Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
ヒナが来てからは、実に呆気なかった。何一つ、不良生徒に行動を許すことなく、銃弾以外の攻撃手段も活用して完封。べったりと、凍土の味を味わう姿勢にしてしまった。
「生きるためには、必要なことでしょうけど。私はそういうのを認められない立場だから」
“よ、容赦ないね……”
「それで、先生。どうやってここに来たのかしら? 公安局長も。そこのセナとカスミはどちら側?」
ちゃんと話していいものだろうか。カスミは異聞帯の住人であり、頭も回る方だ。正直に話したら、異聞帯の概念についても話さねばならなくなるだろう。
本当は「存在しなかった」などと、教えてよいものだろうか。
「話した方がいいと思います。遅かれ早かれ、話すことでしょう」
先生の迷いを察して、背中を押したのはセナだった。その通りだった。隠し通せる気はほとんどしない。ならば。
“ミレニアムのエンジニア部の技術でね。細かく話すと長くなるし、ゆっくり話そう”
先生のから見た、今回の出来事をなるべく詳細に話した。異聞帯のこと、「壁」で孤立したこと、たまたまD.U.にいて無事だった生徒たちのこと、方舟のこと。自分達の置かれている状況は、一通り。
「おおかた、理解できたわ。私は暴動を鎮圧していて、急にこんな雪景色に変わって……一瞬だった。ほとんどの生徒は、知っている姿でも別人で」
“大変だったよね。どうやってここまで乗り切ったの?”
「必死に色々、手探りで調べた。まずは生き延びる方法、それが分かったら、ここがどんな世界なのか。調査任務の経験は、無いのだけれど……うまくいった」
となれば、改めてこの世界がどういう状況にあるのかの説明をしてもらう、というのは不要だろう。その辺りの手間は省けた。
「ともかく、あなたの助力無しには危なかった。ありがとうございます、ヒナ委員長」
「お礼には及ばないわ、公安局長。挑んだとしても落ち度はないし、やらないといけなかっただけ」
“ところでヒナとしては、どう思う? ここの生徒達の強さ”
それなりの期間をここで活動していく上で、先程のような襲撃はされていたはずだ。対応してきたはずだ。それがどのように、この圧倒的強者から感じられていたか、知りたいと思うのは道理だ。
「そうね、やっぱりかなり鍛えられてる。この環境に、生き方に。私が『普通の生徒』の水準になる、と思っても、気にしすぎとは言えないはずよ」
オイオイ。場にいる全員が、カスミでさえも、心の中でボヤいていた。いくらなんでも来た瞬間に完封しておいて、それは無いだろう、と。
だが彼女目線からすれば、単独で相手しても十分戦いが成立する相手だらけ、と考えると、水準がおかしいと感じるものだろう。事実、先程も不意打ちしたことがあの結果に繋がったのであって、相手にはなるくらいの実力だったかもしれない。
「上書き、という現象が起きているようだけれど、私が対象にならなかったのもそれを踏まえると理解できなくもないの」
“というと?”
「私は『ゲヘナの風紀委員長、最高戦力』だった。けれど、いくら強くなっても足りず、極限状態ゆえに風紀という言葉に意味はなく。だからこの異聞帯で私にあたる立場の存在は生まれない。
ここで、「先生」としてはどう考えるのだろうか。ヒナはそんなものじゃない、他でもない空崎ヒナなんだ、と思うのだろうか。
だが実際、彼女の存在を何と規定するかと考えると、この異聞帯では前提が大いに不足する。それは事実だ。だからこの仮説は否定できない。
「えっと、つまり、なんだ。さっきまで私に言ってたのは方便で、本当は別の世界から来た、そう言いたいんだね皆は?」
カスミの言い方は正確ではない。別の世界、というのは正しくない。平行世界などでもない。同じ世界にバラバラの歴史が、突如貼り付けられ、上書きに使われてしまったのだ。
“細かいことを言うと、もうちょっと複雑なんだけれどね。でもまあ、感覚としてはそれに近い”
「むむ。それじゃあもうひとつ、そちらの世界にもゲヘナはあったんだね?」
「ありました。ですが、こんなに寒いところではなかったし、人も多すぎて困るくらいいました」
人が多すぎて困るくらいいた──この事実から、小さな矛盾が顔を覗かせる。上書きされずに、そのままであったヒナという例がいる。だが、それ以上に、
異聞帯に自分に相当する者がいなくとも、消失を回避する要因が何かあるというのだろうか。今はまだ、情報が不足している。議論は避けよう。
「そうなると、やっぱり地面がいきなり凍ったという出来事が問題なのだろうね。だが残念だ、詳しいことはほとんど知られて──」
「問題ないわ。私が調べていたのは、ちょうどその辺りのことだから」
これの意味するところは、何なのか。ひとつ挙げるとするなら、それは──資料を調べるくらいで分かる、知られざる歴史がこの異聞帯にはある、ということだ。
ヒナは多才だが、潜入調査の専門家ではない。それこそミレニアムのC&Cのエージェントなどと比べると相当に劣るだろう。なので、機密ではあるが、超重要機密でもないか。それでも良い情報を持っていることは間違いない。
“ぜひとも教えてほしいな。ヒナが知る限りで、ゲヘナが氷に閉ざされる原因になっているのは何なのか”
「まず、このゲヘナはかなり長きに渡ってギリギリの状態みたい。それこそ、ほんの少しの油断で滅亡が確定しかねないくらいに」
“そりゃあ見ての通り、こんなとこで──”
「いいえ。先生が思っているのとは違う要因よ。だって、
ごもっともである。実際、寒いだけでは滅びていないわけだし、正史にあってもかなり寒い地方に自治区はある。先生が「外」にいた頃の知識も含めると、苔が僅かに生える程度の環境でも、細々とだが人類は生活圏を作り上げていた。
まさにその言葉の通り、寒いだけで滅びるには相当なものが必要なのだ。
「とはいえ、我々は暖かいのに慣れています。それは地変があった当時のゲヘナの人々も同じのはず」
「まあ、そこはセナの言う通りなのだけれど。でも、それっきりでしょう?」
「それは、まあ」
「これはもっと、この出来事の本質に踏み込む必要があるわ。私達、ゲヘナの生徒の由来にも関わってくる話にね」