火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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雨のち晴れ、ときどき迷走

 

 

先程までいざこざがあった、とある飲食店。

人が吹っ飛ぶほどの大立ち回りがあったはずだが、それも治まって今ではまた賑やかになっていた。

 

「「「「「……」」」」」

「モグモグ……」

 

そんな店の一角には大人数用の席に六人。

 

その内二人、ブレザーとチェック柄ミニスカートの服の兎の付け耳を付けたロングヘアーの鈴仙と、銀髪で後ろ髪を三つ編みの体中に傷がある凪は給仕用のエプロンをしている。

 

その中の三人は、白い着物に酷似した露出の高い服の藍髪の趙雲、眼鏡をかけた委員長キャラの戯志才、ウェーブがかった金髪のロングヘアーの頭に奇妙なオブジェを乗せた程イクである。

 

そして最後の一人、料理を一心不乱に食べるエースである。

 

女五人、男一人のシチュエーションは同じ男として、とても、とっても羨ましいこと山の如しだが、エースの様子は何の変わりは無く、友達感覚にしか思っていない。

 

「そんで? おれのどこら辺に興味を持ったんだ?」

「ふむ、一つ言わせてもらうなら…あなたは只者では無い…それではだめだろうか?」

「へ~…」

 

エースは奢られた飯を次々と腹の中に入れていく。

 

「それならなんでわたし達も?」

「うむ、お主達からも常人とは比べ物にならない闘気を感じたから。それだけでなく腕も確かだと確信したからだと言っておこう」

「確信…ですか?」

「ええ、先程の賊と対峙した時の胆力、戦闘態勢、極めつけは賊二人を殴り倒した腕力と脚力とその他色々と…」

「あぅ……」

「……」

 

二人は顔を赤くさせて俯く。自分の武を評価されたのと思い返せばはしたないことだったと思ったこその照れと羞恥心があった。

 

「ということは、貴方達もどこかに士官するおつもりで?」

 

戯志才は思ったことを聞いてみる。

 

「ええ、まあ…」

 

正直これからどうなるか、また、したとしてもどこに士官するのかが分からない。

 

二人は曖昧に返事することしかできなかった。

 

「もしそうなったら風達のだれかと、いつぞや、どこかで会うかもです~」

 

程イクがのほほんと正論を述べる。

 

「そうなったら今ここにいる誰かが敵となり、味方となる可能性がある訳だ。なんとも奇妙な縁になりそうだな」

「はは…今私達も仕えるべき主を探している。さしずめ、ここにいる全員は迷える子羊ってところです」

「……てことはお前等は色んな所を旅してるって訳か?」

「まあ…そうですね」

「そうか……だったら…」

 

エースは食べることを忘れないまま三人に聞いてみる。

 

「管賂って占い師のこと聞いたことあるか? できれば会ってみてえ」

 

すると、三人は各々思うことがあるらしく、思案顔で答える。

 

「たしか……最近になって流れ始めた『灼熱の御遣い』の話ですよね?」

「? 天の御遣いじゃないんですか?」

 

戯志才の答えに凪が聞いてみる。

 

それに対して趙雲が代わりに答える。

 

「何でも、最近噂されるようになってきた『天の御遣い』。その御遣いが炎を操り、賊共に裁きの業火を下す……と言う話が出て来ましてな…」

「「……」」

 

それが全て本当だと知る二人は何も言えないでいる。

 

「……」

 

エースは食べながら自分のことだと呑気に認識していた。

 

「それに知っていますか? その御遣いは自分のことを『火拳』と自称しているのを」

「「『火拳』?」」

 

どうやら二人は初耳だったらしく、エースを見るが、彼は相も変わらず食事を口の中に押し込んでいる。

 

「火を操る拳法と書いて『火拳』と呼ぶそうなのです~。なんだか強そうですね~」

「だが、内容のほとんどが現実味の無いのがほとんど。噂というのは勝手に誇張されますから」

「「あはは…」」

 

二人はとにかく笑うしかなかった。

 

「それはそうと〜お兄さんはどうして占い師に興味を?」

「ん? まあ…その予言で直接聞きてえことが…な…」

 

そう言うと、三人は意外そうだとでも言いたげな表情を作る。

 

「ほう…とんだ物好きだな」

「……確かにな」

 

エースは笑いながら返す。

 

と、ここで程イクは思い出した様に言う。

 

「ところで星ちゃんはどうして三人を招いたのですか~?」

 

そこで趙雲は思い出したようだ。

 

「おお、そうであった。実はお主達に頼みたいことがあってな」

「「「??」」」

 

首を傾げる三人に趙雲は当然の様に言う。

 

「今から相手してもらえないだろうか?」

「「……は?」」

 

槍を取り出して誘ってくる。

 

それに鈴仙と凪は呆けるが、エースは気にせずに飯を頬張り続ける。

 

「えっと……何故そんなことを…?」

「理由は至極単純。お主達と闘いたいからだ」

「いえ、ですからなんで…」

 

いきなり手合わせを乞うてきた趙雲に二人は困惑し、対応に困っていた。

 

そんな中、エースはこっそりと戯志才と程イクに聞いてみた。

 

「なあ」

「「はい?」」

「趙雲っていつもあんななのか?」

 

それに対して戯志才だけが苦笑いを浮かべ、程イクは変わらない様子だった。

 

「ま…まあそうですね…星殿は生粋の武人ですから…」

「あんな嬉しそうな星ちゃんは久しぶりなのです~」

「ふ~ん…」

 

エースは他人事の様に聞いていると…

 

「エース……で良いだろうか?」

 

趙雲があらかじめ名乗っておいた自分の名前を呼んできたのに反応する。

 

「ああ、ここらじゃあ珍しいって言われるけど、おれの名はポートガス・D・エース。つってもなげえからエースで頼む」

「随分と珍しいですよね? 字も無いんでしたっけ?」

「異国の人ってそんな名前の人が多いんですか~?」

「まあな、おれの周りにはそんなのが多かったからな」

 

戯志才と程イクの質問にエースは肯定する。そして、趙雲と向き合う。

 

「んで? おれに何か用でも?」

 

エースの問いに趙雲はニヤリと不敵に…というより妖しく笑みを浮かべる。

 

「無論、元々はあなたを見て興味を持ったのだよ」

「……ちなみにどの辺が?」

 

そう言うと、趙雲は姿勢を正し、自身が思ったことを正直に答える。

 

「まずあなたが賊に威圧した時ですかな」

「威圧って……あれ失敗だったんだけどよ(ボソ)…」

「? 何か?」

「いや、何でもねえ。…つまり…おれが威嚇した時に何かを感じたんだな?」

「ええ、何か……重く、濃密な覇気……とでも言うのだろうか?」

「それを感じたのか? おれから」

「間違い無く」

 

エースの確認に趙雲は絶対の自信を持って応える。

 

実際、趙雲の言っていることは間違っていない。

 

エースはあの時、覇王色の覇気を意図的に放って賊を気絶させようとした。

 

しかし、無意識に当たり構わず解放するのと、意識して特定の人物に向かって解放するのには、その覇気の威力は違っていた。というより、まだエースは覇気の扱いにおいて素人であり、技術的な問題はおろか経験も足りていないため、コントロールができていない。

 

ティーチと闘い、負けたことをこの世界に来て以来から後悔した日から積極的に修業には励んでいる、

 

その内、覇気をマスターすることも夢ではない。しかし、経験だけは絶対必要であり、こればかりは時間をかけるしかないのだ。

 

趙雲の話からすると、エースは間違いなく覇気を飛ばせていた。しかし、コントロール不足のため、極端に薄い覇気しか出せず、趙雲のように勘の鋭い者しか感じられなかったのである。

 

ちなみに、凪と鈴仙のところまでは覇気は届いておらず、二人はまだエースの覇気に気付いていない。

 

エースはそう見直し、今後の修業に対する情熱を燃やしながらも話を続ける。

 

「それは分かった。それでおれ達と闘いたいなんて思った訳か…」

「分かっていただけましたかな?」

「つってもな…こんな街中でドンパチすんのか?」

「心配無用。良い場所を知っております。もしかしたら貴殿等を宿泊させてやれるかもしれぬぞ?」

 

そう言われると、エース達の目が若干輝く。

 

「そ…それはまた魅力的な…」

「ていうかおいしすぎません?」

 

趙雲の条件に二人の心は疑惑と誘惑の両方を抱き、天秤にかけている。

 

「ちょっ…星殿…水鏡さんの許可も無しにそんな…」

「稟ちゃん。ああなった星ちゃんを止めるのは無理ですよ~」

「……星殿。後で謝ってくださいね?」

「無論」

 

戯志才と程イクが戦闘狂の勝手な行動に注意を呼び掛けるが、趙雲の鶴の一声で片付いてしまった。

 

もはや楽しんでいるのは趙雲だけだった。

 

「それで、受けてくださいますかな?」

「お願いしますお兄さん。星ちゃんの我が儘なのは分かってますが、こうなると止められませんので」

「風、私を馬か何かと勘違いしてないか?」

「……」

「……」

「…ぐぅ〜」

「寝るな!」

「はっはっは…! お前等おもしれえな〜!」

 

趙雲と程イク二人の漫才にエースはハマっていた。

 

その横で凪と鈴仙はデジャヴを感じていた。

 

そんなエースを見て趙雲はコホンと顔を赤くしながらのどを鳴らし、再び繕う様に聞く。

 

「それで、頼みを聞いてくれますかな?」

 

趙雲はエースに真剣な眼差しを向ける。

 

「……」

「……」

「……」

「…エース?」

「…ぐお~」

「「寝たぁぁぁ!?」」

「おぉ!?」

 

趙雲と戯志才もまさかのエースの行為に驚愕とデジャヴを感じた。

 

それもそのはず、まさか自分達の連れの他にも唐突に眠りにつく人がいるとは思っていなかったのだろう。

 

「お兄さん。いきなり寝るなんてはしたないですよ」

「風が言えたことでもないでしょ!」

「……ぐぅ~」

「だから寝るな!」

 

程イクも都合が悪くなり、眠りにつく。

 

その後、エースと程イクを起こしたり、二人して食べながら寝たりと忙しかった。

 

しかし、四人のフォローもあり、なんとか食事も話もつけられた。

 

その代わりに、エースの食事代という莫大な利益を負うことになってしまったが、それを不憫に思った鈴仙と凪も一緒に負担してくれたことはエースは知らなかった。

 

それから六人は残りの二人を回収に向かい、その後、真桜と沙和にも趙雲達を紹介した。

 

「色々と省きすぎじゃねーか?」

(時間と労力の限界です)

「ならしゃあねーな」

「誰と話してるの?」

「さあ?」

 

 

 

 

 

 

 

そんなこともあり、一同は目当ての場所の水鏡塾へと向かう。

 

その途中でエースは気になっていたことを聞いてみた。

 

「これから行く所は女性用私塾だったよな?」

「ええ、この街では賢人と名高い水鏡殿が個人で経営している塾です」

「……女しかいねえのか?」

「……数多の女性の中、一人だけの殿方はその中から一人だけ自室に誘(いざな)い…」

「……戯志才?」

 

突如、顔を赤らめながら熱弁し始めた戯志才にエースは心配そうに呼んでみるが、効果は無かった。

 

凪、真桜、沙和、鈴仙はその豹変に気持ちの対応ができずに引いていた。

 

そんな戯志才を見て趙雲は頭を抱え、程イクはいつも通りながらエースを手招きする。

 

「お兄さん、お兄さん。早くこっちに来ないと大変ですよ」

「? 何が?」

「…風は一応忠告はしましたから~」

「?」

 

程イクの意味深な忠告にエースは頭上に?を浮かべる。

 

「そして一人…また一人と未熟な華達はエース殿の部屋……禁断の園に足を踏み入れ………」

 

戯志才の表情が段々と淫らになっていくのを見たエースまでもが引いてしまった。

 

そして……

 

「……ぷはっ!!」

「「「「!!」」」」

 

戯志才が鼻血を噴出させたことに凪、真桜、沙和、鈴仙は驚愕する。

 

「あ~…手遅れだったか…」

「稟ちゃ~ん。チーンしますね~。はいチーン」

 

趙雲と程イクは慣れた感じではあるが、微妙な様子であり、程イクは慣れた手つきで鼻をかんでやる。

 

そんな奇妙な光景から目を離して若干呆れている趙雲に聞いてみたかった。

 

「あの……何ですかコレ?」

 

ありえない量の鼻血を出して倒れる戯志才を見て趙雲に聞いてみる。

 

すると、溜息混じりにハァ…と趙雲は答える。

 

「稟は常人と比べて高度な思考能力があってな…」

「へぇ…軍師にとっては魅力的な能力ですね…」

「で、それがどないしたん?」

 

聞く限りではそれと鼻血を出すことがどう繋がるのか甚だ疑問である。

 

思考能力と鼻血はどう関係してるのか?

 

「……その類まれな思考能力は文学だけに非ず」

「へ?」

「稟は艶本でも鼻血を出すほど性関係に弱い半面、興味が強い。その様な者が性問題について全力で思考を回したら……」

「「「「あぁ……」」」」

 

ここまで言われてやっと趙雲の言いたいことがなんとなくだが分かった。

 

要は性についてのことになれば豹変し、深くまで妄想してしまう。しかし、性への耐性は極端に弱いのにリアルな妄想をしていき過ぎた興奮状態に陥り……ということだった。

 

「凪ちゃんよりひどいのー」

「沙和。後で厠に一人で来い」

「ちょ…! ただの冗談だから許してほしいのー!」

 

そんな話が続く中、一人だけ微妙な立場にいる者がいた。

 

「…大丈夫ですか~? お兄さん血まみれですよ~」

「…そりゃあ血飛沫をかぶったからな……」

 

戯志才の鼻血をモロに被ったエースは血にまみで立ちすくんでいた。

 

おかげでエースの上着のブルーが真っ赤なレッドに染まっていた。

 

「あら~…ビチャビチャですね~…」

「せめて何が起こるかを教えてもらいたかったんだけどな」

「風は忠告しましたよ~?」

「…とりあえず早く塾とやらに案内してくれ……」

 

周りの人からの奇怪な目で見られるのに耐えきれないエースは趙雲達を急かして案内させ、目的の塾へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

―――きゃあああああぁぁぁぁ!!

 

街が夕暮れの紅に染まる頃、女性の悲鳴が街中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、水鏡塾へ」

「「「「「あ、いえ、こちらこそ」」」」」

 

場所変わってエース達は目的の水鏡塾の創設主兼、講師を務める大人の女性の水鏡本人と向かい合っている。

 

大人の女性の鏡と言える姿勢、対応も絵になっている。

 

自分達とは程遠い魅力と雰囲気に呑まれたエース達は正座し、水鏡にお辞儀をする。

 

「すみません水鏡殿。星…趙雲殿の無茶な提案を聞いてくださって…」

「そう言われると耳が痛いな…」

 

皮肉る様に言う戯志才に趙雲は体を小さくする。

 

「戯志才さん。私は構いませんよ?」

「はぁ…申し訳ございません…」

「あの…宿泊代なら出しますが…」

 

遠慮深く言う鈴仙に水鏡は首を横に振る。

 

「あなた方は金銭的な問題で働いてらしたのでしょう?」

「ええ…まぁ…」

 

曖昧な返答に対して水鏡はにこやかに答える。

 

「それなら遠慮はいりません。それにこちらにはあなた方にはお礼を申し上げなければなりません」

「お礼?」

 

そう言うと、水鏡は一礼して再び全員に向き直る。

 

「この近辺の賊の殲滅は私達の街、この塾にとって大きな功績なのです」

「賊って…懸賞にかけられていた…」

 

そう言ってると、部屋のふすまが開き、小さな子供が数人入ってきた。

 

「「センセー!」」

「あらあら…今はお客様がいらしてるの。急に入ってきてはいけないの」

 

元気よく入ってきた子供を抑える。

 

すると、子供達は大人しくなって素直に謝る。

 

「「ごめんなさいセンセー…」」

「はい。それとお客様にもね?」

 

子供達はエース達に向き直って可愛らしく頭を下げる。

 

「「ごめんなさい」」

 

凪達はそれを見て微笑みながら許してあげる。

 

その後、水鏡は子供達を招いてあげると子供達は嬉々として水鏡の膝に乗ったりと甘えたりする。

 

水鏡は「もう…」と子供達のやんちゃっぷりに呆れながらも子供達の純粋さに顔が綻ぶ。

 

「相手はたった300…最近頻繁化している賊の集合体の中では少数ですが、この街には賊を対処する兵はおろか指揮する役人もおりません」

「でしょうね…ここは辺鄙な村ですから、有力な人材も朝廷から収集されているのでしょうな」

「はい、ですからお恥ずかしい話…懸賞をかけて人材を集めるしかなかったのです」

「ちゅうことは…水鏡さんが兵の募集をしとったん?」

 

真桜が気になっていたことを聞いてみる。

 

それに対して水鏡は頷く。

 

「はい・私が度々襲ってくる賊相手に指揮をとって何とか持ちこたえておりましたが……それも限界に来ていたのです…」

「なんと…水鏡さんには軍師の心得があったのですか…」

 

凪は水鏡の話に感嘆の声を洩らす。

 

「ええ、あらゆる兵法書もこの塾にはあるので…それに地の利はこちらにありましたから…」

「いえ、それでもすごいですよ…」

 

この場の全員が鈴仙と同じことを思っているだろう。

 

指揮官でもない人が少ない兵を率いて暴徒を抑えているのだから。その手腕は只事ではないと素人目からしても分かるだろう。

 

水鏡は子供達を撫でながらゆっくりと話す。

 

「ですが、策だけでの守りではもはや限界にきたいました。そんな時にあなた方が賊徒を抑えてくれましたから…なんとお礼を申し上げていいのやら」

「いえ、私達も望んでやったことですから…」

「ふふ…そうですか…」

 

水鏡が膝の上の子供達が話に付いて行けずに眠りについたのを確認すると、水鏡はゆっくりと子供達を下ろしてやる。

 

「この塾は元々この子達の様に戦で親を亡くした孤児のための孤児院…男も女も関係はないのです…」

「……」

 

水鏡は子供達を愛おしそうに見つめる。

 

凪達はそんな水鏡を見て、彼女を聖母だと一瞬だけ錯覚してしまった。

 

「ですが、賊は女の子を慰み物に…男の子を奴隷として売ってしまうので、この塾に来るほとんどが女の子ですから、ここは“女性”の塾だと勘違いされてしまったんでしょうね…」

「……」

 

エース達が黙ってしまったことに気付き、水鏡は苦虫を噛んだ様に表情を歪めてしまう。

 

「で…ですが、もうそんな心配はありません。問題の賊は消え、この村を脅かす物は事実上無くなりましたから」

「はい…」

 

できるだけ明るく振る舞ったつもりだが、中々雰囲気が元に戻らないのに対し、水鏡は別の話しに変えることにした。

 

「そ…そうだ! 皆さんお風呂にはいりませんか!? 長旅で疲れているのでしょう!?」

「あぁ…そこまでいいのか?」

「構いませんよ? もう生徒も全員入ったはずですから…」

 

手を合わせてにこやかに微笑む水鏡にエースはニカッと笑って応える。

 

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうぜ?」

「ふふ…分かった。では…私達もお邪魔してもよろしいか?」

「ええ。困った時はお互い様ですよ…」

 

エースの子供の様な明るさと水鏡の大人の朗らかさに場の空気も軽くなった所で話はお開きになった。

 

と、そこでエースは今まで気になっていたことを聞いてみた。

 

「ところで…水鏡さんよぉ…」

「はい?」

「……ふすまからチラチラ覗いてくるの……あんたの生徒かい?」

 

そう言って全員がふすまの方を見てみると、そこからヒソヒソと声が聞こえてくる。

 

「……この塾に若い男の人がくるのは珍しいですから…」

「ふーん……それにしても結構な数だぞ? そんなに男が来ないのか?」

「いえ…書物の配達とかには来るんですが…」

「ですが?」

「あなたの様なかっこいい男性の来訪は無いんですよね♪」

「「む…」」

 

にこやかに応える水鏡に凪と鈴仙が不服な声を上げて眉にシワを寄せる。

 

それを、水鏡と趙雲は見逃さなかった。

 

「はは…嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」

 

当の本人は冗談だと受け止め、笑い飛ばしながら立ち上がる。

 

「よし、そんじゃあ先に入れよ?」

「え…それならエースさんが先に…」

「いいんだよ……おれは時間に縛られずにのんびりと入りてえんだよ」

 

エースがそう答えると、水鏡はにこやかに答える。

 

「それでは布団も用意しておきますね?」

「いえ、こちらこそ重ね重ねお世話になります」

 

エースも直立不動でお辞儀をして返す。

 

「それでは星ちゃんも、お兄さんとの手合わせは明日でいいですね?」

「そうだな…ここでの決闘は禁止されていたのだ…そうさせてもらおう…」

 

明らかに落胆する趙雲の肩を叩いて励ます程イクをククッと笑ってから部屋を出る。

 

―――あ…出てきた!

―――あの…お部屋はコチラです!

―――あ、ズルイ! 私も案内する!

「はは…元気な奴等だな」

 

エースとしては好意として受け止めて礼を言う。

 

それを聞いていた凪と鈴仙は何とも言えない気持ちと共に溜息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん…ちょっとキツキツやな~」

「真桜、この部屋一つしか無かったんだ。文句は言うな」

「いや、そりゃあそうなんやけど…」

 

風呂から出た女子組は塾に一つしか無かった空き部屋に八つの布団を敷いている。

 

その布団で部屋の床は埋め尽くされていた。

 

「本当はエース殿は別の方がよろしかったのですが…」

「仕方あるまい。一人だけ野宿させる訳にもいかんからな」

「元々星ちゃんが呼んだのですからね~」

「何…役得ではないか…」

「何を言っておられるのです…」

 

程イクがのほほんと言った発言に趙雲はスラリと受け流す。

 

それに対して凪は呆れる。

 

「ところで楽進ちゃんと程普ちゃんに一つ聞いてもいいですか~?」

「「何ですか?」」

 

程イクは支度をしている凪と鈴仙に聞いてみたかったことがあった。

 

「二人はお兄さんのことが好きなのですか?」

「「…(ズコッ…)」」

「ぶお!」

「わー!」

 

程イクの一言に二人は持っていた布団をぶちまけ、二次災害として真桜と沙和が飛んできた布団の餌食になってしまった。

 

「ほぉ…図星か…」

「ほぉほぉ……これは興味深いですね~」

「え? そうなんですか?」

 

趙雲と程イクは目を細めてニヤニヤしながらからかい、戯志才は目を大きく開いて驚く。

 

それに対して二人は大人な対応を……

 

「だ…だだだだだだだだだだだだだれがあの…その…ムキー!!」

「そんな…! エース様が私を愛するなど……って何が愛するだ!! 私のバカッ!!」

 

できなかった……できなかったどころか自爆した。

 

「なるほど…ここまで分かりやすいのも珍しいな…」

「青春してますねー」

 

慌てふためく二人を生温かい目で見守る二人。

 

「せやねー。こんな調子やけど、まだ出会ってそんなに経ってないのに…これや…」

「ねー。親友としては嬉しい限りなのー」

 

いつのまにか回復していた真桜と沙和も三人の輪に入って面白がる。

 

趙雲はそれを聞いてうすら笑いを浮かべて未だに妄想にふける二人に近付く。

 

「それじゃあ…詳しく聞かせてもらおう…か!」

「「うぐ…」」

 

趙雲は二人に手刀をくらわせて夢の世界から連れ戻す。

 

「二人共、のぼせるのは構わんが、もう準備は済んでおる。一旦は床につこうか?」

「は…はい…」

「そ…そうですね…」

 

首をさすりながら敷かれた布団に一旦は潜りこもうとする。

 

「あぁ…ちょっと待った」

 

しかし、それを趙雲は止めた。

 

一体何事か…と思っていると、趙雲は凪と鈴仙を別々の布団に誘導し…

 

「お主等の位置はあらかじめ決めておいた」

 

   戯趙程真

   沙凪空鈴

    ↑

(布団の位置:戯=戯志才、趙=趙雲、程=程イク、真=真桜、沙=沙和、凪=凪、空=空いた布団、鈴=鈴仙と思ってください)

 

「あ…あの…これでは…」

「…エース様もこの部屋で寝るんですが…」

 

至極単純な答えに辿りついた二人は顔を赤くさせて趙雲に聞いてみる。

 

それに対して趙雲は澄ました顔で一言。

 

「何か問題でも?」

「「……///////」」

 

何を今更…とでも言いたげな趙雲に最早何も言えなくなってしまった。

 

そんな様子を戯志才は苦笑し、それ以外のメンバーはある意味良い笑顔で彼女等を見つめる。

 

そんな笑顔を恨みがましく睨みながら黙って定位置の布団に入る。

 

それを確認した面子は布団に潜るが、凪と鈴仙以外の全員で一斉に掛け布団から顔を出す。

 

「二人共、はよ起き。兄さんが来る前に寝るつもりかいな?」

「そうしたいんだ私は!」

「私はもう疲れましたから!」

 

真桜の言葉にも耳を貸さずに二人は布団を被ったまま出て来ない。

 

そんな二人をどうするか迷っていた時、程イクが目配せをしてきた。

 

その時、何のシンパシーが伝わったのか、全員は程イクに任せることを無言で了承した。

 

そして、程イクは二人に語りかける。

 

「…私は今お二人に聞いてみたいことがあるのですよ~」

「「……」」

「言いたくないのなら構いませんが、その前に言っておきたいことがありますから~」

 

盛り上がった布団に程イクは丁寧な口調で話す。

 

「お二人は今、自分が抱いているお気持ちを恥じているのですか?」

「「……」」

「たしかにこのご時世、いつ死ぬかも分からないからこそ己の特技を鍛えることが必要不可欠。正直、色恋沙汰に意識を向ける時間も暇もありません」

 

今や大陸は波乱と混乱に満ち、各々が生き残ることに躍起になっている。

 

その中で生きるためには自身の腕と運が必要であり、裕福に暮らしている人はほんの一握りくらいしかいないだろう。

 

そんな時だからこそ遊んではいられない。

 

二人はそう思っていた。

 

そんな程イクは二人に言葉を送る。

 

「だから……私達はお二人が羨ましいのですよ…」

 

穏やかな笑顔を浮かべて二人に囁く様に、優しく言う。

 

「お二人はお二人の好きな人がおり、お兄さんと一緒に旅をしてる。あなた達はそれだけでは不満ですか?」

 

ここまで言うと、二人は顔を出して首を横に振って否定する。

 

それを確認して程イクは続ける。

 

「こんな時代だからこそ、守りたい物があるあなた達が羨ましいのです。その気持ちを大事にすることは恥ずかしいことでも悪いことでも無いのですから…人を愛するのに理由がいるとは風は思っておりませんよ?」

 

人は生きている内に必ず、愛する者ができる。

 

その人を愛することは生物としての性であり、男女両方の望みでもある。

 

そんな時、なんで愛しただとか考える必要があるだろうか?

 

そして、その気持ちは膨れ、増幅していく。

 

いき過ぎた気持ちはやがては重圧になる。

 

いき過ぎた我慢は身を滅ぼす。

 

「ここは一つ、もうちょっと素直になってみませんか? 会って間もないですが、お兄さんなら喜ぶと思いますよ?」

「「……」」

「と…まぁ…風の独り言はここまでとして…色々と聞いてもいいですか?」

「「……はい…」」

 

しおらしくなった二人を見て程イクは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

計画通り…

 

程イクはひっそりと黒くほくそ笑んだ。

 

人はおだてられ、羨ましがられ、自慢できることについては解放的になる。

 

二人は色恋に後ろめたさを持っていた訳では無く、自信が無かっただけだった。

 

自分には相応しく無いと…

 

ならば、それに対して自信をつけさせればどうなるか…

 

“自信”は即座に“自慢”に変わるものであり、そのことについては心がオープンになるのだ。

 

これは一種の催眠法と言っても過言でもない。

 

「ではでは~…お兄さんのどういった所が気に入っているのですか?」

 

ここでも軍師クオリティー…かは分からないが、直接“好き”とは言わずに“気に入っている”と誇張し、喋りやすい配慮を忘れない。

 

それに乗っかった二人は小さく、顔を真っ赤にして答える。

 

「「……色々と…」」

「そうですか~…何でそう思ったのですか~?」

 

まずは凪が答える。

 

「えっと……雰囲気もありますが…強くて…それに以前は私を助けてくださって…」

「兄さんの肌に密着してたんよー。そん時」

「ま…真桜!」

 

凪の語りの横から茶化す真桜に顔を更に赤くさせて割と本気で怒鳴る。

 

そんな時、全員から、人差し指を口の前に立ててシィ~と注意をくらい、小さくなってしまった。

 

「ほうほう…じゃあ程普ちゃんはどうなんですか~?」

 

程イクは矛先を鈴仙に変えた。

 

振られた鈴仙に視線が集まり、本人は戸惑うが…諦めて正直に話す。

 

「えっと……やっぱり優しいこともあるんだけど……やっぱりわたしも雰囲気…かな?」

「あ~…後は…普段は大人っぽく振る舞ってるのに時々子供っぽい所も…」

「あ…あるある…それと自分は勘が良いって自分で言ってるのに…」

「あの人ときたら…」

「「なんか鈍い」」

 

いつのまにか鈴仙の話に凪も加わり、勝手にヒートアップしていくことになる。

 

尋問していた筈の五人は置き去りにされてしまった。

 

「……ここまでいくとは計算外でしたね~」

「いやはや…こういうのも悪くないのではないか?」

「ですね~」

 

真桜と沙和を見ると、苦笑しながらも生き生きとする親友を見て嬉しそうな様子である。

 

それよりも程イクはと趙雲は話の中心人物のエースが気になり始めていた。

 

聞いた限りでは、エースとは出会ってそれほど経ってはない。

 

それなのに、ここまで心を許している様子である。

 

こんな世の中、ここまで心を許せる存在がどれだけいるだろうか?

 

ましてや、心身共に強い武人相手にだ。

 

それは性格だとか強さだとかそういった物ではなく、もっと根本的な要因か魅力があるからではないのか…

 

それが何なのかが気になり、知りたいと興味本位で思っていた。

 

(明日こそは手合わせしてもらおう)

(今度ゆっくり話してみましょう)

 

二人がそう思っていたことは本人しか知らない。

 

一つ気持ちの整理がついた時、程イクはもう一つの疑問が浮かんだ。

 

「そういえば稟ちゃんはもう寝たんですか~?」

 

程イクはさっきから静かな戯志才を見てみる。

 

恋バナをしているのにあの妄想癖の戯志才が静かなのはおかしい。

 

そう思っていたが、すぐに分かった。

 

「うぅ~…」

 

鼻に詰め物を詰めて鼻血を食い止めている戯志才が横たわっていた。

 

「あぁ…話の邪魔になりそうだったからな。すんでのところでオとしておいたのだが」

「良い仕事しますね」

 

結局、彼女達の修学旅行のノリは深夜まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に風が吹いた。

 

塾内の庭は一際広く、穏やかに青々とする木々と思いつく限りの色を宿す花で囲まれている。

 

その頭上には見事な満月が浮かび、朝から続いていた雨雲が晴れ、満月から離れているように見える。

 

風によって周りの植物がざわめき、来訪者にワルツを見せ、クラシックを奏でる。

 

そんな幻想的な広場の真ん中に来訪者…エースがいた。

 

上着を脱いで背中のドクロが剥き出しになっている。

 

その広場の真ん中でエースは一人、腰を下ろしていた。

 

(……結局この島……いや、この世界は一体…)

 

エースが考えていたのは今の自分がいる場所だった。

 

今まで凪達と旅してきて思った。

 

黄巾党、朝廷、勅使などい聞き覚えの無い単語。

 

海賊、海軍本部、七武海が誰にも知られていない。

 

それに今まで会ってきた中で、悪魔の実の能力者も一人もいない。

 

自分を知る者も…一人もいない…

 

自分を……愛してくれた人達も……誰一人……

 

この世界には存在しない……

 

この世界では誰からも邪険にされない……

 

誰からも心から愛されない……

 

(おれは……一人だ……)

 

エースの心に何とも言えない虚脱感が溢れる。

 

敵がいないことは好ましい、会うのは絶対にゴメンだ。

 

だが、自分を知っていた人物とはもう二度と会えない…

 

そんなことは自分がインペルダウンに収容されていた時に覚悟を決めていたはずだったのに…

 

「出会いがあれば別れもある……的を射ているな……」

 

今まで出会ってきた人達の顔が頭をよぎる。

 

「今のおれには……痛すぎる…」

 

満月を見上げて力無く一人ごちる。

 

そんな時、幻想広場にもう一人の来客が現れた。

 

「素敵な場所でしょ? ここは…」

 

水鏡はエースの上着を抱えていた。

 

突然の珍客にもエースは反応を見せずに、力無く笑みを浮かべる。

 

「ご婦人が一人で見知らぬ男と会うもんじゃねえぞ」

「あら、長生きしてないわ。人を見る目はあるつもりですよ?」

 

エースの忠告にも水鏡はいたずらっぽく微笑んで腰かけるエースの隣まで歩み寄る。

 

「良い所でしょ? 私の花鳥風月を想像して何年もかけて作ってみたの」

「まあな、グランドラインや新世界でもこんな光景はお目にかかれるかどうか……」

「……その『ぐらんどらいん』や『しんせかい』というのは天の世界ですか?」

 

水鏡の言葉にエースは引っ掛かった単語を見つけた。

 

「天? なんだそれ?」

「最近の噂の中心の『天の御遣い様』は天の世界から世を治めるために送られた火を司る神の遣い……だと言われてるんですよ?」

「なんだそりゃ、前よりもひどくなってんじゃねえか」

 

あまりに増幅しすぎたお伽話にエースも苦笑いを浮かべるだけだった。

 

それは呆れからじゃない。

 

自虐だった。

 

「おれが神の遣いか……世界最悪の血を……鬼の血を受け継ぐ鬼の子が…世界を救うなんてな……物語としては上出来じゃあねえか?」

 

それを横で聞いていた水鏡は何も言わずにエースの話を聞く。

 

エースの話が終わり、辺りには草木の奏でしか響いていない。

 

そんな中、水鏡は広場を囲む花壇の傍まで歩み、花を優しく撫でながら、ある話をする。

 

「この花壇にはですね…色々な花があるんですよ……菖蒲(あやめ)、あかしあ、通草(あけび)朝顔(あさがお)紫陽花(あじさい)など……まあ…手当たりしだいって感じですけど…」

 

水鏡は恥ずかしそうに答えるが、エースは黙って聞いている。

 

水鏡の真意が分からないといったことの方が大きいのだろう。

 

「この中でもね…お気に入りの花があるんです…」

 

そう言って水鏡はエースを手招きする。

 

不思議に思いながらもエースは歩み寄る。

 

近くに来たことを確認すると、水鏡は二つの花を指差す。

 

どちらの花も鮮やかな紫だったが、花びらの形が違っていた。

 

水鏡は多数の花びらを振りまく花を指差す。

 

「この花は紫苑と言って…花言葉は『遠方にある人を思う』、『思い出』、『君を忘れない』です。それでこっちは……」

 

今度はもう一つの花を指差して言う。

 

「この花は桔梗。花言葉は…『変わらぬ愛』」

「……」

 

ここまで言われると何が言いたいのかが何となく分かってきた。

 

「あなたがどんな人生を送ってきたのかは私にも分かりませんし…理解できるとも思っていません…誰にもできないでしょう」

「まぁ…な…」

「ですが……」

「?」

「あなたを愛してくれた人は必ずいたはずです」

「!!」

 

水鏡の言葉にエースは大きく目を見開いて驚愕する。

 

それはつまり、さっきの独り言を聞かれたのだと判明し、バツが悪そうに手で隠す様に顔を覆う。

 

エースは人に弱い自分を人に見せるのがきらいだった。

 

そのために水鏡と顔を合わせ辛くなってしまった故の行動だった。

 

それを見抜いた水鏡はクスクス笑って続ける。

 

「あなたが鬼の子だと言われようが、あなたは愛してくれる人がいたんですよ」

「……だけど…そんな奴等もここにはいねえ……いねえんだ…」

 

エースはできるだけこの話を終わらせたかった。

 

今の現実を受け入れるのが堪らなかった。

 

だけど、それから逃げてはいけないと踏みとどまる自分がいた。

 

しかし、その話も終端に向かっていた。

 

「確かにその人達はもういないと思う……だけど、今のあなたの周りはどうですか?」

「……」

「…人はいつでも自分のことに関しては無関心であり、無知に近いのです……時々でいいですから自分の周りを見渡してみることをお勧めします」

 

そう言って水鏡は屋敷の方へと戻って行った。

 

「……」

 

一人取り残されたエースは何とも言えない表情のまま床に転がった。

 

眼前には見事な満月が顔を覗かせている。

 

しかし、その月はいつもよりも近く感じ、手を伸ばせば届くと思った。

 

(おれの周り……仲間……か…)

 

最近できた仲間の顔が浮かび、やがては消える。

 

しかし、その口元は吊り上っていた。

 

この月見は色んな意味でエースの心に残った。

 

このことは生涯、忘れることはないのだろう……

 

 

どんな時代の荒波に呑まれようが……彼は忘れない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…水鏡塾か…」

「へい、その私塾は若い女の育成が盛んでして…」

「うひょー! そそるぜー!」

 

街からある程度離れた場所で黄色で統一された集団が移動している。

 

しかし、あまりに下品で、醜悪に満ちた声で高々と笑いを上げる。

 

「お前達もよくそんな穴場を見逃してたな」

 

賊の頭らしき人物が一人の男に首を向ける。

 

その男は昼間に凪達にボコボコにされたゴリラ男だった。

 

顔に包帯を巻いて痛々しいが、その表情は邪悪さと憎悪で染められている。

 

「それより頭。俺達を入れる約束は…」

「もちろん、守ってやる! お前の話が事実だと分かればなぁ!」

 

頭の言葉に男はククッとほくそ笑んだ。

 

この集団もまた元農民で構成された黄巾党の片割れ。

 

略奪し、相手を蹂躙する快感と力に振り回された成れの果てとも言える。

 

この集団の総勢は100と壊滅された賊衆とは取るに足らない数だが、路頭に迷うよりはマシということだ。

 

エース達にぶっ飛ばされた男は同じ黄巾党のよしみだということと、一つの提案を持ち掛けて仲間に入れてもらおうという魂胆だ。

 

 

女の調達場所。

 

 

黄巾党にとって街の拠点である水鏡塾は邪魔でしかない。

 

特に村近くに拠点を置いていた黄巾党にとっては正に邪魔だった。

 

そのせいで今まで街に攻めることも、塾の女共を指をくわえて見てるだけしかできなかった。

 

しかし、それも今日で終わる。

 

黄巾党が壊滅したと油断している今が好機。

 

自分達をコケにした兎女と傷女も、あの男にも地獄を見せてやる…

 

男は惨たらしく殺し……女共は犯しに犯し…人格が崩壊するまで堪能してやる……

 

狂気の波がエース達に牙を向ける。

 

 

黄巾党到着まで……

 

あと………

 

 

一時間


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