Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
ずっと、目を逸らし続けていた。考えて見れば、当然のことだったのかもしれない。本来現実に定着していなかった世界から、元あった世界を取り戻すこと。それが目的だったはずだ。
逆に言えば、新たに現実に現れた世界を、再び現実から切り離したらどうなる? 間違っている、これは本来存在していないだろう、などと突き放したならば、それが意味するところは。
“やっと、自覚が持てた。あまり受け入れられるものじゃない事実だけれど、異聞帯を攻略して、空想のサンクトゥムタワーを無力化、解体するということは……この世界を、滅ぼすってことなんだ”
自分達の知る人々の世界のためとはいえ、別の世界、それも知る人々とよく似た住民のいる世界を、消し去る。必要な覚悟も、のしかかる罪悪感も、並ではない。
全ての生徒達の味方でありたいというのが、先生の願いであり、そうあることは使命だった。現実は、まるでそれを嘲笑うかのように立ち塞がる。どうしても、生徒の未来を否定しなければならない。異聞帯であろうと、自分の生徒だというふうに、見なさざるを得ない。
ある意味でそれは、呪縛だった。
「少し……私は、この戦いに加わったことに、迷いが生じています。私達は、人を守るためにある存在。奪ったり、まして滅ぼすために力を振るうことはないのです」
カンナの言う「人を守る」という言葉は、この戦いに当てはまらないわけではない。だが守りたい者の数に対して、犠牲にしなければならない数が多すぎる。ここは人口減が起こっている以上、その辺りはこれでもかなりマシになっていることだろう。
この先にも、ついていけるだろうか。そういう種類の迷いがあった。
少しの間、虚しさのある沈黙が場を包む。地底探索部達も、少し不信感に揺れ始めたか、各々が話し合っている。
だがヒナがそれを打ち破る。
「私は……やれる」
“ヒナ……?”
「先生、思い出して。私はアビドスで、小鳥遊ホシノを止める為に先生に呼ばれて戦った。その中で──
あの黒い少女は、世界を滅ぼしに来た。だがあの日から、かけがえの無い友人として受け入れられた。彼女は、どんな気持ちで、自分の世界を、他人の世界を、滅ぼそうとしたのだろう。
きっと今から、その気持ちが分かる。だからこそ、真正面から、向き合うべきなのだ。これからの自分達、その行いと。
「ヒナには個人的に、その件について後で聞きましょうか。ですが、そうですね。私も覚悟はできています。救える命と救えぬ命の選別が必要なこともあるのです。医療従事者とは、そのための心の備えをしているものですから」
「先生と局長さんは、色々背負ってるものね。私は迷わないけれど。誰かを犠牲にするのを怖がるだとか、アウトローの風上にも置けないでしょ?」
「ああもう……私だって! また皆と一緒に食べ歩きたいの! 悪いことなんていくらでもしてきたんだから、ちょっと増えるくらい……!」
“すまないね、こっちで勝手に決意なんかしちゃって。けれど、私達が決める覚悟と、君達が決める覚悟とでは、求められるレベルが違う。考えを……聞かせてほしい。カスミ”
協力者として、汎キヴォトス史に味方して、戦い抜いたとしても、彼女らはどうなる? 答えは単純、自らが滅びる未来しかなくなる。
その未来を迎えることを分かっていても、いや、それどころかそれを迎えるために、という目的で万魔殿と戦えるのか? いっそ全てを諦めて、降伏して、この異聞帯のどこにでもいる生徒の一人になることだってできるかもしれない。実際に、そうした方がいいのではないか、と話し合う声も聞こえてくる。
だが、それでも。
「皆にとっては、どうかは分からない。けれど少なくとも私にとっては、それは愚問というものだよ先生。夢を諦めて、この世界をこのままに、人々もそのままに生きていくなんて、まっぴらごめんというものだ!」
“……!”
「世界が滅びる? 私も巻き込まれる? それが何だ! 虚しいままに長々とズルズルと生き続けるよりも、成し遂げたという確かな思いと共に短い命を終える方が、素晴らしいに決まってるじゃないか! 私はずっとそればかりを見てきたんだ。それに皆はついて来た。この世界のどこかには、温もりが残されている。あるいは、魔王がいなくなれば、世界は冷たくある必要がなくなる。
何一つ、その言葉に躊躇いはなかった。迷いはなかった。滞りはなかった。
カスミの目はひたすらに夢に輝いていた。小さな体に無限の前へと進む力があるように見えた。あまりにもアッサリと、しかしキッパリと言い切る姿は、彼女を慕う部員達の心を動かすのに十分だった。
「そ……そうだ! 部長と一緒に夢を見たから、ここまで楽しくやれてきたんだ!」
「あたし達に目指すものが無かったら、どうなっていた! これくらいのこと、なんてことない!」
「部長」
「なんだい、メグ」
「今の部長、最高にカッコいいよ! 初めて会ったときの次くらいに!」
汎キヴォトス史で、メグにカスミが救われたように。異聞帯では、カスミがメグを、部員達を救っていた。その言葉は、ゆえにすっと、すんなりと、彼女らの心に入り込む。
こうして、貴重な現地での大規模な、重要な技術を持つ協力者を、失わずに済んだのだ。
「先生、見ての通りだ。地底探索部というのは、どうも私を人生そのものみたいに思ってる、なんというか……おバカさんの集まりでね。それ以上の大バカが言えたことじゃないが、どうか皆の言葉に応えてやってくれないか」
“そうだね……ありがとう。君は私達のあり方を肯定してくれた。こちらも、同じように肯定する。確かな温もりを探しに行こう。一緒に”
固い握手。改めて、共に歩むことを誓う。
総員気を引き締めた、そのタイミングで、方舟からの通信が入る。
『聞こえますか先生、ユウカです。ヒノム山の解析を進めていたのですが、極低温の領域の内側に、何か……エネルギー反応らしきものがあるような気が?』
“……これは”
「もしかするかもしれないね。もしそうだとしたら、どう恩を返そうか、今のうちに考えておこうじゃないか」