Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「どうするって、分かりきったことを」
マコトはどこか嬉しそうな様子で、武器を足元に置く。
今、ふたりの手には何も持たれていない。武器になるようなものも、身につけていない。完全に丸腰だ。だが互いに、何も持っていないからこそ振るえるものがあるという、ひとつの了解を共有していた。
「そうこなくちゃ。それじゃあ今から思い知らせてあげる、どうして私の膝をつかせられなかったのかをね」
「膝をつかせられなかったのはそちらも同じこと。その小さな体躯を、二度と立ち上がっていられないくらいに砕ききってやる!」
「「だあああああっ!!!」」
互いに拳を顔面に打ち込む。マコトの顎に、ヒナの頭に猛烈な打撃を一発。どちらも脳に強い衝撃が加わったことで、強烈なふらつきに襲われるが、立ち続ける。
「くうっ……! どんな銃弾よりもこれが一番効くじゃないか、ええ!?」
「ぐっ……ほんとにね、銃なんてもしかしたらいらないのかも、ねっ!」
今度は腹。それを受け止めたら、そのまま回し蹴り。これを喰らったなら、掴んで投げる。とにかく徒手空拳でやれることをやり尽くす。
周りから見たら、それはそれは不毛に見えるだろう。なぜ避けようとしない、なぜここまでノーガードで殴り合うのかと疑問を抱くことだろう。だが、それでいい、それがいい。
放たれた銃弾から間接的に伝わる手応えではない、別の種類のものに、あえて今、触れたくなったのだ。
そして、やるだけのことをやってなお、まだ決着はついていなかった。いや、ひとつだけ、最後にとっておいたものがある。
「こうなったら、いよいよね」
「ああ。これで終わりにしよう」
拳同士がぶつかり合う。押し合いになる。
あらゆる地面が凍土の世界で、一番泥臭いぶつかり合い。これに押し負けた方が、正真正銘の負け。
「いい加減、諦めろ──!」「絶対に、退がってやらない──!」
魂の叫びが響き渡る。地表から雪が舞い上がるほどの衝撃で、二人は覆い隠される。
景色が晴れた、その場に立っていたのはひとり。
「ハァ、ハァ……どう、参ったかしら……マコト!」
仰向けに倒れたマコトを、ヒナが見下ろしていた。
「ああ、参った……認めるとも。元より力以外では、とうに負けていたのだろうが──ここに来て遂に、力でも競り勝つことは叶わなかった。完敗を認めよう」
「どうかしら。力では、案外負けてなかったんじゃない?」
「なに……?」
今更憐れむか、いらない同情をするのか。早まって、もしかするとまた立ち上がって殴り始めるのではないかという形相になる。しかしマコトの体は、なかなか動かせなかった。
「別に、お情けで言ってるわけじゃないの。ただ、単純な力比べじゃなかったんじゃないか、って言いたいだけ。私が勝てたのは、私が強いからなんて単純な理由じゃないと思う」
「なら一体、何によって負けた? いや、あまりに私はお前に、負けすぎているのだがな……」
「きっとこの世界では、
マコトの内に、かつて教えられた言葉がこだまする。
「夢を見るなんて辛いことは、今すぐやめなさい」「明日は良くはならないけれど、せめて悪くならないようにしなさい」「何もしない、何も起きないのが一番幸せなこと」
この世界は、そうやって間違えた。そうやって、負けるようになった。異聞帯である時点で、最初から敗者ではあるが、そのままで勝者に再び戦いを挑んでも、敗れるのは道理だったのだ。
「私達のゲヘナだって、それはもうろくでもないところよ。様子がおかしい人の見本市で、どうにかしようと頑張っても邪魔ばっかりされて、自由の悪いところばっかりが目について。こっちと、どっちがマシかなんてハッキリしないくらい。だけど、誰でも、明日は
「なら、私は、私達はどうすればよかったのだ?」
「……簡単なことよ。諦めることを、諦めればよかった。ちょうど、あそこで必死に頑張ってる人みたいにね」
視線の先で、カスミが必死に魔王と戦っている。時間と共に激しくなる光の弾の反撃にもめげずに、ひたすらに最後、打ち倒すことだけをまっすぐに目指している。
「簡単、か。そう見えたかもしれないが、あれは全く簡単なことではない。少なくとも、私にとってはな」
「そうかしら?」
「勇気がない。全てを終わらせる決断をする勇気が、私には持てなかった。思えば日々を続けることにも恐怖があったし、それに私は屈していたくらいだ。そんな思い切った勇気を、持てるわけが無かった」
それを言ったら、ヒナも、先生も、他の皆も、自分達の世界のために戦っている。異聞帯による「神秘再編」、と黒服が称していたことを、防ぎたがっている。ある意味では同類。
ただ、異聞帯にありながらそれを支えることを選んだカスミが、特別だったのだ。
「……ごめんなさい、勝ったからって簡単に言ってしまって」
「謝ることはない。だが、必ず奴の夢は叶えてやれ。そうでなければ私は、汎キヴォトス史を許すことはできない」
“魔王の身体、かなりダメージが入ってる! 仕上げに入るよ!”
『了解、リミッター解除、砲身が焼けるような一撃をお見舞いするよ! 上の二人はタイミングを見て退避!』
下は粗方片が付き、いよいよ魔王本体をどうにかしようというところ。マコトも敗れた今、万魔殿は完全に戦意を喪失し、邪魔は入らないため、集中砲火を浴びせることができていた。
このままなら倒せる。その確信と共に、方舟の主砲は光を放ち始めた。
『威力計算、照準位置、誤差極めて小さい。この一射が当たった時、黒い巨人、魔王は砕け散るだろう! 発射──!!!』
ウタハが最終発射スイッチを押した、その一瞬後のこと。
まさに予測したのと同じように、魔王の肉体は爆発四散した後、塵となっていく。しかし、その場は喜びの声には包まれない。なぜなら、誰の目にも、今までに見たこともないものが映っていたからだ。
『魔王の肉体が崩壊したのを確認しました……が、反応が消えていません! 先生、あれは……!?』
アロナの呼びかけにも、先生は応じることができなかった。この一射でもって、ようやくスタート地点であることを理解したからだ。
先程まで真っ黒なものがあった場所に、赤白く光るものがひとつ。その姿は、美しい人間の少年のようであった。しかし誰もが、その正体は邪悪の化身であると、察知することができた。
あれこそが、魔王の本質なのだと。