火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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遂に開戦! 火拳、表舞台に立つ

街にはだれもいなくなった。

戦いを予見した市民達が都を出たからだ。

 

そして、戦いはすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

「これからお前等に渡したい物があるんだ」

 

戦の準備をしている皆にエースは一枚の紙を出して人数分になるように小さくちぎる。

ちぎった紙を鈴仙、風、恋、霞、華雄、ねね、詠、月にそれぞれ渡すと全員がその紙を不思議そうに見つめる。

 

「エースさん。これは?」

「ただの紙ね」

「紙やな」

「紙」

「紙きれなのです」

「何も書いてもないですね」

 

鈴仙が尋ね、詠、霞、恋、ねね、月が首を傾げる。

 

それに対してエースは鈴仙の手を取る。

 

「え?」

「ちょっと手の上にその紙を置いてみな」

「う…うん…」

 

内心では役得だとドキドキしながら言う通りにして紙を一枚乗せる。

 

「そのままじっと見てろ」

 

エースの言う通りにしてみる。

 

皆の視線が紙に注がれている時だった。

 

「あれ? 動いた」

「風じゃないのか?」

「……城の中は吹いてない」

 

恋の言う通り、城の中に風が通っていない。

 

そこでエースは告げる。

 

「それはな、ビブルカードって奴だ」

「びぶるかーど? なんやそれ?」

「ビブルカード…この前に話した海・グランドラインの先の究極の海…新世界に存在する店で作られる紙だ。その紙があれば持ち主のいる場所に向かって動くんだ」

「どれどれ…」

 

他の皆も同じ様に手のひらに乗せると独りでに動き出す。

 

「「「「「「「「おぉ~」」」」」」」」

「こうやっておれが別の場所に移動しても……」

「「「「「「「「おぉ~!」」」」」」」」

 

エースを追うかの様に動く紙に全員が感嘆の声を上げる。

 

「その紙の動く方向を追えばいつでもおれに辿りつくからな。どんなに遠くにいてもその場所にいれば必ず会えるってわけだ」

「面白いな…これ」

「だろ? 華雄。これから戦いだからな、もし、危なくなったらおれの所まで逃げてこれるぞ」

「……いいの?」

「あぁ、仲間だからな。それとも恋、いらないって言うなら別にいいぞ?」

「……嬉しい。ありがとう…」

「そっか」

 

恋が顔を赤くさせて嬉しそうに紙をしまうと、周りからも声を掛けられる。

 

「できれば、戦の前に欲しかったわ~…そうしたらいつでもエースに会えたのに……」

「悪い。別にいらねえかと思ってよ」

「んなことあらへん。もうもらったからいつでも会えるんやな? メッチャ嬉しいで♪」

 

霞は本当に嬉しそうだったから、エースも嬉しそうに笑った。

 

「ふん……本当ならお前の力は必要ないのですが、どうしてもというなら貰っておいてやるのです!」

「もらっとけもらっとけ。無料ほど安いもんはねえからな」

「ねね、もっと素直にお礼」

「うぐ……ありがとうです…」

 

嬉しさを隠すねねにエースも苦笑。

 

「ふむ……これがあればいつでも勝負できたのに……もっと早く言って欲しかったぞ?」

「はは…華雄はそればっかだな」

「まあ、それ以外でもエースに会うのも悪くないな」

「そうか」

 

華雄も嬉しそうに貰う。

 

「まあ、今回はこんなの必要ないけど、貰っておくわね。これから役に立ちそうだし」

「もう……詠ちゃんってばもっと素直にならなきゃ駄目だよ。すみませんエースさん。詠ちゃんは本当は嬉しがってるんです」

「ちょっと月!?」

「そうか、まあ持っててくれ。役に立つかもしれねえから」

「そ…そのつもりよ!」

「私も嬉しいです…これで私と詠ちゃんもエースさんと繋がることができますから…」

「あぁ、何かあったらそれを辿っておれんとこに来いよ。放っておけねえ妹分だと兄貴も苦労するんだよ」

「ちょっと! 誰が妹よ誰が!!」

 

顔を赤くさせた二人に笑みが零れる。本当、こういう反応はルフィやサボと違うから少し反応に困るのも事実には違いない。けれど、二人が楽しそうだから別にいいかと深く考えないようにする。

 

「エースさん……」

「ん?」

「これがあれば洛陽に着いた時も何とかなったのでは?」

「……」

「忘れてたんですね……」

「いや、まぁ……」

 

あさっての方向を向いて口笛を吹いて誤魔化すエースを鈴仙はジト目で睨む。エースは尚も誤魔化そうとしていると風がいつもの口調で諌める。

 

「いいじゃないですか。これでいつでも大好きなお兄さんに会えるのですから……」

「大好きって……まあ、これからはこれで安心ね」

「風も時々、お兄さんに会ってもいいですか~?」

「いつでも歓迎するぜ。そのためのビブルカードだしな」

 

明るく言うエースに二人は嬉しそうに紙を大事そうに握りしめ、各々が懐に収める。全員がビブルカードを締まったことを確認し、用事は済んだと伝える。

 

「おれからは以上だ。もう何も無いな?」

 

エースからの問いに全員が頷く。それを見たエースは口端を吊り上げ、己の拳を片方の手のひらにぶつけて音を鳴らす。

 

「戦闘開始だ」

『『『応!!「おー…」』』』

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「どうかなさいましたか? 桃香様」

「うん…さっきの袁紹さんの軍議なんだけど…」

「?」

 

ここで、関羽は主である劉備の話を聞いて憤慨した。さっきまで軍議を時間をかけてきたというのに決まったことといえば軍の総大将だけだった。

 

「何を考えているのだ!! 決まったら決まったで作戦も決めねばならぬというのに!!」

「あ…愛紗ちゃん…少し落ち着いて……」

「落ち付けますか!! 大体、朱里と雛里の話からしてこの戦も袁紹の下らない嫉妬で起きたものでしょう!!」

「あう…」

「桃香様に当たるな。最初から危惧していたことであろう」

「しかし星!!」

 

怒りをまき散らす同僚を落ち着かせようと、かつてのエースの旅の同行人の趙雲が劉備の陣営にいた。反論する関羽を落ち付かせ様にそこへ蜀の小さな軍師の諸葛亮も加わる。

 

「星さんの言う通りですね。策と言っても期待できるような物ではなさそうです。何も決まっていないなら独自で勝手にやっちゃいましょう」

「む……それもそうだが……」

「まったく…愛紗は頭がカチコチなのだ」

「り…鈴々まで…」

「だが、鈴々の言う通りだ。この戦はあくまでも桃香様の名を上げるため……董卓には悪いがな……」

「それで、もし董卓さんが良い人だったら助ける! それが良いと思うんだ」

 

劉備は拳を握って力説する。根は善人……というより性善の塊であるような己の主君の姿に関羽も少しは落ち着いてきた。

 

「…分かりました。我々の目的は一つでした……」

「うむ、そういった割り切りも大事だぞ」

「お前に言われるとは……何とも言えん…」

「にゃはは…星に言われるなんてかわいそうなのだ」

「お主等『失礼』という言葉を知ってるか?」

「そんなことよりも皆に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「そんなことって……」

 

戦前に楽しげに話す陣営だが、そこで劉備は気になる情報について趙雲をスルーしながら意見を尋ねてみる。

 

「やっぱり、天の御遣いさんも董卓さん側に付いてるって言うんだけど…どうかな?」

「……正直、分かりかねますね…会ったこともないですから人と為りも分からずですので……」

「愛紗はそいつを胡散臭いって邪険にしてるのだ」

「当然だ。体から火を出すなど……訳が分からん…」

「まあまあ、でも…今まで悪い人達を懲らしめてくれたんだから良い人だと思うんだけどなー」

「…大体、桃香様の考えが分かってきました」

「鈴々も…」

「やっぱり我が軍に引き込むおつもりで?」

 

そう言うと、劉備は満面の笑みを浮かべて頷く。

 

「うん!」

(((やっぱり……)))

 

ここまで楽天的だと心配なところがあるが、そこがこの主の魅力。どうにもこの主は政や謀に関しては弱く、普通の農民が権力を得てその力を未だに把握しきれていないようにも見える。

 

そんな彼女が一太守としてこの戦に参加できるまでの成長できたのは他でもない、人徳と温和なカリスマ性に違いない。計算では得られない王としての資質を先天的に持ち合わせた故の結果と言えよう。事実、彼女は既に親友を泣かしている。

 

ならばその力を伸ばすのも家臣の役目、その忠道に背いてはならない。内心では呆れと同時に、忠臣としての心が動いていた。

 

(それにしても何故だろう……)

 

そんな中で、趙雲は不思議な感覚を体験していた。趙雲は強固にそびえるシ水関を見定め物思う。

 

(何となく……懐かしい気がする…)

 

思わぬ再会まで時間が迫っていた。

 

 

 

 

 

「なあ、やっぱり兄さんがおるんやろか?」

「エースさんが敵側になっちゃったのー」

 

蜀とは場所が代わり、魏の天幕ではかつての仲間の凪、真桜、沙和が三人で固まって話している。

 

内容はもちろん、エースのことだ。

真桜と沙和は少しブルーになっている。

 

「この戦……勝てるやろか?」

「勝てるかどうかじゃない。勝つんだ」

 

真桜の弱気な発言に、凪が強気に返す。そんな同僚に二人は少し驚いたようだ。視線を受け、気になった凪が二人に尋ねる。

 

「どうした?」

「いやぁ~……凪ちゃんってば全く動揺してないな~……って」

「好きなんやろ? 戦うのは辛くないん?」

「す…! あの方は尊敬すべき方だ!!」

 

顔を赤くさせて反論し、すぐにいつもの調子に戻る。

 

「あの方を魏に入れるにはどの道勝たねばならん。どんな形で会おうともな…」

「凪ちゃんは分かってたの?」

「なんとなくだがな……正直、まだあの方の言う“高み”に行けたか分からないけど……こうなることは覚悟していた」

「それを聞いて安心したわ」

「はい。なればこそ、全力でエースさんにぶつかって……て、華琳様!?」

「いつから…!」

「そこに!?」

 

突然、現れた主君の曹操と、忠臣の夏侯惇と夏侯淵の登場に三人は背筋を伸ばす。曹操はそれを静かに微笑んだ後に考えてたことを伝える。

 

「相手がエース……だったかしら…あなた達の知り合いだから尻込みするかと思っていたけど……見くびっていたわ。てっきり落ち込んでいるかと思ってたから」

「いやぁ……ウチと沙和は……なあ?」

「うん…」

「それでもやる気は出たのでしょう? 良い傾向だわ」

「はい。そうでもしないとあの人には食い付いていけませんから」

「その点に関しては春蘭と秋蘭も協力させてあげる」

 

三人は夏侯惇と夏侯淵を見ると、両将軍共にやる気を見せていた。その中でも夏侯惇が一番張り切っていた。

 

てっきり、男反対派の荀イクと一緒で反対するかと思っていたけど……

 

「今度こそ勝ぁぁぁぁつ!」

「「「なるほど」」」

 

夏侯惇の燃え上がる姿を見て合点がいった。仲間にするしないかは別として、単にリベンジしたいだけなんだと……

 

「姉者はともかく……もし、戦う時が来たら協力しよう」

「ありがとうございます! 秋蘭様!」

 

しっかり者の妹に凪は頭を下げる。相変わらずの温度差だと思っているとそこへ曹操がため息をつく。

 

「それにしても…まさか噂通り、体から火を出すなんて…夢にも思わなかったわ」

「はい。しかもその炎は変幻自在、力は山をも抜きます」

「凪が言うなら納得はできるが……本当にそうだとしたら厄介どころではないぞ…」

 

夏侯淵もこれには頭を悩ませる。

そんな話で元々の軍の陣形をいじくっていいのだろうかと。

 

「構わん! 火だろうがなんだろうが私が叩き斬ってやる!!」

「「「「「……」」」」」

 

まあ、間違ったことは言ってないのだが、夏侯惇が言うと説得性に欠けるとは口が裂けても言えなかった。

 

「あなたが言うと説得に欠けるわね」

「そ、そんな~…華琳様~」

「言いにくいことをそうズバッて言える華琳様もすごいの~」

 

相方の突っ込みなど上の空。凪はシ水関を眺めて物思う。

 

(待っていてください……必ずあなたを倒しますから!!)

 

 

 

 

「やっほ~♪最悪な軍議ご苦労様」

「思い出させるな……頭が痛くなる……」

 

呉の天幕の中では孫策と周瑜の二人のじゃれ合いがあった。

 

ご機嫌な孫策とは違って、周瑜はどこかゲンナリとしている。

 

「ていうか雪蓮、どうしてあなたはそんなに上機嫌なんだ…?」

「決まってるじゃない! だってこの戦で、やっと闘えるからよ!!」

 

ズビシィ!と周瑜に指をさして指摘する孫策の姿に、疲労という名の岩石が自分の頭に直撃した感覚を味わった。

さっきまで鬱に陥りかけた周瑜も恨みたくなる笑顔が目の前にあった。

 

「あなたのように生きていけたらどんなによかったか…」

「ありがと~」

「褒めてないわよ」

 

しばらく他愛もないおしゃべりをしていたが、すぐに気を取り直して続ける。

 

「なんにせよ、相手に御遣いがいるという話は私達にとって相当不利だ。今まで賊を倒してきたから民からの聞こえがいい」

「下手したら私達が悪人……か……なら、なおさら御遣い君を引きずりださなきゃね」

「引きずり出す…か…そう簡単にいくわけないでしょ。それと、これから軍議だからもう行くわ」

「ええ、素敵な作戦をお願いね」

「できればお前も考えろ。飲んだくれ」

「頭でっかち」

 

憎まれ口を叩き合いながらも互いに不敵な笑みを見せる。周瑜は別の天幕へと移り、孫策はすぐ傍にある席に腰掛ける。

 

 

「……ふふふふふふ…」

 

一人になったことを確認した孫策は誰にも聞こえない様に笑みを浮かべる。

そして、その感情は抑えきれるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――あーっはっははははは!!

 

 

孫策は顔を手で覆い、狂信がかった様に空恐ろしい笑いを上げる。

 

その姿はまさに鬼そのもの。

人々の抱く“恐怖”を具現化させた存在。

 

一通り笑って落ち付いた孫策は身をよじらせ、顔を露わにする。

 

「これから楽しい楽しい“殺し合い”が始めるのねぇ……」

 

荒い呼吸を繰り返し、美しい顔が妖しく歪む。

 

「早く……斬りたいわぁ……」

 

目を潤ませながら自身の剣…南海覇王の刃をゆっくりと舐める。

舌が切れ、血が滴るのも気にせずに……

 

 

 

戦いが始まる数時間前の光景がここにあった。


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