Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
異聞帯に関する、答えの見えない議論を交わしたその日の夜のこと。夕食を終えたタイミングで、キキョウは先生に電話をかけた。
“もしもし? キキョウ?”
「うん、キキョウだけど、今忙しい?」
“いいや、むしろここ一ヶ月で一番ゆっくりできる時間なくらいだよ。皮肉だけど、異聞帯の影響で事務仕事が減ったし”
ここ一ヶ月、というと異聞帯出現前も含むことになる。シャーレの先生とは、キヴォトス屈指の激務で知られる職である。
こんな答え方をされてしまっては、むしろ休んでほしいと言って切りたくなってしまうところだが、残念ながら重要なことを伝える必要がある。慕う人に訪れた久方ぶりの癒しの時間を、自らの手で台無しにする覚悟を決めながら告げる。
「じゃあ、ちょっとだけ時間をもらう。明日、私とユカリと先生で、大きな仕事をしようかなって」
“そういうのは大歓迎だよ。何をするの?”
もしかすると、この人は
「今日話し合って、やっぱり全力で魑魅とエビスを叩かないといけないって分かったの。先生達の都合も考えると、できるだけ速く。そのための方法として、対魑魅大同盟を結成することを目標にここから動きたくて」
“い、いきなり大きく出たね……ビジョンはある?”
「その鍵になるのが、陰陽軍。こっちに来てそれなりに経ったし、流石に知ってるでしょ? 三大勢力の一角で、一番穏健で現実主義。百鬼の地を統一するために戦う人々」
そして、中小の勢力にとって、一番成長した際に継ごうがいい三大勢力である。目的のためにも、ここと同盟を組むことはかなり有効性が高く、交渉したいというわけだ。
“交渉のカードはどれだけあるの? まあ、多いからいいってわけでもないけど”
「まあ、成立して一月も経たない超新参もいいところの軍勢だから、そこまでたくさんはやっぱり用意できない。けど、新参だからこそ長いものに巻かれるように振る舞えば、悪い顔はされないって話」
そんな単純な話かなあ、と感じながらも、先生も提案はできる。
“私は、けっこう強気に出る選択肢を持ってるんだけどね”
「あんたの持ってる選択肢を出されても……いや、出されてもいいか。一応契約してるだけで、正規の百花繚乱の一員扱いじゃないけど、そんなことにこだわる必要もないね」
“そういうこと。ただ、ちょっと無理をさせるかもしれない。だから予め、交渉の席で言っていいことなのか確認したいんだ。えっと、私が言いたいのはね──”
受話器の向こうから聞こえてきた先生の言葉。キキョウはそれに思わず言葉が出なくなるが、頭の中で整理をつけた。
「あのね、それ、ちょっとどころじゃない無理を言ってるんだけど、分かってる?」
“やっぱりか。ごめんキキョウ、今のは聞かなかったことに──”
「……でも、
翌日、陰陽軍の総本部に出発することになった。控えの面々は方舟に入る許可を出したが、ツクヨとミチルは異聞帯側だからなのか舟に弾かれてしまった。仕方ないので、自室待機か観光でもするようにということにしておいた。
そして、ユカリにも先生の考えた策について聞かせた。先生の顔をジロジロ見てから、うんうんと唸る。
「うーん……先生がそのようなことを仰るなんて、珍しいと思いますの。いえ、物騒なのは良いのです。ええ、ですが、その……百花繚乱軍にできることのにも、限りというものがありますし……」
「それは私が了承してる。元々、私達は相当無理をしなきゃいけない戦いに身を乗り出してるの。それは先生も同じ──ううん、もっと酷いくらい。だから、この手は使う。いい?」
少し不服そうに、心配そうにしながらも、ユカリはこれを了承した。あとは実際に、それを相手方にも納得させるだけだ。
陰陽軍の総本部。本来ここには、滅多なことでは入ることができないどころか、連絡すら出すことはできない。だが、百花繚乱軍の(一応は、暫定の)首長という立場を使い、入ることを許された。
とはいえ、これは最近の目覚ましい活躍と評判から、会話をする価値があると判断されただけのことである。話が通じない者達ではないので、見定めるくらいはいいか、くらいのもの。
これをどうにかして協力的な態度に持っていくのかが、まず前提である。
“……よし。気合入れるよ”
門番が黙って一礼するのを見ると、緊張感も高まる。そして出迎えに来たふたりの姿を見て、更にそれが明確になっていった。
「ようこそようこそいらっしゃいました、今を輝く百花繚乱の皆様方〜っ! 私、
「
「にゃあ!?」
相手は緊張しているというのに、この調子である。立場の違いということであろうか、それとも慣れか。
ともかく、会議室に案内された。大きなところではなく、あえてとても小さな会議室を選んだようだ。開けていない場所での、密談の演出だろうか。
「早速、本題に入りたいのだけれど、大丈夫?」
「ええ、ええ♪ 予めある程度伺ってはおりますが、改めて尋ねてみようではありませんか。桐生キキョウさんでしたね、何をなさろうとしているのです?」
キキョウは、嘘偽りなく話した。異聞帯絡みの特殊な事情はもちろん伏せるが、それ以外はほとんど包み隠すことなく。百花繚乱は人死にも、争いの継続も望まない。全てを調停するために活動している。その上で、この長き戦乱の鍵は、魑魅を落としてバランスを崩して、出てきたエビスを探り、叩くことにあると考えている、と。
「新情報もありましたが……私としては、曲げるものではないと思います。ニヤ様は、どう思われますか?」
「決まっているでしょう」
ニヤは、異聞帯側でも常にその心を読めないような笑みを浮かべ続けている。だが今は、それが愉しみによる笑みと、そう読み取るのは容易かった。
「協力したい、ええ。前向きに考えておりますとも、初めからね」