現在、蓮華達率いる孫権軍が行軍している。
目的は袁術の城に居座る賊の討伐である。
エースは蓮華と亜莎と共に賊の討伐に加わっていた。
「なんか歯ごたえがねえ仕事だな」
「真面目にやれ。お前は将軍の身なんだ。兵の指揮をやる気を削ぐ発言は控えろ」
「こりゃ失敬」
蓮華に諌められたエースは素直に謝っておく。
しかし、やる気が湧いてこないのも事実。聞いた話だと賊の数は極僅かだという。
数にして400だと聞かされ、拍子抜けしたのは記憶に新しい。
「で…でも! 今回の戦はエースさまにとって大事な戦なんです!」
「…? なんで?」
亜莎は慌てた様子でエースにのたまうと、エースは首を傾げる。
「エースさまは兵を使うよりも単身で敵に一当てしてから兵と突破する傾向が見られます」
「それが?」
「推測ですが、エースさまはあまり自分よりも強い相手と戦った経験がないのでは?」
「へぇ…なんでそう思う?」
「エースさまは必ず一当てする時には単身で突撃すると聞いたので…もしかしたらそれが癖になってると思って…」
「癖?」
エースが分からないといった雰囲気を醸し出すと、亜莎は分かりやすいように伝える。
「どんな戦いであれ、必ず時間、お金、兵の三つに多大な影響を受けます」
亜莎が指を三本立てて説明を続ける。
「エースさまは三つの削減を続けるのに無意識的になったんだと私達から見たら感じます」
「そうね…私も亜莎と同じ意見だ」
「そ……そういうもんなのか?」
なんだか自分に対する周りの反応が異様なものに気付いたエースは少し居づらそうにすると、二人はそれに気付いてフォローする。
「あ、あの…ですからここで少しでも改善させようと思って…」
「そうよね!? ここで私達の戦いに付き合って、少し手伝ってくれれば少しくらい分かってくるんじゃないかな~って…」
二人のフォローに少しは立ち直るのを感じて少し安心する。
「兵を動かすのは私がやるから亜莎とエースは城にこもった敵をいぶり出してくれ。できるか?」
「はい! やってみせます!」
「…分かった」
亜莎は礼儀よく返事し、エースは短く返事するだけに留めた。
内心では部下に任せて自分だけ引っ込んでるのが歯痒い。
助かる部下を見殺しにするかもしれないからだ。
しかし、月の元で兵を何回か率いたが、亜莎の言う通り戦い方がまるで違う。
こっちの兵は能力のことを完全には理解しておらず、エースも不用意に暴れることができない。
その上、一人での無双は兵に過ぎた安心感を与え、安心は怠惰に、怠惰は死に繋がる。
そんなことになってしまえば全滅も考えられる。
そうなってしまえば元も子もない。
(頭じゃ分かってんだけどよぉ…)
部下をできるだけ死なせたくない。
かといってそう思う事自体が戦場に立つ者にとって侮辱と同じ。
「甘いなぁ…おれも…」
矛盾する思想とこの世界とのカルチャーショックにエースは溜息を吐く。
「どうかしたのか?」
蓮華が覗き込むようにエースを見詰めると、エースは苦笑しながら答える。
「……なんでもねえ」
間もなくして、エース達は賊の根城にたどり着いたのだった。
「なにしてるの? 冥琳」
エース達が出立してからしばらくして、雪蓮が書簡に筆をなぞらせる冥琳に何してるのか聞くと冥琳は作業を続けたまま答える。
「これか? エースの仕事の割り振りと文字の教育に関する計画だ」
「あれ? エースには政はやらせないんじゃなかったの?」
雪蓮の言う通り、冥琳はエースに政務をさせる気などなかった。
「確かに政務はさせん。させはしないのだが…」
「?」
冥琳が机の引きだしから一つの書簡を出して手渡される。
書簡を受け取って中を見ると雪蓮は更に書簡を覗き込む。
「なにこれ? 落書き?」
「『こんにちわ』『ありがとう』と書いてるらしい」
「これが!?」
雪蓮はもう一度確認するが、どう見てもおかしい。
墨汁の付けすぎで滲んで見づらい。
その上、字も汚く歪んでもう訳が分からない。
「エースは字はある程度読めるが、書いたことがあまりないらしい」
「あ、そうなの?」
「あれも一応将軍になったのだからな。せめて書けるようにもなってほしいのだ」
溜息を吐く冥琳に雪蓮が肩に手を置いて激励。
「あはは〜。頑張ってね♪」
「お前もな。仕事な」
「あ…しまった…」
冥琳は肩の雪蓮の手をがっしりと掴んで逃がさない。
「……」
「……」
手を振りほどこうとする力と手を離さない力が拮抗する。
二人の無言の攻防が小さな部屋で繰り広げられていた。
「……」
「…これは…」
雪蓮と冥琳が不毛な争いを続けている時、賊の討伐に向かった二人は呆然とした。
事の発端はある一つの作戦からだった。
篭った敵をあぶり出す。
賊相手になら挑発して引きずり出すことも容易だったのだが、ここはエースに頼んでみた。
この作戦の目的にはエースの戦力解析も含まれているからだ。
エースはこれを快く承諾した。
最初はそのことに何の疑いもなかったのだが、ここで忘れていることがある。
両者との価値観の違い。
蓮華たちにとって『引きずり出す』というのは相手に何らかの策を用いって敵をあぶり出す、と考えていた。
しかし、エースにとってのあぶり出すとは……
「落火星!」
文字通り、あぶり出すと捉えていた。
エースの出した炎の球は城の上空へと浮かび、いつもの如く炎の雨を降らせる。
雨の一つ一つは屋根を貫き、賊を焼き尽くす。
雨の雨粒を避けられないように、人間に火の雨を避けることなどできようか?
言うまでも無い。
それほど時間を置かずに我慢の限界を越えた賊達が城から出てくる。
しかし、戦うからでも激情に任せたわけでもない。
正体不明の奇襲からの恐怖によって逃げ出す者が全員であり、実際に武器など持ってはいない。
「れ…蓮華さま…」
「え…あ!」
蓮華はハっとして兵士全隊に号令を発す。
「孫権隊はすぐに賊を制圧せよ!! 呂蒙隊は城の消火だ!!」
『『『……』』』
「何をしている!! 早くかかれ!!」
蓮華の指示で兵達も我にかえって蓮華の指示に従う。
「それじゃあおれも行ってくる」
「あぁ、頼んだ」
エースも兵に混ざって燃え盛る城の方へと向かって行った。
エースの姿が見えなくなってしばらくすると、蓮華と亜莎が深いため息を吐いた。
「す……すごいですね……」
「あぁ……これを戦というにはあまりに一方的すぎるな……」
二人は燃え盛る城へと視線を移した。
燃え盛る城を見下ろす燃え盛る赤い太陽
太陽の身はその身を削り、地へと落とす
その身は万物を穿ち、万物を焼き払う
太陽はその身と共に地上を灰へと帰す
(もはや、これは神の所業……)
蓮華はそんな異様な光景を目の当たりにして言葉を失っている。
(確かにエースは孫呉に加担すると誓った……だけど……)
蓮華の心にある感情が芽生えていた。
(エースは……私達を……………)
―――滅ぼすのではないか
蓮華は知らないだろうが、その横では亜莎も同じ事を思っていた。
人は大いなる力と共に大いなる責任を問われる。
それと同時に蓮華と亜莎はエースに新しい感情が芽生えた。
それは孫呉に入ったことに対する感謝とエースの強大な力に対する驚愕するのと同時に
蓮華達はエースの未知なる力に心強さを覚えるのと同時に
畏怖するのだった。