Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
Bランクの正史との乖離度を誇る世界とは、これほどのものなのか。窓の外に広がる世界に誰もが絶句したが、その沈黙は、すぐに破られる。
窓、船体から響く、けたたましい音。大きな粒が、大量に落ちてくる音。攻撃を疑ったが、周囲の状況から、そして落ちてくるものの外見からそうではないと理解した。
先生は、思いっきり叫んだ。これを言うのも、総指揮を担う自分の役目と。
“雹だーっ! しかもすごく激しいし大きい!”
コスモの方舟自体かなり巨大なので、着陸場所探しも一苦労なのに、自然現象によっていきなり絶体絶命だ。どうにか広い土地を見付けて着陸したが、それなりに艦の外装は傷んだだろうか。
“これは止むまで待った方がいいね。地面そのものが雹というわけじゃない以上、ずっと雹とは思えない”
「その雹なんですが、先生。ちょっと不自然なんです」
“どういうことかな、ユウカ”
ユウカはタブレットの画面を先生の方に向ける。方舟が観測した気象データ、雹の落下エネルギー計算式が表示されている。データだけでは流石に先生も専門家ではないため理解しかねた。
「ここにある情報からすると、これは一般的な気象現象としての雹ではありません。この
「みたいだね。ユウカ、雹の軌道計算はできる? 可能な限り、厳密に」
ウタハに言われるがまま、黙々とタブレットと艦のコンピュータと向き合うユウカ。しばらくの思考の後に、信じられない、と一言呟いて向き直る。
「地上から吹き出してる! いいえ、これは──
“常識なんてものが何一つ無いこの環境! まさにそれを知らしめようとばかりの出来事だね”
割り込んでくるように、医務室から通信が入る。あまりの異常性に、ゲヘナ出身のセナは黙っていられなかったようだ。
『話はお聞きしました。しかし、そうですか、ヒノム火山が、氷山に……いいえ、違いますね。氷山とは海に浮かぶ巨大な氷塊のことですから』
“本来の言葉の定義くらいいいでしょ。それで、やっぱり思うところが?”
『はい。ただ一人、ゲヘナの外で世界の変動を回避した私には、元のゲヘナを取り戻す使命があると思います。ですから、外に出て探索したいのです。異聞帯と戦いたいのです』
そうだ、探索に出るメンバーを決めなければ。セナが自ら名乗り出てくれたが、彼女だけでは不安がある。いてくれた方が心強くもあるが、しかしそれなりに戦闘は予想されている。言ってもセナは救急救命医、それこそ衛生兵的な趣が強く団長が武闘派なトリニティの救護騎士団などと比較すれば、荒事慣れはしていない方。
幸い、残りの人員はミレニアムの二人以外は戦闘員寄り。ただしレイサは潰れている、今引っ張り出すのも酷だ(長期的な戦いになるのは明白とはいえ)。そして、この環境の過酷さときた。
“カンナ、いける?”
「私、ですか? はい、いけますが、どうしてまた」
“ちゃんとした理由を考えると、難しいね。ただまあ、客観的に見て二番手なこと。そこが決め手かな”
別に先生自身、軍人だとかそういう経歴はないのだ。だから、合理的な戦術というものを、日頃から考えているわけではない。しかし、キヴォトスの生徒達の戦闘を指揮した経験から、生徒の実力と、経験則がある。
それが、「セナとカンナ」という組み合わせを導き出していた。
「今の言葉、リオ会長が聞いたら苦い顔をするよ」
“なんとでも。それと、私も現場に出るよ。そこで、何を最終的にすべきか、現地人のこと、協力者を得られるか、それを明らかにしていこう”
異論は出ず、それぞれの分の防寒着を取りに行くことになった。防寒着の用意自体は、レッドウィンターにも空想のサンクトゥムが現れたことが確認されていることもあり、しっかりとされていたが、まさかゲヘナで要るとは。
通信機も服に備え付けられており、必要なタイミングで艦内の者も会話に加わったりすることができるようだ。
“二人ともいいね、似合ってるよそれ”
「普段から私は厚着ですし、そこまで印象は変わらないのでは?」
「きっと先生なら何を着てもこう言いますよ、カンナ局長」
“そりゃないよ、いやまあ言うかもしれないけど、少なくとも今回は本当に似合ってるって”
乗降口前で変な会話の流れが出来ている。先生に何か言われるとこういう流れになるのは、キヴォトスの生徒達に共通の悪癖かもしれない。
『あー、テステス。聞こえてるよね?』
“うん、大丈夫だよ”
『よしよし。それじゃあ先生、よろしく頼むよ』
ハッチが開いて、急に超低温の冷気が流れ込む。あまりの冷たさに顔が引きつりそうになるが、意を決して外に出る。
出てから、より一層実感できた。本当に、ただただひたすら銀世界が広がっている。雹は止んだが、地面のどこが落ちた雹で、どこが土なのかもわからないくらいにカチカチだ。
「本当にここがゲヘナである、と? あの人口密集地の面影なんてどこにもない、むしろ人間の生活圏の存在すら怪しいくらいの様子じゃないか……」
思わずこぼすカンナ。事実、少なくとも見渡す限り、都市どころか集落がある様子もない。
元々僻地だった場所だからかもしれないが、とは言えども彼女の言う通り、ここは人口密集地、キヴォトス一のマンモス校、ゲヘナの自治区だった。規模感は大きく異なるだろう。
“地理も大きく違いそうだし、どこを目指せばいいのやら”
「本来なら校舎がある場所を、まずは目指しましょう。中枢に近付くほどリスクは大きくなるとはいえ、他に目指すところもありません。幸い、方角さえ分かれば私は案内できますが」
“おお、助かるよセナ!”
「ふふふ。ゲヘナ生まれゲヘナ育ちですので、この程度は」
方位磁石は、一応持ってきている。あとはランドマークの位置──今回は、嫌でも目につく雹を吹く山──と合わせて考えれば、だいたいの居場所が分かる。
針の動きが止まった瞬間、セナの表情筋が少し緩んだ。
「そこまで遠くないようですよ。歩きでも日が沈むまでには間に合うかと」
“歩きか、これはちょっとしんどいかもね。こんな場所にまともな交通手段があればいいけど……まあ、言っててもしょうがないか”
できるだけ体を温めようと、少し急ぎ足で一同は歩き始めた──行き先の見えない、大氷原を。