Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「いきなり熱源の方まで走らされたから、一体何かと思えば……なるほど。見せたくなるわけだな」
ヒノムの内にあった熱源が、どのようなものであったのかを見るのは、マコトにとっても初めてだった。あの魔王を封じていたものとは思えない、地底の幻想風景。だがカスミの夢とは、この景色自体ではないというのは、今となってはもはや言うまでもないことだ。
「見せたかった、というのもあるがね。やはり体感してもらわなければ、心残りしかないというものさ。さあ降りるぞ、ついでに服なんぞ脱ぎ捨てて全身で浸かれーっ!」
メインはその下にある、温泉だった。このゲヘナで唯一の温泉であり、唯一の温もり。
最初に訪れた際には足しか浸かっていなかったので、全身浴はカスミからしても初となる。ほぼ飛び込みくらいの勢いで入ったところ、あまりの気持ちよさに周りに呼び掛けるのも忘れそうになった。
「──はっ! ああ、君達も入ったらどうだい! いいぞぉこれは! ほら、議長さんも遠慮しない!」
「なっ、心の準備がまだできていないぞ!? それにここで服を脱げなどと……」
「いいからいいからー! 入ってみればわかるって!」
メグに押されて、入り口から滑り落ちる。どうにか壁を蹴って、陸地になっているところで着地をする。
まだ素直に入ろうと思えないマコトだったが、なんとも言えないカスミの顔を見て、バツが悪くなったか。渋々ながら、その身体を温泉に浸けることに。
「なんだ、これは……とても温かくて、優しくて……知らない。私は、こんなものが世界にあったなんてことは……」
「知らなかったの? それって絶対人生損してるって」
いつの間にか隣でぬくぬくしているメグに少し引きつつも、マコトは本題を切り出した。
「お前はこれのために、あそこまでのことをしたのか? 世界を敵にする、滅ぼすことになるかもしれないと、知っていながら」
「どこまで知っていたかな……元々は、何も知らなかったかもしれない。けれど、知ってしまっても、やりたかったんだ。この世界は、温もりを失った。そのまま続けていくのは、きっと地獄のような滅びより辛いことだと思ったから、皆に思い出してほしかったんだ」
この世界は、致命的に間違えた。あの魔王が、「追放された敵対者」であることに自ら反したために。そして
人の生きる世界としての在り方に、完全に違反してしまった。終わらせるのが正しかった──そのように、客観的に言えばなる。とはいえ、である。
「それを実際にやるのは、恐ろしいことだ。苦しみを断つために消えるのは、相当に勇気が要ることだ。個人ですらそうだ、自らそこに踏み切れるのなら、続けることの恐怖にも勝てる。まして世界レベルともなれば……」
「その勇気というのは、皮肉かい?」
「まさか。純粋に敬意を表しているとも。ここまで、幸せそうな人の姿を見るとな。初めてだよ、こんなことは」
二人はメグの方を見る。いつの間にか、温泉が気持ちよくて寝てしまっている。とても幸せそうな寝顔だ。きっと、いい夢を見ていることだろう。
そして、おそらくは、その夢は覚めることなく──
「そうか、メグは幸せそうに見えるんだな。私にもだよ。うん、やっぱり──この景色が、一番見たかったんだろうなぁ」
「人というのは……嬉しくなっても、泣くものなのか。知らなかったな、嬉しいなんて、今まで縁がない感情だった」
「そうだとも。初めてメグに会った日にも、泣いたものさ。初めて私のことを笑わないでいてくれたのが、嬉しかったんだ」
「……何かが、違っていれば。私も、お前の仲間とはいかずとも、同類くらいにはなれただろうか」
「……ひとつ、聞いてもいいかい?」
「なんだ?」
「私の、夢。どうだった?」
「……そうだな。ありがとう。悪くなかった」
刹那、光が辺りを包む。それが消えていくと、ヒノム火山の内に空洞など無くなっていた。元の火山だ。
元の街並み、元の暖かさ、元の人々。元あるべき場所に、元あるべき
ゲヘナの市街の一角。とある温泉好きの少女が、一筋の涙を流していた。
湧き上がる湯水の如く
世界が滅びる?
私も巻き込まれる?
それが何だ!
虚しいままに長々とズルズルと生き続けるよりも、
成し遂げたという確かな思いと共に短い命を終える方が、
素晴らしいに決まってるじゃないか!
──これは、ただの夢想に過ぎぬもの。
温かさを見つけた少女の、決してありえぬ未来。
それでも君は思い描く。
氷に閉ざされた大地の人々を、温もりで繋げて生きていく彼女の姿を。