火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

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楽しくいこうぜ! 燃え盛る虎牢関攻防戦

シ水関での戦いから二日後に連合軍が押し寄せてきた。

 

虎牢関の前は金の鎧…袁紹軍で溢れていた。

 

「まったく……本当に馬鹿正直に突っ込んできたわね……」

「まあ……袁紹やからな……」

「でもその方がボク達としてはやりやすいけどね……」

「ふふ、奴等の慌てふためく顔が目に浮かぶ」

 

虎牢関で待機していた詠と合流していた霞と華雄は相手の大将の馬鹿加減に呆れるもニヤニヤが止まらない。

 

なにせ、こっちには相手も予想していないだろう、派手で強力な“罠”をしかけているのだから。

 

「あんた達、気を引き締めなさい。気持ちは分かるけど兵にそんなみっともない顔見せないでよ?」

「む…すまん」

「分かったから今は静かにしてくれへんか?」

「ったく…と…戻ってきたわね」

 

二人の行動を注意して溜息を吐くと、自分達に近付いてくる姿があった。

恋とねねだった。

 

「兵の設置を終えてきたのです!!」

「……後はエースの攻撃の後に敵を崩す」

「おっしゃあ!! 待ってましたぁぁ!!」

『『『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!』』』

 

霞の歓喜に兵も釣られる。

 

それもそのはず、今まさにエースの本領を見せつける時が来たのだから……

 

 

「なぁ…斗詩ぃ~…まだ出て来ないのかな~?」

「もう…文ちゃんったら…そんなこと言って本当に出てきたらどうするの?」

「それならあなた達が華麗にやぁ~っておしまいなさい」

 

先鋒の袁紹軍の懐刀の文醜、そして顔良…そして悪趣味な神輿に担がれている袁紹がいた。

先鋒でなに馬鹿なことをしているのかと周りに思われても本人は気にしない。

 

「それよりも、飛将軍とか御遣い~とか言われて良い気になっている方達はまだなんですの?」

「ですよね~…アタシは戦いたいんですけど出て来ないんですよね~」

「できれば出てきて欲しくないですよ~…」

 

浮かれる二人に顔良は涙目で答える。

そういった漫才が繰り広げられていると、いきなり兵士が走ってきた。

 

「伝令ーーーーーーー!」

「なんですの? はしたない声で叫ばないでくださいまし」

「す…すみません! ですが報告が…!(何がはしたないだ。あんたの頭ははしたないと言うより恥ずかしいだろうがよぉ…)」

「何かあったんですか?」

「はい! その……虎牢関より、奇妙な物が現れました!!」

「「「奇妙?」」」

「はっ! 上空をご覧ください!!」

 

兵からの報告で三人と全兵士が上空を見上げる。すると、そこには大きな火の玉が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「なにあれ……」

 

袁紹軍の後方の曹操軍を指揮していた曹操は唖然としていた。

それも曹操だけでなく夏侯惇、夏侯淵、荀イクも驚愕していた。

 

「なによ…あれ…」

「分からん……だが、良い予感はしないな…」

 

荀イクの呟きに夏侯惇も同意する。

武人としての本能がアラームが鳴っているのを感じる。

 

その中で、凪と真桜、沙和は青い顔をして声にする。

 

「凪……あれって……兄さんやない?」

「あぁ……あんなことができるのはエースさんしかいない…」

「……どういうことかしら?」

 

二人の話を聞いていた曹操が聞いてくる。

 

しかし、事態は動いていた。

 

―――おい、なんだかあれこっちに落ちてないか?

―――本当だ……なんだよあれ…

 

袁紹軍から兵から不穏な声が聞こえた時にはもう遅かった。

 

「落火星」

 

城壁でエースがそう呟くと、火の玉は弾けて火の雨が辺りに降り注ぐ。

 

―――うぎゃああぁぁぁぁ!!

―――あちぃよぉ!!

 

火の雨で体は燃やされ、周りの気温も異常に上がっていく。

 

断末魔が袁紹軍から響く中、また新たな攻撃が辺りを混乱に突き落とす。

 

袁紹軍の周りに小さな火の玉が無数に浮いていた。

 

「これは! エースさんの!!」

「大将!! あの火の玉が無いところまで一旦退いた方がエエ!!」

「これってすごく危険なの!!」

 

曹操は三人の必死の反応を見て少し驚く。

 

「これ……あの男が?」

「恐らくそうでしょう!! もしかしたら甚大な被害が出ます! 用心を!!」

「どういう…」

 

夏侯淵がその故を尋ねようとした時、浮いていた光の弾が強烈な発光と共に爆散。そのまま辺りは火の海に包まれた。

 

「「「「!!!」」」」

 

無数に浮遊していた蛍火が爆散し、爆発の衝撃で兵士は紙の様に吹き飛び、辺りが地面が揺れる。

 

爆発は一つには止まらずに次々と袁紹軍を飲みこんでゆく。

 

爆発の跡では多数の兵士が服を焦がして倒れている。

 

「こ……これは一体……」

 

夏侯淵が目の前で起こる惨劇と異常事態を見て無意識に呟く。

他の武将もこの世の物とは思えない光景に言葉を失っている。

 

「……凪…まだこういったことが起こると?」

「はい。あの人は未だに力を隠しております故、そう考えるのが道理だと」

「そう……春蘭、秋蘭、桂花。呆けるのは後になさい。ここにいては巻き添えを食らうわよ」

「「「はい!!」」」

 

冷静な曹操の声に気付いた三人は我に帰り、素早く兵達に後退の指示を送る。

 

しかし、冷静に見えても、その実は驚愕も混ざっていた。

 

ただ、自分のすべきことは驚愕することではなく、兵を退却させることだと自覚しただけの話だった。

 

「全軍反転!! 爆発に巻き込まれない範囲まで退却せよ!!」

 

今は最善を尽くすのみ。そう思っていたのだが……

 

 

 

 

 

「逃がしはしねえよ」

『『『!!』』』

 

その場の全員が目を疑った。

 

袁紹軍が悲鳴を上げる灼熱の雨の中を上着も着ていない一人の男が悠然と歩いている。

その光景には誰もが息を飲んだ。

 

そこには不可解な炎に襲われたという報告を受けてやってきた趙雲隊がいた。

 

「エ…エースなのか……」

 

その隊の統率を任されていた趙雲は意外な人物のこの世ならざる光景にフリ-ズしてしまった。

 

周りが一人の男に視線が集まっている中で、曹操隊が一番早い行動を起こした。

 

「止まるな!! 今は後退しろ!! 殿は夏侯淵隊が請け負う!!」

 

夏侯淵の声が響くと、夏侯惇が驚いた様に夏侯淵に詰め寄る。

 

「なにをいっているのだ秋蘭! 奴は一人だ!! このまま一気に…!」

「それでは駄目だ! 奴がここへ来たということはその内に奴の軍も押し寄せてくる!」

「だったらその前に…!」

「駄目だ! どうやら我々は蜘蛛の巣に迷い込んだ蛾のようだ! 袁紹をやぶってこちらに押し寄せてくる時間もそう長くは無い!!」

「だからといってお前だけを残して行けるか!!」

 

夏侯惇がそう言うと、夏侯淵は不敵な笑みを浮かべる。

 

「心配せずとも、少し相手をひるませて逃げるさ。弓で遠くから狙い撃てばいい」

「それなら私が直接奴を…!」

「いや、姉者の部隊が一番行動が速いから華琳様を確実に守ってやれるから姉者は行くべきだ」

 

そう言われ、夏侯惇は苦悩するが、すぐに立て直す。

 

「……分かった。すぐに帰って来い」

「あぁ……少しでも時間は稼ぐ」

「……死ぬなよ」

 

そう言って夏侯惇は兵を率いて後退していった。

 

夏侯惇も全て納得できてはいないようだが、無理矢理納得させた。

 

ここは戦場、常日頃から兵に身内が倒れても命を賭せと言っている。

そんな自分が身内の危機にうろたえる訳にもいかず、ただ信じることしかできない。

 

身内にしか分からない二人の固い絆を信じながら夏侯惇は兵達を後退させていった。

 

「死なないさ……華琳様がこの世を治めるその日まで…」

 

穏やかに呟くと、表情を変え、こちらに向かってくるエースに弓を構える。

 

「……お主……まさかこんな所で会うとはな…」

「……夏侯淵だっけ? ここは知り合いのよしみで見逃してくれ」

 

おちゃらけてそう言うエースから隙を見つけられず、夏侯淵から余裕が尽きかけていた。

 

「だめだ……我が主が貴殿との対面をお望みだからな。みすみす見逃す訳にはいかん」

「堅苦しいなぁ……楽しくいこうぜ?」

 

見えない圧力に追い詰められる夏侯淵にエースが不敵に笑いながら言うと、そこへ別の声が聞こえてきた。

 

「それなら、我等と“楽しく”死合おうではないか?」

 

その声に二人がその声の主を見ると、意外な人物がそこにいた。

 

「「趙雲?」」

「左様、常山の趙子龍とはこの私のことだ」

 

エースと夏侯淵の声がハモり、趙雲は愛用の槍を構えて堂々と応える。

 

「……ここへなにしに来たというのだ…?」

 

警戒しながらの問いに趙雲はふてぶてしく笑いながら答える。

 

「何しにって…あんなバカでかい火を見て、一番近い曹操達に貸しを作りにきたのだ」

「……」

 

上からの物言いに夏侯淵の趙雲に対する視線が一層鋭くなる。

それを感じた趙雲は溜息を吐く。

 

「相手を間違えるな。今の私では奴を討ち取ることはまかりならん。ここは一つ共闘でも…」

「……少し考えさせてくれ」

 

そう言うと、夏侯淵は弓を放つ。

 

エースは瞬時にそれを避け、夏侯淵めがけて走ってくる。

 

夏侯淵はその間にも矢を常人離れした弓捌きで射る。

一秒にニ発射るという神業を駆使するが、エースは止まらない。

 

全てを避けるか叩き落としながら夏侯淵との距離を一気に詰める。

 

(速い! 身のこなしが半端じゃない!)

「そら!」

「!」

 

掛け声と共にエースは夏侯淵に向かって跳躍し、踵落としを繰り出していた。

 

「ぬぅっ!」

 

夏侯淵も体を捻って回避すると、直後にエースの踵が地面をえぐる。

 

負けじ夏侯淵も避けながらエースの顔に照準をあわせて放った。

 

「うおっ!」

 

矢が当たると同時にエースの頭が弾かれる。

 

(やった!)

 

そう思って気が緩んだ時だった。

 

「ふっ!」

「な…!」

 

エースが頭を起こすと、矢を口にくわえたエースが笑っていた。

それに驚愕した一瞬が悪かった。

 

「十字火!」

「!!」

 

突如としてエースの指からあらわれた炎に驚愕すると同時に『十』の形の炎が飛んできた。

 

炎の軌道は真っ直ぐに夏侯淵に向かっている。

夏侯淵は咄嗟に鋼の弓でいなそうとした時だった。

 

「夏侯淵!」

「うわ!」

 

横から趙雲が夏侯淵に体当たりして自分ごと倒れて避けた。

そして、炎は通過し、壁に当たると爆発し、岩の壁を破壊した。

 

それを起きながら見ていると、夏侯淵は戦慄した。

 

(もし、さっきのを受けていたら今頃…)

 

崩れた岩壁を見て、呼吸を整えながら立ち上がる。

 

「……すまない。助かった」

 

素直な気持ちを伝えると、趙雲は余裕の無い様子で応える。

 

「なに…今は一人でも味方は多い方がいいと思ってのことだ…正直言えば私一人で闘り合っても勝てる見込みが無い」

「……やはり凪達の言う通りだったな…今まで嘘だと思っていたのかもしれん…」

「何を言ってるのか分からんが、多分私も同じ気持ちだ」

 

実際、エースと面識のあった二人がエースと対峙し、その能力の一端を目の当たりにしたのだ。

二人は今これまでにない驚愕を受けていた。

 

趙雲の言葉に夏侯淵は薄く笑い、問い掛ける。

 

「そうか…それなら今、私の考えていることも分かるのか?」

 

趙雲は鎗を構え…

 

「ふふ…どうだろう…な!」

 

最後の言葉と共にエースの方へ突進する。

 

同時に夏侯淵も弓を構える。

 

 

「なるほど…いい手だ」

 

余裕そうに言うエースに趙雲は叫ぶ。

 

「仕方なかろう! これが今の最善だ!」

「よっ」

 

趙雲の一振りをバックステップで避ける。

そこから高速で乱れ突く。

 

「まさか驚いたぞ!」

「なにが?」

「初めて会った時からただ者ではないと思ってはいたが、まさかあの灼熱の御遣いだったとはな!」

「おれもお前を見つけて驚いたぜ」

「覚えてもらって光栄だ!」

 

軽口の最後に趙雲がバックステップでさがると、夏侯淵が同時とも言える早業で二本の矢を放ってきた。

 

そこで夏侯淵も会話に入ってくる。

 

「私もまさかエースがここまでの実力とは思ってなかったぞ!!」

「人は見た目で判断するなってことだな」

「まったくだ!! それと、凪がお前に会いたがっていたぞ!」

「おれもだ!」

「それなら我が軍に来い!」

「だが断る!!」

 

雨の様な夏侯淵の矢を捌き、嵐の様な趙雲の槍を交わしながら余裕そうに会話するエースは流石といったところだ。

それでも、エース相手にそこまで相手できる夏侯淵・趙雲ペアの攻撃が巧いのだろう。

 

(高速で、寸分違わずにエースに放つ腕……これが魏武の一角を担う夏侯妙才か……強い…)

(鋭い槍捌きに加えて私が狙いやすいようにさりげなく戦っている……龍の名は伊達じゃないようだ…)

 

戦いながら、今後自分達に立ち塞がるであろう“敵”の力量を見定める。

 

そこで一瞬……一瞬だけ互いの視線が交差したと二人は感じた。

 

それは危惧であり、喜び。

新たな脅威と新たな楽しみとの出会い。

 

そんな感情を味わう珍しい体験をした。

 

しかし、忘れてはいけない。

 

そんな神秘的な体験を遮る者がいるということを。

 

「火斬車!!」

「「!!」」

 

そこでエースの足から火の刃が放たれ、二人は現実世界に戻ってきた。

 

「はっ!」

「ふっ!」

 

二人でしゃがみ込んで避ける。

 

そして、油断を反省し、目の前の強大な敵に意識を向ける。

 

(私としたことが……まずはエースだったな…)

(我ながら情けない……今は警戒よりも奴の捕縛だ…)

 

二人は立ち上がって各々武器を構える。

 

「そうそう…楽しくやんねーと人生つまんねえぜ」

 

覚悟を決めた二人に対して、エースは両手を炎でコーティングして挑発気味に笑ってみせる。

 

どう見ても息切れも無く、余裕だというアピールに二人は冷や汗をかく。

 

(はて……どう攻めれば一矢報いてやれるか…)

(そろそろ矢の本数も危うい……何か状況の変わる一手を……)

 

二人でそんなことを考えていると……

 

ジャーン! ジャーン!

 

「「!!」」

「お、やっと袁紹が潰れたか」

 

明らかに虎牢関から聞こえてくる銅鑼にエースが呟く。

 

途端に威圧と炎を収めたエースの言葉を聞いた二人はエースより前方を見てみると、そこは圧倒的の一言でしか言い表せなかった。

初めて見るテンガロンハットのドクロを模した旗を掲げ、剣だけでなく拳、蹴り、もしくは頭突きで攻める荒くれ集団が袁紹軍を圧倒していた。

 

もはや、軍の瓦解も時間の問題だった。

 

それを確認した詠が引き上げ合図の銅鑼を鳴らしていた。

 

それに気付いたスペード隊は勝利の雄叫びを上げながら意気揚々に引いて行くのが見えた。

 

そこへ、更に別の声も聞こえてきた。

 

「しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「星!! 加勢にきた!!」

「鈴々参上なのだ!!」

 

そこへ蜀から関羽、張飛。

魏からは夏侯惇がエースの前に現れた。

 

「姉者!? なんでこんなところに!?」

「あぁ! 華琳様を避難させ、華琳様からの命で秋蘭の加勢と火拳の捕縛を任された!」

「そうか……華琳様は無事か…」

 

ホっとした胸をなで下ろす夏侯淵に夏侯惇が意気揚々に応える。

 

「そうだ! これで…」

 

夏侯淵も表情を少し嬉しそうにしながらも武人のソレになる。

 

「あぁ…本領発揮だ」

 

 

二人が構える中で、趙雲達も集まる。

 

「愛紗と鈴々か…ちょうどよかった…」

「あぁ…相当手こずった様だな…」

「夏侯淵と共闘してもこのザマだ…」

 

自嘲気味に言う趙雲の言葉に鈴々が興奮した子供の様にはしゃぎ出す。

 

「う~~~~~~~! なら早く戦うのだ!」

 

勝手に蛇矛を振り回してはしゃぐ妹分に関羽も呆れる。

 

「まったく…無駄なことしてないでかかるぞ。星もいいな?」

「無論、本来なら一対一でやりたかったが、これも桃香様のためだ」

「そうなのだ!! 早く帰ってお姉ちゃんを安心させるのだ!!」

 

三人も武器を構える。

 

魏の夏侯惇、夏侯淵。

蜀の関羽、張飛、趙雲。

 

先のシ水関で武勲を上げた猛将が一つに集まっている。

 

本来なら絶望すべき場面の中、エースはポケットから小さい玉を手に取る。

 

しかし、それはシ水関で使ったのとは違ってアルミで包まれたような光沢を輝かせている。

 

それを手に取って対峙する将軍の気を逸らす。

 

「集まった所悪いんだけど、おれもう帰らなくちゃいけねえから帰るわ」

 

おちゃらけて答えるエースに皆の警戒が濃くなる。

 

「それは聞けん。我が主が貴様を御所望だからな。大人しく来てもらう」

「それは我等も同じだ。我が主がどうしても聞きたいことがあるのだからな」

 

この時、夏侯惇と関羽の間に火花が散ったが、エースにとってそんなことはどうでもよかった。

 

「ま、お前等がなんと言おうともまかり通らせてもらうさ」

 

そこで、持っていた小さい玉を見せると、全員の警戒心がさらに高まる。

得体の知れない相手だからこそ、こういった誘導が大きく効果を表す。

 

その誘導に乗って玉に釘付けになっているのを確認すると、エースは口を吊り上げて一言。

 

「また会おうぜ」

 

その時、エースが玉に火を付けると玉は凄まじい光を放つ。

 

「うあ!」

「こ…これは…」

 

夏侯姉妹はいきなりのまばゆい光に目を瞑る。

 

「なんだこれは!」

「ニャー! 見えないのだー!」

「くっ…目が痛くなるほどだ……」

 

蜀の将軍達もあまりの眩しさに目を瞑って動けなくなった。

 

周りの兵も急な輝きに一時的な目の痛みを訴え出した。

 

兵の収拾もつけられないまま、彼女達が目を開けた時にはもうエースの姿は綺麗さっぱりと消えていた。

 

 

 

「これで大分減っただろ」

「相変わらずとんでもない威力やな……このままやれば全滅もできるんやないの?」

「おれの炎も飛ばせる範囲があるからな…全滅は無理だろうな……それによ…」

 

将軍級を撒いて来たエースは城壁から混乱している敵を見下ろし、親指である一点をさす。

霞がその場所を覗くと兎の耳が見えた。

 

「鈴仙が……ていうかうずくまってどないしたん? 震えてるやん」

「そこは目を瞑ってやってくれ。ここまで大々的な戦いは初めてなんだよ…」

 

そう言ってエースは鈴仙に近付く。

 

 

 

 

鈴仙は先程のワンシーンを思い出して気分が悪くなった。

 

人が紙の様に簡単に吹き飛ぶ。

 

その場の怒声が聞こえる度に鈴仙は自覚させられる。

 

「これが……本当の戦場……」

 

今までの賊退治なんかとは訳が違う。

 

人の御霊が散り、消えゆく魔の領域。

そして、自身の狂気を増幅させる場所でもある。

 

鈴仙は自分のやりたいことをやって死ぬことに何の恐怖も感じていない。

 

だけど、戦場に溢れる狂気に感化されて、その誇りを失うのを恐れていた。

そしてもう一つ、彼女を追い詰める要因があった。

 

(……だめ………逃げちゃ…)

 

初めて、自分が人を殺めたという自責の念があった。

 

鈴仙は戦いというのを極端に恐れ、嫌っている。

戦が悪いことだということもあるが、人の死というものが一番の原因だ。

 

自分の目的は世の中の復興に役立つこと。

だけど、そのためには自分の嫌いな戦でしか夢の確定は有り得ない。

 

そんな二つ巴の感情に唇を噛んでいる時だった。

 

「鈴仙」

「!!」

 

背後から急に声をかけられた鈴仙は驚き、反射的に振り向くとその視線にエースを捉えた。

 

「エース…さん」

「……顔色悪いな……大丈夫か?」

「はい……大丈夫です……」

 

無理に作る笑顔にエースは頭を掻いてため息をつく。

 

エースは鈴仙の隣に座って鈴仙の背中をさすってやる。

鈴仙はそれに何か言おうとしたが、結局止めた。

 

そのままエースは背中をさすっていたが、少し話す。

 

「お前は優しい奴だな」

「え?」

「お前は今も死んで行く奴のために泣いてやれてよ……おれとは大違いだ…」

「そんなこと…わたしには覚悟が無いんだよ……」

 

普段はしっかりとしているのに、こう落ちこまれると調子も狂う。

 

そう思ったエースはなんとしても励ましてやりたかった。

 

「おれはお前に覚悟が無いなんて一度も思ってねえよ。お前にはすげえガッツがあるじゃねえか」

「でも、大事な時に決心が……」

「……」

 

エースは少し考えてから言った。

 

 

 

 

「だったらおれはお前の覚悟が決まるまで支えてやる」

「え?」

 

明るく言ってくるエースに鈴仙は虚を突かれる。

 

「お前がその重圧に耐えきれないなら代わりにおれがお前を守ってやる」

「でも、これはわたしの問題……」

「いいよ、ここで妹分のために一肌脱いでやらねえと男が廃る」

「……」

「だからよ……」

「?」

「覚悟……早く決まるといいな」

「!!」

 

エースの屈託の無い笑顔に鈴仙の目頭は急に熱くなる。

 

それに気付かないエースは横で暖かい声をかけながら背中を撫でてやる。

その声は聞こえていなかった。聞く必要は無かった。

 

ブレザー越しでも、撫でるエースの手の暖かさをはっきりと感じた。

体温とも、火とも違った暖かさを感じた。

 

「……ごめんね…わたしって本当にどうしようもないね…」

「んなことねえよ。お前はよくやってくれてるよ」

「……ありがとう…」

 

鈴仙はこの時間が少しでも長く続けばいいと思った。

 

「……時と場所を考えなさいよ……たく…」

「嫉妬は醜いで? 戦が終わったら詠も心おきなく甘えたらええやん」

「ばっ!…何よ嫉妬って!! 冗談じゃないわよ!!」

「その割には顔が赤いで~? 月の言う通りもう少し素直になってもええんちゃう?」

「なにが素直って……あの子あんたに何か言ったの!?」

「華雄。今の内に準備しとこか?」

「話聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! あんた月と何話したのよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

エース達は後ろで賑わっている詠達を見て首を傾げていたが、その光景がとても面白かったので笑いながら放置した。

隣の鈴仙の穏やかな笑顔を見たエースはもう大丈夫だと判断し、鈴仙を離して立ち上がる。

 

「よし、一緒に頑張ってこんなことさっさと終わらせるぞ?」

「……うん!」

 

鈴仙の目に輝きが戻っていた。

それを見て安心したエースが第二陣を仕掛けようとした時だった。

 

「兄貴ぃぃぃぃぃぃ!!! 大変だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

スペード隊の一人がエース達の元へと走ってきた。

 

それを見たエース達は首を傾げる。

 

「なんだ? こんな時に」

「す…すいやせん…ゼェ…こんな時に……ハァ…でも……それどころじゃ…ゲホ…ないんです……」

 

息絶え絶えになってる所を見ると、相当走ってきたのだから非常事態なのだろう。

エース達は作戦の中断を咎めることなく報告を促す。

 

「なにか敵が仕掛けたのか?」

 

華雄の問いに部下は息を整えながら首を縦に振る。

 

「何ゆうてんねん。敵さんはさっきエースの強襲で大損害を被った所やで? 反撃する暇はあらへんかったやん」

 

霞の言う通り、先鋒の袁紹軍のほとんどが先程の爆風や火災で損失した。

そんな敵が反撃したというのか?

 

そう考えていると、息の整ってきた部下が紡ぐ。

 

「違うんです! “こっち”じゃなくて強襲を受けたのは“あそこ”なんです!!」

「だからどこが襲撃されたのよ!!」

 

詠がまどろっこしくなって少し乱暴に問い詰めると、部下の血走った目が見開かれた。

 

 

そして、その後聞かされる事実に全員が驚愕し、絶望する。

 

 

 

 

 

「董卓さまのおられる城及び、洛陽の街が襲撃されました!!!」

 

天国から地獄。

 

運命の歯車は時として人々の運命を狂わせる。


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