Kivotos with the Lostbelt   作:2匹目の蝉

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彼方に広がる大海を往く、そこは富める者たちのための機械仕掛けの大地。
全てを踏みつけにする覚悟、その上に座する覚悟、それを享受する覚悟、生きていくための覚悟を試す大船。
母なる海神の還るべき場所、海の娘が意味を知る処。


3-1:ΟΔΥΣΣΕΙΑ

 異聞帯に通じるゲートを越えた先は大海原であった。

 見渡す限り、水しかない。いかなる方角を向いても水平線しか見えない、島の一つも見当たらない、そんな場所に降りた。

 

「……念の為。これが特殊な環境によるものであるかどうか、確認をしておきましょう。地理的条件が大きく変わるというのは、ありうることですから」

 

 操縦席に座る獣人のエアトンの提案により、周囲の環境条件の検証を行った。もしかすると、この世界からはまともな陸地が失われてしまっている、ということになっているかもしれない。少なくとも目視可能な範囲に陸地はないが、もっと遠くにはあるかもしれない。音波や電磁波を駆使して調べてみると、まばらに島々がいくつかあるらしいことが分かった。

 汎キヴォトス史世界における海図と比較して、島の配置が近くなりそうな位置もなんとなく分かってきたが、同時に気になるところが。

 

「何やら、余計な点がひとつあるように思いますね」

“何か、この世界における特異点的な役割を果たした場所である可能性もある。まずはそちらに舵を──”

 

 言いかけたところで、耳を裂くようなノイズに艦内が包まれる。無線通信のスピーカーから聞こえているようで、時間とともにノイズが引いていき、音が安定しているのが分かってきた。

 このようなことが起こった原因は、すぐに分かった。

 

『あー、あー……聞こえてるかー? 聞こえてるなら返事をしてくれー。多分こっちにも聞こえるはずだからなー』

「どういうことなんだ? この方舟の通信のセキュリティはかなりしっかりしているはず……!」

 

 セキュリティの脆弱性だったりしないかとか、何かが漏洩するのではないかという心配が、ウタハの脳を支配する。当然だ。相手方は、セキュリティを破ったか、あるいはそれを()()()()()()繋いできたからだ。

 

『む。すまない、いらぬ不安を与えてしまったか。なに、セキュリティの類は基本的に無意味だが、それを利用する無粋な真似はするつもりはないぞ!』

“その……なんだろう。意気揚々としているところ悪いんだけど、皆混乱してるみたい”

 

 頑張って大人の余裕で落ち着いた態度を見せようとしている先生ですら、この有様である。他はもう、話にならない。

 しかもこの応答が相手方には更に変な伝わり方をしたらしく。

 

『なっ……なるほどな、確かにそうだ。となればそうだ、自己紹介でもすればいいか?』

“えっ”

『我が名はトリン。キヴォトスを統べたる者、この異聞帯となりし世界の王。綿津見(わだつみ)トリンである!』

 

 異聞帯の王の名乗りが始まってしまった。異聞帯の王だと言われてしまえば、尊大でマイペースで自身に溢れていて、超常的なハッキングをしてくることに疑問を持たなくなるので不思議だ。

 そして危機的でもある。あちら側に、一方的に存在を把握されているのだから。真っ先に冷静さを取り戻したカンナが、それをすぐさま指摘する。

 

「異聞帯の王が、なぜわざわざ名乗り出た? 我々はそちらの正体について欠片ほども知らない。そちらは我々について、不気味なほどに知っているようだが、それを利用する手などいくらでもあるはずだ」

『あー、無粋。無粋であるな、それは。そうやって勝って嬉しいワケ? それに万に一つ、ズルいことをして負けたとなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「……何が言いたい」

『やるなら正々堂々。それが王たる我の流儀ということよ』

 

 余裕綽々の態度は腹立たしいが、この場は凌げそうなことは分かったので、そこは一安心。

 だが、そう甘い話ではないようだ。

 

『我が玉座は、尋常な手段で辿り着けるものではない。故に試練を与えよう。正面から命運を賭して戦えるだけの者か、確かめるためにな』

“具体的には?”

『それは、そのー……うん。そのうち分かるぞ。ひとまず、我ら同胞の住まう地に上がるがよい。多分もうすぐ着くぞ。ではなー!』

“あっ、ちょっと! ……切られた”

 

 いつも、肝心なことはすぐには分からない。ここまでの旅でも、体験してきたことだ。だとしても、この異聞帯の王、あまりにいい加減である。

 ともかく、彼女の「同胞の住まう地」というのがどこであるのかは分からないが、そこに辿り着くまでも試練というところだろうか。

 

“……とりあえず。情報収集の意味でも、近くの陸地に上がるべきかな”

「了解です。かなりの速度で島に接近していますので、そろそろ停泊、あるいは上陸のための体勢を……んん?」

 

 ここで航海士役エアトン、妙な違和感に気付く。たしかにこの方舟の航行速度は速いが、それにしてもこんな速度で陸地が接近するか? 

 このままでは陸上用にモードチェンジする時間的猶予がない。それどころか、単純に停めたところで問題が起こる。そのことに、ユウカも気付く。さらにそれが意味する、信じがたい事実もセットで察してしまう。

 

「島が……いや、この規模感は、大陸? どっちにしても、そんなことあるわけないでしょ!? でも実際に、これは……()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 水平線の向こうからやってくる陸地は、信じがたいスピードで大きくなっていく。浜辺らしきものも目視できるようになってきた。おそらく今とれる一番安全な手段は、そこに乗り上げること。

 

「この舟はこれからあそこに乗り上げます! ものすごく揺れると思いますので、どこかに掴まっていてください!」

 

 言う通りに、凄まじい揺れに襲われる。ほぼ一瞬だったが、脱水機の中に放り込まれたかのような衝撃。

 

 

 先生はしばらく気を失っていた。起きるまでの1時間ほどの間に分かったこととしては、方舟のシステムは動くものの、移動することができない状態にあるということ。やはりこの陸地は移動しており、その速度は通常の船舶よりもやや速いこと。

 そして、上陸地点のすぐそこに、素性不明の生徒がひとり、待っていたかのように立っていたということだった。

 

 

 

Lostbelt No.3        異聞深度:C

 

遊泳大陸船団 トリトン

海神の沈む時

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