火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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信念の象徴

 

 

「少し落ち着いたか?」

「はい…お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした…」

 

おれは地面にうずくまって首をさすっている楽進を助け起こしているところだ。

 

おれをいきなり天の御遣いだとか言って頭下げた時はマジで驚いた。

 

テンション上がりまくって詰め寄る楽進を抑えるために手刀を食らわせて大人しくしてやった。

 

それで今に繋がってる訳だ。

 

「にしても偶然って凄いな〜…まさか匂いで釣られてきた兄さんが御遣いって…どないやねん…」

「なんだか幻想的じゃないの」

「二人共! 御遣いさまに失礼だろ!」

 

楽進が二人に注意するが、正直おれも訳が分からない。

 

天の御遣いってなんだ? こいつ等おれを天使か何かと勘違いしてんのか?

 

「エースさんが天の御遣い……確かにそれっぽい感じが……となると…」

 

鈴仙は離れた場所でブツブツと呟いてるし…いや、それよりも聞きてえことがある。鈴仙は放っておいて三人に聞いてみる。

 

「その話なんだが…おれから聞いていいか?」

「はい。答えられるならば…」

 

じゃあお言葉に甘えて聞いてみるか。

 

「それじゃあ、お前等はこれに見覚えはあるか?」

 

おれは背中のドクロを見せる。だけど、結果は鈴仙と同じ様に首を横に振る。やっぱり白ひげ海賊団、海賊の話が一度も出てこない…

 

思えばこの前の孫権もおれの名を聞いても反応が無かった。ダメだ。考えるほど分からねえ。

 

とりあえずこれは保留にして…

 

「じゃあ、このマークの載っているその本。それをどこで?」

「これは貰ったの〜」

「貰った?」

「うん。この前ね、路銀稼ぎで働いていた所の女将さんがくれたの」

「……」

「なんでも、最近都の管賂って占い師がくれた本だけど〜、その本が親戚の間で巡って…」

「ウチ等のとこに来たって訳……」

「…たらい回しの本かよ…」

 

しかも胡散臭いな…こいつ等よく信じようと思ったな。でも…管賂か…

 

「その管賂ってのが今どこにいるか分かるか?」

「そうやな…ウチ等もつい最近聞いたことやし…管賂も都にいるとしか…」

「そうか…」

「申し訳ありません。知っていれば教えたのですが…」

「いや、それなりに情報が手に入ったからいいぜ」

 

にしても管賂か…何か知ってそうだな……会ってみる価値はありそうだ…

 

「あの…御遣い様…」

「…ん? おれ?」

「はい。そうですが…」

 

おれが考えてると楽進が遠慮がちに話し掛けてきた。

 

…つーか…

 

「その御遣いって止めてくれねえか? 一瞬誰に話してんのか分からなかったぜ」

「いえ、しかし…」

「おれにはちゃんとエースって名前があんだ。名前で頼むよ」

「……分かりました。エース様」

「いや、様って…」

「いえ、天から参られたのですからこれくらいは…」

 

なんか渋々って感じだし、折れる気配も無さそうだからもういいか。おれは早くも諦めた。だけど、それでも楽進は話を続けてきた。

 

「エース様。実は折り入って話が…」

「ん?」

 

楽進の表情が引き締まったと思ったら…

 

「私達を御伴にしてください!!」

 

また急なこと言ってきたな…

 

「え!?」

「ちょお凪!?」

「えぇ!?」

 

これには当然、全員の疑問がハモった。

 

「……急にどうした?」

 

おれは疑問をそのまま楽進にぶつけてみる。

 

すると、楽進は我に帰ったかのように『失礼しました』と一礼してきた。

 

そこで楽進はコホンと改まっておれ達と向き合う。

 

「説明が足りませんでしたね。申し訳ありませんでした」

「ていうか過程もすっ飛ばしたの~」

 

于禁の言うことがもっともだ。

 

「でも、なんでエースさんにそんな…」

 

鈴仙ももっともなことを聞くと、楽進は頷いてから訳を話す。

 

「実は…私達は今、仕えるべき主を探しているのです」

「仕える?」

「はい、私はもちろん真桜…李典と于禁はこの国を憂いているのです」

「なるほど…それでどこかに雇って欲しがってるのか」

 

そう言うと三人は頷いて肯定した。

 

でも、それでなんでおれが必要なんだ?

 

「おれはこれから調べてえことがあってとてもじゃねえが国に仕えるなんて暇はねえ。それどころかどうなるかも分からねえ。とてもお前等の役には立てるとは思えねえんだが?」

「いえ、それでも構いません。むしろそうやって歩き回ってもらった方がいいのです」

「「「?」」」

 

楽進には何か秘策があるのか?

 

「あ!」

「どうした? 鈴仙」

 

急に大声を上げた鈴仙に何かと思って呼びかける。楽進は鈴仙を見て言う。

 

「どうやら程普さんは気付いたのですね」

「はい……でも、これってそう簡単にいきますか?」

「はい…というより私達にとってこれが一番可能性が高いのです」

 

二人の意味深な会話におれ達には全く伝わらない。首を捻るおれ達に鈴仙と楽進は気付き、詳しく話してくれる。

 

「つまりですね、エースさんの『天の御遣い』って名前を利用させてもらうんです」

「はい。元々エースさんが御遣いであろうと無かろうと関係ないのです。重要なのはその背中の刺青なのです」

「? こいつが?」

 

おれは背中のドクロに触れる。

 

「はい。まだ天の御遣いの噂はあまり知られていませんが、後々噂も大きくなるでしょう」

「だけど、噂が広まり始めたころにその刺青を背負ったエースさんが歩き回れば…」

「そういうことかいな」

「なるほど~」

 

なるほど、つまりおれは餌ってわけか。

 

特別な名前を背負った奴に人は惹きつけられる。

 

簡単に言えば、おれと一緒にいれば必ず国からのスカウトが来る。それを狙って自分の力をアピールして取りつく…てとこだな。

 

なんか癪だな…そういうの…

 

「もし、それを元に国の人間が来ても…おれはどうなる?」

「そこは考慮させていただきます。何もエースさんに迷惑をかけるつもりは無いので」

「……」

 

つまりおれに付いて来るだけでそれだけか。確かにもし国の連中が来てもおれが逃げればいいだけだ。それだけなら問題はねえ。

 

それだけなら……な……

 

「確かにお前の話ならどっちにも干渉はしねえな」

「はい。ですから……」

「ああ、この話……」

 

でも、一つ言わせてもらえば……

 

「丁重に断る!」

 

譲れねえモンがあるんだよ…

 

「「「「ええええええええええぇぇぇ!!」」」」

 

おれの返事に三人どころか鈴仙まで固まる。

 

「え!? なんでやの!?」

「沙和達に協力してくれないの!?」

「流れ的に協力しそうなものだったけど!?」

 

李典と于禁、その上、鈴仙が非難に似た抗議をかけてくる。そんな三人に乗じるように楽進も詰め寄ってくる。

 

「そんな! 何故ですか!? 双方に損なことは無いんですよ!?」

「せや! アンタは何もする必要はあらへん! ただそれだけやで!?」

「少しくらい協力してくれても良いと思うの!!」

 

そこへ三人と同じ様に鈴仙まで加わってくる。

 

「エースさん。何も断るほどのことじゃあ……」

 

確かにお前等の話ももっともな所もある。だが、一つだけ納得できねえ所があるんだよ…

 

「お前等の話じゃあ、このドクロを村に見せびらかすって訳だよな…?」

「ええ、それだけでいいんです! なのになんで「なら言ってやろうか?」!?」

 

納得できねえなら聞かせてやるよ……

 

おれの一言で静まった面子におれは…このドクロに秘められた意味をおしえてやる。

 

「いいか…? おれにとってこいつはな…特別なんだよ」

「特別?」

 

鈴仙にも話してない内容だから全員首を傾げる。

 

それでもおれは続ける。

 

「これは…おれのオヤジを示す紋章でな……おれの仲間は全員このドクロを体に付けてたんだ」

「……」

「お前等にとってそれは同じ所属を表すだけの目印を示すだけだと思っているようだが、それは違う……これにはもっと深い意味が込められてるんだ」

「深い……意味?」

 

三人が聞き入っている中でおれはドクロをなぞって答える。

 

 

 

 

「おれの……誇りだ…」

 

 

 

 

 

 

私達は天の御遣いと思しき人に会って舞い上がっていたのだろう。

 

私はすぐに御遣い様…エースさんに私達の協力を持ち掛けた。

 

天の御遣いの標である背中の刺青を大々的に見せびらかし、役人達の目に止まる様にする。

 

それなら双方には何も非はない。

 

今まで観察してきたが、中々に人が良いと思い、交渉に踏み込んだ。

 

しかし、答えは拒絶だった。

 

その事を聞かされた私達は納得がいかなかった。

 

何故断るのか?

 

確かに受ける義理は無いだろうが断る理由も分からない。

 

相当頭に血が昇ったのだろう。

 

エースさんに詰め寄って問い詰めた。

 

とにかく納得できなかったのだ。

 

しかし、私達はその直後の言葉で正気に戻った。

 

「おれの…誇りだ…」

 

その時のエースさんは愛しそうに刺青を指でなぞる。

 

なにより目から強い光を感じた。

 

エースさんの真剣な表情を見た私はさっきまで言いたかった事を言えなくなった。

 

それは真桜と沙和、それどころか程普さんも私と同じ様に静かになってしまった。

 

今のエースさんの威圧感がなせる業だ。

 

そのままエースさんの話を聞くことしかできない。

 

「おれの背負うこのドクロは…おれの信念の象徴だ」

「…信念」

「おれはこのドクロを誇りに思ってる。だからこれを背負うことに悔いも恥もねえ」

 

エースさんの熱意がヒシヒシと伝わってくる。

 

「だから、これだけははっきり言っておく」

 

エースさんの威圧が一層増し…

 

「このドクロを見世物にすることだけは絶対にしねえし、したくねえ」

「!!」

 

強い意志が私達にのしかかってきた。それで気付いた。

 

私は…自分勝手だった。

 

いくら国を憂い、士官したいからと言って人の気持ちを蔑ろにするなどもっての外。今の話からするに、エースさんの背中の刺青は伊達や酔狂で付けた物なんかじゃない。

 

何か大きい物と一緒に背負う覚悟をしたのだ。その覚悟を見せびらかすのでなく、心に留めている。

 

彼にとってはとても大事な事。それを私は私欲のために利用しようとしていた。大事な物を利用される怒りを私はまだ分からない。やられた人の心をどれだけ踏みにじったのかも分からない……自分で血の気が引くのを感じた。

 

私は…とんでもない事をしてしまった…! 私は事の重大さを理解した瞬間、彼に頭を下げた。

 

「申し訳ありません!! 私、何も考えずに私欲に走ってしまいました!!」

「ウチも…悪かったさかい…堪忍してください…」

「沙和も…ゴメンなの…」

 

真桜も沙和も私と同じ様に罪悪感が生まれたのかエースさんに謝る。

 

「いや、お前等がおれの事情を知らなかったからいい。けど、お前等の提案は却下させてもらう」

 

当然……いや、許してもらえただけで充分だった。私達はそれほどの事をしたのだから…

 

「「「……」」」

 

それ以降、私達はなにも言えずに頭を下げ続けた。エースさんはそんな私達を無表情で見下ろす。私達は非難されるのを承知で頭を下げた。そんな私達にエースさんは…

 

「確かにその提案には協力できねえ…だけど…」

 

私達の頭を一人ずつ撫でた。

 

「「「……」」」

 

私達はその行動の真意が分からず、なんて聞こうかと思った。しかし、エースさんは私達に構わずに続ける。

 

「少しくらいは手を貸すくらいならできるだろ?」

「え?」

 

口を吊り上げて笑いながら言う。

 

「要はお前等が軍に入れる様に強くなりゃいいんだろ?」

「えっと……あの…」

「それならおれも修業してえからよ。一緒にやろうぜ? な?」

 

笑みを浮かべたその人の行動も心も読めない…一度は彼を侮辱した我等を彼は何故……

 

「あの……エースさん…」

「ん? 何だ鈴仙」

「…エースさんは楽進さん達を…怒ってないんですか…?」

 

程普さんが私達と同じ考えだったのか、エースさんに聞くと当の本人はあっけらかんと答えた。

 

「そりゃあ最初はこのドクロのこと知らねえのに勝手なこと言うなって思ったけどよ……」

 

そう言いながら私達を見る。私達は思わず体を震わせてしまうが、エースさんはしばらくするとより一層笑って頭を撫でた。

 

「こいつ等もう謝ったから別に気にしてねえよ」

「…そうですか」

 

程普さんも苦笑ではあるが、すんなりと受け入れてくれた。どうやらいつものことであるかのように…

 

「よし、じゃあもう今日はこれでお開きだ。鈴仙も明日は気合い入れて相手するからな」

「え”!?………できればお手柔らかに…」

「そん時、おれと戦いたかったら相手してやっから。今日はもう早く寝な」

「え…あ…あの…」

 

私が喋ろうとした時、エースさんが焚火を消したおかげで何も見えなくなってしまった。その直後、エースさんのいた場所から足音が聞こえ、足早に闇の中へ遠ざかってしまった……

 

「さ、もう寝ましょう」

 

何も見えない闇の中から程普さんの何気ない声が聞こえた。

 

「…なあ程普さん」

「なんですか? 李典さん」

「その……ウチ等兄さんに謝った方がええ……よね?」

「沙和達が失礼なこと言っちゃったし…」

 

真桜も沙和も私と同じで煮え切らない様子だということが声で分かる。しかし、程普さんは何気なく言ってきた。

 

「あのエースさんが根に持ってるとは思えないけど……じゃあ明日の朝にもう一度謝ってみたらどうです?」

「え? 朝…ですか?」

「ええ。私は今エースさんから修業をつけてもらっているんです。ですからさっきエースさんも言った様に皆で行きませんか?」

 

修業……か…私はしばらく思案した結果、その方が良いと思った。

 

「分かりました。その時はお邪魔させていただきます。真桜と沙和もそれで良いな?」

「分かった。今回はウチも不完全燃焼やしな」

「早起きは苦しいけど……その時は起こしてほしいの~」

 

沙和に若干の不安が残るが、明朝に全員で謝罪に行くことを決定した。

 

「それじゃあもう横になりましょうか」

「はい」

「分かったで~」

「ふあ~……今日は疲れたの~…」

 

明日の朝遅れない様に今日は早めだが、もう寝ておこう。

 

「「「「おやすみ~(なの)」」」」

 

その後は寝るために一言も喋らずに横になる。

 

それにしても…天の御遣い……不思議な人だった。最初は少し…ほんの少しだけど変な人だと思ったけど。

 

でも背中の刺青を撫でる時のあの人からは何か大きい物を感じた。理屈などで言い表せることではないけど…とにかく凄かった。私はそう思うのと同時に襲ってきた眠気に意識を委ねた。

 

その時、はっきりと感じた。冷たくなっていく体とは反対に彼が撫でてくれた頭がポカポカしていたことに。その暖かさを感じながら私は夢の中へと旅立った。

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