Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「上の人らは、敵軍が迫ってるのに誰もあの街にに配置しなくてさ。明らかにくれてやるって方針だった。けど故郷の街は放っておけなくてなぁ」
その男勝りな少女は、心の底からの感謝を声に乗せながら語った。
「なんか、いいことしたって感じしますね!」
「ああ、おれは本当に助かってる。無謀だって分かって、玉砕覚悟で誰にも言わずに来たんだからな、命拾いもさせてもらった。ところで、なんだけどもよ」
“うん?”
「外の奴らがいよいよこの地区を危険だと思ったのかは知らないが、最近妙な壁が出来ただろ? 見たところ外の奴っぽいけども、なんだって旅行なんてしてるんだ?」
この情報そのものはなかなか興味深い。ゲヘナは最初から閉鎖区として物理的に隔絶されていたために、「壁」の認識について聞けていなかったが、どうやら異聞帯では汎キヴォトス史の上書きと共に壁が現れたものと認識しているようだ。
問題は、これに関してちゃんとした理由をアドリブで考えられないことだ。
「……ふうん、何やら並々ならない事情がありそうだ。何度も言うが、おれは恩義を感じてる。だから聞かないようにはしておく。ただお偉方には話をしておくから、そのつもりでいな」
車で移動すること、1時間ほど。一際大きな建物が見えてきた。ここは、先程聞いた勢力の片方、陰陽軍の基地であるらしい。陰陽軍というと、汎キヴォトス史においては、百鬼夜行連合学院という緩やかな連合を、ほぼ名目上だが取りまとめていた陰陽部を思わせる。
それとの関連性については、基地のひとつに過ぎないこの場では全てを知るのは困難であろうが、その他にも探れる情報は多そうだ。
「のこのこ生きて帰ってきたぜー。怪我人も連れて来たぞ」
そう言って医療班に引き渡すなり、少女はさっさと行ってしまった。おそらくは上に話をつけに行くのだろう。どうも名残惜しいが、ポジティブにも考えられる。ホシノが診察と治療を受けてから、しばらく時間もある。
ここで百鬼夜行の歴史の確認や、調べ事もできるだろう。
ホシノはやはり、左腕を骨折していたらしい。ただ戦闘記録から見て、腕くらいなら貫通してそのまま致命傷だった可能性を医師は指摘し、その頑丈さには驚いていた。しかもホシノ本人は、「まあ片手しか使えないけどさ、戦力には数えてもらえると嬉しいな〜」などと完全にやる気だ。
色々と波乱な上に驚愕もある、頭の整理がつかない展開だが、どうにか3人だけで落ち着いて話せる時間になった。
“とりあえず、この異聞帯がどう汎キヴォトス史からズレているか、確認をしようか。そのために……ホシノにも、本来百鬼夜行はどういう歩みを辿ってきた場所なのか、教えてあげよう”
「あ、ようやく聞けるんだね。いや〜、ほんとにおじさんだけ分かってないこと多くて困ってて〜。優しく教えてよね」
数百年ほど前のことである。百鬼夜行と現在呼ばれる土地は、数多の小勢力が台頭と滅亡を繰り返す内紛が続いており、その中のある勢力が生み出す「怪異」などの脅威にも悩まされていた。
そんな折に現れたのが、大預言者と呼ばれる存在、クズノハだった。彼女は怪異を祓う銃「百蓮」を携え同志を集め、「百花繚乱紛争調停委員会」を設立した。そして内紛のことごとくを調停し、数々の脅威を滅ぼし、「陰陽部」を中心とした緩やかな連合体を形成させたのである。
現在でも連合からかなり独立している分校はいくつかあるが、概ね連合として、各地の多彩な文化を残しながら平和的に続いている。
“……というのが、だいたいの歴史だったと思う。でも流石にイズナの方が詳しいかな、生まれ育ちが百鬼夜行だし”
「いえいえそんな、主殿の方がお詳しいです! むしろこちらの方が詳しくなくて、イズナは恥ずかしい限りで!」
“素直に褒めてくれてるものと受け取るよ。さて、この歴史と比較して、異聞帯はここがズレてるんじゃないか、ってポイントがあるんじゃないかな”
ここまで聞けば、ホシノも気付ける。違和感そのものは、感じられていた。あれほどの殺意が正常なはずがないのだ。だが、歴史を絡めると、ターニングポイントが見える。
「ここでは、内戦が終わってない。そう先生は言いたいんだね?」
“その通り。話を聞いたところでは、大きな勢力がある程度まとまっていて、まさに戦争が戦争のまま進んだ末期ってところかな。つまり私達のやるべきことは、この戦争状態をどうにかすること……なんだけど……いや、なんでもない”
なんでもない、そう思いたい。だが、それと同時に、どうしても抜けない疑念があった。
内戦が終わらなかった、なるほど現代のキヴォトスの前提を覆す「もしも」であるのかもしれない。だが、キヴォトスの歴史を否定するモノとしては、些か
この異聞帯の本質とは、決定的な
「じゃあ戦争を終わらせるために……何、すればいいんでしょう?」
“……そこなんだよね〜! うん、本当にそこなんだ。まさにそれが大問題すぎるんだ。私達は所詮よそ者、あるいは一般人。兵士ですら変えられない現状を、どう変えるっていうんだ”
それこそ汎キヴォトス史におけるクズノハのような、優れた調停者のリーダーとして振る舞うことができればいいのだが、そんなことはできない。早速手詰まり感に悩まされる中、呼び出しがかかった。
待合室から、会議室に移動して、わざわざ「壁」を越えてまでここにやって来た真意を聞こうということらしい。どれくらいまで正直になるべきか、なかなかに難しい問題であった。