―――ガンバレー!! ガンバレー!!―――
by Mr.2 ボンクレー
◆
「まったく…凪も落ち付きがねえな」
嬉々として西門に報告に行った凪の後ろ姿を口を吊り上げて見ている。
それよりも、また鈴仙達に小言を聞かされると思うと、ついつい辟易してしまう。
しかし、このまま戻らないわけにもいかないから、エースも街の中へ戻ろうとした。
その時だった。
「うおおおおおぉぉぉ!!!」
「?」
煙の中から剣を持った黒髪の女性がバカみたいにバカでかく唸りながらこっちに走って来る。
ていうか、殺気をかんz…
そんなことを思っていると、その女性はエースに剣を振り上げてきた。
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
「おっと」
いきなりの攻撃に少し驚きはするが、何とも直線的だったのでその一閃を余裕で紙一重でかわす。
後ろに一歩退くと剣は振り下ろした力を抑えられずに轟音を上げて地面を抉る様に破壊した。
エースはもう一歩退いて女性との距離を一メートルくらいにまで広げた。
しかし、女性の追撃は続いた。
「避けるなぁ!」
「よっと」
今度は下方から打ち上げる様な一閃をジャンプで避ける。
女性はまた避けられたことに舌打ちをして崩れかけた態勢を整えようとしている時、エースは自分の失態に気付いた。
(……急いで変な回避しちまった)
エースは宙に浮かんでいて体の自由がきかない。
つまり、着地地点も決められないのだ。
エースが悩んだのは一瞬だった。
「逃がさん!」
女性が頭上を飛び越えてるエースから目を離さない様に頭上を見上げると、そこにはエースの足が間近に迫っているのを見た。
「なっ!」
声を上げようとしたが、コンマ一秒遅かった。
「わり」
エースの謝罪が聞こえた瞬間、顔面にとてつもない衝撃を感じた。
先遣隊を送った張本人であり、陳留の州牧である曹操は先遣隊として送った夏侯淵と許緒の身を案じていた。
先程、ようやく街に着いてすぐに黄巾党と交戦し、追い返した。
そこで、二人の生存は聞いたが、実際に姿を見るまで安心できない。
それは部下の夏侯惇も同じだったようで、そのまま東門に全力疾走で独走してしまった。
部下までも置いて行ったので、まず人に迷惑をかけるだろう。
曹操は夏侯惇へのお仕置きを考えながら、後始末を部下の荀イクに任せて東門へと向かう。
そこに向かっていると、奇妙な光景があった。
煙だった。
大きな煙が宙に霧散していたのだ。
最初は砂煙だと思っていたが、一目見て、それが火で起こされた煙だと把握した。
砂煙にしては色も白かった上に、匂いも焦げ臭い。
それにとてつもない熱気を帯びていたため、通常でもありえないほどの汗をかくことになった。
この状況について考えるのは後にして今は部下を探すことに集中するために向かうだけ。
多少暑くても我慢すれば何ともなく、すぐに煙を抜けた。
そして、曹操はそこで奇妙な光景を目にした。
「……何をしているの?」
煙を抜けると東門……の前で夏侯惇が大の字で倒れていた。
夏侯惇の顔面の上に男が一人立っていたのだ。
ピクピクと痙攣する夏侯惇をポカーンと見ていると、エースが曹操に気付いて目を合わせた。
「こいつってあんたの連れか?」
「え…えぇ…私の部下だけれども…」
「そうか……わりい、踏んじまった」
「どうやったら我が軍の猛将を踏むのかしら?」
とりあえず、曹操はエースの話を一旦聞き入れ、本日最大の溜息を洩らした。
まさか、義勇軍の将に有無を言わさずに襲うとは……
以前から彼女の頭の弱さには頭を悩ませてはいたが、ここまでくると見過ごせないものがある。
もし、庶人だったら曹猛徳の名に傷が付き、覇道にも傷が付くところだった。
そもそも、罪もない一般人を巻き込むのは望む所ではなかった。
まさに、今回は自分の手綱の甘さが招いたことだった。
「すまなかったわね。そのあなたが踏んでいる子は私の部下の夏侯惇。部下が不祥事を起こしてしまって申し訳ないわ」
「まあいいさ。こうして怪我もなく生きてんだし。何も損しちゃいねえからな」
「…そう……それでも部下が不祥事を起こしたのは事実。あなたには詫びを返さなければならないの」
「ふーん」
「貴ぃぃぃぃぃ様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
エースは腕を頭の後ろで組んで話を聞いていると、また騒がしい声が聞こえてきた。
曹操とエースが声の方を見ると、そこには鼻血を出してフーフーと猫の様に唸っている夏侯惇がいた。
「お、あんたすげえな。顔踏まれたのに鼻血だけで済んでるな」
エースは笑いながらの台詞に夏侯惇は自身あり気に答える。
「当然だ!! 私は華琳様の剣!! お前ごときにやられる訳がない!!」
「あら、魏武の大剣は主を守っても、問題は起こすのね?」
「そんな訳なかろう!! 貴様…華琳様の声で何を…」
「春蘭っ!!」
「はひっ!!」
エースの後ろで曹操が怒声を上げると、夏侯惇は奇妙な声を上げて一気に静かになる。
怒りに真っ赤にさせていた顔が一気に青くなっていったのを見て、エースは面白いと思った。
そんな呑気なエースに反して、曹操は毅然とした態度で夏侯惇の前に歩み寄る。
「春蘭、あなたが襲った相手は黄巾党ではない。この街を秋蘭と共に護ってくれた義勇軍の一人よ」
「な!?…貴様! なぜそれを先に言わんのだ!」
「言う前に斬りつけられた」
「この期に及んでまだ減らず口を…!!」
「いい加減になさい!!」
「!!」
再び、曹操の怒号が夏侯惇を鎮める。
犬の様にシュンとした夏侯惇を見て一言。
「この処遇は後でするから、今は口を閉じていなさい」
「…はい」
何も言い返せる気力が無くなった夏侯惇を放って、曹操はエースに向き直って笑みを浮かべる。
「私の部下が不快な思いをさせて申し訳なかったわね。詫びは必ずするからこの子を責めないでやってちょうだい。根が素直すぎるだけなの」
「なに、素直なのは分かってるし、不快に思ってもねえから安心しろよ。どっちかというと楽しかった」
「猛将を相手に楽しいなんて、相当ね」
エースと曹操は笑い合っていると、エースは曹操が汗をかいていることに気付いた。
「とりあえずおれの仲間も紹介したい。街の中にいると思うし、多分、夏侯淵と許緒もあんたを待ってるかもしれねえしな」
「そうね、いいわ」
そう言うと、怒られていじけていた夏侯惇は急に元気になってエースに詰め寄る。
「お前!! 秋蘭と季衣を知っているのか!?」
その迫力にエースは退きながらも答える。
「ま…まあな、真名は知らねえけど夏侯淵と許緒っていう曹操の部下ならこの街に…」
「分かった!!」
そう言うと、夏侯惇は身を翻し、街へと疾走する。
「秋ぅぅぅぅ蘭んんんんんん!! 季ぃぃぃぃぃ衣ぃぃぃぃぃ!!」
名前を連呼しながら走る姿を曹操は再度の溜息を洩らす。
「はは…おれ等も行こうぜ」
「そうね……」
細かいことを気にしないエースのペースもあって、何も考えずにしようとした。
しかし……
「?……これは…」
エースの背中を見た時、曹操の頭の中で何かがちらついた。
そんなことがあって曹操はじっくりとエースの背中を観察すると……
「…あなたが噂の…」
「ん? 何か言ったか?」
小さく呟いた曹操にエースはどうしたのかと聞いてみた。
「いえ、何でもないわ」
その一言で返し、エースも「そうか」と言って再び街に向かう。
しかし、その間に変化があった。
「まさかこんな所で巡り合うなんて…これも天命か…」
小さく呟く曹操は先程とは打って変わって子供の様だった。
欲しい物を見つけて目を輝かせる子供の様な目を光らせていたことはエースも知らなかった。
「秋蘭!! 季衣!! 無事だったか!!」
「ああ、この通りだ姉者」
「何の問題もありませんよ!」
街の駐屯していた一角では夏侯惇と夏侯淵、許緒が互いの再会を喜び合っていた。
そんな中、そこに曹操とエースも到着した。
「秋蘭、季衣、ご苦労だったわね」
「華琳様…ありがとうございます」
「うん! 僕ねすっごい頑張ったよ!!」
「ええ、よくやったわ」
その光景をエースとその場にいた鈴仙達が傍で優しく見守っていると、今度は鈴仙達にも礼を言ってきた。
「あなた達がいなければ秋蘭達も敗走していたわ。ありがとう」
微笑んで感謝する曹操に不意を突かれ、鈴仙達は慌てて頭を下げる。
「いえ! これくらい何ともないですから!!」
「もったいないお言葉です!!」
いきなりの大物からの激励に身が縮こまってしまった鈴仙達に曹操は満足そうに笑う。
しかし、穏やかな空気も夏侯淵の一言で変わることになる。
「ところで、二、三聞きたいことがあるのだが、いいか?」
エースに向かって言った言葉には少し複雑な感情が混ざっていた。
「内容によるぜ」
それを感じ取ったエースは不敵な笑みを浮かべる。
それを聞いた夏侯淵はそれに頷いて質問する。
「東門には兵は一人もおらず、いたのはエースと楽進の二人。たった二人だけで1000もくだらない軍を相手に三時間も堪えるなど……とても人間業とは思えんのだ」
それを聞いた時、曹操と夏侯惇の顔が驚愕な色となる。
周りで聞いていた兵も同じ反応をするのは当然だろう。
そして、話題の中心であるエースは飄々と答える。
「悪いが答える訳にはいかねえな」
その言葉に曹操が聞く。
「それは何故?」
「こいつ等との約束だ。そう簡単に教えられる内容でもねえんだ」
「……そう。なら、私からも一ついいかしら?」
「なんだ?」
多分、この質問もはぐらかされるとは思うが、曹操は聞かずにはいられなかった。
「あなたが最近、黄巾党を制圧している『灼熱の御遣い』なのかしら?」
「そうだけど?」
固まった。
案外、すんなりと答えたエースに曹操は拍子抜けしてしまった。
「……意外とアッサリ答えるのね」
「もう背中見られたからな。隠す必要もねえだろ」
「それもそうね……それなら話は早いわ」
曹操は一呼吸してから言った。
「あなた達、私の元に来ない?」
エース達を勧誘する言葉に凪達は驚いた。
「え!? 我々がですか!?」
「ホンマでっか!?」
「ええ、あの戦力を相手にここまで持ちこたえるその采配と実力、どちらも申し分ないわ」
そこまで言われると、凪達の気持ちが次第に高鳴っていった。
「やったぁぁぁ!! 凪!! 曹操様からのお誘いやで!!」
「そうなの!! これはもしかしてすっごいことかも!!」
「ああ!! 本当に私達でいいんでしょうか!?」
喜びを隠せない三人に曹操は微笑んで頷く。
「ええ、あなた達に言ってるのよ」
その言葉に凪達はもはや有頂天になっていた。
凪達の旅の理由、それは自分の仕える国を探すことだった。
その夢の一歩が今まさに、目の前ある。
しかも、相手は最近名高い“あの”曹操。
部下をこよなく愛し、武と智においては完璧とも言える。
将来有望の諸侯だった。
そして、極めつきは民を見捨てないという信条を掲げている。
そんな人からの勧誘に凪達は舞い上がっていた。
故に忘れていた。
エースの旅の目的を……
「いや、わりいんだけど…」
エースは申し訳なさそうに手を上げて注目させ…
「おれは……断らせてもらう」
しっかりと勧誘を蹴った。
「……え?」
凪は信じられないといった様子に変わってしまった。
―――今……なんて……
さっきまで喜んでいたのが嘘なくらい…にだ。
「き…貴様!! 華琳様のお誘いを断るとはいい度胸「春蘭」か…華琳様?」
夏侯惇の怒号を遮り、曹操はエースを見据える。
しかし、その表情は先程よりも険しいものになっていた。
「…理由を聞かせてくれないかしら?」
「そんなに怒るなって。別にあんたが嫌って訳じゃねえからよ」
「それじゃあ何故?」
「おれは今、別の用があって旅をしてたんだ。それが済まない内はどこの国にも入るわけにはいかねえんだ」
エースは固い決意を込めて曹操を見つめる。
しばらく互いに目を合わせたまま動かない状態が続き、周りも緊張が膨らんでいく。
そんな中、曹操は一呼吸入れて納得してくれた。
その瞬間、若干張りつめた空気が和らいだ。
「そう……それなら仕方ないわね。これは無理強いもできないわ」
「悪いな」
少し残念そうな曹操に軽く謝ると、曹操は気を取り直して鈴仙達にも聞く。
「すいません……わたしはエースさんと行きます……」
「風もですね~。お兄さんには興味がありますから~」
鈴仙は残念そうに、風はポケ~っと断る。
そして、曹操はこの面子の中で一番喜んでいた三人に聞く。
「あなた達はどうかしら?」
「……」
「な……凪…」
「凪ちゃん……」
曹操の誘いは多分、これで最初で最後。
これを逃せば二度とチャンスはないかもしれない。
真桜と沙和は曹操の元に行きたくて堪らない。
しかし、問題は凪だった。
曹操の元に行くとすれば、つまり、エースとの旅の終わりを意味する。
堅物の親友が好いている男との別れ。
一途な凪にとって、その別れはあまりにも痛いものだ。
それに気付いている二人はどうすることもできなかった。
後は凪次第だった。
「わ……私は…」
凪はゆっくりと唇を震わせながら答える。
「私……は…」
二人は正直、ここまで苦しむ凪を見るのは初めてであり、見たい物ではなかった。
同時に、エースを説得しようと二人が動いた瞬間だった。
「私は……曹操様の元へ行きますっ!!」
凪は想いを振り切る様に力の限り叫んだ。
「な…凪?」
「凪ちゃん…」
「う…うそ…」
驚いたのは三人。
真桜、沙和、そして鈴仙。
この三人は凪のことをよく知っている。
知っているからこそ、曹操の誘いを受けたのは衝撃だった。
「な…凪ちゃん…なんで…」
聞いたのは鈴仙だった。
確かに彼女は国に仕えるために修業し、互いに腕を磨いてきた。
しかし、自分と同じ様に大切な人と一緒にいられて幸せだと思っていた。
「そうだな、確かにこのまま一緒にいたい。離れたくはない」
「なら…!」
「それでは駄目なんだ!!」
「!!」
鈴仙は続けようとしたが、凪の渾身の叫びに鈴仙は体を震わす。
そして、よく見ると凪の目からは大粒の涙が流れていた。
「そんな……今のことだけを優先させて……夢を諦めたくない」
「凪…」
「凪ちゃん…」
泣きながら話す親友に二人も一緒になって泣いてしまう。
好きな人と離れる。
凪の心は悲しみに満ちている。
それも、次に会う時には敵として出会い、殺し合うのかもしれない。
それでも、長年の夢だけは諦めたくはなかった。
凪は二つのジレンマを味わっていた。
「……」
エースはそんな凪を黙って見守っていたが、やがて凪に近付いて肩に手を置く。
凪はそれに気付いて泣き顔をエースに向ける。
すると、そこには優しく笑うエースの顔が間近にあった。
「お前は曹操の元に行きたいんだよな?」
「……」
「それが…今のお前の夢なんだよな?」
「……」
エースの優しい問いかけに凪は泣きながらも頷く。
そんな凪を見てエースは「そっか」と言って凪の背中を強めに叩いた。
「あ…」
それに凪はよろめき、体制を立て直してエースの方に振りかえると、そこには今でも優しく笑うエースがいた。
そしてエースは……
「なら……行ってこい」
「「「「!!」」」」
笑いながら言った言葉に凪達も驚愕した。
勝手だとは思うが、彼女達には少なくともエースが退きとめてくれると思っていたからだ。
しかし、その予想は裏切られた。
それについて思わず叫びそうになった凪達の先にエースが口を開く。
「正直言うとな、このままお前を連れて逃げたい、まだ一緒にいてえって思ってる」
「そ…それなら…」
「でもよ、そんなおれのせいでお前の夢は潰したくねえし、お前のことを尊重してやりてえ」
「そ…それは…」
エースにはエースなりの考えがある。
今の話からしてエースの言ってることは事実だろうと彼女達は分かっていた。
だからこそ、何も言えなくなったのだ。
「だから、お前達とは……ここでお別れだ……」
「エース様…」
「兄さん…」
「エースさん……」
凪の他にも真桜と沙和までも涙目になってきた。
いざ、別れると実感すると今までの思い出がフィードバックしてきて悲しくなってきた。
もう、あんな破天荒な旅も修業もできなくなる。
たった数カ月のことだったけれど、とても有意義で、楽しかった濃密な時間だった。
そんな時間とも…ここで終わる。
そう思うと三人は今にも泣き叫びたくなった。
しかし、そんな中でエースだけは涙も浮かべずに笑って言う。
「この先、お前達とは敵として出会うかもしれねえ……」
「だけど……これだけは覚えてほしい」
「おれ達の“絆”はどんな形になっても変わりはしないって…」
「「「!!」」」
エースの言葉に真桜と沙和までもが耐えきれずに涙を流す。
「おれ達の過ごしてきた時間は決して嘘なんかじゃない…その時間は確実に存在してたんだ…」
もはや、三人はしゃっくりしか出せず、何も答えられなかった。
「つまり……何が言いてえか分かるか?」
エースは三人の首に腕をからませて言った。
「おれ“達”は…きっとまた……“仲間”だって言い合える日が来る!!」
エースが言った一言に、三人の心が軽くなった気がした。
三人は腕を解いてエースから少し離れると、エースに向き合った。
「兄さん……ごんなどきにぞんな言葉って……反則やで……」
「い”ままで……ありがどうなの……」
二人は泣きながらの返事で上手く喋れてはいないが、エースはその意味を受け取った。
その中で凪はというと、再びエースの前にまでやって来て力の無い声で言葉を紡ぐ。
「もし……あなたが敵として会ったのなら……私達はあなたを…倒します…」
「…あぁ」
「……そして倒したら……捕虜としてあなたを曹操様の元で……働いてもらいます……」
「…あぁ」
「もし、そうしたら……私達の“仲間”にしますから……」
「…あぁ」
「その時は……もう一度……“仲間”って……呼んでもいいですか…?」
「…あぁ」
「敵として会わなくても……“仲間”って……呼んで……いいでずか?」
「…お前達がそう思ってくれるなら」
その時、凪がエースの腰に腕を回して抱きついた。
涙で濡れた顔をエースの胸板に押し付けて……
「また……会いにきます…」
「待ってるぜ」
それを聞いて、凪はエースから離れて涙を拭いた。
(この温もりともここで別れることになる…けれど…)
凪は深呼吸をして心を落ち着かせ、一段と凛々しい表情をエースに向けて言った。
「いつかまた……あなたに勝ってみせます……エース“さん”」
「へへ…」
凪からの宣戦布告にエースは優しい笑みを不敵な笑みに変えた。
後悔や悲しみのない純粋な笑みだった。
「凪ちゃん……」
そこへ、傍から見ていた鈴仙も凪に…好敵手に声をかける。
鈴仙も凪の心を理解し、エースの元から離れることを責めはしない。
「鈴仙……お前ともいずれ巡り合うだろう」
「うん……その時は決着を付けよう……凪」
互いに握手を交わす。
その握手だけで互いの絆を確かめるには充分だった。
「真桜と沙和も元気で…」
「三人共~。またどこかで会いましょう~」
「もちのろんや! そん時は絶対に勝ってやるさかい!」
「二人も元気でなの~」
互いに別れの挨拶を交わす光景に曹操は満足そうに見ていた。
「こういう場面も悪くないわね」
そう小さい呟きは見事な晴天の中に溶けていった。
その後、エースは曹操からの詫びとして二つくらい要求した。
まず一つ、『少しの間の食料を恵んでほしい』
そしてもう一つは、『洛陽への道のりを教えてほしい』だった。
あまりの欲のない要求に曹操は少し呆れ、少しの気持ちだと言って路銀までも用意してくれた。
そして、行き先を決めたエース達はその日の内にその場を発つことにした。
そして、現在は激しい戦いを繰り広げた街の門前に凪達に見送られようとしていた。
「私達は早速、この街の再建の任を任されました」
「だから、見送りはここまでや」
「それに時間もないの~」
三人の律儀さにエースは嬉しくなりながらも、軽く手を振る程度で応える。
そして、何も言わずにエース達は旅立つと思っていたが、エースはある程度歩いてから振り向かずに言う。
「……お前等…」
「「「?」」」
「おれはこの先…更に強くなってみせる……だから…」
エースは少し振り向くき、口を吊り上げて言う。
「今度会う時は戦士の“高み”だ」
「「「はいっ!!」」」
その言葉を聞き、三人は大きな声で応えた。
それを聞いたエースは再び視線を戻し、凪達から離れていく。
凪達はそのエース達の背中を見送った。
自分達が目指す、あの背中を記憶に焼き付けるために……
そんな彼女達のやり取りを門の影で見ていた者がいた。
「黄巾党を軽く一蹴する実力に加えて寛大な器、他人を惹きつける魅力……興味深いわ…」
その影は曹操。
完全に気配を絶って彼女達とのやり取りを覗いていた。
最初は野暮かと思ったが、人として、好奇心には勝てなかった。
「あれほどの希有な才能を持った人間……欲しいわね」
彼女は妖艶な笑みを堪えながらその場を静かに去っていった。
「私は覇王……欲しい物は必ず手に入れるわ…」
ある意味では、エースは強大な敵を生み出したかもしれなかった。