Kivotos with the Lostbelt 作:2匹目の蝉
「今は学園都市であるキヴォトスは、元は神秘の宿る土地だった。そして今の学園都市という姿は、それに基づいて作り変わった先である……ということは、今となっては忘れ去られつつあることなのだけれど」
ヒナはいつからそれを認知していたか。今となっては本人も覚えていないだろうが、虚妄のサンクトゥムに端を発する事件、そしてアビドスでの騒動によって、それは彼女の中で実感として定着していた。
神秘、恐怖、反転……それが何なのかは、完全には理解していない。だがそれを見たし、かつて調べたその由来についても、感覚と知識が結びつく体験をした。
“「神秘」のほうから切り込んでいくんだね”
「ええ。ゲヘナの生徒は、大半が『悪魔』という種族にカテゴライズされる。学生証にも書いてあることだけれど、その種族の始祖──言うなれば、『魔王』が地変の原因なの」
いつだったか。先生はゲヘナ生──アルだったか──の学生証を見たことがある。色々と興味深いことはあったのだが、その中でも、「悪魔」であるという記載がハッキリとされていたことは、とりわけ印象に残っている。キヴォトスの生徒は、外の人間とは似ているようでかなり違いがあるが、それが種族からして違うという扱いが、今でも違和感を覚えるくらいに不思議なのだ。
「私も、多少は聞いたことが。とはいえ、私は外科医ですから、そういった創世史の知識は乏しく……すみません」
「別に知らなくても恥ではないわ。私も必要に迫られて勉強しただけだし。ともかく、魔王ね。とある神とその使いたる天使──トリニティの神秘の起源であるというものと対立し、敗れた者」
曰く。
元は近い性質であった両者は、魔王の離反によって対立する性質を持つ神秘として確立した。そして敗者となった魔王は、神のある場所から追放され、送られた先が、後にゲヘナと呼ばれる場所だったのだという。
「そして、ゲヘナの生徒は魔王に端を欲する、多種多様な『悪魔』の要素を神秘として内包するようになった、というのが私達の起源というわけ」
「すみません、ヒナ委員長。私の思い違いでなければいいのですが、ゲヘナと、トリニティの対立関係。それは本能的なものである、というようにもとれる内容なのでは?」
「鋭いわね、公安局長さんも。その通り、今は関係ないことだから深くは触れないけれど、それは否定できないわ」
昔は両者の対立はもっと酷いものだったと、そのようにも聞く。トップ層に差別的な考えが薄い者のほうが多くなった今の世代が、むしろ異常に見えてくるくらいに。
だからこそ、この辺りの話題にも無遠慮気味に踏み込むことができるとも言えるか。とはいえ、今はこれは本筋ではない。頭の片隅に入れるくらいは、良さそうだが。
「それでだよ。それが
「まだ分岐点は来てない。大事なのはここからよ。悪魔にも色々、意味だとか指向性だとか、そういうものがあるけれど、魔王は厄介なことに『敵対者』の概念の元にあるの。敵であることがアイデンティティ、害意の化身、それが魔王」
魔王は、この世全ての敵となった。彼の生きる世界にとっての神を滅ぼすことを決意した瞬間から、世界を敵にする者という定義が与えられた。
あるいは、敵対者という概念によって、最初から形作られていたのかもしれない。
いずれにせよ、同じ悪魔の因子を有するモノであろうと、その全てにとってそれは敵だった。それにとって全ては敵だった。
“無力化しなければ、危険だったと”
「そう。悪魔という種族そのものへの影響を考えると、安易に討伐するわけにもいかなかったから、一種の妥協案として、地の底に作られた氷の層の下で、更に分厚い氷の封印を施されたの」
「じゃあこの地面はその氷の層ということじゃないか! ああ、なんてことだ!」
「本来であれば、この封印は半永久的に魔王を地の底に閉じ込め、キヴォトスのゲヘナ自治区は安定した状態でいられたの。ところがここでは、封印に不手際があったのか、魔王が活発すぎたのか、いずれにせよ封印が足りなかった」
ある時期から魔王は地中を猛スピードで上がり始め、地上への侵略を開始しようとしていた。これを食い止めねば、ゲヘナどころか、キヴォトスの存亡にも関わりうる。
この異常事態に対して、おそらくはキヴォトスそのものが持つ修正力のようなものが働いたのだろう。あと数日、下手をすれば数時間で地上に出る、というタイミングで魔王は氷漬けにされ、再び、今度は本来の歴史よりも強固で抜かりのない封印が、地上にかなり近い場所に形成された。
というのが、ヒナの調べられたところでの、異聞帯の歴史の概要である。
“敢えて言うけれど……あまりにも、代償が大きすぎるよ。そんなの、最初からどうしようもなかったっていうのと同じじゃないか”
「そうね。人々に罪はないし、ゲヘナにも落ち度はおそらくない。でも、こうなってしまった。これをどう解決するか、というのは……先生に任せるわ。いつもの、大人の責任ってものに甘えさせてもらうわね」
“──だそうだよ、ウタハ。そっちはどう思った?”
「ちょっと待ったぁ!」
珍しくセナが声を荒げた。あまりにも想定していない、だがよく考えたら想定されるべきだったかもしれない内容が飛び出してきた驚きに、思わず本来のキャラを忘れてしまったかのよう。
“え? あ、ごめんごめん。大事なことだから方舟の皆にも共有しようかなと思って。言うの忘れてた、ほんとごめん!”
「はぁ……いえ、確かに大事ですね、それは。私から提案してもよいくらいでした」
『えーと、いいかな? いや、これはとんでもない話だよ、いや本当に。だけれど、確かに納得のいく話だ。何せこの異聞帯の地面はどうも熱力学の基本法則が機能していないらしいからね』
方舟の方では、この凍土がどういった性質を有する地層であるのか、主に地質学的な観点から調べようと考えていた。だが、熱力学的におかしな点が見つかったのだ。
熱力学第一法則、エネルギー保存。第二法則、エントロピー増大。いずれも機能していない。自ら冷え、冷気を放出し、熱エネルギーの絶対量は低下している。超自然的、超科学的なキヴォトス特有の神秘なるものの作用なら、多少強引ながら説明はつく。
『そしてここまで分かったなら、原因についてどうこう言うのはナンセンスだ。単なるボタンのかけ違い程度のことに過ぎない』
“そうだね。私達に今求められるのは、解決すべき事案に対する策を練ることだ。ありがとうウタハ、今の話を参考に調査の方針を立ててくれると助かるよ”
ここまでの情報では、具体的な手立てを講じることができるまでには至っていない。さらなる情報収集のためにも、やはりゲヘナ学園の方に向かう必要があるようだ。