Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
マコトという名の少女は、代々封印を見守る一族の跡取りとして生まれた。魔王と最も縁が近く、故にこそ、その存在そのものに対して課せられた宿命だった。
彼女は、温もりを感じて育つことができなかった。ゲヘナの誰もがそうだ。大地の、世界の、という括りではない。誰もが生きることに希望を見出せず、冷え切った心を持つことしかできず、従ってそのような子育てしかできないのだ。
「夢を見るなんて辛いことは、今すぐやめなさい」「明日は良くはならないけれど、せめて悪くならないようにしなさい」「何もしない、何も起きないのが一番幸せなこと」
この世界では、全てこれは正しい。それでも、子供にとっては受け入れることなどできるわけがない、残酷なことだった。
母親から毎日のように言われて、そんなわけがない、何かいいことが世界にはある、そう考えて家出をしてみたのが、10歳の頃。駆け回って、駆け回って、何日か経って、とぼとぼと歩いて、分かったのは、
母の言葉は、何もかも正しいというわけではなかった。だがそれは良い意味ではなく、むしろ現実よりマシなことを言っていたのだと、そのうち理解ができた。封印は、日に日にごく僅かながら弱まっている。いつの日か──それが、いつのことなのかは全く分からないが──限界が来るのは自明だ。
つまり、今日よりも、僅かであっても、明日は悪くしかならず、現状維持すら叶わないのだ。このある種の欺瞞は、しかし母の心に僅かに残っていた温もりの
そして、現在。正確には、数週間前のこと。彼女の前に、黒いローブの男が現れた。
「力があるというのは良いことだ。勝敗を決める最も単純な手段だというように、人はそれを認識している。だが何もかも、そう単純に事は運ばない」
男は万魔殿の者達に、この世界が存在を否定された、切り捨てられた歴史の上に成り立っていると伝えた。敗者となった世界として、勝者として君臨する世界に打ち勝て。どうしようもなくそれが空想だったとしても、戦い抜いたならば積み重ねてきた全ては現実になる、と。
「何を言っているんだ。私達は、今まで必死に──」
「その今までというやつは、本当にあったのか? そうだな、この世界には世界五分前仮説というものを考えるような余裕は無かっただろう。まあこれは反証も、実証もできない理論だ。与太話程度と思っておけ」
「……」
「少なくとも、歴史の本筋、汎キヴォトス史にとって、この歴史は可能性にすら値しない。
有り得ざることが起きたために、本来ならば生まれるよりずっと前から切り落とされて存在しない、その部分をシミュレートして補って現実に上書きしているだけ。それが空想のサンクトゥムタワーが生み出す異聞帯の原理である。ならば、先程の「マコトの過去」も、捏造なのかもしれない。
だが、それが現実になる。自分の歩んできた道は、嘘ではなかったと胸を張って言える──
「いや、違うな」
「マコト先輩? どうしたの?」
決戦の地へと向かう、戦車の中。自分の戦う理由を思い出そうとして、否定した。隣にはイブキの姿が。
突然「違う」などと言って、不安にさせてしまっただろうか。少し、自分の世界に入りすぎていたようだ。
「ああ、すまないなイブキ。ちょっと考え事をしていたんだ。気にしないでくれ」
幼いながらも、戦車隊の最前線で立派に戦っているイブキを見ると、これが戦いの理由のような気もしてくる。だがそれが全てではない。むしろ立派に戦いながらも、毎日毎日心を削っている、賢いばかりに早いうちに世界のどうしようもなさに気付いている、そんな在り方は、人によっては戦意を削ぐものですらある。
改めて、自らに問う。自分は何の為に、こんなにも必死に闘っている? なぜ、魔王の目覚めにこれほどまでに絶望している?
その上でなぜ、汎キヴォトス史に償わせようなどと、滅びるのならば諸共などと思っている?
魔王の姿が近付いた。それを見た瞬間に、本能的な恐怖に体が一瞬支配されるように感じた。同時に、問いの答えが頭にふと浮かぶ。
嘘ではなかったと胸を張って言える、それは違う。誰かにとって嘘だったとしても、自分にとっては揺るぎない真実で、それを抱えていればいい。必死な仲間に応えるためでは不十分だ。そこまで出来た心は持てない。
「──
それだけで、きっと十分だった。
なぜなら、相手の方も同じ動機で戦っているはずなのだから。