火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

32 / 46
何だコイツ!? 踊り子の忠告

時代と人の気持ちは複雑に交差し合うものだ。

 

それぞれの人々に欲望がある限り、時代は常に動き続ける。

 

そして、今まさに時代の節目を迎えようとしていた……

 

 

 

 

 

 

「やっぱ来ちまったのか……」

「えぇ……できれば外れてほしかったのだけど…」

 

朝早くから起こされた時には何事かと思ったのだが、内容を聞いた瞬間にエースの目つきが変わった。

 

そして、急いで滅多に行かない朝の会議の場に行く。

 

すると、皆の表情は暗かった。

 

それで、エースは全て悟った。

 

 

 

穏やかで楽しかった日常が消え……

 

戦いが始まるのだと……

 

 

 

 

「皆に集まってもらったのは他でも無い…この戦についてのことよ」

 

詠が全員を見渡して再度問いかける。

 

「くどい様だけど……この戦を抜けたいのなら構わないわ」

 

全員にそう言うが、誰一人として下りる者はいない。

 

その事に詠は皆に内心で感謝した。

 

そして、最終確認を終えた後、軍議に入ろうとしていた。

 

しかし、詠はそこで思い出したかのようにエースに一つ聞いてみる。

 

「ねえ、あんたは新しい兵と上手くやってる?」

 

その答えにエースは口を吊り上げて答える。

 

「今は問題ねえ。新しい奴もヒヨッコだけど中々ガッツがあるぜ?」

「?…『がっつ』って?」

「えっと……強い心って意味だ」

「そう……まあ、その様子だと上手くやっているようね。それは何よりだわ」

「ああ、結構良い奴等ばっかだしな」

 

笑いながら言うエースだが、彼の部隊設立には色んなエピソードがあった。

 

なにせ、彼の部隊のほとんどが山賊、盗賊、裏町のフダツキが多いからだ。

 

エース曰く、「どんな形にしろ、死ぬ覚悟があるような屈強な奴等がいい」とのこと。

 

そのために、周辺で暴れようとしていた盗賊や既に壊滅した黄巾党落ちの者を片っ端から倒しまくって自分の部隊に引きずり込んだ。

 

そして、言うことを聞かない者はその度にぶん殴りまくって大人しくさせた。

 

そして、真摯に話したりもしまくった。

 

一人一人の名前を必死に覚え、えばり散らすのではなく、同じ釜の飯を食う仲間として触れ合ってきた。

 

そのため、一度は修羅の道に落ちかけた者達は昔の優しくされた時の記憶を思い出して更生した。

 

エースは更生させる気はなかったのだが、仲間になってくれたのならなんだって良かった。

 

こうして時間はかかったものの、エースの当初からいた30人を含め、今では300にまで増えた。

 

詠はそれを目の当たりにした時、エースのカリスマ性に素直に驚いた。

 

武だけではなく、エースには人の心を魅了する何かを持っているのだと思った。

 

そして、エースの部隊には副官として風と鈴仙をつけた。

 

この二人なら兵の指揮も臨機応変に行ってくれるだろうと思ってのことだった。

 

「エースの部隊は一番数も少ないと思うけど、これから徐々に増えていくかもね」

「そうか! それは賑やかになりそうで助かるぜ!!」

 

的外れなことに期待をするエースに詠は溜息を吐く。

 

そして、詠はもう一つだけ気になっていたことを聞いてみた。

 

「そういえば時々、兵に訓練をつけてるようね」

「あ? まあな、いざという時に自分の身も守れなきゃならねえ。いつもおれが助けられるわけねーんだからな」

「そうだけど……なんか変な動きをしてる時もあるわね……あれって何なの?」

「あぁ、それか……多分、おれしかやってねえよな?」

「そりゃそうよ。銅鑼の合図で避ける練習って……なんの意味が…」

 

そこまで言うと、鈴仙と風が間に入るように挙手する。

 

詠がそれを認識すると、二人を促す。

 

二人は立ちあがって話を続ける。

 

「ありがとうございます。ここからは私達がご説明致しますね~」

「?…エース隊の訓練なのですか?」

「はいねねちゃん。あれを覚えておかないと色々と都合が悪いのですから」

「そうです。詠さんはエースさんの火力を覚えていますか?」

「火力……あぁ、火のことね」

 

そう言われて、以前に霞と闘った時のことを思い出した。

 

最後に見せたエースの『火柱』を思い出し、詠だけでなく、それを見ていた他の武将達も改めて思い出して唖然とした。

 

なんせ、中庭を一瞬で焼き払った様な火など見た事が無い。

 

ジワジワと小火から成長する過程をすっとばした火の嵐。

 

強大としか言いようがない。

 

そんなことを考えている面子に鈴仙達が衝撃的な事実を述べる。

 

「正直、私達全員はエースさんの本気を知らないんです」

「今まで見てきたお兄さんの火なんですが……どれも全部が手加減してるようなので……」

「「「「「……」」」」」

 

全員が奇妙な物を見るような目でエースを見る。

 

その視線にエースは疑問符を浮かべるが、気にしない。

 

全員はエースの力の異常性をなんとなく理解した。

 

もし、エースが本気を出せば、だれにも止められないのでは……

 

「でも、その大きすぎる力にも欠点があるのですよ~」

「待って……なんとなくというか、完全に理解したわ」

「……やっぱりそういう見解になりますよね…」

 

風と鈴仙が溜息混じりに呟く。

 

ここで詠も気付いた通り、問題はエースの強さ。

 

簡単に言えば強すぎるのだ。

 

エースの能力をフルに使おうものなら、まず、負ける可能性が極端に低くなる。

 

しかし、それをフルに使えば敵のみならず味方までもが巻き込まれる恐れがある。

 

「おれの使える技も限られるし、新しい技も後々思いつくだろうからな。合図と共に避けられる様に訓練させてんだ」

「なるほどね……強すぎて使えない力か……難儀なものね」

「まあ、おれも部下の命を無駄に散らすつもりはねえし、こういうのも慣れてるからな」

 

聞けば、この案を出したのも意外なことにエースだったとか。

 

「へぇ…意外と慣れてるのね…部隊を持ったことがあるの?」

「あぁ、これでもおれは白ひげ海賊団2番隊隊長だったこともあるんだぜ」

 

そう誇らしげに胸を張って言うエースに全員が意外そうな顔をした。

 

見た感じだと自由人という印象だったのだが、れっきとした経歴があったようだ。

 

ここで風は、ちょうどいい機会だと思って、前から思っていたことを聞いてみた。

 

「そのお兄さんの話に出てくる白ひげってなんなのですか~?」

「ちょっと待て。今は関係無い話だろ」

「でも、今日の定例会はその報告だけだったので、後はもう解散するだけですよ?」

「なに? そうなのか?」

 

話が脱線しかけてきそうだったから、華雄は止めようと思ったのだが、少しの反撃で何も言えなくなってしまう。

 

「それに、どうせ皆さんも聞きたそうだったので聞いてみたんですが……お兄さんはそれで良かったでしょうか?」

「なんも問題はねえよ」

 

アッサリと承諾してくれたエースに、皆がさっきまでの真剣な雰囲気を解く。

 

それを確認したエースは昔のことを思い返しながら説明する。

 

「白ひげ……おれのおやじはそのまんまの言葉通り世界最強の海の王者だったんだ」

「世界最強って……結構抽象的だね…」

 

意外と陳腐とも思える言葉に鈴仙は苦笑するが、エースの穏やかな表情を見てから嘘じゃないと思えた。

 

「おれの背中のドクロは白ひげ海賊団の証でな…大抵の奴はこれを見ただけで逃げちまうんだ」

「へぇ…けったいな名前かと思ってたんやけど、本当に強かったんやな」

「あぁ……最初はおれが白ひげを撃ち倒そうと思って一対一の決闘を挑んだこともあったんだけど…よ……」

「? どうしたのですか?」

 

エースが少し顔を赤くさせて恥ずかしがる様子にねねは質問してみると、言いにくそうに驚愕の事実を口にした。

 

「それがな……おれは手加減されたおやじに……傷一つ負わすことなく……一瞬でボロ負けしちまってよ……」

「うそ!?」

「お前がか!?」

 

エースの一言に鈴仙は驚愕した。

 

なにせ、この面子の中で一番エースと関わってきたのだが、多勢の賊と闘って苦戦どころか傷を負ったところも見たことが無い。

 

いつも不敵に相手を見据え、苦もなく勝ってきたエースの姿しか記憶にない。

 

そんなエースと戦い、一瞬で倒すなどありえないことだった。

 

そして、驚いているのは鈴仙だけでなく他の面子の驚きも大きかった。

 

あれだけの火力と強さでどうやったら負けるのだろうか。

 

そんな全員を置いて、エースはボロボロにされた時のことを思い出して恥ずかしがっていた。

 

「そんときだな……死に体のおれをおやじは迎え入れ…助けられたおれは…」

「そこでその白ひげの仲間になったのだな?」

 

華雄がそう完結すると思ったのだが、エースはそれを笑って否定。

 

またしても全員で疑問符を浮かべると、本日二度目の驚愕が襲った。

 

「助けられたおれは、毎日ことあるごとにおやじを……暗殺しようとした」

「「「!!」」」

 

全員は思っていた予想を裏切られた。

 

なにせ、この義理がたいエースが恩を仇で返そうとしたからだ。

 

「だけど、寝てる最中に喉を切ろうとしても、燃やそうとしても結局返り討ちにあってな……気付けば百回以上も失敗して負けてた」

「ど…どんだけ強いねん……」

 

もし、自分がエースに命を狙われたら間違いなく助からないだろう。しかし、話を聞けば聞くほどにその『白ひげ』の強さが浮き彫りになっていく。

 

「だけど、おやじはそんなおれを追い出そうともせずに船に置いて……息子って呼んでくれた……」

「結構変わった人ですね~」

「ああ、だからおれはおやじの器のでかさに惚れて白ひげ海賊団に入ったんだ……」

 

やがて、誇らしげに言うエースに全員が呆然と聞いていた。

 

人の過去を聞いただけでここまで印象が変わってしまうものなのか…と。

 

無敵と思っていたエースも負けた時もある。

 

それは強くなる上で必要なことだとは分かっていたけれど、どこかでエースを美化しすぎていたのかもしれない。

 

エースだって悩む時もあれば悲しむ時もある。

 

その時、自分達は何をしてあげられるのだろう。

 

無意識にそう考えさせられるようになっていた。

 

「さて、おれはその部下達の面倒でも見に行ってやるか」

 

ある程度の話を終えたエースは席から立ち上がって中庭へと向かう。

 

「…それじゃあ風も行きますね~」

 

残された面子は風の一言を合図に解散し、各々の仕事にとりかかる。

 

そんな朝の光景があった。

 

 

 

 

ちなみに訓練風景はというと……

 

ジャーン! ジャーン!

 

―――やべ! 銅鑼が二回鳴ったぞ!!

―――速く避けろ!!

―――ばか押すな!!

 

悲鳴に似た声が辺りに響く中、一陣の嵐が吹き荒れた。

 

「火拳!」

『『『ぎゃあああぁぁぁ!!』』』

 

軽め(エースにとって)の炎が部隊を飲みこもうとしていた。

 

「もうちょっと機敏に動いてくださーい。でないと死んじゃいますので~」

「あと少しだから!! 頑張って!!」

 

呑気に言う風と本気でやばい兵達を励ます鈴仙の指導の元、準備は着々と進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腹減った~」

 

訓練を終え、エースは街の中を歩いていた。

 

腹を押さえて空腹をアピールするエースに鈴仙がクスっと笑う。

 

「もう、さっきも結構食べてたのに」

「まあ、お兄さんらしいといえばらしいですよね~」

「へへ……おれも鍛えてんだよ。もっともっと強くなりてえからな」

 

嬉しそうに拳を握るエースに二人は気になっていたことを聞いてみた。

 

「お兄さんはどうして更に強くなりたいって思うのですか~? 今のままでも充分強いと思うのですが~」

「ん? おれってそんなに強いのか?」

「正直、時々ですが、同じ人間なのか…て思うくらい…」

 

風がそう言うと、それほど時間もおかずにエースは風達を見て無邪気に言う。

 

「そりゃあお前等という仲間を守りてえんだ。それ以外の理由なんて無いし、いらねえよ」

「「……」」

 

それを聞いて、二人は顔を赤くさせて恥ずかしがる。

 

どうしてこんなことを臆面もなく言えるのだろうか……

 

前々から思っていたが、エースは女心を理解していないのだと思う。

 

一度だけ、事故で自分の半裸を見られた時もエースは冷静にタオルを体に巻いてやり、何事もなかったかのように振る舞った。

 

確かに、相手を思いやる気持ちは至上だが、女心を理解しているかといえば絶望的だった。

 

(ふんだ! どうせわたしの裸なんて色気が無いですよーだ!」

「鈴仙ちゃん。心の声が口に出てますよ?」

 

風からの忠告をスルーして鈴仙はどんどんヒートアップする。

 

「だって……少しくらい顔赤くさせたり、欲情してもいいじゃない……わたし一応女の子なんだよ…?」

「なんか最近の鈴仙ちゃんに違和感を感じるのですが…言ってることはもっともですね~……今度思い切って……」

 

風は飴を舐めて……

 

「裸でお兄さんを襲いませんか?」

「そこまで突き抜けてないよ!?」

「大丈夫ですよ。お酒に秘めたる真価を発揮させれば抱くことも事故。子種も事故にできますから」

「それが一番の失敗だよ!? 酒の席で最も人としてやっちゃいけないから!!」

「でも、兎の性欲ってすごいらしいですよ?」

「わたしを見て言わないで。この耳は飾りだから」

 

サラっとぶっとんだ発言をする風に鈴仙が食らい付く。

 

「それじゃあ、正攻法でお兄さんに直接言ってみては?」

「え…いや…でも……」

「今日は霞さんと一緒に飲み交わしましょうね」

「こういう時くらいは自分の力でさせてよ!! ていうか酒頼りなんですけど!!」

 

急に普通の話になったと思ったら意表をつかれ、鈴仙は振り回される。

 

ニヤニヤする風を見る限り、彼女は下のネタで他人をいじるのが好きなようだった。

 

「おーい! 速くしねえと置いてっちまうぞー!」

 

そこで、遠くからエースの呼びかけに気付いた。

 

「は~い。ほらほら、いつまでも拗ねないでください」

「全くもう…だれのせいで…」

「まあまあ、そうイライラしてはお兄さんも気を悪くしますよ。いつもの鈴仙ちゃんに戻ってくださいね~」

(うわぁ…ヌケヌケと…)

 

風の実力を確認し、これからもそんなネタでいじられるのかと辟易して溜息を吐く。

 

それに気付いたエースは鈴仙に尋ねる。

 

「どうした? 具合でも悪いのか?」

「……」

「?…速く行こうぜ」

 

ジト目で睨んでくる妹分に疑問を感じるエースは鈴仙がお腹をすかせてるのだと勘違いして早歩きになる。

 

(はぁ……わたしって……すごい弱虫だ……もっと素直になれたらもっと楽だったのに……)

 

鈴仙はトボトボと重い足取りでエースの後を歩く。

 

(あら~……ちょっとやりすぎましたね~)

 

それを見ていた風は少し罪悪感を感じていた。

 

(まあでも……風が先に告白すれば鈴仙ちゃんも勇気でますよね)

 

……ことはなかった。

 

今の風の興味もエース自身のことだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の話……聞かせてもらったわよん」

「「「へ?」」」

「とう!!」

 

いきなり、野太い声が聞こえたと思った。

 

三人は辺りを見回すと、そこに一つの影が現れた。

 

「はろろ~ん。恋に悩める噂の美少女の貂蝉ちゃんでぃ~っす」

「「……」」

「あ、こちらこそ初めまして。わたくしはエースと申します。以後、お見知りおきを…」

「丁寧に挨拶しなくていいよ!! それよりも霞さん…いや、恋さんを呼ぼうよ!」

 

丁寧に物怖じもせずに挨拶するエースに驚愕しながら鈴仙は城へ引き返そうとする。

 

それもそのはず、急に現れた男はビキニパンツ一丁、筋肉隆々の奇妙奇天烈な生物(なまもの)だったのだから。

 

「ちょっと待ってよ~ん。いきなり逮捕ってぇ、それはあまりにあんまりじゃないの~?」

「その姿で街中を闊歩すれば猥褻物陳列罪ですよ~?」

「あらん、この花も恥じらう乙女のやわ肌を見たいという男の隠された欲望をかきたてるなって…そう言いたいのねん?」

「『鼻も卒倒する変態のゴツ肌を見たくないという老若男女の内なる願い』を叶えるためです。なんでもいいから縛についてください」

 

冷やかな鈴仙に風もこの時だけは戦慄を覚えた。

 

そんな鈴仙の頭をエースはポンポンと優しくなでる。

 

「まあ、落ち付けって、このオッサンはまだなんもしてねえだろ?」

「でも…!」

 

あまりにこのナマモノの存在に取り乱している鈴仙がエースの制止を振り切ろうとしていると……

 

「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「!!」

「きゃあ!!」

「いぃ!?」

 

突然の獣の吠えに三人は身体を強張らせる。

 

三人がその貂蝉という生命体を見ると、そこには阿修羅のスタンドを背負った魔人がいた。

 

「あなた……エースちゃんって言ったかしら?」

「お……おぅ……」

「あな~た…今、この乙女に向かって“オッサン”て言ったわね?」

「ま…まあな、だってオッサン…」

「かぁっ!!」

「!!」

 

再び、魔人が吼え、エースは未知なる恐怖に襲われる。

 

そして、貂蝉は急に泣き崩れた。

 

「ひどいわひどいわ……折角、あなたに届け物をしようと思ったのに…」

「あ、いや、悪かったよ。お姉さん」

「だめ!! そこだけは譲らないで!! 女として何かが壊れそうだから!」

「もう手遅れですよ」

 

必死の兎のシャウトも風の言う通り無駄に響くだけだった。

 

エースの一言で少し立ち直った貂蝉が上目遣いでエースに潤む。

 

「本当?」

「ああ、だから早く用件を言ってくれ。そのためにおれに近付いたんだろ?」

「ぐす……いいわ。あなたの優しさに免じて」

「……(ミシミシ)」

「鈴仙ちゃん、拳を強く握り過ぎて手甲が壊れてますよ。後で修理してくださいね」

 

徐々に貂蝉に怒りを募らせる鈴仙に気付くこともなく、貂蝉はある物を取り出した。

 

それは……

 

「おれの帽子!!」

 

エースが昔から愛用していたカウボーイハットだった。

 

帽子に付いてる紐に括りつけられたドクロのエンブレム。

 

つばの上に付けられた笑い顔と泣き顔の飾り。

 

まさしく、エース愛用の帽子だった。

 

「あらやっぱり? これあなたのだったのね?」

「なんでこれを持ってる!? これはバナロ島で…」

「それね、旅の最中で落ちてたから、匂いを辿っていたらあなたに辿りついたの」

「なーんだ。そうなのかー」

「そこで納得!? もっと追究するところがあるよ!! ていうかその帽子どこから出した!!」

 

鈴仙のシャウトを二人は華麗にスルーし続け、話が進む。

 

「うふふ……わたしは良い男のみ・か・た。困った男がいればあっちホイホイ。こっちペロペロよおん」

「そっかなんかありがとな」

「何かすごいトンデもない単語が聞こえましたね~」

 

風がそう言うも、もはや二人には聞こえていない。

 

いつの間にか、二人は互いに話がヒートアップし、楽しげに話していた。

 

「あと、これもあげるわん」

「なんだ? 蝶の仮面か?」

「ええ、これさえあれば、顔を隠せる必需品よん」

「何から何まで……この礼はどうすりゃあ…」

 

本気で涙ぐむエースに貂蝉は優しく微笑みながらこう言った。

 

「あなたの髪の毛でいいわ」

「なにその要求!?」

「へ? 髪の毛って……そんなもんでいいのか?」

「ええ、三本さえあれば毎晩あなたを妄想……愛でることができるわ」

「変態だ!! 度し難い変態がいるよ!!」

 

堪らずに間に入る鈴仙に貂蝉は余裕の笑みを浮かべる。

 

「あらん? もしかして先を越されて焦ってる?」

「寝言もいい加減にしてよね」

「ツレないわね~……いいじゃない。髪の毛くらい」

「エースさんを汚すな! お前の毒牙には侵させはしない!!」

「それでね、ここで忠告なんだけど…」

「話くらい聞いたら!?」

「ごめんなさいね…こっちも時間が無いから主題を優先させるわ」

「鈴仙ちゃん。どうどう…」

 

風がそう言いながら頭をゆっくりと撫でてやると、鈴仙も少しは落ち着きを取り戻した。

それを確認した風は貂蝉に向き直る。

 

「それで? 忠告とは?」

「そうねん。二つあるんだけど……まず一つ……『阿部』っていう人には気を付けてねん」

「阿部? だれでしょうか?」

 

そう言うと、貂蝉は深刻そうに話す。

 

「阿部はね……かつてはわたし達の仲間であり、わたしの兄弟子……師匠の卑弥呼と共に漢女になるための修業をしてたの」

「この時点で危険な香りしかしませんね~」

「特に阿部は…その漢女の中でも百年の間に一人いるかいないかの逸材だったの」

「どの基準で逸材が分かるの?」

「だけど……ある日、その阿部が事件を起こしたの……」

「ほぅ……強すぎるために、自尊心が強かったんだな」

 

三人が訳の分からない話に耳を傾けていると、貂蝉は天を仰いだ。

 

 

 

「一般人の男を強姦したの」

「馬鹿じゃないの!?」

 

鈴仙が聞いたことを後悔しながらそう言うと、貂蝉は深刻な表情で答える。

 

「これは他人事じゃないわ。阿部の欲はもう歯止めが利かなくなってどうしようもない。卑弥呼でさえも匙を投げたわ」

「本当に無責任ですね~」

「しかも、阿部は……エースちゃんを標的にしちゃったのよ」

「おぉう! それは衝撃的ですね~」

「今何か聞き捨てならない台詞が聞こえたんだけど!!」

 

現実逃避していた鈴仙が詰め寄る。

 

「話からするとアレですか!? あなた達の様なのがエースさんを……強姦しようとしてると!?」

「早い話がそれね」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

驚愕の事実に鈴仙は兎の耳を押さえて何も聞かないようにする。

 

そこに、当の本人のエースも加わる。

 

「そいつはおれを捕まえてどうする気だ?」

「そうねん……多分、下の毛でも欲しがってるかと……」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

二人の会話に鈴仙は血の涙を流す。

風はそんな鈴仙を優しく撫でてやる。

 

「まあ、阿部の性分からして、近い内に名乗ってくるから……」

「そん時にぶっ飛ばせばいいんだな?」

「ええ、今の阿部にとってそれが良い薬になるわ。彼は男を掘りすぎたの」

「?…どういうことだ?」

「どぅふふ…ナイショよん♪」

 

貂蝉の言ってることが分からなかったエースははぐらかされ、納得はしてないが、要点だけは覚えておいた。

 

「それと、白装束の連中にも気を付けてねん」

「白装束?」

「ええ、近い内に左慈ってのと于吉ってのがあなた達に攻撃してくるわ。でも、彼等は阿部よりもはるかに弱いからだいじょうびん!! その時のために、周り…董卓ちゃんの周りを警戒しといた方がいいわ」

「……そんなことまで教えてくれるなんて……お前良い奴だな!」

「うっふん……わたしはか弱い美少年のミ・カ・タ♪」

「なんだか分かんねえけどありがとう!!」

「うふふ……それじゃあわたしはもう行くわ。阿部を卑弥呼と一緒に探してるの」

「そっか……見つかるといいな」

「ええ、ここまで素直な気持ちを向けてくれたのってご主人様以来……あなたが周りから好かれるのも分かるわ~……あら? わたしのイチモツも思わずあなたに反応……」

「帰れ!! いますぐ帰れ!!」

 

二人で握手する微笑ましい場面のはずなのに、どこかのグロ映画を見ている気分になるのは初めてかもしれない。

バイオハザードのヒロインが突然、ゾンビにファースキッスを与えるような衝撃的光景がそこにあった。

 

貂蝉のパンツが徐々に膨らんできたのを見た鈴仙は既に臨戦態勢をとっていた。

 

そんな鈴仙を置いて、握手を終えた貂蝉はすぐに屋根に跳び移り、高々と宣言する。

 

「エースちゃんに困ったことがあれば、いつでもこの愛と正義と性欲の味方の可憐な貂蝉ちゃんが助けに来てあげる!! だから、その時までお元気でねーーーーー!! デュワ!!」

「ぎゃあ! 筋肉が降ってきたあぁ!」

 

屋根から飛び降り、何かが大破する音と、人の断末魔が響くが、エースには聞こえていなかった。

 

「ふぅ……変わった奴だけど面白い奴だったな。またいつか会いてえなぁ」

「できれば次こそは地獄に落とす……」

 

復活した鈴仙はエースの身を案じながら、バックに情熱の炎を滾らせる。

 

「あの筋肉魔人と阿部という未確認第二生命体……そんな奴等なんかにエースさんは渡さない!! 絶対にこのわたしが守ってみせる!!」

「なんか鈴仙も元気出たな~」

「そうですね~」

 

一人のウサ耳乙女は新たなる敵の登場に覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウホッ! やっぱり良い男」

 

エースを影から見る一つの怪しい影。

かれこそが最強の敵の『阿部』

 

顔は良いのに、中身が残念なガチホモであり、外史を管理する役目を受けているのにも関わらず、世界を渡っては男を無理矢理掘るというブラックリストにのる男だ。

 

アッチ方面では于吉にも勝る。

 

「おれにとって外史とか卑弥呼とか于吉だとかは関係ない。おれの本能が呼んでいるのは火拳のエースたんだけだ。……待っていろ……必ず、お前の小便をおれのケツにぶっかけさせてやる」

 

キラキラ輝きながら自分の身体をよじらせている男は周りに悪夢を無理矢理プレゼントしているのも関わらずに光悦する。

 

「だが、まずは邪魔な羽虫共を駆除しないことには始まらん」

 

そう言って、阿部はその場から姿を消したとさ……


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。