どうか世界に溢れんばかりの幸福があらんことを   作:野崎エミヤ

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第一章 ハローオラリオ
英雄が生まれる迷宮都市


◆◇◆◇◆◇

 

 オラリオという都市は広大である。

 あまりの広さから中心地であるバベルからメインストリートは八方位に伸びている。

 そのうちの一つ。都市北西のメインストリート、別名『冒険者通り』にその建物は建っていた。

 万神殿(パンデオン)を彷彿とさせる造りは荘厳で、都市中枢の象徴と言ってもいい。

 迷宮都市たるオラリオの管理機関、『ギルド本部』である。

 

「各【ファミリア】代表、揃ったな。ではこれより、緊急会議を始める」

 

 そんな『ギルド本部』の奥、百人以上の同席を可能とする大型の会議室で、都市を代表する多くの冒険者が円卓に腰を下ろしていた。

 

 【ロキ・ファミリア】からは金髪碧眼で幼い風貌をしている小人族(パルゥム)の男性、フィン・ディムナ。翡翠の長髪と絶世とも言える美しい容姿のエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールヴ。茶色の瞳と髪に長い髭を生やしているドワーフの男性、ガレス・ランドロック。

 【フレイヤ・ファミリア】からは錆色の髪と瞳に巌(いわお)のような巨躯をもつ猪人(ボアズ)の男性、オッタル。黒髪に近寄りがたいほどの威圧的な雰囲気を纏う猫人(キャットピープル)の男性、アレン・フローメル。

 【ガネーシャ・ファミリア】からは藍色の髪に整った怜悧(れいり)な顔立ちをしているヒューマンの女性、シャクティ・ヴァルマ。

 【アストレア・ファミリア】からは燃えるような赤髪に翡翠(ひすい)の瞳を持つヒューマンの少女、アリーゼ・ローヴェル。黒の長髪に濃赤の着物というオラリオでは珍しい恰好をしているヒューマンの少女、ゴジョウノ・輝夜。

 

 オラリオの中でも最上位の実力を持つ【ファミリア】、もしくは急成長中の【ファミリア】が招集されており、各派閥の団長や副団長、あるいは幹部が集められていた。

 一癖二癖もある歴戦の上級冒険者達を前に、肥えたエルフという表現が相応(ふさわ)しいギルド長、ロイマン・マルディールは粛々と会議の宣言をした。

 

「まずは、緊急招集した理由を【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティから説明してもらう」

 

 ロイマンは暗色が強めな翡翠の瞳をシャクティへ向ける。

 

「ああ、わかった。ではまず、今回の招集は闇派閥(イヴィルス)関連ではないことを明言させてもらう。その上で、昨夜一人の恩恵持ちがオラリオを訪れた」

「え? それって別に珍しいことじゃないわよね?」

「まあ、そうだね。オラリオには数えきれないほどの人々が日々出入りしている。シャクティ、確認だけどその恩恵持ちがオラリオを訪れたからこの会議を開催するに至ったのかい?」

 

 シャクティの言葉に対し、アリーゼとフィンが反応する。

 オラリオは世界の中心と呼ばれるほどの場所であり、都市に出入りする人の数は途方もない数だ。最も、基本的には神の恩恵を持たない一般人が大多数であるが、恩恵持ちが混ざっていることなど珍しくもない。

 恩恵持ちが一人いるだけで会議など開いてたら時間がいくらあっても足りない。問題がある人物ならシャクティが団長を務めている【ガネーシャ・ファミリア】が取り押さえているだろう。

 

「全員、疑問に思うのも無理はない。通常であれば恩恵持ちでも手続きをしてしまえばオラリオに入ることはできる。怪しい者の場合はガネーシャとの問答が必要だが、問題がなければ一般人と同じように入ることが可能だ。だが───」

 

 シャクティは全員を見渡し、一拍してから口を開く。

 

「───問題はその恩恵持ちがレ(・)ベ(・)ル(・)6(・)。第一級冒険者相当の実力者であることに加え、『改宗(コンバージョン)』が可能な状態でオラリオを訪れたことだ」

 

 その言葉に、全員が凍り付いた。

 ───レベル6。

 オラリオという、世界的に見ても突出した戦力を保有しているオラリオであっても、第一級相当のレベル5以上の恩恵持ちは十人程度しかいない。

 

「おい、その話。冗談じゃねえんだな?」

 

 髪の毛が逆立つほどの威圧とともに、アレンがシャクティへ問いかける。

 

「紛れもない事実だ。他ならないガネーシャ自身が恩恵を確認している。虚偽はない」

「……ありえねえだろ」

 

 アレンが驚愕とともに、否定的な言葉をこぼす。

 しかしそれも当然のことであり、オラリオの外。正確にはダンジョンではなく、地上に存在しているモンスターは例外を除いて大幅に弱体化している。そのため、オラリオ以外では第一級冒険者であるレベル5以上の実力を有するのは並大抵のことではないのだ。

 

「シャクティ。その者は過去にオラリオにいたことがあるのではないか?」

「いや、リヴェリア。その辺りの調査をギルドや【ガネーシャ・ファミリア】が怠るわけがないだろう」

 

 リヴェリアがシャクティに問いかけるが、フィンが否定し、その視線を受けたロイマンも肯定を示す。

 

「未だ調査中ではあるが、少なくともオラリオ内のどこかのファミリアに所属していた記録はないことが判明している」

 

 ロイマンのその言葉を聞き、リヴェリアの隣にいたガレスが訝(いぶか)しげに言う。

 

「オラリオの外にいながら、レベル6に至った者か。じゃが過去の強豪共(オシリス・ファミリア)の例もある。時期も時期じゃし、少々きな臭い話に感じるのう」

「確かにこの時期に、それも『改宗(コンバージョン)』が可能な状態での来訪か……偶然と捉えるには些か出来過ぎているな」

 

 リヴェリアが思案深げに言葉を吐く。彼女の冷静な瞳の奥に、わずかな警戒の色が浮かんでいた。

 

「シャクティ、その者は現在どこに?」

 

 フィンが問いかける。

 

「ギルドからの要請という形で、我が【ガネーシャ・ファミリア】の監視下でおとなしくしてもらっている。最初は外壁近くの宿泊施設に滞在してもらっていたのだが───」

 

 瞬間、何かを思い出すようにシャクティの眉間に凄まじい皴(しわ)が刻まれる。まるで頭痛を堪えるようなその仕草に、一同が疑問を覚えるが、シャクティの脳内には昨夜の混沌が鮮明に焼き付いていた。

 

『え、じゃあ「アルゴノゥト」は知ってる⁉』

『もちろん、大ファンだよ。いろんな古代の英雄譚の中でもあれは異色だね。基本的には喜劇の物語として描かれているけれど、文脈からは少し違う意図が隠されているように感じたよ』

『ホントに!? じゃあこのシーンとかは!?』

『ああ、アルゴノゥトがアリアドネ王女に助けて貰うシーンだね。そこは───』

『俺が、ガネーシャだ‼』

『ガネーシャ様うるさい! 今いいところなの!』

『いつもは優しくて可愛くて、あざとい感じで笑うアーディが本気で怒っている…だと⁉ ガネーシャ驚愕‼』

『いいからあっちに行っててください! 見張りはちゃんとやりますけど、こんなに英雄譚について話ができる人は滅多にいないんですから!』

『おのれ‼ 娘は渡さんぞう!』

『え、今の流れでそっちの方向に行くんですか?』

『だから出て行ってください‼‼』

『俺が、ガネーシャだぁぁぁぁああああああああ‼⁉』

 

「───なぜか拘束した男とアーディが仲良く会話を始め、そこへガネーシャも加わって収拾が付かなくなった。その後に見張りについた者たちとも悉く騒がしくなったため、無抵抗で拘束されてくれた彼には悪いが、今は【ガネーシャ・ファミリア】のホームにある独房で待機してもらっている」

「何がどうなったらそうなる?」

「騒ぎが起きる度に私は仕事を中断し、騒いでる者達を沈め、ガネーシャを締め堕として仕事に戻るを繰り返したのだが、拘束している男から『あと5回は繰り返される未来が見えているので独房にでも入れてもらえないか』と言われた時の私の気持ちが分かるか?」

「お主も苦労しておるのう」

 

 疲れ切ったシャクティの雰囲気に、リヴェリアは思わずツッコミ、ガレスが憐みのような視線を送る。というか自分から独房に入ることを望んだ男のほうも大概である。

 神々がいれば今のシャクティを見て『仕事疲れがピークになっているOLってこんな感じだよね!』とでも言っていたであろう。

 

「はっ! 余りの事態に思わず気絶しちゃってたわ! 超絶美少女であるこの私、一生の不覚ね!」

「団長、頼むからこの雰囲気で発言するのはやめてくれ……」

 

 シャクティのレベル6襲来発言から機能停止に陥っていた紅の少女が再起動し、空気を全く読まない様子に輝夜が苦言を呈する。しかし、輝夜の内心も穏やかではなかった。

 都市最強(オッタル)と同じレベル6。

 その衝撃は未だに【ファミリア】内での最高位のレベルが2でしかないアリーゼ達には遠い世界の話であった。

 闇派閥(イヴィルス)の攻勢が未だ絶えない現在において、仮に暴れ出しでもしたら手に負えない災厄となるのは必定だろう。保有している魔法やスキルによっては大規模な被害が発生する可能性が非常に高い。

 だが、そんな輝夜の内心とは裏腹に、アリーゼは続ける。

 

「でもシャクティ。まだ大切なことを聞いていないわ!」

「大切なこと?」

「名前よ、名前! その人がどういう人なのかまだ分からないけど、名前を知らなきゃ始まらないわ!」

 

 アリーゼのその言葉に、室内にいた全員が気づいてしまう。何名かはあっ、と声を上げたほどだ。

 シャクティも思わず笑みを浮かべたのち、一拍の時を重ねて告げる。

 

「アストレオン・ルクスヴェイル」

 

 ───曰く、英雄になるためにオラリオへ来たらしい。

 

 

 

 





実は会議中、一言も発していないオッタル氏
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