辺りは淡く、暖かな光が線となって浮かび始めたころ。
「…進さん。楽進さん」
「ん……んぅ…」
鈴仙は未だに寝ている楽進たちの体を揺する。すると楽進は目を擦りながら起き上がる。
「ぁ……程普さん…」
「おはようございます。これから修業に行ってきますけど、どうですか?」
凪はしばらく虚ろだったが、やがて覚醒する。
「はい! すぐに準備します! 沙和、真桜! 二人とも起きろ!」
「ん…なんや?」
「まだ早いの~…」
「寝ぼけてないで早く目を覚ませ! 昨日行くって言っただろ!」
大声で怒鳴ると二人は眠たそうに起きる。
「大声ださんといて~な~…分かっとるさかい…ふあ~…」
「あ~う~…」
「寝ぼけてないで行くぞ!……すいません、お見苦しい所をお見せしました…」
「はは…そんな無理に行かなくても大丈夫ですよ?」
「いえ、昨日の無礼の謝罪はやらせていただきます」
楽進はそう言って二人の首根っこを掴んで持ち上げる。鈴仙は苦笑いを浮かべ、そのまま森の中へと入っていく。その後を楽進は二人を引きずって追い掛ける。
しばらく森の中を進むこと数分もすると、少し広い空間に出た。木々は円形に地形を形作り、中心を避けているのかと思うくらいだ。その中心でエースは準備運動をしていた。
「お、来たか」
「はい、おはようございます」
「おはようさん」
「おはようなのー」
エースは軽い感じで呼びかけると、楽進と先程まで眠そうにしていた李典と于禁の三人はエースに挨拶する。すっかり目も覚めた様だった。そして、三人はすぐにエースの前に集まり…
「「「すいませんでした!!」」」
一斉に頭を下げて謝った。その様子にエースは面を食らっていた。
「…どうした?」
エースが戸惑いながら聞くと、楽進たちは顔を上げて答える。
「昨日のことですが…あの件は本当に申し訳ありませんでした」
「ウチも…」
「沙和もなの…」
三人はそう言って頭を下げる。それを見たエースはしばしキョトンとする。そして、その表情のまま言う。
「お前等何言ってんだ? 昨日からもういいって…」
しかし、楽進の声がエースの返事を遮る。
「いえ、あれくらいの謝罪など謝罪に入っておりません! 私達はあなたの誇りを餌にしようとしたのですから!」
「……」
「だから…申し訳ございませんでした!!」
「……」
これじゃあどっちが責められてるのかが分からなかった。本当に昨日のことは既に気にしていない。でも、何かしない限り謝り続けてくるだろう。どうするか…とエースが悩んでいた…が…
それはすぐに閃いた。
「そうだ! じゃあ今日だけおれの修業に付き合ってくれ!」
「「「……え?」」」
急に予想外なことを言いだしたエースに全員の視線が集まった。
「最近さ、修業は進んでんだけど……結構時間かかっちまってな、正直なとこ鈴仙だけだといつ完成するか分かんねえんだ」
「それって……わたしが頼りないってことですか…?」
「お前いつもおれに一発も当てられてねえだろ?」
「むぅ~………」
むくれる鈴仙を宥めながら楽進達の前に来る。
「どうだ? おれの練習相手になってくれねえか? それで昨日の件は水に流す、それでいいな?」
「「「は…はぁ…」」」
三人はエースのペースに乗せられて何も言えず、頷くことしかできなかった。とりあえず三人は寝ていた場所に戻ってそれぞれの武器を取りに行った。三人はすぐに戻ってきた。
楽進は鈴仙と同じ手甲、李典はドリルのような槍、于禁は二刀を構える。それにエースはやる気を見せて肩をほぐす。
「よし、そんじゃあ全員で掛かってきな」
チョイチョイと指で挑発するエースに流石の楽進たちもムッとなる。
「…少しウチ等を見くびっとらんか?」
「とても心外なの…」
「構わねえさ。むしろこれでも足りねえかと思ってんだけどよ」
そう言うと楽進は構えを見せる。
「……あまり見くびらない方がいいですよ」
「わかってるよ。……お前等の実力を見越してのことだ。遠慮無くこい」
エースの挑発に楽進たちの表情をきつくし、一斉に跳びかかった。
◆
「今日はこんなもんでいいだろ」
エースは欠伸をしながらズボンの砂埃を叩いていた。
そして、エースのすぐ近くでは……
「はぁ…はぁ…」
「ぜぇ…ぜぇ…」
「うえ~……」
「………」
楽進、于禁、李典、鈴仙が地に伏せて呼吸を荒げていた。
そんな四人を置いといてエースは手をグッパグッパと握ったり緩めたりする。
(武装色も一通りはできる………だけど意外と難しいな……見聞色と一緒に地道にやっていくしかねえな……)
四人の相手で覇気を慣らそうとしていたものの、やはりそう簡単にはいかないようだった。とりあえず、覇気のことは焦っても仕方ないから基礎をやろう、ということで落ち着く。
「おーい。とりあえず飯にしようぜ? 腹へっちまった」
「「「「……」」」」
呑気に言うエースに誰も反応しない。いつも鈴仙と一対一でやっていたのに急に四人とやることになったのだから手加減を間違えた。
そして、ついルフィと同じノリで修業を三時間やったのだから動けなくなるのは当然である。
「仕方ねえ…またクマ採ってくるから準備は任せたぜ~」
手を振りながらエースは森の中へ入っていく。
エースの姿が見えなくなった後、森の中では少女たちの息切れの音しか聞こえてこない。
「凪ぃ…沙和ぁ…生きとるかぁ…?」
「あぁ……なんとか…」
「もう…死んじゃうの……」
「ていうか強すぎやろ……息一つ乱れないって…」
「はぁ……程普さんはいつもあの方とあんな修業を…?」
「はぁ…はい…といっても一方的にあしらわれてばっかですけど…」
はは…と苦笑いを浮かべる程普を見て楽進はエースの底力に驚嘆していた。鈴仙と一緒に闘ったけど、決して鈴仙は弱く無い。それどころか自分と互角なのではないかと思う。
更に、連れの李典と于禁も武人の端くれ。まず賊に後れを取ることは無いと言っても良い。その四人でまとめてかかっていったのにも関わらず完敗。しかも相手は全く疲れた様子もない。底が知れない。
そんな風に楽進は思っていたが……
「「「「……」」」」
腹の虫を誤魔化すかのように各々起きて、元の場所に戻って行った。
「? なんだって?」
エースはまた捕ってきた熊の肉を頬張る。
しかし、その頭上には?が浮かんでいた。
その理由とは…
「私をあなたの弟子にしてください」
前方で頭を下げている楽進である。勝負に負けた楽進はエースに弟子にするよう頼み込んでいる。自惚れている訳では無いが、自分でそれなりに強いと思っていた。少なくとも賊に後れを取ることは無いくらいに。
しかし、目の前の男に自身の武を以てしても勝てなかった。いや、相手にもならなかった。自分よりも高みにいる武人に会えるなど滅多にない。不躾を重ねるようだが、こんな機会はもう来ないかもしれない。
だからこうして頼み込んでいるということだ。その様子を他の三人はポカンと目を丸くして凝視する。エース本人はというと……
「……」
肉を食べながら楽進を見ている。
「……(ゴク…)」
試されていると思い、エースの目を真っすぐに見つめる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ぐぅ…くかー…」
「「「寝たーー!!」」」
エースの食事中の昼寝を初めて見た三人は驚愕のあまりツッコミを入れた。そろそろ慣れてきた鈴仙は「また…」と溜息を漏らした。三人がかつてない反応にうろたえていると…
「つまりお前はおれと一緒に修行したい訳だな?」
「「「起きたーーー!!」」」
いつの間にか起きていたエースにまたビックリ。
「アカン…この人一流の天然や…」
「真桜ちゃん…感心するところズレてるの…」
「……」
義理の祖父と弟と同じペースに三人もタジタジだった。しかし、ここでエースは気にせず続ける。
「それくらいなら構わねーぜ。おれとしても人数は多い方が都合が良いし、旅も楽しくなるしな」
エースがそう言うと、鈴仙はムッと頬を膨らませる。
「…それって、わたしといるのがつまらないってことですか?」
拗ねた口調の鈴仙にエースは否定する。
「ちげえよ。もちろんお前といても楽しいけどよ、やっぱ人数もいた方が賑やかになんだろ?」
「……はい」
そこまで言われると鈴仙も何も言えなくなり、ただ頷くだけだった。そしてエースは楽進と向き合う。
「だから、楽進の修業を付き合う代わりにおれの修業も付き合ってもらう。これでいいか?」
すると、楽進も満面の笑みを浮かべる。
「いいんですか!?」
「まあな。ただし行き先はおれが行きたい所、でいいな?」
「はい! これからよろしくお願いします!!」
楽進はエースが弟子入りを許してくれたことを感謝し、頭を勢いよく下げる。それを見たエースは穏やかな笑みを見せる。
「んで早速だけどよ、さっきお前の戦いを見て思ったんだけどよ…」
「何か気になることが?」
「ああ…お前はな…」
早速、楽進と今朝の模擬戦の反省を始める。それを李典、于禁が眺める。
「凪の奴楽しそうやね」
「凪ちゃん真面目なのー」
「まあそういうことで程普も仲ようして…」
「……真桜ちゃん?」
「し~…あれ見てみい…」
急に小声になった李典の指先を見てみると、その方向には鈴仙がいた。鈴仙はただ無言でエースと楽しげに話す楽進を見ている。しかし、無表情であるにも関わらず目が笑ってない。
纏っている雰囲気も何やら不穏な感じがしていた。一方、その鈴仙は胸の内でうごめく何かを感じていた。
(何だろう……とても痛い…)
無意識に胸に手をやる鈴仙を見て李典たちは呟いた。
「こりゃあ…ちょいと複雑な珍道中になるで……」
「愛憎劇なのー」
二人は若干面白がりながら今後の旅に思い馳せていた。