エースの秘密を知って丸二日経った。
そんな中、凪達はというと……
~鈴仙&凪・朝5時~
「「はっ!!」」←急いで起床
「「ふっ!!」」←着替えに0.5秒
「「うおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」」←エースの元への一番乗りレース
寝床にしていた洞窟の出口のエースを見つけ……
「今日は雨だから修業は無しな」
見事なヘッドスライディングを決めた。
「洛陽?」
「はい。どうやら管賂を見たという触れ込みがあったそうで…」
「そうか。大分目的に近付いて来たな」
「ですが、相当離れていて…ここから歩いて五日はかかりますよ?」
「そうか……だったら尚のこと急ぐしかねえな」
エースの目的が固まったところで勢い良く立ち上がる。
「「「「ちょっと待った!!」」」」
が、その勢いも四人の声によって遮られる。
勢いを殺されたエースはよろけてしまった。
「……どうした?」
若干、戸惑うエースに全員が声を揃えて答える。
「「「「まずはお金!!」」」」
ということで現在、エース一行は現在稼ぎ中。
もっとも、鈴仙と凪は飲食店でウェイトレスをしている。
真桜と沙和は何かと心配だと必要物資の調達に行っている。
そしてエースは一人で近隣の賊退治へと向かった。
本来なら賊退治だけでも金には困りはしないのだが、これからの洛陽に長旅を開始するので効率良くいこうとの意見になった。
そして、今に至る。
「新入りー! この炒飯を奥の席へ一つ!!」
「はい!!」
「もう一人は回鍋肉を脇の席の客に!!」
「今行きまーす!!」
凪達は普段着の上に少しフリルの入ったエプロンを着て忙しそうに立ち回っている。
少し慣れてない様子の凪からは初々しさを感じる。
愛想の良い鈴仙からは何故だかキラキラして見える。
つまり、二人が魅力的に光っているということである。
「いや~残念だな~。程普ちゃんも楽進ちゃんも今日だけなんだって?」
「はい。私のお供が旅を急いでおりますので」
「くぅ~…そりゃ残念だ…」
「この子達がいなくなったらこの店になにが残るんだよ!?」
「うっせい! 元々は味で勝負してんだよ!!」
そんな世間話で店が笑いに包まれる。
それを見ていた二人にも笑みが浮かぶ。
これが自分達の望む世界。
何気ないことでも笑顔が生まれるこの瞬間を楽しんでいた。
しかし、そんな時間を乱す者がいた。
「おいこらぁ!! こっちの注文はどうしたぁ!?」
「す…すいません!! ですが、こちらのお客様が先に…」
「ふざけるなぁ!! アニキが注文したのは最優先に運んで来いやぁ!!」
ゴリラ体系の男とその部下の会話で店の中が静かになる。
誰も関わりたくないと言う方が正しい。
その様子を見る限り、この近くで名を上げている賊なのだろう。人は数の前には何もできない。
そんな光景を見せられた凪と鈴仙は不快感で眉を顰める。
「まあいい、だったらその間にお前等二人が俺達の相手をしろ」
下卑た笑みを浮かべたゴリラが鈴仙と凪を指名する。
しかし、二人は感情を殺した風に淡々と答える。
「生憎ですが、今は店の手伝い最中ですから」
―――ここはいいから逆らわない方は…!
―――断ると何されるか分からないぞ…
―――もうダメだ…
店のあちこちから声が聞こえてくる。
それを聞いて気分がいいのか賊達はニヤニヤ笑っている。
しかし、それでも二人の態度は変わらない。
聞く謂われもない要求に淡々と返すだけである。
「いいえ、私達には他の待っている人がいますので」
その瞬間に店内は青ざめ、賊達は馬鹿みたいに笑う。
「はっはっは…!! なんだまだ女がいるならそいつも呼んで来い!! 一緒に可愛がってやる!!」
「いいえ、残念ながら男の人です」
そう言うと、賊は笑うのを止めて落胆の色を示す。
「んだよ…シラけるなぁ…」
「どうせアニキよりもひょろっちい貧弱野郎なんだろ?」
「「……あ?」」
そんな不吉な音も聞こえていない手下が二人に歩み寄る。
「おらぁ! さっさとアニキに酌…」
そして二人の手首を掴もうとするも……
「「ふん!!」」
「ぶぐお!!」
二人の鉄拳が手下の顔面にヒットした。
手下は顔面を陥没させ、鼻血を飛ばしながら後方に跳んでいく。
そして、綺麗な楕円の軌跡を描き、ミサイルの如くテーブルへ頭から突っ込む。
凄まじい音と共にゴリラ男の前のテーブルが崩れる。
「てめえ等! 何しやがる!!」
椅子を倒しながら怒声を上げる。
そんな様子にも二人は動じない。
そんな二人を見て賊は無駄だと分かり、溜息と共にとんでもない言葉をぶつけてきた。
「くそっ…そっちの女はともかく、ついでにその傷女も可愛がってやろうと思ってたのによ…」
「…!」
凪を見ながら吐いた台詞に凪の顔も歪む。
「人が下手に出てりゃあ調子に乗りやがって…思えばそうやって全身に傷ができるくらいの狂暴な女が大人しくしてる訳…」
「ちょっとあなた!! いい加減に…!」
凪に対する暴言に鈴仙は我慢できずに臨戦態勢に入る。
しかし、それでも男の暴言は止まらない。
「いいから酌しろって言ってんだよ!! さっさとしねえとこんな店潰すぞ!!」
「なんだと…!!」
あまりの暴言に凪も怒りに拳を握る。
「てめえは来るんじゃねえよ!! この狂暴な傷…」
その時、一人の声が響いた。
「止めろ」
静かで、しかし店内の騒音を上回る強い意志の籠った声が店内に響いた。
つい先程、私は私による私のためだけの極上メンマ丼をおいしくいただいていた。
それを食べた時の香り、食感、そして味を堪能して私は幸せを感じていた。
しかし、そんな気分もすぐに天から地に墜とされることになる。
無粋な輩が酔いに任せて暴れ始めた。
え?…何故酔ってるか分かるかって? それはあの男の席に酒が置いてあるからだ。
そんな酔っ払いは店で働いていた女性二人を強引に招いてきた。
私は助けに入ろうかと思って槍を構える。
しかし、二人の動き、そして胆力を見て留まった。
「星ちゃん? 止めないのですかー?」
連れの者が聞いてくるが、黙って頷く。
ただ者ではない…
並の人間なら怖気づく怒声に堂々としている。
それにさり気も無く、自然に足幅を広げていつでも瞬間的に動ける様な態勢を作る。
成程……できる…
そんなことも分からずに一人歩み寄る。
あ…顔面に一発。見ていて痛そうだが、痛快で爽快な一撃であった。
私も少し気分が晴れた。
しかし、その後の男の発言で更なる不快感が生まれた。
傷の付いた女性に対しての暴言。
その内容は人間として…同じ女性として聞き逃せない物だった。
男が勝手にふっかけてきたことであるのに、勝手なことしか言わない男に腹が立った。
……もう我慢はしない。
私は今度こそ男に灸をすえるために立ち上がろうとしたその時……
「…!!」
身震いがした。
寒気、強い闘気、激しい怒り、荒ぶる感情を感じた。
しかし、それも一瞬だった。
一瞬感じた強い気配を元に視線で辿ると、そこには薄い上着の男がいた。
その男はゆっくりとした足取りで店に入り、男の前にまで近付いて見上げる様に正面に立つ。
「これ以上言うと…分かってるな?」
男は睨みを利かせて男に言い放つ。
「なんだてめえ!? 用ねえならすっこんでろ!!」
そんな男の言葉に益々睨みを利かせる。
そこから男の強い思いを感じ、私でさえも動けなくなっている。
「そうはいかねえな。そいつ等はおれの仲間なんでね」
「あぁん? てめえがこいつ等の連れのひょろっちい男かぁ? 俺の方がいい男じゃねえか?」
「「寝言は死んでからにしろ。この筋肉野郎」」
自画自賛する男に女性二人が額の青筋を増やす。
しかし、罵倒された男は動じずに睨みを利かせたままである。
睨んだまま男は続ける。
「おれのことを悪く言うなら、おれはヘラヘラ笑って見逃してやる…」
その後、男の威圧が更に上がり、素人でも感じられるほどの怒りと、憤怒の表情を浮かべる。
それに対して、賊も顔色を若干変え、男は目を吊り上げたながら賊にぶつける。
「どんな理由があろうとも、おれの友達、仲間を侮辱することは許しはしない…」
「ひっ!!」
まるで男の威圧に気圧されたかの様に熊の様な巨体が倒れて尻もちをつく。
そんな賊に興味が無くなったのか、踵を返して賊も見ずに言い放つ。
「分かったら今すぐ失せろ」
そう言って店から出ようとするが、賊も嘗められたことに腹を立て、憤怒の形相で飛び起きて男に殴りかかる。
「ふざけんなこの野郎!!」
固く握られた拳が男の顔に吸い込まれる様に向かって行く。
しかし、それは不発に終わる。
何故なら、もう二人の事件の中心人物が飛び出し……
「はあああああああぁぁ!!」
「やあああああああぁぁ!!」
兎の耳を付けた女性が賊の右顔面を、左顔面を銀髪の女性が飛び蹴りを……って、もう遅いか……
「ぎゃふん!!」
賊の顔が醜く歪む。
断言しよう
あれは痛い!!
背後にドンッ! と出ている間に男は地面に顔から突っ込んで落ちた。
そして、女性二人の着地も美しいほどに決まった。
「あれ? エース様は何故ここに?」
「ああ、用なら既に済ましてきた」
「もう終わらせたのなら、沙和ちゃんと真桜ちゃんと先に戻ってて?」
「あいつ等を捕まえんのか……チョロチョロして捕まえにくいんだよな…まいったな…」
男と二人の女性は何事も無かったかの様に世間話をしている。
男の方の雰囲気も打って変わって柔らかくなっている。
あの男が垣間見せた強力な威圧感……雰囲気からして、相当な死線を越えてきてるのが分かる。
どう考えても相当な手練だ……一戦交えてみたいな……
「てめえ等……もう…許さねえぞ…はぁ……」
しばらくすると倒されていた賊が血を垂らしながら起き上ってきた。
随分とフラフラながらも三人を見据え、苦しそうな…しかし、余裕そうな表情で呟く様に言う。
「おれ達に因縁ふっかけて…こんなことして俺達の頭が黙ってると…思うなよ?」
「頭?」
「ああ、ここから北西の穴蔵に…俺達の本拠地がある……そこには三百の部下とそれを纏める頭がいる…」
「北西?」
三人は顔を見合わせて確認し、男はそのまま続ける。
「もう許さねえ……こんな村ごとてめえ等を「お~い。ちょっと待った」何だ!!」
男に遮られた賊は腹立たしそうに声を荒げるが、よく見てみると三人が含みのある笑みを浮かべていた。
「その頭って……どんな奴だ?」
「知りてえかぁ? いいだろう。体躯は熊の如し、頭の斧から逃れられる奴はいねえ。それに頭は…(以下略)」
賊が特徴を喋っている間、男は外に出て何かしている。
「あれ~…そんな奴見たと思ったんだけどな~…」
ゴソゴソと音を立てている所、もう予想はできた……もう大丈夫だろう。
「…の様な人だ分かったか!?」
「お、いたいた」
しばらく続いていた大将自慢と共に男の用事も終わった様だ。
男は良い笑顔で一人の熊みたいな男を引きずって来た。
「例えば、こんな感じの奴か?」
「そうそう。血まみれだけど、こんな感じで熊の様にでかくて、それに体と同じくらいの斧を背負って……あれ?」
得意気に笑っていた男の表情が固まった。
そう言って男が下ろした血達磨の大男を見ると、賊の顔色が段々と青ざめてきた。
「……お…頭…」
小さく呟いたつもりだろうが、静まった店に響くには丁度いい音量だった。
「三百だっけ? よく数えてねえから分かんねえけど、今そいつ等も運んでるから」
その一言で賊は何かを悟った様に慌てて外に出る。
それに釣られて私もいち早く出てみると……
「「!!」」
………驚いた…陳腐な言葉だが…これは驚いた。
巨大な荷車に大量の血達磨になった人間が乗せられ、紐で落ちない様に固定されていた。
「あば…あばばばばばばば……」
口を大きく開け、鼻水を垂らし、目を飛び出して驚愕する賊を見て間違いないだろう。
もうこの男に味方はいない。
「じゃあ、お前と奥でノビてる奴を除くと298人ってとこか?」
店から出てきた男の声で賊の体が震える。
ギギギと有り得ない音を鳴らして振り向いているが、まあ……賊ながら憐れだな。
「もう一度言う。失せろ」
ポキポキ
拳を鳴らして警告する男に遂に賊は全ての状況を悟ったようで…
「す……すいませんでしたーーーーーーー!!!」
脱兎の如く逃げ出した。
「アニキ待ってーーーーー!!!」
その後から気絶していた筈の部下まで逃げて行った。
気絶したフリをして隙を窺っていたのだろう……
「星殿。あの二人を追わないので?」
私の連れが提案してきたが、構わんだろう。
「構わんだろう。あの二人だけでは最早何もできんよ?」
「それはそうですが……」
「それよりも稟、私達の席に三人ほど招きたいのだが、構わんか?」
「え…えぇ。それなら構いませんが」
「風も、大丈夫か?」
「は~い。こうなるかと思ってもう少し広い席へ移動させてもらいました~」
流石は風。ノンビリしている様で案外人の考えていることに敏だな。
「そりゃまあ軍師希望ですからねー」
ふ…そうか…ならばお言葉に甘えさせてもらおう。
まさかあの様な御仁に出会えるとは…どうやら面白くなりそうだ…
「もう終わったんですか?」
「まあな、300くらいならこんなもんだろう」
賊共が去って行った後、エースはいつも通りの姿勢で振る舞う。
すると……
―――わああああぁぁぁ!!
「うお!?」
「「きゃ!」」
店内から歓喜の声が上がった。
―――兄ちゃんすげえな!!
―――いやあ、スッキリしたぜ~
―――ねえねえ、あの人結構かっこよくない?
後半の所で、鈴仙と凪はイラっとしたが、とりあえず無視した。
エースとしてもこういった声援には慣れていなかったから、とりあえずその場を離れようとした。
そんな時…一人の白い浴衣に似た服を着た女性が近付いてきた。
「少しよろしいですかな?」
「ん?」
突如、後方から聞こえてきた声にエースが振り返る。
「おれに何か用か?」
少し挑発気味にいってみるが、女性はそれを笑って受け流す。
「なに、少しあなたに興味を持っただけ。別に他意はありませぬよ」
「……」
エースはその女性の目を見、女性もその視線を受けとめる。
しばしの膠着状態が続いたが、フっとエースの視線が柔らかくなった。
「どうやらその様だな」
「だから言ったであろう?」
女性の口調も柔らかくなり、エースも警戒を解いた。
「わりいな。少し頭に血が昇ってた」
「構わぬよ」
エースは少しおどけて謝り、女性も頬を緩ませながら返す。
そんな時、横目で見ていた凪達が尋ねる。
「あの…それで、興味とは…?」
「? ああ、お主達か。その話なら私達の席でするとしよう」
「いえ、生憎ですが、私達にも店の手伝いが…」
凪の問いに女性は笑みを崩さないまま、軽やかに答える。
「それなら心配無用。先程、私の連れが主人から許可を貰った。無論、席も三人分空いてますぞ?」
「でもおれとこいつ等も金なんて持ってねえぞ?」
ここまで用意周到だと逆に何かあるんじゃないかと勘ぐってしまった。
「そっか、それならお言葉に甘えさせてもらおうか」
しかし、エースは気にするでもなく、素直に頷く。
そんな彼を見て、また、主人も見る。
そこで主人も頷いてくれたので、二人も付くことにした。
彼女達が頷いたのを見て、女性は満足気に笑う。
「それでは、こちらです」
そう言って先導し、三人を席へと案内した。