火拳は眠らない   作:生まれ変わった人

38 / 46
責任は果たす 火拳のエース発つ

「よ、月」

「! エースさん!? あんなところから跳んで大丈夫だったんですか!?」

「まあな、あれくらいならガキの時からよく跳んでる」

「す…すごいことしてたんですね…」

 

苦笑する月だが、ここでエースは本来の目的を思い出して月の手を引っ張る。

 

「それじゃあ行こうぜ」

「え? でもどうやって…きゃ!」

 

エースは強引に月を背中に持ち上げて乗せる。

すると、月は懐かしい感覚と共にデジャヴを感じた。

 

「え……一体なにを…」

「ちょっと急ぐから我慢しろよ?」

 

間違いない……またあの時と同じ場面だ! そう思った月は慌てて制止をかける。

 

「ま…待ってください!! そんなに急がなくても…!」

「悪い。ムリ」

「だ…だったらせめて心の準備を…!」

「もう覚悟できてるぜ」

「エースさんのじゃないですよ!! 私はもっと必要…」

「いくぜ!」

「え!? あの…だから……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

月の悲鳴は悲しく、洛陽の上空に響いたという……

 

 

 

「「「「「「……」」」」」」

「きゅ~…」

 

エースは城からまた飛び降りた後、劉備達の元に戻って来た。

 

しかし、劉備達は本当に奇妙な光景を見ていた。

 

前もって悪政を行っていたと聞かされていた董卓が意外どころか斜め上を行くほどの可憐であったから。

袁紹のが嘘だと分かっててもイメージは払拭できていなかったようだ。

 

それだけならまだ許容できていたのだが、その董卓が目を回しているのに唖然とした。

 

「エース……」

「なっはっは…悪い悪い」

 

それとは別に、華雄は苦笑し、エースは悪気もなく笑っている。

そして、詠は体をプルプルと震わせ……

 

「月になにしてくれてんのよあんたぁぁ!!」

「おっと」

 

詠は渾身のパンチをエースの腹に放つが、エースは普通に避ける。その後も何度も拳を振るいながら怒鳴る。

 

「あんたはいつもいつも他人のことそっちのけで無茶苦茶するんだから、少しは気をつかいなさいよ!!」

「いや、これでも結構…」

「でもじゃない!! あんたじゃなくてボク達の基準で考えなさい!! 正常な人としての基準を持ちなさい!!」

「んなこと言われてもなぁ…」

 

エースは詠からの要求に困っている。

 

劉備達はさっきまで、自分達が今まで会ったことのない程の圧力を与える人物のやんちゃな一面を目にして言葉がでない。

もっとも、趙雲はいつものエースに笑みを零し、劉備も無邪気な笑みを浮かべるエースに笑みが零れる。

 

(優しそうな人…)

 

劉備はさっきまでの姿を忘れ、目の前で詠達と楽しそうに笑っているエースを見つめる。

 

「は……ここは……」

「月!? 意識が戻ったの!?」

 

目を覚まし、月の意識が戻るのを詠は喜ぶ。

 

「…詠ちゃん?」

「月! 大丈夫だった!?」

「う…うん…でも、なんでここに…」

「なんでって……月が白い装束に身を包んだ奴等に襲われたって…」

「それは…もう大丈夫だよ…エースさんが追い払ってくれたから……」

「そう……よかった……」

 

二人で涙の再会に浸る光景に劉備達もエース達も嬉しそうに微笑んで見つめる。

 

しかし、そのままでは話も進まないので諸葛亮と鳳統が少し経った後に月に今後の方針を聞かせる。

目の前の詠に意識がいってたこともあって、劉備達がいたことに驚きはしたが、自分の運命を悟っていたので殺されようがどうしようが受け入れる気でいたので大人しくした。

 

まさかここで助けられるとは思ってなかったので、流石におどろいたが……

 

方針としては、洛陽の一番乗りは劉備だからここである噂を流す。

 

―――董卓は連合軍の脅威に耐えられなくなって自害した……と。

 

幸いにも連合軍には董卓の顔を知っている者はおらず、適当な死体を偽装すれば簡単な話だった。

その後はほとぼりが冷めるまで政治には手を出させずに待女として迎える。

 

そして、董卓と賈駆の名を捨てて真名を名乗っていけば大丈夫とのことだった。それを聞いた時の月はどこか悲しそうだった。

 

その表情を見かねてエースは仕方無さそうに言う。

 

「そんな顔すんなって……お前のことだから、この戦いは自分のせいで起こったと思ってるんだろ?」

「……」

「でもよ、おれ達だってお前のこと守りたかったから戦ったんだ。ここでお前が死んじまったら戦で散った奴等が辛いだけだ……」

「……皆……ですか?」

「あぁ、詠も華雄も鈴仙も風も霞も恋もねねも……おれもな」

 

最後に自分の親指で自分を指す。

それでも月は納得できていないようだった。

 

「でも……エースさんにはもう貸しなんて……」

「お前……いつの話してんだよ」

「え?」

 

エースは月と、その近くで聞いていた詠と華雄を巻き込んで腕を首にまわす。

 

「へぅ!?」

「ちょ…!」

「!?」

 

三人は急なことに顔を赤くさせるも、エースはそれに気付かないでそのまま語る。

 

「仲間の間で貸し借りの話は関係ねえ。おれが守りたいと思ったから守った。それでいいじゃねえか」

 

にこやかに言うエースに詠が更に顔を赤くさせて反論する。

 

「そ、そ、そ、そ、そんなことを恥ずかしげもなく言わないでよ! どうしたらいいか分からないじゃない!」

「おれは恥ずかしくねえぞ?」

「だからあんたじゃなくてボクが……あぁ~もう……さっきから顔が近いわよ!!」

 

キョトンとするエースに何を言っても無駄だと理解した詠はエースに密着している状況からの脱出を決行した。

それを聞いたエースは力を緩めると、二人は一気に脱出する。

 

「はぁ…はぁ……心臓に悪いわ…」

「詠…もっと素直になったほうがいいぞ?」

「どういう意味よ!!」

 

未だに顔を赤くさせながら華雄に怒鳴り続ける。

その横では月がエースを見上げて優しい微笑みを浮かべる。

 

「……分かりました。私は皆さんの気持ちを無駄にしないように……これから苦しんでる人のために頑張っていきます!」

「うん! その意気だ!」

 

エースがそう言って笑うのを見て、劉備達は思った。

 

エースを仲間にしたい……と。

 

そう真っ先に思った趙雲はエースの前にまで歩き、告げる。

 

「エース……ちょっといいか?」

「? どうした?」

 

急に話しかけてきた趙雲にエースは?を浮かべる。

 

そんなエースに趙雲は笑いながら言う。

 

「我等と一緒に太平の世を目指さないか?」

「たいへんのよ? なんか大変そうだな」

「いやいや、た・い・へ・い。平和って意味ですよ」

「そっか」

「そうだ」

 

劉備のフォローでエースは理解し、趙雲もエースの真似をしておどける。

そんな光景に毒気は抜かれ、一部ため息を吐く者もいたが、全員が穏やかになる。

 

「朱里、雛里、私はエースも迎えたいのだが…どうだろうか?」

「そうですね……限定的にはなりますけど……しばらくの間は術を控えてもらって……袁紹さんが滅亡してから力は発揮される……一応大丈夫ですね」

「一部の人にしか姿を見られていないわけですし……姿さえ見せなければなんとか…」

「どうだ? 二人の大軍師様お墨付きだ」

 

そう言ってほくそ笑む趙雲にエースは少し考える。

 

「桃香さまもいいですかな?」

「うん! エースさんなら大歓迎だよ!!」

「愛紗と鈴々は?」

 

そう言うと、関羽は苦い顔をし、張飛は笑いながら言う。

 

「あぁ……そう簡単に決められるのはどうかと思うのだが……」

「鈴々は別にいいのだ。このお兄ちゃん強そうで面白そうなのだ!」

「ふむ……愛紗“だけ”が反対か……」

「い…いや、誰も反対とは……」

 

趙雲の指摘にたじろぐ関羽を放って、再びエースに向かい合う。

 

「と言う訳だ。我等は既に準備万端だ。後はお前次第」

「……」

「これはお前だから言うのだ。前から思っていたが、私はお前になら背中を預け、命を預けられる。それに一緒に戦ってみたいのだ」

「…う~ん……」

「それに、それを望むのは我々だけでは無さそうだしな」

「?」

 

趙雲が指を指す場所を辿っていくと、そこには月、詠、華雄がいた。

三人は不安そうにエースを見つめてくる。

 

「エース……ボク達と来るわよね…?」

「エースさん……」

「エース…私からも頼む…」

 

三人の反応を見たエースはさらに考え込む。

 

そして……

 

「悪い。やっぱおれは旅に出るわ」

「「「「「「「「「えぇ!?」」」」」」」」」

 

満面の笑みで答えるエースに全員が驚愕する。

笑うエースに月と詠が詰め寄る。

 

「なんでですか!? なんで私達と来ないんですか!?」

「そうよ! 急にふざけるんじゃないわ!! 納得できる訳ないじゃない!!」

 

月も詠も納得できない様にエースに詰め寄るが、意外にも華雄は予想できていたのか静観する。

 

エースは二人の頭に手を置いて落ち着かせる。

 

「お前等がそう言ってくれるのは嬉しいけどよ、おれは部下をほっとくなんてこたぁしたくねえんだ」

 

エースはハットを被りなおす。

 

「あいつ等はもうおれの仲間なんだ。おれが途中であいつ等を見捨てるなんてできねえしな」

「それなら……ボク達の兵だって……皆あんたを慕って、憧れて…」

「お前等が守ってくれる……だろ?」

 

一通り笑うと、今度は二人を安心させるように優しげに笑いかける。

 

「それに、おれ達にはビブルカードがあるだろ? そいつがおれ達をまた引き合わせる。だから心配すんな」

 

そう言うと、二人は静かに頷き、エースを潤んだ目で見上げる。

 

「…分かりました……私…エースさんの代わりに皆を…」

「ああ」

「…約束破って月に悲しい思いをさせたら……許さないから…」

「嘘は言わねえよ」

 

そう言うと、二人はエースから離れて劉備の元へ歩いていく。

エースは佇む華雄を見る。

 

「華雄、二人のことは任せたぞ」

「あぁ…お前はどうせ聞かないからな…」

 

愚痴りながらも承諾してくれる華雄に笑みが生まれる。

 

そこへ趙雲が神妙な表情で近付いてきて一言。

 

「……どうしても来ないのか?」

「あぁ…自分の責任から逃げる気はねえからな」

 

真剣な表情のエースに趙雲は薄く笑う。

 

「そうか……お前になら真名を預けてもよかったのだけどな…」

「そりゃ悪いことしたな…」

 

バツが悪そうに答えるエースに趙雲はクックと笑う。

 

「なに…それでこそエースであり、私の認めた男だ」

「そりゃ嬉しいな…」

「だから、真名はこの先、次の再会にまで取っておく」

 

この時の趙雲の瞳に光が宿っていたことに気付いた。それは確信

 

また、運命が引き合わせるという自信だった。

 

その自信を趙雲から感じ取ったエースから笑みが零れる。

 

「そうか……その時が来たらいいな」

「来るさ。絶対に…」

 

二人は互いに何も言わずに見つめ合い、不敵に笑い合う。

 

この瞬間に二人は幾千、幾億の言葉では表せない感情を、重い約束を交わした。

 

 

 

―――また、必ず生きて会おう

 

エースはすぐに趙雲から劉備に向き直って一言告げる。

 

「この三人をお願いします」

「あ…いえ…大丈夫です」

 

礼儀正しくお辞儀するエースに劉備も少し遅れて慌てながらもお辞儀で返す。それを確認したエースはポケットに手を突っ込んで、また新しい玉を出す。

 

これも真桜印の目くらましである。他の斥候を警戒しての最も有効で、今の状況に最も適した優しい手段だった。

 

手でそれを弄びながら月達にまた一言。

 

「じゃあな……それと月……」

「…はい」

「……結局お前を守ってやれなかった……男なのに情けねえよ……」

 

そう言うと、月は首を横に振ってエースに優しく応える。

 

「いえ、エースさんはこうして私と皆さんのために戦って……誰も死なせなかった……それで充分ですよ」

「そっか……やっぱお前と一緒にいれてよかったよ……」

 

月の優しさにエースは心を打たれ、どこか救われた気がした。

エースは気を取り直して皆に笑いかける。

 

「じゃあ、“また”会おうな!!」

 

“また”を強調したエースの言葉に月は涙を流し、詠は鼻を赤くさせる。

華雄はその言葉を聞いて安心していた。

 

「はい……またいつか……きっと皆で…」

「まったく……あんたってホント……自分勝手よ……月もボクもこんなに頼んでるのに……」

「いいじゃないか……エースはきっと…絶対に約束は破らん……そういう男だ…」

 

その言葉でエースの胸が軽くなった。

 

守るという約束は果たせなかったけど、ここまで言われると嬉しくなった。

そして、同時に一緒にいたいとさえ思った。

 

(次は……霞も恋もねねも一緒に……)

 

そう思いながら、全員に目を瞑る様に言う。

 

全員が目を瞑るのを確認すると、エースは持っていた玉に火を点ける。

 

すると、辺り一面が強烈な光に呑まれた。

 

しばらくして光が消えると、そこにはエースはいなかった。

 

 

 

この日を境に火拳のエース……洛陽から姿を消した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。