Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「あれがどういうものなのかは、よく分からない。だが、こちらがジリ貧のままであっても気の長いことができない、そういう奴であることに賭ける」
カスミは、ただひとつ思いついた勝ち筋についてこう説明を始めた。究極的にはこれは賭けなのだ、それに負けるようであれば話にならない、と。
こちらがちゃんと相手になる存在だと、少しも認識されていないのなら、簡単に誘導に乗るかもしれない。何かに集中する必要がある状況なら、奇襲もできるかもしれない。全て、「かもしれない」だった。希望的観測が全て当たりなら、もしかしたら。
そして今、それがまさに的中したことが証明された。メグの跳躍は、それがルシフェルと同じ高さに来るまで全く気付かれることはなかった。そして軽々と飛び越え、上の位置を取っているうちに、翼を撃ち抜く。
ヒナが飛べるらしいこと、それは翼を利用しているが故であること、そこからルシフェルにも存在するだろうとカスミは読んでいた。
隠していた翼を、見せること。等価交換的に威力を高めようという目的に則ったものであるのだろうか。しかしそれは仇となる。
「そんなキレイなの、似合わないよ! もぎ取ってやる!」
白く、光沢感のある美しい翼に容赦なく砲火が浴びせられる。堕天使の名残に傷が付く。
──貴様、自分が何をしているのか、分かっているのか?
──身の程を知れ、そして疾く失せよ!
攻撃をメグの方に集中する。空中で自由に横移動できるほどの器用さはなく、尽くが当たる。これで仕留められてしまえば、策は完全に失敗する。
これも、カスミの賭けだった。
「メグ、よく聞いてくれ。この作戦が成功したとしても、君は多分、
「うん」
「完全に無反応を決め込むほど、相手がバカであることには流石に期待はできない。それどころか、避けられない空中で、とにかく撃ち込まれる。後でいくらでも、恨み言は言ってもいいから……我慢して、気力の続く限り、攻撃を続けるんだ」
「いったあああっ! 思ったより、痛いっ! でもやる、やれる、頑張る! だって部長が、
何度も意識が飛びそうになる。何度も手の力が抜けそうになる。失われそうになる四肢の感覚を、気力でなんとか繋げ続ける。
全ては皆のため、部長のため、夢のため。そのために自身の全てをなげうっても、後悔は全くない。恐れは全くない。不安になるようなことなど、何一つ。
悪性の化身たるルシフェルには、その心は何一つ理解できない。不可解に戸惑いながら、ただただ暴力を振るうことしかできない。
──なぜ止まらぬ、なぜ崩れぬ、なぜ諦めぬ! なぜ、なぜ、なぜ、なぜ!?
──人に堕ちた身が、弱きものが、小さきものが! 貴様らのごときは、我の目指す世界で、己がためだけに生きればよいのだ! なぜそれができない、愚か者が!
「だって、こうしないと、皆が──心の底から、笑えないでしょ!」
確実に高度は落ちていく。翼のある高さが近付いていく。翼はボロボロだが、まだ折れていない、千切れていない。これ以上撃っても落とせないだろう。
ここまでは押し上げられながら撃っている形だったが、下に回れば地面に打ち付けられるだけ。だから、絶対にそうなってはいけない。
翼にしがみつく。凄まじい力で振りほどかれそうになるが、それでも離さない。離さず、捻る。押し曲げる。へし折る。引きちぎる。
そして、根元からもぎ取りにいく。
「もう、これ以上暴れんなぁーっ!」
次第に、翼はあってはならない方向を向き始めた。肉とは違う何かよく分からないもので出来た体の欠片が、散らばっていく。
そして、ボロボロの身体に残る力の全てを腕に集め、引っこ抜いた。
魔王の翼は奪われた。重力に従って、落ちていく。長く封印されていたためにろくに知らなかった、人というものが秘めている力を、ようやく知った。
だが自らを墜としてみせた者は、もう動けない。ここまでして完全な致命傷にはなっていないらしいことに驚愕しつつも、認めた。
──やるものだな。我が興を削ぐために、我が力を奪うために、ここまで人が力を出せるとは。
──ならば、殺すのは最後だ。知ってしまったからな。楽しみをとっておきたい、という感覚を。
メグの落ちていく様もまた、堕天使のよう。頭から、光り輝くものを抱えながら、しかし力無く、流星のように落ちていく。
このままでは危険だ。いよいよ命に関わる。急ぎカスミは落下点に入る。早く助けなければ、メグだけは、なんとしても彼女だけは助けなければならない。
初めて、応援してくれた。明るい未来を語ることを、笑わなかった。純粋に夢を見ることに、共感をしてくれた。カスミはメグに救われた。
だから、たとえ夢が叶ったとしても。
「君と一緒じゃなきゃ、意味がないんだ!」
跳んだ。地面にいたまま受け止めるには、自分の身体は少し小さすぎる。空中で抱えて、受け身を取りながら一緒に落ちる。
どうにか、うまく落ちることができた。
「ぶちょー……やった、よ……」
「ごめん、メグ。こんなに大変なことをさせて、言えたことじゃないかもしれないが……生きてて、良かった……!」
ごめん、ごめんよ、と涙ながらに謝るカスミを見て、黙っていられない人物が、ひとり。
“カスミが謝ることじゃないよ。謝るのは私だ。ごめん、でもよく頑張ったね、メグ”
「でも私は……!」
“やると決めて、戦術の指示を出したのは私だから。その時点で責任は私が負ってるんだ”
よく分かる。彼の存在は汎キヴォトス史の救いの手なのだと。決断を支持し、のしかかるものを肩代わりしてくれる存在が、どれだけありがたいか。
「ああ、そうか、そう言ってくれるんだな。ありがとう、先生。出会えて本当に良かった。──さて、やるか。メグのおかげで、あとは真っ向勝負に勝つだけだ! 皆、行くぞ!」
地に伏せた悪魔の王は、もはや絶対的な存在ではなくなった。
同じ