Kivotos with the Lostbelt   作:2匹目の蝉

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1-3:上書きされた世界

 歩き続けているが、誰とも遭遇する気配がない。野生動物に襲われる危険性を考えた方がいいくらいだ。キヴォトスは野生動物も耐久性が高く、異聞帯でもそうであろうと思うと厄介なのだ。特に先生への危険が、シッテムの箱による防御を考慮しても深刻である。

 

“人がいないし、インフラらしいインフラも全然ないね。こんな環境じゃ文明レベルも上がらないかな?”

「後退した、という線もあるかと。人工物を見つけることができていないので、なんとも」

 

 セナに先導される後ろでボソボソと話している二人だが、大事な情報分析である。キヴォトスは高い文明レベルに依拠している学園都市と言えるからだ。文明レベルの差は、武装の差にもなる。

 同時に、現地で得られる資源の有無にも繋がる。銃は常にリソースを消費しながら使う武器だ。補充できないなら無理に使えない。

 

「お二人とも、お話が盛り上がっているようですが、少し動きがありましたよ。第一生徒、発見です」

 

 セナが指差す先には、何かを探すようにうろついている生徒が一人。そして先生は一目で気付いた。

 服装こそ寒冷地仕様、全く見覚えのないものであるが、その特徴的な癖のある髪型と角の生え方は、遠目からでもなんとなくわかる。

 

“あれさ、もしかしなくてもカスミじゃない?”

「確かに、温泉開発部の部長の……異聞帯内にも、見知った生徒がいるというのはありがたいですね。声をかけてみましょう」

 

 駆け寄っていくと、だんだんとその姿もはっきりとしてくる。だが顔がしっかり見えてくる距離になって、少し確信も薄れてきた。あの(風紀委員長さえ絡まなければ)いつも自信満々な顔つきが、鳴りを潜めているように、先生には感じられたのだ。

 だからか、声をかけた後のリアクションは、決して想定外ではなかった。

 

“おーい、そこのカスミー!”

「なぜ私の名前をーっ!?」

 

 これで確信した。空想のサンクトゥムタワーによる上書きは、生徒にまで及んでいる。色々と滅茶苦茶な体験をしてきた先生だからこそ、これだけで状況をすぐに理解したというものだが、他二人はどうだろうか。

 それに、このカスミ本人は異聞帯の概念自体知らないはず。混乱を招くことなく、どうにか誤魔化さねば。

 

“あれっ、おっかしいなー。人違い? だとしたらなんで名前に反応して……”

「名前を呼ばれたら反応するに決まっているだろうに。同じ名前で似た顔の知り合いがいるのかい?」

“おっ、よく理解してくれた! そうなんだよ、偶然っていうのはあるものだね”

 

 いけそうである。相手が頭の回転が速い方の生徒で助かった。その頭の回転の速さが後々不都合を生みそうな気もするが。

 先生が手に持つ「箱」の中で、アロナは肩をすくめていた。あまり上手なやり方でなかったので、ヒヤッとさせられたことだろう。

 

「急に変なことを言い出さないでください、先生。それにしても鬼怒川カスミとは、ヴァルキューレも手を焼くテロリストがまさか現地人第一号とは……」

「ちょっと待って、待ってくれないか! ()()()()()()()()()()!」

 

 まずい。このままではカンナがより事態をこじらせてしまいそうだ。先生もしくじったかと思った瞬間、セナが二人の間に入ってきた。

 

「はじめまして。私は氷室セナ。そして、ヴァルキューレの尾刃カンナ公安局長に、私達の『先生』です。このゲヘナの外部から来たのですが、お話を伺っても?」

 

 先生は内心「グッジョブだセナ!」と叫んでいた。話の流れ、自分の行動的にどうしても言えなかったことを言ってくれた。

 あちら側も、ああそんなことか、といった具合に話し始めた。

 

「私はカスミ。奥座敷(おくざしき)カスミだ。さっきは急に名前を呼ばれてビックリしたが、どうも本当に別人のことを指しているらしくて参った!」

「奥座敷……鬼怒川、じゃないのか?」

「そうだとも。だから別人なんだよ、カンナさん。これで満足したかい? 尤も、今度は私が満足しないけれどね」

 

 満足はしていない。貴重な情報源だ、色々教えてもらわなければ困る、と言いたいところではあった。あったのだが。

 どうやら、教えてもらわなければ困るのはあちらも同じようで。

 

「ヴァルキューレ、とかさっき言っていただろう? それは何なんだ?」

「なっ……!? ヴァルキューレそのものを知らないなんて、いくらなんでも──」

「いや、知らないんだ。というより、この自治区はずっと、ずーっと昔に封鎖されて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、どうやってここに来れたのかも見当がつかない、という。

 先生はじめ、D.U.にいた者達は今未知の世界へ来ているが、カスミからすれば彼らは未知の世界の住人なのだ。

 

“ここに来た方法は、あまり言えないけれどね。私達もここに何があるのか、何も分かってなかったんだ。けれど、何か解決すべきことがあるのは間違いないからね、そのために来たんだよ”

「ふぅん。じゃあ、知り合いと勘違いっていうのは」

“そのへんはまあ、一旦気にしないでもらってね……君は言っちゃうと、初めて見かけた現地人なんだ”

 

 この辺りは、何も嘘は言っていない。それに、ものすごく疑いたくなるほど不自然なことを言っている、と見られるほどの内容でもないらしい。調査員に情報を提供する現地人、という構図がお互いに確認できた。

 

「なるほどなるほど、そういうことか! じゃあ教えてあげようじゃないか、このゲヘナという場所がどんな場所なのかを! とは言っても見た目通り、肌で感じている通りだけれどもね!」

 

 それはそうだ。とにかく寒い、永久凍土どころか氷原、その上に雪原、氷の樹木、おまけに雹を噴き出す山。

 およそ生活という行為が成り立つかどうかも怪しい。それでも生きている生徒が、ここで育った子供がいるのであれば、そこに生活はあるらしい。常識的には到底信じられないことだが、常識自体もここでは違うのだ。

 

“どうしてこんな、極寒の環境になったのか。その辺り、詳しく教えてくれないかな”

「詳しくは知らないぞ?」

“じゃあ、ざっくりで”

 

 歩きながら一行は、覚えのある人物と同じ姿をした情報提供者の話に耳を傾けた。

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