火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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一網打尽

張譲には何が起こったのかが分からなかった。

 

それどころか張遼にも賈駆にも分かっていなかった。

 

欲情して董卓に迫っていた男が今、倒れている。

 

倒れただけでも驚くべきことなんだろうが、特筆すべきは、その男の状態だった。

 

男の体の一部分が焦げてる。

 

その奇妙な男を全員が見ていると……

 

「おれの恩人だ。手出し無用で頼む」

 

そんな声が聞こえると、突然に一人の男が颯爽と現れ、董卓の前にまで降り立つ。

 

「少し待ってろ。すぐに終わる」

「!!」

 

董卓はその声の正体が分かり、驚愕する。

 

「がっ!」

「おごっ!」

 

男は董卓を囲んでいた男を次々と殴り飛ばす。そして、董卓を押さえていた男が手を離して董卓が落ちる。

 

それを颯爽と現れた男・エースは上手くキャッチする。

 

「ほれっ!」

「!! うわ!」

 

エースは奪われていた張遼の偃月刀を蹴り上げて張遼に飛ばす。

 

慌ててキャッチする張遼はいきなりのエースの乱入に戸惑いながらも、その武器で周りの男達を切り捨てる。

 

その間にエースは張遼の元へと退いて態勢を立て直す。

 

「月!」

「んな慌てんなって。ほれ」

 

ヒステリック気味の賈駆に董卓を手渡すと、賈駆は奪い取る様に素早く受け取って目隠しと猿轡を外す。

 

そして、董卓がうっすらと目を開けると、そこには長い間、会うことも叶わなかった親友の姿があった。

 

「え…い……ちゃん?」

「そうだよ…僕だよ…月」

「……本当に詠ちゃんだ…」

 

そう言って董卓は賈駆と抱き合って喜びを分かち合う。

 

まさか、こんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。

 

「再会を分かち合っているとこ悪いんだが……お前等はおれ達から離れるなよ?」

 

その声で二人は驚いた。

 

それもそのはず、賈駆は急に現れた男の登場に。

 

そして、董卓は予想外な人物の登場に驚きを隠せなかった。

 

「うそ……エースさん…」

「よ。また会ったな」

 

さっき別れたはずの人との意外な再会に驚愕していた。

 

「え? なに? 月はこいつを知ってるの?」

「う…うん…昨日、川から流れてきた旅の人……」

「いや、意味わかんないから」

 

賈駆は親友が何を言っているのか分からなかったが、そんな呑気な状況ではなかったので、張遼がそれを制す。

 

「今はそんなことはエエ。それよりアンタ…一体何モンや?」

「おれか? おれは…」

 

そう言うと、エースは張譲の方を見る。

 

「こいつ等の敵だ」

 

それに対して張遼には笑みが浮かぶ。

 

「今はそれでエエ! ちょっと手ぇ貸しぃ!」

「そうか? さっき歩き回ってたら飯見つけてな、満腹だからおれ一人でもいいんだけどよ」

「抜かせ! 武器も持っとらんのに!」

 

張遼はそう言うが、それをエースは口を吊り上げて笑う。

 

「なんや? 何がおかしいんや?」

「そりゃあ……お前……ちゃんと武器なら持ってるぜ?」

「持ってるって……その腰の剣か?」

「いや、このナイフは武器じゃねえが……あるぜ、とびっきりの槍がな」

 

そう言うと、エースは両手に炎を灯す。

 

「んな!?」

「うそ!!」

「え!?」

 

いきなり現れた炎に張遼、賈駆、董卓は驚愕する。

 

そんな中、エースはそれを槍の形に形成すると、それを投げる。

 

「神火 不知火!!」

 

その槍はまっすぐに飛んでいき、その軌跡上にいた男達に刺さる。

 

「ぐあっ!」

「がふっ!」

 

腹に刺さった槍はいっそう燃え上がり、その男達を飲みこんで燃やし尽くす。

 

それを目の当たりにした男達や董卓達は目も口も開いて驚いている。

 

そういった中で、エースは口を吊り上げた。

 

「どうする? 覚悟の無い奴ぁ早く失せな」

 

そう言うと、男達の中で騒ぐ者が現れた。

 

―――や…やべぇ……またあいつかよ…

―――そんな…もうやだ…

―――また…火拳かよ……

 

「「「火拳!?」」」

 

男達の会話から三人は思わず叫んでしまう。

 

今、黄巾党と同じくらいに世間を賑わせている天からの使者。

 

そう噂されるエースのまさかの登場に三人は呆然となってしまう。

 

「なるほど……あなたが…灼熱の御遣いと呼ばれているお方ですかな?」

 

そんな中、張譲は悠然とエースの前へと歩み寄ってくる。

 

「なるほど……手の込んだ仕掛けですな……」

 

張譲の一言に周りの家臣や兵士は笑い飛ばす。エースのことを全く信じていない様子であった。

 

「そんな大道芸で、この人数を相手にするおつもりで?」

 

すると、周りの男達は剣を抜く。

 

そんな状況に張遼達は身構える。

 

そんな中、エースはそんな三人に陽気に警告する。

 

「お前等はしゃがんでな。すぐ終わる」

「「「……へ?」」」

 

状況が読めていないのか、エースの笑みを見てそう思った。だが、エースはそんなことは気にせずに逆立ちする。

 

「……何のつもりだ?」

 

そして、手を動かしてカポエイラの様に回り出す。

 

最初は遅い回転も、段々と速くなっていく。

 

回っているエースを見て、張譲は呆れたかの様に言う。

 

「……もう大道芸は結構ですよ」

 

そう言って張譲は椅子に座りなおして呆れている様に見えた。

 

張譲は部下に合図をして剣を抜かせる。

 

しかし、そんな時に異変を目にした。

 

それに気付いたのは傍で立ちつくしている董卓達三人だった。

 

エースの回っている足の軌跡上にうっすらと赤い光が見えた。

 

しかも、回るにつれてその光は強くなっていく。

 

「…ねぇ……あれって…」

「…うん…多分だけど……」

「言う通りにした方がエエな」

 

三人は何かを感じ取って言われた通りにすぐにしゃがめる様に構える。

 

そんな中、エースの足の光はやがて強まり、熱を帯びていく。

 

エース自身の回転も速くなっており、手から土煙が出るほどだった。

 

その尋常じゃない様子に男達はたじろぐ。

 

しかし、そんな男達に張譲は舌打ちし、鞭を打つ。

 

「何をしている!! 早く切り捨てい!!」

 

張譲がそう言うと、男達は気を取り直して回っているエースに跳びかかる。

 

董卓と賈駆は斬られると思って目を瞑り、張遼は跳び出したい衝動を抑えて動かない。

 

この時、張遼の行動が最も正しかったことはその後に明らかになる。

 

やがて、エースの回転が最高潮にまで達した時、光は火に、やがては業火へと変貌していた。

 

そして、エースは放った。

 

火斬車(かざぐるま)ぁ!!」

 

エースはその一振りに力を入れて、炎を飛ばす。

 

すると、その炎は遠心力によって増したスピードと空気からの抵抗により姿を変える。

 

それは、まるで熱した刃の様だった。

 

そして、その刃は円状に広がって何もかもを飲みこんだ。

 

何もかもを燃やし

 

 

 

何もかもを切り捨てた

 

 

 

 

 

 

 

 

「な…なんだ…」

 

張譲は本日二度目の驚愕を覚えていた。

 

突然、回っているエースの足が光った所で、あまりの眩しさに目を閉じた。

 

しかし、何かがさっきまで違ったことに鼻で感じた。

 

(……さっきから焦げ臭い)

 

そう思って、閉じていた目を開ける。

 

そこには……

 

「なっ!?」

 

信じられない光景が……

 

「こ……これって…」

「そんな…うそ…でしょ…」

「な……なんやこれ……」

 

広がっていた。

 

咄嗟にしゃがんだ張遼達はしゃがみながら顔を上げて驚愕する。

 

それもそのはず、エースを中心とした男達のほとんどが倒れていた。

 

腹に切り傷と火傷を負った状態で……

 

「……!!」

 

呆然としていた張譲はさっきから焦げ臭い元に辿りつき、後ろを振り返る。

 

すると、張譲の座っている椅子の背もたれが焦げながら綺麗に真っ二つにされていた。

 

そして、背もたれから色々と覗いてみる。

 

数多に倒れた家臣や賊、そして、深い切れ込みの入った壁。

 

ここで、張譲は認識した。

 

これは、目の前で笑っている男の仕業。

 

確たる証拠は無かったが、張譲は最早そうとしか思えなかった。

 

そして、確信してしまった。

 

この男は……本物だと。

 

「…!!」

 

その瞬間、張譲は椅子から転げ落ちる様に下りてエースから距離をとろうとする。

 

「おい、さっきまでの威勢はどうした」

 

その姿は無様だとしか言えないが、今の張譲にそんなことを気にする余裕は無かった。

 

張譲の本能がエースにアラームを鳴らしていたからだ。

 

「お前は相手を間違えたんだよ」

 

床を這いつくばる様に逃げ惑う張譲を見て、男達は次第にエースに恐怖を抱く。

 

そして、その恐怖に耐えきれなくなった者からその場を逃げる。

 

―――ひぃ!!

―――化物ぉ!!

―――た…たすけ…

 

最初に逃げたのは、やはり賊だった。

 

理由は言うまでもなく、一度味わった恐怖がよみがえったからである。

 

その悲鳴と火拳の名で次々と逃げる者が続出。

 

ここまでいけば、もう敵はいなかった。

 

多くの男が逃げる人の波の間からエースは張譲を睨む。

 

「ひぃ!!」

 

そんなエースの視線を受けた張譲の体は硬直し、やがて自由も利かなくなってきた。

 

「てめえみてえな覚悟もねえ奴が……海賊に勝てるかよっ」

「ぐ……が……」

 

呼吸もまともにできなくなっていき、最後には泡を吹いて倒れた。

 

それは張譲だけではなく、エースの近くで逃げ惑う人間から張譲と同じ様に気絶する者が現れてきた。

 

董卓と賈駆は二人で抱き合ってお互いを慰めていた時、張遼は感じていた。

 

エースから一瞬出された尋常ではない“何か”を

 

「はぁ……はぁ……」

 

その証拠に勘の強い張遼はエースの覇王色の覇気にあてられていた。

 

しかし、何とか耐えきってみせた。この威圧は張遼に向けられている訳ではない故に張譲よりは軽い息切れで済んだのだとすぐに理解する。

 

(ホンマに何者なんや……この男…)

 

未だに息苦しい張遼は声にも出さずにそう考えていた。

 

しかし、逃げる人間がその場から全員消えた時、エースは力を抜く。

 

「!! すーーーーーはーーーー!!」

 

すると、周りの空気が軽くなり、張遼も深い深呼吸をする。

 

肺に足りなかった分の酸素を取り込むために。

 

そして、張遼の気分も幾分か良くなったところで改めて周りを見てみる。

 

その周りはとんでもないことになっていた。

 

張譲を含めたその場の男達は全員がエースを中心に泡を吹いて気絶している。

 

出口の方でも未だに逃げ惑う悲鳴が聞こえる。

 

一見すれば地獄のようだが、それは紛れもない大どんでん返しの超逆転劇だった。

 

気を落ちつけた張遼がエースに向き直る。

 

「あんた……一体何者や……」

 

張遼の疑問に賈駆も頷く。

 

「あんた……本当に『火拳』なの…?」

「ん? まあ、そうだけど?」

 

あっけらかんと答えるエースに何だか毒気も抜かれそうになるのだが…

 

そんなことは口に出さずにそれが事実だということを認める。

 

そんな中で、董卓はというと……

 

「あの~……エースさん……」

「ん? どうした?」

 

董卓はエースに近寄って一番気になっていたことを聞いてみた。

 

「手から火を出してたんですけど……」

 

賈駆達はいきなり核心を突くのかと内心ではドキドキしていた……のだが……

 

「熱くないんですか?」

「「そっちかよ!!」」

 

的外れな質問に賈駆と張遼は思いっきりつっこんでしまった。

 

それに対してエースはというと……

 

「なんかこれ……トグロを巻いたヘビみてえだな」

「「質問にだけでも答えろ!!」」

 

洞窟を照らしていた燭台に興味を奪われていたエースに連続でつっこむ。

 

「こういうのなら城にも一杯ありますよ?」

「へ~……おれは珍しいと思うんだけど……」

 

エースのマイペースさと董卓の寛大さが調和して、一番重要なことからどんどんと遠ざかっていく。

 

燭台で盛り上がる二人を見て、賈駆と張遼は盛大に溜息をついた。

 

「ていうか、ボク達がいない間に月になにがあったのよ……」

「随分と神経が太くなっとるね……」

 

あまりに変わってしまった様子の董卓を微妙な視線で見つめるしかなかった。


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