Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
依頼内容は、このようなものであった。
百花繚乱軍は、支持を着実に集め、数多くの同盟締結や無血での他勢力との吸収合併を進めることに成功している。しかしここからはそうもいかず、現在境界地域で何度も攻撃を受けている。
数日以内にでも、本格的な侵攻が始まってもおかしくない。何せ相手方は、完全に百花繚乱軍の存在を面白く思わない者達だからである。話し合いは通じず、それどころか全力で潰しにかかる。
そこで、その初動を挫くための役を買って出てほしいというものだ。百花繚乱軍は、残念ながらまだ層は厚くない。だがそれが逆に、中立の忍軍でも自らの掲げる「無犠牲での平和」に賛同し、従ってくれるということをアピールできる。時代は平和主義だ、と。
そしてそれを実行するチームとして、ミチル達が選ばれたわけである。
「ってことは〜……人が相手だったら、目標はあくまで生け捕り、ってことだよね?」
「だね〜。それにしてもおっかないよねぇ、わざわざ無犠牲って強調しなきゃいけないとか、全く世も末だよ〜」
ツクヨとミチルが、少々の驚きが入った目をホシノの元に向ける。そうだったのか、自分達の生きてるこの場所は世も末なところだったのか、と。里自体は平和だし、その上で当たり前だったのだ。
殺伐とした戦乱が。日常的に、遠くでどこかの誰かが死んでいることが。
「やっぱり……百鬼の地の外では、おかしく見えるんでしょうか」
“気になってたんだ。ここに来てすぐのタイミングで、魑魅軍に襲われたときのこと。見ず知らずの人に対して、あんなに迷いなく命を奪おうとする思考は、並大抵じゃ持てないと思った”
何か、そうなる理由があるんじゃないか。そう聞いてみた。これはあくまで仮説のような形で言ってみたことではあるが、すぐに先生達は、それが歴史的事実によるものと知ることになる。
「理由というか、キッカケはあるよ。私達が生まれるよりもずーっと前に起きて、そこから戦いが変わったって、皆が知ってる話だよね」
「はい。
ホシノと先生は、イズナの方を見た。少なくとも自分は知らないが、それらしきものが百鬼夜行の歴史にも存在してはいないか、そんなことを少し考えていたのだ。
そしてイズナはそれに反応して、首を横にブンブンと振る。汎キヴォトス史には、少なくとも一般市民の耳に入るところには無い、独自の歴史。それが分岐の起点であるかどうかは関係なく、知っておきたい出来事だ。
「だいたい、200年くらい前のことらしいんだけど。今の魑魅軍になったところで、初めて妖魔が作られたみたい。なんか、怪談を核に、器にどうとか……まあ作り方はどうだっていいの。大事なのは、とにかくたくさんの被害が出たってこと」
建物が壊れるならいい、どうにか皆で立ち直ればいい。街が壊滅するならまだマシだ、立て直すもいいし他の地を求めてもいい。だがこの戦いではそれを行うための命が大量に失われた。
全てが失われたなら、まだどうにでもなったかもしれない。
報復に次ぐ報復。敵軍に仲間を、家族を、友を殺された恨みで殺した。その仲間だった者に殺された。この世の地獄に、妖魔だけがただ表情ひとつ変えずに跋扈した。
銃弾飛び交うキヴォトスでも、殺人への抵抗感が人から失われない理由は、それに慣れてはいけないからだ。一度でもそれをしてしまったのなら、以降はことあるごとに選択肢として使うものの候補になる。使えば使うほど、それを選ぶことに躊躇もしなくなる。
そしてこの世界では、実際にそれが当たり前になってしまったのだ。
これが、この百鬼の地で最も大きな戦役。雨露霜雪とは、すなわち生きる者に降り注ぐあらゆる苦難である。その時を生きていた者達に降りかかったもの、今を生きる人々に降りかかるもの、そしてこの地が曝され続けているもの。全てを含めた意味で、いつしかこう呼ばれるようになった。
「魑魅軍と陰陽軍とエビス軍……この三強時代の始まりも雨露霜雪の戦いだと言われているんです。過激になっていく魑魅軍に多くの軍勢が滅ぼされる中、なんとか穏健なやり方で陰陽軍は耐えたのです」
“エビス軍は?”
「それ〜! それなんだよ先生殿!」
すっかりよく知る呼称を使うようになった
「元気だね〜ミチルちゃん。で、何がそれなの?」
「百鬼戦国史、七不思議そのいちっ! いちいち状況が落ち着きそうになるところに水を差すことでお馴染み、エビス軍はなんと! 雨露霜雪の戦いにまーったく関わってないんだよね。いやほんとに全然」
七不思議と言うが、おそらくその2から先は考えていない。そういう顔をしている。
それはともかく、これ自体はかなり気になる情報だ。軽く調べてはいるが、エビス軍の動きには不可解な点が目立つ。領域拡大への興味は感じられないが、伸びつつある勢力を叩くことには熱心だ。そして、不可解なほどに強すぎる。ミチルが言っていた通りだ。
だが。だから。おかしいのだ。このような圧倒的な存在が出現する機会に動かないというのは、おかしいのだ。
あるいはむしろ、
“まさか……? いや、そんなことを目的にして何になる? 少なくとも常識的な考え方では、エビス軍のことは何一つ理解できそうにないな……”
「主殿」
“ああ、ごめんイズナ。ちょっと考え込んでた”
「主殿は、本当にたくさんのことを考えていると思います。イズナ達の代わりに考えていることも、自分のことも、たくさんあると思います。でも……ちょっとだけでも、何を考えているか、教えてください」
痛いところを指摘された。確かに、この先生は勝手に自分の中で考えを進めて、生徒を置いていくことがある。正直に言ってくれたお礼と共に、自らの考えを伝えた。
“エビス軍は、戦争をするために戦争をしているんじゃないかな?”
突拍子も無く、考察を進める情報も不足しているため、この議論はここで打ち止めになった。