアテシは内容分かるけど、皆どお?」
「わたしも、ピンとは来てるかな〜」
「全然なんだが? もったいぶらずに言えって」
「ママに勝つということは、この世界を消し去ること。皆も、あたしも例外なく。覚悟はできる?」
当然、確認しておかなければならないことだった。言ってしまえば外部から来た者にとっては他人事だ。だが、勝っても終わりが待っている側にとっては、そうではない。
慎重に考えなければならない。軽はずみなことを言ってはいけない。当然、悩む──かと思いきや、だった。
「アテシが嫌って言うと思う?」
「ナノ……?」
「言い出しっぺが、自分の言ってることを分かってないわけないって。異聞帯とか関係なくさ、王様降ろしたら大陸船団の運営は成り立たないことくらい、むかーしから知ってんの。それでもなんか嫌だから、
ある意味では自分勝手かもしれない。だがその自分勝手が望み通りに進むのであれば、別にそれを避けるような理由もなかったわけだ。
「うーん、わたしは……イリアがやりたいことに、手を貸したいな〜。うん、変えられないね〜」
「私も同じだ。ナノの夢を心に刻まれたんだよ、あの頃に」
それなりに昔の日のことである。あまりにも大それでいて、罰当たりなことを、堂々と語る少女がいた。もっと違う日々を夢見る者と、穏やかがすぎる生き方を壊したがる者。そのどちらかという違いはあれど、物好きの心には刺さったのだ。
結局、イリアの試練は試練らしく人を試すことすらできないものだった。試すまでもなく、最初から異聞帯がどうこうという前提もなく、その気でやっていくというつもりたったのだ。
「なーんだ。心配しすぎちゃった。それじゃあ、最後の試練、行く?」
分かってしまえば、大したことはない。荷が下りたのか、イリアはもうこれくらい軽い調子で代議院に向かうことを提案し、一同もそれに応じた。
「もうすぐ、方舟は航行可能になる見込みだ。この方舟は異聞帯の人達は中には入れないけど、別の船を手配してもらえる可能性に賭けるか、ダメでも上に乗るくらいはできるはず。イリアさんの記憶の話を聞く限りだと、ここから出ないと王には会えないはず。最後の調整は、念入りにさせてもらうよ」
“うん。それじゃあ、行ってくるよ”
世界を滅ぼす覚悟を伴う戦いも、またひとつ区切りを迎えようとしている。遊泳大陸船団とは異なるどこかにある玉座を目指すため、おそらく最後の鍵を握る者がいる。
代議院の議長は、最後の試練として何を用意しているのか。何を用意しているとしても、きっと乗り越えられないものは用意されていないはず。なぜなら、それが王の望みであるからだ。
そしてその望みは、望まれた形で果たされてはならないのだ。