Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
キキョウとレンゲは、気付けば夜空とそれを反射する薄い水面の空間、その上に立っていた。
「……なんだ、ここ? アタシ達は確か、なんかよく分からない影みたいなのに包まれて……」
「敵の術中にハマってるみたい。とにかく何かがありそうな方向に行きましょ、なんだかあの囲いよりも空間は広いみたいだし」
そうは言っても、何も無さそうじゃないか──と見渡してみると、遠くに鳥居があるのがレンゲの目に入った。
明らかに誘われている。だが、この誘いに乗らない限りはこちらも行動を起こせないので、そちらの方に向かうことにする。こうなった原因といい、「そうせざるを得ない」という形での誘導をされているような気がする。
鳥居をくぐると、またもうひとつ鳥居が見えた。ひとつ、またひとつとくぐるうちに、キキョウは違和感に気付いた。
「遠くのものがだんだん見えてくるにしては、おかしい。鳥居が見え始める距離がだんだん近くなってるような……蜃気楼?」
怪しさを覚えながら、鳥居を通過すること、25回。明らかに遠くから見えていなければおかしい、巨大な建造物が急に見え始めた。
小さな鳥居に囲まれたそれは、天高くそびえ立ち、細くなった先が光っているかと思えば、その上に全く同じものが逆立ちしている。それが何であるのか、キヴォトスの者であればほとんどは知っているはず。
「なあ、キキョウ。これって」
「うん。サンクトゥムタワーだね」
近寄った瞬間、睨みつけるようにサンクトゥムタワーは輝き、気付けば元の夜空の下。今度は最初と違うものがひとつあった。
硝子細工のような像。妖狐のような姿のそれは、色こそ透明になっているが、そのフォルムを見間違えるはずもない。
神凪の殻だ。
無数の触手を生やしたそれは、その先にスナイパーライフルを形成する。その型は、やはり覚えのあるもの。
「百蓮、異聞帯にもあったのか……!」
「あるのはいいけど、それってつまり……?」
百蓮は、資格無き者を拒む特別な武器。だがそれは、百鬼夜行を調停し、安寧する使命と怪異殺しが一致し、連動するがゆえのこと。異聞帯では、ただの神凪の殻が生み出す量産兵器でしかない。方舟のコピーや、妖魔たちと同じ。
であるのならば、まだまだ未熟な自分でも。まだ資格があるとは思えない自分でも。
「ねぇレンゲ。こういうデタラメな手数を前にして、逃げって意味ないよね」
「は? 何言ってるんだよお前……」
「こういうこと!」
キキョウは敢えて、敵の武器の集まる方向に突っ込んだ。
一方。
外では、銃弾が四方八方に放たれた影響で、社は既に崩壊していた。瓦礫に飲まれないようにするのも(主に先生とシュロが)苦労する中、どうにか抜け出した。
そして、この崩壊がむしろあちらからすれば利敵行為だったかもしれない。建物内では危ないからと出さないでいた、あの手を使えるからだ。
“シュロ、あれは神凪の殻、本物の怪異だ! つまり、分かるね?”
「はいはい、分かってますよぉーだ! むしろここで使うために書いたんですからねぇ、『怪談と戦うための最強の怪談』ってねぇ!」
究極有翼たいがーは、シュロ的にはここが本当の出番という想定で生み出された。そして当初は確かに、百花繚乱軍の方針としてそうだった。
実際は予定が変更されたが、ここまで来れば関係はあるまい。
「相変わらず、凄い見た目……あっ、すみません……えっと、この子の安全を確保すればいいんですよね?」
「そうだね〜。多分どこかに本体があるから、それを叩くまで全力の忍術で守ってこ〜!」
イズナが弾き、ツクヨがかき乱し、ミチルが湧き潰しをする。いくら強力に作られた怪異がいるとはいえ、相手は怪異殺しの使い手だ。死力を尽くす。
もちろん、ユカリとホシノも狙いを自分の方に誘って盾で受けるコンビネーションを即興で見せていく。
「見えましたよぉ、この硝子細工! 多少大袈裟なやり方でもよし、打ち破ってしまえぇっ!」
虎は触手と爪を共に伸ばす。黒い球体に瘤のようについている殻を目がけて。
「取った……っ!」
賭けだった。百蓮を奪い、それであれを撃てないものかと。そのために、多少被弾して痣だらけになったとしても、突っ込む価値はあると、キキョウは読んだ。
もう脚も腹も顔も何度か撃たれた。このくらいの痛みで止まることはない。骨は折れていない、折れていたとしても動くべきだ。必死に腕を伸ばして、肩が外れそうだったし、腕の皮膚や筋肉も千切れるかと思った。
だが今、こうして触手から奪い取った百蓮が手元にある。
「……マジか。もうお前が次の委員長でいいだろ、これ」
「さて、どうだか。手に取ったら分かったけど、私には一発撃つくらいしか許してくれないみたい」
量産型だから脆いのか、それとも資格が無いのか。どちらにしても、手に取ったものに語りかけるような武器とは、やはり格が違う。
だとしても、キキョウにはそれで十分。全霊の意志を込めて撃てば、穿てるということも分かったからだ。
「これで……決めてやるっ!」
怪異の手と、怪異殺しの弾丸が、同時にその殻にぶつかる。その刹那、ガラスが弾け飛ぶような音。そして破片も残らないほどに粉々に砕け散る。
しかしそれを見て、誰も喜びの声を上げない。神凪の殻は、確かに破壊された。だが同時に、夥しい量の黒い影を吐き出したのである。
「ここは、一体……?」
“なんだ、ここ……? ってキキョウにレンゲ、無事だった!?”
合流こそできたものの、明らかに元の場所で合流できていない。この景色を、閉じ込められたふたりは知っている。
夜空、水面、鳥居。そしてその遠く遠くに聳え立つ空想の塔は、今回は近付くことなく目に映る。そしてその反対側を見てみれば、鳥居の上に座す、これまた知っている姿がひとつ。いや、知っているが、
「礼も知らぬ男が語ったことが、よもやここまで真になろうとはの。勝者の歴史とは、かくも……」
あれは、我々の知る「クズノハ」などではないのだから。